第24話 真相4

 思わぬ事態に声を失うフィオナ。どういう事なのだろうか。名前を聞き間違いたのだろうか。しかし、通話機から聞こえてきた声は間違いなくカレンのものだ。すると、フィオナの脳裏にヴィステとの会話が蘇った。

“確か、山田さん、言ってたよね・・・”

泥人間は人間そっくりに真似る能力があると。しかし、どういう事なのだろうか。確か、泥人間が真似るのは殺した人間だけのはず。あのちょっと胡散臭い探偵が間違った事を教えたのだろうか。どうすればいいのか分からず無言のまま立ち尽くすフィオナ。そんな母親をじっと見つめているロベルト。

『フィオナさん?どうかしたんですか?』

“ど、ど、どうしよう・・・”

もしかしたら偽物が自分達を襲いに来たのかもしれない。もしそうだとしたら、部屋にいるロベルトだけじゃなく、ご近所さん達も巻き込まれてしまう。フィオナの頬を汗が伝う。

“け、け、け、警察に通報しなきゃ・・・!!”

フィオナははやる気持ちを抑え、声を押し殺しながら玄関に歩み寄った。その後をロベルトもついていく。そして、鍵を掛け、駆け足でリビングルームに戻った。ロベルトも後について再びリビングルームへ戻ってきた。そして、フィオナはそのまま電話に手を掛けて受話器を取った、が、どういう事だろうか。ダイヤルを回しても電話が通じない。通話中というよりも、電話そのものが使えない感じだ。

「それはもう使えないわよ。」

背後から聞こえてきたその声に振り返ると、不気味な笑みを浮かべているカレンの姿があった。そして、直後に“ドン!!”という大きな爆発音と共にTVの脇に置いてあった招き猫が粉々に砕けてしまった。その衝撃でTVも大きく破損してしまい、その傍にはジーナが霊気を纏った状態で立っている。何をしたのだろうか。困惑を極めるフィオナ。

「誰が来たのかは知らんが、これでお前達に施された結界は解除された。」

「結界・・・?何を言って・・・」

「何も覚えておらんのだな。ダイマの力が弱くなっているのは分かっていたが、どうやら、我々が思っている以上に深刻なようだ。いや、喜ばしいことか?」

その場で高笑いをするカレン。ロベルトはまるで悪魔でも見るかのようにじっと睨みつけており、ジーナはただじっと黙って俯いている。

“ドンドンドンドンドン!!”

『フィオナさん?フィオナさん!どうしたんですか!?』

ドアを激しく叩きながらフィオナの名前を呼ぶカレンの声が聞こえてくる。すると、その声を聞いた部屋にいるもう1人のカレンが険しい表情を浮かべながら玄関の方を向いた。

「この声・・・。どういう事だ?この娘の姉でも来たのか?いや、そんなはずは・・・」

カレンが首を傾げていると、“ドカン!!”という大きな衝撃音と同時に玄関の扉が破壊されてしまった。どうやら、表にいる何者かが霊気を纏ってドアを蹴り壊したようだ。そして、慌てた素振りで部屋に入ってきたその人物を見て一同は驚いた。4人の前に姿を見せたのは、やはりというべきかカレンだった。

「ば、馬鹿な!なぜお前が!!確かに、殺したはず!!お前に化けて、市役所に届け出て、葬式だって・・・」

動揺を隠し切れないでいるカレン1号と、そのカレンを見て同じ様に驚き戸惑うカレン2号。ただ、2号は目の前の自分そっくりな者から感じるただならぬ気配を警戒し、霊気を全力で放出させて身構えた。

「私を殺して化けた?葬式?何で自分の葬式を自分でやんなきゃいけないのよ。そもそも、あんた、誰?何で、私とそっくりな姿をしてるの?」

「ぬぅ・・・、なぜ生きているのかは知らぬが、ここに来たのが運のツキよ。ここでまとめて始末してくれる!!」

そう言うと、カレン1号はテーブルの上に乗りつつ、凄まじい邪気を放出すると同時に禍々しい姿へと変身した。それは特撮ヒーローものにでも登場してきそうな猫女系の悪魔のそれで、全体的にメタリックパープルな機体となっており、金属製の尻尾を生やし、手の指は鋭く尖っている。2メートル近くあるので耳が天井に届きそうになっている。

