第27話 異界での死闘3
「あし・・・もと・・・?」
魔威は自分の足元を見ると、移動先がなぜバレてしまったのかが分かった。なんと、足元に影が出来ているのだ。ヴィステが周囲に撒き散らかした謎の液体が電灯代わりのように光を放っているせいで、薄暗い空間に影が出来るようになっていたのだ。
「影鬼には大きな弱点が2つある。その1つは、本体にだけ影が出来ることだ。」
この影は精神の影とも呼ばれるもので、汰魔鬼が生態系を維持する為に使用する分には何の問題もないが、戦闘で使うには本体がバレやすいという大きな問題が生じる。特に太陽が出ている時はまず使えないような技だ。場所によっては影で本体がバレバレになってしまうからだ。
「お前の意識が動いたと同時に、宙に浮かぶ岩に影の動きも映っていたんだ。」
本体の意識が移動先を意識した瞬間に、本体の向きはそのままだが足元の影の角度が僅かに変化し、その角度から移動先を読み、瞬時にその分身体まで空間転移で距離を詰めて、本体と分身体が入れ替わったと同時に攻撃を仕掛けたのだ。
「ば、馬鹿な・・・、あの、僅か一瞬で移動先を見抜いたというのか・・・!!」
追い詰められていたとは思えないほどの恐るべき計算速度と判断力。機械人間だからこそ可能な領域と言える。
「そして、もう1つは、守りの力が大きく弱くなること。」
5体に分裂してしまう関係で邪気の濃度が落ちて1体あたりの肉体の強度まで落ちてしまう。だから、本体がバレて攻撃を受けてしまうと術を発動する前よりも遥かに大きなダメージを負ってしまうリスクがあるのだ。
「うぐぐ・・・、だが、私の体は不滅!何度でも・・・?」
愕然とする魔威。肉体の再生が一向に始まらない。それどころか、閻冥界のエネルギーが自分の体に集まってこない。なぜなのか。どうなっているのか。その表情は焦りに満ちている。
「無駄だ。さっき攻撃した時に、一部の霊芯核を破壊した。」
「霊芯核だと!?馬鹿な!それは人間のもののはず!私にあるはずが・・・」
「それがあるんだよ。何人もの人間を殺して化けてた割に、自分の体のことを分かっていなかったようだが、気の類をその身に宿して肉体を強化する以上、必ずそれは存在する。」
霊核や霊芯核やそれらに準ずるものが無いと肉体にその力を宿せない。それは天使や悪魔、神々といった霊的生命体であっても同じだ。ヴィステとて例外ではない。
「戦いの最中、私は影鬼の攻略の糸口だけじゃなく、お前の霊芯核の位置をも探っていたんだよ。」
ヴィステが序盤から守りに入っていたのは魔威の霊芯核を探る為である。得体の知れない空間でどんな能力を発動させてくるのかが分からない以上、それらを封じ込める為にもその位置を把握しておいた方が良いからだ。
「影鬼を発動するまではこの空間の力が邪魔して正確な位置が掴めなかったが、分裂して個々の能力が落ちたことでその位置が掴めた。」
「うくく・・・、そんな馬鹿な・・・」
「お前の肉体の細胞はもう閻冥界のエネルギーを集められない。つまり、その肉体はもう自分のエネルギーを消費しない限り再生しない。」
悪魔もそうだが、泥人間も自らのエネルギーを消費して肉体の再生が出来る。しかし、それには大きなエネルギーが必要になるので、それをすれば自ずと邪気の力も大きく落ちる事になる。それは戦闘に於いては大きなリスクとなる。
「お前の分析は終わった。もう、お前に勝ち目はない。」
