第25話 異界での死闘1

――異空間――

魔威を追ってフィオナの部屋の空間に生じた穴に入ったヴィステ。宙から30mほど下にある石畳に飛び降りる形で着地した。10mほど前には腕を組んで立っている魔威の姿があり、その表情はどこか自信に満ちている。

「ようこそ、我が決戦場“怨泥界”へ。」

「エンデイカイ?よく分からんが、逃げた割に、随分と自信ありげだな。」

「愚か者め。私は別に逃げたわけじゃない。貴様を葬り去る為に、我がホームグラウンドに移動しただけだ。貴様なら必ず追ってくるだろうと思ったからな。」

ヴィステは周囲を見渡して自分がいる場所を確認し始めた。ここから周囲に広がるのは半径30mほどある円形の石畳。まるで闘技場かのような造りになっている。そして、ここを中心にするかのように周囲には紫色の不気味な熱泥が広がっており、ここから100mほど離れた場所を赤黒い肉のような不気味壁が覆っている。その湾曲した状態から、ここが球体になっているのが分かる。

「わざわざこんな空間を用意するとはな。私とサウナデートでもしたかったのか?」

「ふん、せいぜいのぼせて死んでいけ。」

猛烈な熱気と共に強く濁った邪気が空間に充満しているせいで、この空間がこの世界のどこにあるのかが分からない。ただ、惑星特有の重力波を感じないことや、閻冥界特有のエネルギーが混ざっていることから、恐らく、宇宙空間のどこかに漂っているのだろう。それに、ここの邪気からは魔威との繋がりが感じ取れる。少なくとも、1年前はこんな空間は無かった。邪悪な思念が魔威に力を与えて創造させたのだろう。

「なるほど。ここはお前自身でもあるわけか。」

「ご名答。流石は評議院とやらに所属する調査官だ。」

「“元”調査官だ。今はただの異世界観光ツアーの参加者だ。もっとも、この世界の参加者は私1人しかいねぇけどな。」

「ふん、観光客なら観光客らしく、余計な詮索をせず、とっとと自分の世界に帰れば死なずに済んだものを。」

「悪いな。私は気まぐれでね。あの星が気に入ったから、あと17,8年は居座るつもりだし、それに、気に入らねぇ奴は、この手をブチのめさねぇと気が済まないんだよ。」

「ぬかせ!この空間は神が私に与えてくれたエネルギースポット。向こうでの様にはいかぬぞ。心して掛かってくるがいい。」

魔威は鋭い目つきでヴィステを睨みつけ、ヴィステもまた真剣な表情で魔威を見据える。魔威の言葉からして、どうやら、自分の推測は間違っていないようだ。

「別に。誰が相手だろうが、お前がパワーアップしようがどうでもいいさ。私は“いつも”命懸けだからな。」

ヴィステは日常や非日常(戦闘等)の両面で能力の制限を受けているが、非日常におけるそれは相手の現在の最大能力を基準に行われるので、魔威が神の補助によって強くなろうが弱くなろうが関係がない。それに合わせてヴィステの能力も変動するからだ。それは、逆に言えば、常に全力で戦いに臨まねば命を落とす、という事だ。

「ふふふ・・・、分かるぞ。私のコアに宿るエネルギーと肉体が生み出せるエネルギーが貴様のそれを大きく上回っている事を!!」

「流石は、この世界の魔王軍の幹部的なポジションに就いているだけのことはある。確かに、お前のパワーとスピードは私を上回っている。」

「貴様らのようなふざけた輩の力を制御してくれたこと、我らが主の生みの親、オリジン様には感謝せねばな!」

「オリジンに感謝だぁ?まぁ、せいぜい感謝しとけ。」

――オリジン――

ヴィステが所属していた評議院という世界を調査・監視を行う組織をおよそ10万年前に設けた、全ての世界の祖なる意識。オリジンという名前は評議院が識別する為にそう呼んでいるだけで、実際には名前などない。それなのに魔威達がその名を知っているのは、評議院が組織された際に、そこの代表者らが全ての世界のシステムにその名を転送したからである。それ故に、その前から存在している神々はオリジンの事を“大いなる意識”“原初なる者”といった別の呼称で呼んでいる。