「う、嘘でしょ・・・」

自分が思っていた以上に強烈な邪気を放っているので意気消沈となる2号こと本物のカレン。フィオナとジーナは口を開けたまま茫然としており、ロベルトだけは変わらずじっと睨みつけている。

「私が誰なのか知りたがっていたな?ならば、特別に教えてやろう。我が名は魔威・神川。創世会ヴィーナ支部統括責任者にして、死天長が1人。」

「統括責任者、支店長・・・?」

その肩書を聞いてゴクリと生唾を飲み込むカレン。どこか会社の支店長らしいが、統括責任者というのだからかなり偉そうなポジションなのだろう。株式会社ソニック(大手家電メーカー)の平社員でしかない自分に勝てるのだろうか。

「結界が解けた以上、もはや、これ以上の邪魔はさせん!!」

そう言うと、魔威は禍々しい邪気を部屋に充満させて外部から誰も入れないように細工を施した。室内の壁はブヨブヨとした憎々しく不気味な様相へと変わり、まるで303号室だけ魔界にでもなってしまったかのような仕様になってしまった。部屋の外では大きな音に気付いて駆けつけた他の階の住人たちが壊れた扉の前に集まっており、目の前の不気味に歪んでいる空間を前にどうしたらいいのか分からずにいる。

「さて、まずは・・・」

魔威はフィオナに向かって左手をかざすと、掌で強烈なエネルギーを凝縮させてそのまま撃ち放った。もの凄い勢いで邪気玉が飛んでいき、咄嗟に霊気を放出させて身を守ろうとするフィオナ。

“ドガン!!”

しかし、防御が間に合わず、そのあまりの威力に背後の電話台に勢いよく壁に叩きつけられた。台ごと電話が破損してしまい、今までに味わったことない痛みがフィオナの両腕と背中に襲い掛かる。“ママ!!”“フィオナさん!!”とロベルトとカレンが叫ぶも、当のフィオナは恐怖と痛みで全身が震えて立ち上がる事が出来ない。

「ふん!たわいもない。こんな非力で脆い小娘が救世主とやらの母親とは・・・」

“救世主?”

首を傾げるカレン。目の前の悪魔が何を言っているのかは分からないが、恐らく、その救世主というのはロベルトの事を言っているのだろう。そんなカレンを魔威は睨みつけた。

「さて・・・、今度はお前だ!跡形もなく消え去るがいい!!」

そう言うと、魔威は右手を本物のカレンに向け、掌に強烈な邪気の塊を創り出してそのまま勢いよく撃ち出した。思わず目を瞑ってしまうカレン。もう駄目だ。そう思ったのだが、邪気玉が目の前で跡形もなく消え去ってしまった。

「どう・・・なっている・・・?」

唖然とする魔威。目を開けたカレン自身も驚き戸惑い、フィオナ達も茫然としている。なぜ自分の力が消し飛ばされてしまったのかが分からない。目の前の人間にそんな力があるとは思えないし、あるはずがないのだ。しかし、カレンから感じ取れる独特なエネルギーから、それが誰の仕業なのかが分かった。

「ぐぅ・・・!そうか!オジ・サン・デスか!!奴がこの娘に小細工を!!」

「え!?何?何なの・・・?」

自分の身に起こっている事が理解できないで困惑を極めているカレン。よく分からないけど、今の自分は無敵のようだ。そして、魔威はようやく自分に掛けられていたものに気付いた。それは、もしも泥人間がカレンを狙って殺意を抱いたのなら、その時点で、彼女を殺したと思い込むように催眠術が掛かるようにするもので、同時に、泥人間の力では彼女を殺すどころか、勝つ事が出来ないようにするものだ。

「ふん!貴様などどうでもいい!!この子供さえ始末出来ればな!!」

魔威が標的を変えて今度はロベルトに右手をかざした。すると、ジーナが咄嗟にロベルトの前に駆け寄って立ちふさがった。両腕を広げて魔威を睨みつけている。そんなジーナに魔威は冷めた視線を送る。

「何の真似だ?」

「約束が違う!彼女を、フィオナを殺したら、この子は私に任せてくれるって言ったじゃない!!」

「愚か者が。任せるとは、処刑を任せるという意味だ。その子供に死を与えるのは神の御意思、神聖なる裁きである。分かったら、そこをどけ。」

「どかない!!この子だけは傷つけさせない!!」

「どこまでも哀れな小娘だ。好きだった男を他の男を使って殺させておいて、その子供を自分の子として育てたいなど、身勝手にもほどがある。」

「ど、どういう・・・こと・・・?」

満身創痍のフィオナが体を震わせてジーナの事を見つめる。俯いたまま何も答えないジーナ。そんな彼女を嘲笑いながら魔威は真実を話し始めた。ジーナが小学生の頃にいじめを受け、その時に助けてくれたジョージの事をずっと好きだったことと、フィオナに惚れていたマイクをそそのかしてジョージを拳銃で殺害させたことを。