「何を馬鹿な事を!!たとえ、閻冥界のエネルギーを利用できなくなったとしても、この空間の支配権は私にある!このまま影鬼の、数の力をもって押し切るまでだ!!」
そう言うと、魔威は自身の邪気を使って肉体を再生させ、再び影鬼を使って5体に分裂した。ヴィステも相当のダメージを負っているので数の有利をもって押し切れると思っているのだ。そんな彼女をヴィステはじっと真剣な表情で見据える。
「分かってねぇな。」
――影鬼!!――
ヴィステが手を胸の前で合わせて闘気を集中させると、魔威と同じ様に彼女の体から左右に2体ずつ分身体が姿を見せた。その光景に唖然とする魔威。なぜ自分と同じ能力を発動させているのか。
「言ったろ?お前の分析は終わった、と。私が“お前”と言ったのは、この空間含めてだ。」
「馬鹿な・・・、なぜこんな短い時間で・・・」
「私が何年調査官やってたと思ってんだよ。一応、オープニングスタッフの1人だぞ?」
「くぅ・・・、私と戦っている間に、分析していたと言うのか・・・」
「まぁ、何となく予想はついてたけど、得体の知れない空間だしな。閻冥界のエネルギーが邪魔して思った以上に時間が掛かっちまったよ。」
「うぐぐ・・・!まだだ!まだ私は負けていない!!負けるわけにはいかぬ!!我が肉体が朽ち果てようとも、貴様だけは倒す!!」
そう言うと、魔威は全力で邪気を放出し、5体同時に超音速で突っ込んできた。それに対し、5体のヴィステが同様にして迎え撃つ。
――ドガガガガガ・・・!!!――
激しい攻防が行われ、互いの力がぶつかり合って空間全体に凄まじい衝撃波が広がっていく。たが、邪気圧を大きく落とした魔威は徐々にヴィステの猛攻に押されていき、空間の力を使おうにも、何かの力で押さえつけられてしまって使えない。大蛇も出現しなければ引力も発生しない。その原因は、明らかに壁中にへばり着いた発光体によるものだった。発行体が七色のホログラムの様な奇妙なエネルギーを壁中に流し、複雑な波長で空間の力を妨害しているのだ。そして、ついには5体共に叩きのめされて後方へ大きく吹っ飛ばされてしまった。もはや空間の力も影鬼もヴィステには通じない。そう悟った魔威は岩に着地しつつ術を解除し、右腕を大砲に変えて左手で押さえつつヴィステに砲口を向けた。
「我が全ての力を受けてみよ!!」
魔威は全霊の邪気を放出させて右腕に集中させ始めた。それは、自分の神への忠誠を示すかのような、己の全てを込めたものだった。空間そのもののエネルギーをも集めていき、その凄まじいエネルギーに空間が大きく揺れ動き始める。それに対し、ヴィステも術を解除して左腕を大砲形態へと変化させた。
「お前の悪夢は、ここで終わらせる!!」
ヴィステも同じようにして全霊の闘気を放出させて左腕に集中させ始め、その凄まじいエネルギーに空間が大きく揺れ動く。これが互いにこの戦いにおける最後の一撃となるだろう。そう悟った2人はほぼ同時に発射させた。
――デイドリームバスター!!――
――サイコブラスター!!――
2人の腕からそれぞれ極太の波動砲が発射された。赤黒いエネルギーと七色のホログラムの様なエネルギーが2人の中間地点でぶつかり合い、凄まじい波動が空間全体に広がっている。その衝撃力に飛ばされないように互いに力強く踏み込む。だが、ヴィステのサイコブラスターの威力が上回り、魔威のデイドリームバスターをどんどん後退させ、止めとばかりに一気に波動を放出させてその勢いで魔威を吹き飛ばしてしまった。
“ズオォォォォ・・・!!!”