「神に与えられし我が真の力を思い知るがいい!!」

そう言うと、魔威は全力で邪気を放出させた。稲光を放つ凄まじいエネルギーを身に纏い、その波動によって闘技場がガタガタと大きく揺れ動き、熱泥が激しく吹き上がる。

「どうだ!私のパワーの圧は!!いかに強い霊気を持っていようとも、貴様の様な人間の体ではこれほどのエネルギーは生み出せまい!!」

自信を漲らせて高笑いをする魔威。しかし、そんな彼女を前にしてヴィステは特に表情を変える事はない。

「すげぇじゃねぇか。それじゃ、こっちも形態を変えねぇとなぁ。」

そう言うと、ヴィステの全身がレインボーホログラムのような状態に変わり、見る見る内に探偵っぽい人の姿から魔威の様な機械人間へと変化していった。その光景に唖然としている魔威。そして、変化が落ち着いて光が収まると、それは姿を見せた。

「ば、馬鹿な!何だ、その体は!!貴様は、人間じゃないのか!?」

驚愕する魔威の面前には、胸元に“W”の黄金の文字が描かれた女性型機械生命体が立っていた。濃いメタリックピンクの全身装甲の縁部分等は黄金色の金属で装飾されており、後頭部に翼をイメージした様なリボン型の白いフレームが付いている兜に、胸の中心部には淡い緑色に輝く直径5cmほどの円型のランプが埋め込まれている。その見た目からロボットの様に見えるが、兜の口元に覗く白い肌や兜の両脇に見える黒い髪から人間の様にも見える。半人半機のアンドロイドというべきだろうか。

「私は一言も、自分が人間だなんて言った覚えはないぞ?一応、法律上は人になっているけどな。そうしないと、運転免許一つ取れねぇし。」

ヴィステは気合の叫びと共に闘気を放出させた。魔威よりも少し弱い程度のものだが、互いの気がぶつかり合って相殺されるかのように揺れ動いていた地面は静かになった。

「ぬぅ・・・!だが、肉体が強化されただけで、霊力そのものに変化はない!私の優位は揺るがない!!」

「そう思うなら、掛かって来いよ。3年前の事件の決着といこうじゃねぇか。」

以下、魔威とヴィステの身体能力情報


◎魔威

邪気の基礎値:222万 EP:2万2200 性質:万能・DP(ダークプラネット) EPの基礎硬度:2万6640 EPの肉体強化基礎値:66万6000(速度計算上の基礎値は79万9200)

AP48億5161万8809.4(3281.4)、LP174億6635万9981.4(1万1813.4)、S24万1139.6(180.9)

身長及び体重:194.4cm、178.2kg


◎ヴィステ・山田(人間形態)

闘気の基礎値:199万8000 EP:1万9980 性質:特殊・VF(ヴァーサティリティフォース) EPの基礎硬度:1万9980 EPの肉体強化基礎値:59万9400

AP3億9556万8006.7(330.3)、LP11億8670万4019.9(990.9)、S3万5489.3(32.4)

身長及び体重:180.0cm、67.8kg(靴底の高さや衣服の重量を除く)


◎ヴィステ(機械人間形態)

闘気の基礎値:199万8000 EP:1万9980 性質:特殊・VF(ヴァーサティリティフォース) EPの基礎硬度:1万9980 EPの肉体強化基礎値:59万9400

AP37億3328万5338.0(3117.3)、LP134億4033万209.9(1万1222.7)、S18万8181.0(171.8)

身長及び体重:186.9cm、182.4kg


――決戦――

魔威とヴィステは互いに身構え、睨み合いながらジリジリと円を描くようにして動きつつ距離を詰めていく。先手を取るべきか後手に回るべきか、作戦を練っていく魔威に対し、ヴィステは特に何も考えずに魔威の出方を伺う。そして、互いまでの距離が8mを切った時、魔威が先手を取った。一瞬にして距離を詰めた魔威がヴィステの顔面目掛けて右ストレートを繰り出す。