「根暗で地味な女が勝手に好きな男との妄想を抱き、その男が結婚すると分かったら、今度は勝手に裏切られたと憎しみを抱く。お前の言動は人間というものをよく表している。」

「く・・・」

「神代に感謝でもするんだな。その想いを汲んでもらったんだから。神に仇なす愚か者を始末するのに丁度良かっただろうしな!!」

部屋に魔威の高笑いが響く。その腹立たしい笑い声に怒りを露わにするカレン。霊気を全力で放出させ、勇気を振り絞って魔威に歩み寄っていく。

「何が神の御意思だよ!クソ悪魔が!あんたらのせいで、今までどれだけの人が死んだと思ってるんだ!!」

「どれだけの人だと?ならば、お前達人間のせいで、どれだけの動植物が生きる場所を奪われて死んでいったと思っている?万や億どころの話ではないぞ!!」

「え、いや、そう言われちゃうと、その・・・」

魔威の主張に急に自信を無くしてしまうカレン。彼女は失念をしていた。昔から悪魔に対しては、これまでに死んだ人間が云々の話をしてはいけないということを。その話をすると、彼らは決まって自然界の話をし始めるのだ。人間主体の主張は彼らには一切通じない。

「自然界の恨みをその身に受けるがいい!!」

――オルト・ナハ・メンフィア・エン・ドゥーム!!――

魔威がそう叫ぶと、廊下やキッチンの壁からおぞましい姿をした2体の悪魔が次々とぬぅっと出てきた。この2体こそが穢溜霧だ。魔威が彼らを創り出す兵の怨哮術を使用したのだ。

「うそ・・・、マジで・・・?」

廊下とキッチンから歩いてくる悪魔たち。その背中には弱点となる赤い核(コア)が埋め込まれている。その不気味な姿に恐れをなしたカレンはじりじりと後退してソファの後ろにお尻を付けてしまった。背後には嘲笑いながら見下ろす支店長。もはや逃げ場はない。

「さぁ、その娘を殺せ!!」

武装した悪魔達が一斉にカレンに飛びかかり、そのおぞましさと恐ろしさにカレンは思わず悲鳴を上げてしゃがみ込んでしまった。もう駄目だ。今度こそ殺される。そう思って涙を浮かべていたカレンだったが、やはり悪魔の攻撃も彼女に届かず、彼女を覆い尽くす光の壁を悪魔達が一生懸命に壊そうと頑張っている。その様子を魔威は拳をプルプルと震わせながら見つめる。悔しさがその表情に滲み出ている。

「ぐぅ・・・!!まぁ、いい!!さぁ、ジーナよ!好きだった男の子供と共に逝くがいい!!」

再び魔威が右手に強烈な邪気を込めて撃ち放った。だが、それも謎の風の壁によって消し飛ばされてしまった。

「これは、シャリーヴァと同じ!馬鹿な!有り得ない!!」

目の前のその光景に目を疑う魔威。ジーナも自分を包み込んでいる白く輝く光に戸惑ってしまうが、直ぐにそれが誰のものなのか分かった。

「ロベルトちゃん・・・?」

後ろを振り返ると、ロベルトが稲光を放つ霊気を見に纏って自身とジーナを覆うようにして放出させていた。まだ2歳の幼い子供だというのに、有り得ないほど強い霊気を放出していたのだ。強力な風の圧力でガタガタと部屋が揺れ動き、その光景にフィオナも愕然としている。穢溜霧達は一心不乱にカレンに攻撃を仕掛けているが、魔威は動揺をを隠し切れない。

「これが・・・、これが救世主の力だと言うのか・・・!ぬぅ・・・!!だからこそ、だからこそ神の脅威となる前に、今、ここで始末せねばならない!」

魔威は右腕を大砲のような形態に変化させ、全身から捻り出すかのようにして稲光を放つ邪気を放出すると、それらを右腕に集中させ始めた。ロベルトの神風の壁を砲撃で突き破るつもりだ。ガタガタと部屋が大きく揺れ動き、あまりの強さの邪気に銃口付近の空間が歪む。今度こそもう駄目だ。そうフィオナ達が諦めかけた時だった。

“ガシャン!!”