絶叫を上げて吹っ飛ばされる魔威。周囲に浮いていた岩も跡形もなく消し飛んでいき、強烈な波動を受けた壁に大きな亀裂が生じていく。そして、舞い上がる土煙が舞い上がる中、撃ち終えたヴィステは左腕を元の形態に戻して呼吸を整えた。
「勝負はついた。あとは・・・」
ヴィステは前方の壁際付近に倒れ伏す魔威の下へ飛んでいった。まだやるべき事があるのだ。もはや魔威に纏わりついていた邪念の力は消し飛ばされて彼女に干渉出来ない。そんな彼女の目の前にヴィステが降り立つと、彼女は歯を食いしばりながら顔を上げた。その表情は悔しさに溢れている。
「なぜだ・・・、なぜ手加減をした・・・!!」
「お前を母の下に帰らせる為だ。」
「母・・・だと?」
「この事件を調査する前に、ヴィーナから頼まれてたんだよ。我が子を救って欲しいってな。」
そう言うと、ヴィステは胸の前で両手を合わせた。すると、魔威の周囲に光の円が出現し始めた。それはとても暖かい光だった。困惑する魔威。彼女の力が尽きようとしているせいで、空間の壁のあちこちに大きな亀裂が生じ始め、大きな音と共にどんどん崩壊し始めていく。
「この術は、まさか・・・」
「そうだ。700年くらい前に、ユリアという娘が邪悪な化身となった星竜達を元の姿に戻す為に使ったものだ。」
「聖王ユリア・・・」
――聖王ユリア――
ミミ教会の最高権威である聖王に最初に選ばれた女性。元はシスター見習いだったのだが、当時の最高権威である教皇だったユリコが色々とやらかして2体の星竜を邪悪な化身にしてしまい、彼らを救う為に15歳だった彼女が命懸けで2対1の死闘を制して元の姿に戻した。
「だが、この術にはヴィーナのエネルギーが必要なはず。どうしてヴィーナの力がここまで・・・」
「私がアンテナになってんだよ。この空間の力が邪魔して、今まで中に入ってこられなかったけどな。」
ヴィステは暇な時にゲームセンターで遊んだりTVゲームをしたりするだけじゃなく、事務所を留守にして世界中を巡っていた。そして、各地の特定箇所で細工を施していた。それは、いずれ来るかもしれない、ユリコとの戦いにおいて絶対にヴィーナの助けが必要になってくると思っているからだ。
「こうすれば、ヴィーナの力は私の下に転移される。ここが例え、第3銀河から遥か遠く離れた場所にあろうともな。」
「そこまで、分かっていたのか・・・。だが、私が、この空間が消えれば、お前はこの広い宇宙空間に放りだされ、ずっと彷徨う事になるのだぞ?」
ヴィステの能力の制限を考えれば、戦いが終わるという事は、また私生活のそのレベルにまで落ちてしまう可能性がある。そうなれば空間転移でヴィーナに戻る事は出来ないだろう。各銀河の管理者たる天使達だって気付くかどうか分からない。今、ここで戦いが行われていたことすら気付いていないかもしれない。誰も助けに来てくれる保証などない。
「私の心配はいらない。自力で事務所まで帰るさ。車のローンが残ってるし、飲み屋のツケもあるし、ダイマから借りてる分もある。報酬はきっちりと貰わないとな。」
事務所の家賃滞納分は全てダイマに肩代わりしてもらっている。そんなヴィステは微笑した後、術を発動させる為に目を閉じて全神経を集中させた。すると、どんどん光が強くなっていき、魔威の体がフワフワと浮かび始めた。そして、ヴィステは再び目を見開いて術を発動させた。
――マザーデイズ!!――
ヴィステがそう唱えると、魔威を包み込んでいた光は下から吹き上げるように上昇し始めた。すると、魔威の禍々しい機体はどんどん崩れていき、本当の姿へと変化した。それは、白い着物姿の黒いおかっぱ頭の幼い少女だった。これこそが彼女の本当の姿だった。
“そうだ・・・、私は・・・”
魔威は本来の役割と、神川真愛という本当の名前を思い出した。本当は人間を殺すのではなく、母なる大地の為に、彼らに警鐘を鳴らす為に存在するのだと。そんな彼女の瞳から涙が零れ墜ちた。それはやすらぎに包まれて安堵によるものだった。
“母よ・・・、今、帰ります・・・”
目を閉じた真愛は優しい光に包まれ、そのまま母なる惑星ヴィーナの下へと転送されてしまった。帰ったのだ。母なる大地へ。
「終わったな・・・」
毎度のことながら、誰が相手でも苦戦を強いられるのは本当にキツイものがある。人手が足りないせいで、調査官の彼女までしょっちゅう戦場に送られるハメになっていた。そんな日々を10万年以上もの間ずっと続けたせいで、戦士としての数々の能力を得てしまった。潜り抜けた戦場の数は1万を超える。
“ユリコとも、虎之介とも戦わずに済めばいいんだが、そう上手くはいかねぇんだろうな・・・”
溜め息をつくヴィステ。そうこうしている内に空間が完全に崩壊して消え去り、ヴィステは何もない暗く冷たい宇宙空間に1人だけポツンと残された。生身の人間なら呼吸以前に、全身が凍り付いて死んでしまうところだが、機体で尚且つ熱エネルギーを生み出す液体金属製の彼女には特に影響はない。ただ、探偵事務所がある惑星ヴィーナまでは何万光年離れているか分かったものじゃない。その場で両手を腰に添えて改めて溜め息をつく。すると、そんな彼女の前に禿げ親父が姿を見せた。
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