――ブン!!――

だが、ヴィステはこれを難なく首を横に振って躱した。そして、その直後に魔威による左フックが繰り出され、ヴィステはこれをバックステップで綺麗に躱す。しかし、魔威の猛攻は止まらない。再び距離を詰めての右ミドルキック、ローキック、ハイキック、回し蹴りと、次々に彼女の攻撃がヴィステに襲い掛かり、その超音速の攻撃の数々に周囲には凄まじい衝撃波が発生している。ただ、全く当たらない。ヴィステはボクサーのようにトンットンッと軽いステップを踏んで、円を描くかのように魔威の周囲をちょろまかと動いていく。無表情のままじっと摩耶を見つめている。

「おのれ!!」

小馬鹿にされているように思えて激昂した魔威は右腕に強烈な邪気を集中させ、渾身の右ストレートを繰り出した、が、ヴィステは彼女の右手首をすくいあげるように掴んで止めると、離さないように強く握りしめたまま間合いを更に詰めて怒涛の連続右ボディを彼女の腹に叩きつけた。

「ぐぅお・・・!!」

苦痛に表情が歪む魔威。怒涛の連打による衝撃で彼女の体が浮かび上がる。だが、ヴィステの攻撃はこれで終わらず、右ボディを打ち終わった直後に、バック宙をするかのようにして回転蹴りを魔威の腹に叩き込んで宙へ吹っ飛ばすと、そのまま彼女を追うようにして自身も大きくジャンプした。

“ッドン!!”

ヴィステの強烈な踏み込みによって、大きな衝撃音と共に石畳に彼女の足跡が残ると同時に、周囲の石畳も一緒に砕ける。そして、宙に浮かされて体勢が整えられないでいる魔威の背後を取りつつ、両手の指を組んだ状態で彼女の背中を思い切り叩きつけた。

“ドガンッ!!”

うつ伏せのまま石畳に激しく叩きつけられる魔威。その衝撃で周囲の石畳が砕け散り、尚もヴィステは追撃をすべく左腕をバルカン砲のような多砲身形態に変化させた。彼女の“サイコバルカン”が激しく火を噴く。

“ドドドドドドドドド・・・!!!”

無防備の魔威の背中に怒涛の闘気弾が撃ち込まれ、その衝撃波で周囲に砂煙が舞い上がる。そして、3秒ほど撃った後に、ヴィステはそのまま反動を利用して距離を取りつつ石畳に着地した。その場でじっと摩耶を見つめる。すると、背中がボロボロになって怒り心頭といった様子の魔威が即座に立ち上がりつつ、右腕を大砲のような形状に変えつつヴィステがいる方向に砲口を向けた、が、そこにはヴィステの姿はない。

“ッガシ!!”

腰付近に締め付けられる感がしてハッとする魔威。しかし、気付いた時にはヴィステの両腕が魔威の腰付近に回され、そのままもの凄い勢いでバックドロップが繰り出された。

“ズドン!!”

魔威の後頭部と首元が石畳に強く打ち付けられ、その衝撃によって耳が片方折れてしまった。もう片方の耳も後頭部と共に亀裂が生じている。そして、直後に少し距離を取ったヴィステに対し、再び機体を修復させて距離を詰めると、そのまま怒りに任せて攻撃を繰り出した。

“ブブブブブン・・・!!!”

しかし、変わらず当たらない。全く当たらない。なぜ当たらないのか。まるで攻撃が全て読まれているかのように綺麗に躱されてしまう。すると、今度はヴィステが攻めに転じ、彼女の左回し蹴りが魔威の左側頭部に襲い掛かる。

“ぬるい!これを防いで、”

そう一瞬考えて左腕で防ごうとしたが、ヴィステの蹴りの軌道が変化して脳天を狙うかかと落としに切り替わった。すると、険しい表情で即座にスウェイバックで躱した魔威。しかし、ヴィステのかかとが魔威のみぞおち付近に降りた瞬間、ヴィステは瞬時に軸足をスライドさせつつ前蹴りを魔威の腹に叩き込んだ。

“ズドン!!”

大きく後方へ吹っ飛ばされる魔威。そんな彼女を追いかけて距離を詰めるヴィステ。すると、着地して体勢を力強く整えた魔威は、怒りを露わにして右手の爪を更に鋭く尖らせてヴィステの頭を狙ってスウィングした、が、“ブン!!”と空しく空振りとなった。大振り過ぎてヴィステがしゃがんで躱してしまったのだ。すると、ヴィステはその勢いのまま左手を石畳に着き、そこを基点としてグルンっと体を回しつつ足払いをして魔威をすっころばした。そして、その直後に仰向けで倒れた魔威の上に飛んで、落下する勢いのまま両足に闘気を溜めて踏み込んだ、が、魔威は慌てた素振りでゴロリと横に転がってそれを躱した。

“ドッガン!!”