いきなり部屋のテラス窓が割れたかと思ったら、それと同時に誰かが蹴りの体勢のまま部屋に入ってきた。外から蹴りで禍々しい壁をぶち抜いてきたのだ。

――ドガン!!――

いきなり飛んできた蹴りに対応が間に合わず、まともに横っ腹にくらって吹っ飛ばされて壁に叩きつけられる魔威。その衝撃の影響で溜めていた邪気が霧散してしまった。そして、歯を食いしばりながら立ち上がり、入ってきた者を睨みつける。そこにいたのは茶色いチェック柄の服装をした長い黒髪の女だった。

「貴様・・・!!」

「ふぅ・・・、ギリギリセーフか?」

フィオナ達の前に現れたのはヴィステだった。その姿を見て、フィオナの両目に涙が溢れる。そんな彼女やロベルト達の無事を確認して、優しい笑みを見せるヴィステ。どうやら、ギリギリのところで間に合ったようだ。

「お前が神川か?邪念が創った泥人間の割に泥臭さが無いんだな。まぁ、古代からフレイド達に散々やられてきたみたいだし、匂いくらい消せるようにならねぇとなぁ?」

「ぬぅ・・・、まさか、これほど早く到着しようとは!もう少しのところで!!」

「そいつは残念だったな。よく言うだろ?ヒーローは遅れて現れるって。まぁ、お前が力を開放したから飛べたんだけどさ。」

「何だと!?」

「ホントは車ごとここに突っ込もうかと思ったんだけど、危ないし、保険も降りないだろうから止めた。」

ヴィステは運転している最中に車ごと空間を転移してこのマンションの敷地まで移動した。そして、すかさずこの部屋の窓側に転移し、勢いをつけてこの部屋を覆っていた結界を蹴破ったのだ。

「それと、虎之介が仕掛けた力のおかげで、みんな無事だったようだな。」

そう言うと、ヴィステはカレンに視線を移し、彼女がその仕掛けだった事を確認した。そんなカレンは未だに悪魔達の猛攻をポカポカと受け続けて屈みこんでいる。

「冷やっとしたよ。まさか、私がマイクを追いかける時間を利用して封印を解くとはな。よく気が付いたな。」

「私を舐めるな。まぁ、招き猫を使っていたのには驚いたがな。」

ダイマが結界を敷く為に利用した招き猫は、この部屋にあった1体と、このマンションを中心とする住宅街を取り囲むようにして設けられた6ヵ所の近くの小さな社に祀られた6体だ。地図でその6ヵ所を線で結ぶと六芒星の形に見える。

「あれに邪気に対する強い抵抗力があったから、町田を使ったわけか。」

「そうだ。1人だと不審者に思われるかもしれないから、私が同伴して、軽やかな反復横跳びで周囲に気を配りつつ破壊させたのだ。1体ずつ慎重にな。」

ジーナよりも、明らかに魔威の方が挙動不審者だっただろうが、社を気にする人が少ないので警察に通報されなかったのだろう。

「それで、最後は堂々と仲良くこの部屋に乗り込んできたわけか。けど、残念、タイムオーバーだ。」

「勝手に終わせるな。者ども!その女はどうでも良いから、この探偵もどきを八つ裂きにしろ!!」

魔威の命令によって2体の穢溜霧がカレンへの意味のない攻撃を止め、一斉にヴィステ目掛けて飛びかかった、が、睨まれただけでボシュンという音と共に邪気が霧散して消滅してしまった。その光景に魔威は愕然としている。

「そんな馬鹿な・・・」

「怨哮術は私には効かないぞ?それを利用して召喚した穢溜霧達も含めてな。」

「どういう事だ・・・?」

「私が普段、空間転移を使わないことから、何らかの力の制限を受けていることくらい気付いていたんだろ?わざわざ時間稼ぎなんてしたんだから。」

「ぐ・・・!!」

ヴィステはこの世界に行く為の条件として能力の制限を受ける事になっているのだが、彼女のそれは相対的なもので、相手の力量に合わせて自動的にそれよりも少し低くなるように調整されるようになっている。そして、なぜ彼女に怨哮術が効かないのかというと、この術は世界システムという、言わば神が定めた物理法則、即ち術者が神の力を間接的に利用して発動させているものなので、誰が使おうが、ヴィステの制限の対象は世界システムとなる。

「そんで、今はお前達が神と崇めてる者がそれを取り込んでいるわけだから、自ずと、その制限の基礎の対象は、その神になる。」

神の力を利用しているとは言え、術の効果は、あくまでも術者の邪気の強さによる。しかも、その威力や効果には、神にダメージを与えられないように上限が設けられている。それに対し、ヴィステの術に対する力は、その術の創造主たる神を基に計算されているので、通用するわけがない、という道理だ。

「マンションの敷地に飛べたのも同じ理屈だ。お前が力を開放し、尚且つ、空間転移が出来るから、私はそれより少し小さい力でそれを使った。ただ、それだけの簡単な理屈だ。」

「ば、馬鹿な・・・、そんなわけが・・・」

ヴィステの話は魔威にとって何よりも恐ろしい事実を意味していた。それは、もしもヴィステの主張が正しいのならば、彼女の力は自分だけじゃなく、自分達が崇める神よりも強い可能性があるという受け入れがたいものだ。

「お友達の神代ってのが、ワルオに汰魔鬼を呼び出す札を売りつけて私を殺そうとしたみたいだが、当てが外れたな。まぁ、ちょっとしたエクササイズにはなったよ。」

この依頼を受けるまでサクラ国立図書館で本を漁るか、駅近くのゲームセンターで遊んでいるか、事務所でTVゲームをするかという日々を送っていたので、ヴィステにとっては丁度いい運動だった。

「それと、まだ気付いてないようだから教えとくけど、お前が力を開放したのも、虎之介による催眠術の効果だ。」

「なんだと!?」

「嫌な奴だろ?その気になれば、お前を自害に追い込む事も、容易く葬る事も出来るのに、敢えて、私に押し付けるんだからな。」

「馬鹿な・・・、全て、奴の計算通りだったとでも言うのか。」

「全てじゃないけど、概ね、だな。まぁ、安心しろ。私がここに来た時点で、お前の催眠術は完全に解けている。見たところ、そういう条件だったみたいだし。」

虎之介の目的は、ロベルト達を護る事だけじゃなく、ヴィステの能力をも把握する事だ。その為に、魔威を利用したのである。その事実に怒りを露わにした魔威だったが、ヴィステを相手にこの場では分が悪いと判断するや否や、背後の空間に穴を開けて、その中へと入って逃げてしまった。

「逃がすわけねぇだろ!!」

ヴィステは断じて逃がすまいと魔威を追ってその穴の中へと飛び込んだ。すると、穴は閉じて、禍々しい空間となっていた部屋の状態が元の正常なものに戻った。玄関の方から人のざわつく声が聞こえてくる。

「えっと・・・?」

よく分からない事が連続で起きまくっているので、カレンは険しい表情をしながら首を傾げる。今の探偵っぽい人はそもそも誰だったのだろうか。そんな彼女を他所に、よろよろと立ち上がったフィオナがジーナを睨みつけながら歩み寄っていく。その殺気じみた様子に慌てふためくカレン。

「フィ、フィオナさん!?」

「よくも、ジョージを・・・!許さない!絶対に許さない!!」

涙を流しているその瞳には怒りと殺意が宿っており、カレンはどうしたらいいのか分からないでいる。すると、ジーナが両膝をついて目を閉じた。殺されても仕方がないといった雰囲気を醸し出している。そして、フィオナが右手に邪気に似た怒りの霊気を込めて、その腕を振り上げた。だが、フィオナはピタリと動きを止めてしまった。

「ロベルト・・・」

なんと、ロベルトがジーナを庇うかのようにして彼女の前に両腕を広げて立っているのだ。ただ、その瞳からは涙が零れ、じっとフィオナの事を見つめている。ロベルトは理解しているのだ。後ろにいる女性が自分の父親を亡き者にした関係者だということを。それでも母親に殺人を犯してほしくないのだ。そんな幼子の背中に、かつてのジョージを重ね見たジーナは、大粒の涙を流しながら両手をついて頭を下げた。

「ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・」

ジーナは泣きながら、ただずっと頭を下げて謝り続けた。そんな彼女の姿と、最愛の息子の毅然とした姿を見て、フィオナは怒りを収めて振り上げた拳を下ろした。その様子にカレンは安堵のため息をついた。3年前に起きた悲しい事件にようやく終わりの時が訪れようとしていた。














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