ヴィステの両足が大きな衝撃音と共に石畳にめり込んで周囲が大きく陥没した。その衝撃波で横に躱した魔威が弾き飛ばされる。そして、ヴィステは魔威に追撃する事はせずに穴から飛び出して距離を取りつつ彼女の様子を伺った。すると、魔威がよろよろと立ち上がった。

「お、おのれ・・・!!」

ヴィステを睨みつける魔威。そのボロボロとなった機体に周囲の壁から勢いよく赤黒いエネルギーが流れてきて、みるみるうちに体の損傷が修復されてしまった。再び自信を漲らせて高笑いをする魔威。

「どうだ!ここは閻冥界からエネルギーが転移されてくる場所。その力がある限り、私は不滅だ!!」

「そうか?その割に回復が随分と遅れてるじゃねぇか。」

ヴィステの主張通り、本来なら傷を負ってもすぐに修復されるのだが、ヴィステの攻撃があまりにも重いせいで修復が追い付いていないのだ。確かにパワーとスピードという基礎能力は魔威の方が上だが、闘気を圧縮させてそれらを上昇させる技術はヴィステの方が上だ。

「ぬかせ!!」

消耗したスタミナをも回復させた魔威は再びヴィステに襲い掛かった。しかし、相変わらず攻撃が当たらない。どんなに必死に拳や蹴りを繰り出しても躱されてしまう。霊気圧と霊気量は確かに自分の方が上なのに、なぜこんな結果になってしまうのか。その表情は焦りに満ちている。

「私を、舐めるな!!」

魔威は大きく飛び退いて距離を取ったと同時に今度こそ砲撃をくらわそうと構えた、が、それをさせまいとヴィステは瞬時に距離を詰め、左腕でラリアットを繰り出した。咄嗟に左腕でそれを防ごうとする魔威。だが、ヴィステは左腕ごと首をロックし、その勢いのまま彼女の背後に回った。魔威は背後にいるヴィステを振り切ろうと右肘を勢いよく繰り出す。しかし、ヴィステはそれを右手で受け止めた上、即座に魔威の右腕を掴んで後ろに回して押さえつけ、更に、その体勢のまま勢いよく魔威の体ごと一緒に飛び上がった。

「うぐぅ・・・!!」

首を絞めつけられ、両腕をも押さえつけられた上に、力が入りづらい体勢のせいで思うように動けずヴィステを振り解けない。そして、ヴィステは魔威の体ごとクルリと反転させて逆さまになると、そのまま自身の足の裏にあるロケットブースターを噴射させて勢いよく落下し、石畳まで10メートル付近のところで魔威を離して叩きつけるようにして落とした。

“ドッガーン・・・!!!”

もの凄い衝撃音と共に闘技場に大きな穴が空いてしまった。周囲には土煙が舞い上がり、空からは砕け飛んだ石畳の破片がパラパラと落ちてくる。そして、熱泥が入り込んできた穴をヴィステがじっと見つめていると、魔威がその中から勢いよく飛び出してきて襲い掛かってきた。

“ブブブブブン・・・!!!”

しかし、やはり当たらず、逆にヴィステのワンツーをもらってしまう。お手本のような綺麗なワンツーが魔威の顔面を捉える。同じ事の繰り返しだ。そんな怒りと焦りを抱いていた魔威だったが、猪突猛進的な戦術は止め、空間転移能力を駆使するものに切り替える事にした。そして、ヴィステの目の前で瞬時に姿を消して、彼女の背後を取った、と思ったら、魔威の目の前にはヴィステの足があった。既に回し蹴りの体勢を取っているのだ。

“ドガン!!”

回し蹴りが側頭部にまともに入り、魔威はギュルルルっと勢いよく横回転しながら吹っ飛ばされた。そして、地面に落下してゴロゴロと転がった後、呼吸を大きく乱しながらヨロヨロと立ち上がった。再び彼女の体にエネルギーが集まって傷を癒していくも、その表情に余裕などない。




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