第23話 真相3

「やはりそいつが・・・!!」

「直ぐに薬を使おうと思ったんだけど、もう1人、ミミ教会の人がいきなり目の前に現れて、“やめとけ、後悔するぞ”とか言ってきたから、直ぐには使わなかった・・・」

「そのもう1人ってのは?」

「神川って女の人だ。ご丁寧に名刺まで渡してきたよ。」

そう言うと、マイクは左手で財布をポケットから取り出し、震える右手で中から名刺を取り出そうとした、が、力が思うように入らずに取り出せない。すると、ワルオが歩み寄ってそっと財布を持って支え、マイクは左手で名刺を取り出してヴィステに手渡した。

“神川、魔威・・・、もしかして、こいつが・・・?”

どこか思い深げに目を細めて名刺を見つめるヴィステ。そこには“魔威・神川”という名前だけじゃなく“創世会ヴィーナ支部統括責任者”とも印刷されている。よくもまぁ、こんなものを作って堂々と人間に渡すものだ。恐らく、この女がこの国を担当しているとかいう奴なのだろう。

「もらった薬は、なんか、神代って人が研究してる危険な薬のサンプルだから使うなって・・・」

「それなのに使ったのかお前は・・・」

普通の人間なら怪しくて使う気になれないにも関わらずそれを飲んだということは、それだけ精神的に追い込まれていたのかもしれない。

「富岡って刑事も呆れてたよ。」

「富岡に・・・?ちょっと、待て。それ、いつの話だ?」

「昨日の昼過ぎだよ。あなたが店に来た後だったから、なんか別の指示でもしてくるのかと思ったけど、ただ飯食いにきただけだった。」

富岡がいきなり店に来たので、マイクは自ら応対しにいったのだが、特に話しかけてくるわけでもなく、普通にハンバーグ定食を頼んだだけだった。そして、そのまま普通に会計を済ませて店を出ていったのだが、気になったのでマイクは後を追って駐車場で声を掛けた。

「俺の姿を見て、直ぐに神代から貰った薬を飲んだって気付いたよ。」

富岡は鼻で笑いながら、“これから、もっと大勢の人間が当たり前に死んでいく世の中になるってのに、1人、2人殺ったくらいで、馬鹿じゃねぇのか”とマイクに言って、そのまま車に乗ってどこかへ走り去った。

「富岡・・・、そうだ覚えてる。4年前の爆破事件で、しつこく大学まで聞きに来た粘着野郎だ!」

「そうなのか?」

「あぁ、それだけじゃねぇ。新世界で事件が起きる度に俺を引っ張ろうとしやがった!何だよ、あいつ!刑事のくせに、創世会とかいうヤバい組織に手ぇ貸しやがって!!」

「そいつはもう警察を辞めてる。」

「マジで?あ、だから全然見かけなくなったのか。てっきり、ふざけた野郎だから、どこか他所にでも飛ばされたのかと思ったよ。」

当時を思い出して怒りを露わにするワルオに対し、マイクは富岡が警察を辞めていたという事実に少し驚いている。どうやら、富岡はその事実をマイクに話さなかったようだ。

“富岡は生きていた。”

神代に殺されたわけじゃなかったようだ。しかし、間違いなく、今でも創世会の構成員として暗躍しているのだろう。腕の立つ構成員として。白昼堂々と人気店に顔を見せたようだけど。軽くため息をつき、ヴィステはマイクに改めて今後の事を話し始めた。

「霊芯核を突いたから、病気の進行は遅くなるはずだ。私がもっと上手く突けたら完全に進行を止められるんだが、そこは罰として諦めてくれ。」

「いえ・・・、俺はあと、どれくらい生きられるんですか?」

「そうだな・・・。3年が良いとこだろうな。進行を遅らせている間に、手術で悪性の癌細胞を全て摘出すれば、或いは・・・」

割と長く生きられるどころか完治も夢じゃなそうだが、どの道、その3年を刑務所で過ごす事になるだろうなとマイクは苦笑いをした。けど、それは仕方がないことだ。それだけの事をしたのだから。すると、ワルオがヴィステに尋ねた。

「あんたのその不思議な力で、癌細胞を完全に除去する事は出来ないのか?」

「残念ながら不可能だ。」

ヴィステは嘘をついている。本当は闘気をもって除去する事は出来るのだ。しかし、それをやってしまうと、癌に苦しむ全ての人間の相手をしなければならなくなる。それは、ヴィステのような部外者がやっていい事ではない。ちなみに、人体の生体細胞を正常に分裂させていけるようにする事は出来ない。彼女はそういう目的で作られたわけではないからだ。

「私がマイクの体に行った事は、ここだけの秘密だ。いいな?」

本来、マイクにした事ですらルール違反だ。この事実を知れば、世界中から癌に苦しむ人達が事務所にやってきてしまうだろう。金儲けにはなるが、そういうわけにはいかない。

「分かったよ。けど・・・」

「いいさ。正当な罰を受けるチャンスを貰えたんだ。それだけで十分だよ。」

「マイク・・・」

悪魔絡みの場合は情状酌量の余地があるとして減刑されるのが原則だが、ラグウェル家が関わっていることなので何とも言えない。密売された拳銃を使って犯行に及んだというのもあるし、自首したところであまり変わらないかもしれない。

「多分、お前は刑務所に入らない。どっちかって言うと、警察病院の方だな。進行は抑えているけど、体の中はボロボロのままだから。」

「せいぜいそこで死ぬまで懺悔してるんだな。まぁ、たまには会いに行ってやるよ。」

現場にどこか穏やかで優しい風が吹いた。夕日が3人を優しく照らす。すると、背後から5人のスーツ姿の男達がこちらに向かって歩いてきた。先頭を歩くボリューミーなアフロヘアーの男はどう見てもモウリーニョだ。

“真崎って子の件で来たのか・・・”

ヴィステとワルオはどこか渋い表情を浮かべながら刑事達を見つめ、マイクはどこか穏やかな表情で見つめている。自首をするつもりはなかったから、むしろこれで良いと思っている。そんな3人の前でモウリーニョ達は立ち止まり、マイクに向けて1枚の逮捕状を提示してきた。

「マイク・ガザル・アグナウェル。サヤカ・永瀬・真崎への傷害及び殺人未遂の容疑で逮捕する。3年前にベロニカで起きた殺人事件についても、署で話を聞かせてもらうぞ。」

「・・・分かりました。本当に、ご迷惑をお掛け致しました。」

刑事達に深々と頭を下げるマイク。その姿を見てモウリーニョはヴィステが事件の真相に辿り着いた事を悟り、礼を込めて彼女に頭を下げた。笑顔で頷くヴィステ。すると、マイクを庇うかのようにしてワルオが刑事達の前に立った。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!こいつは病気なんだよ!癌で、もう余命は3ね、じゃなくて半年らしいんだ!!」

「いいんだ、ワルオ。」

「けど・・・」

その場で俯くワルオ。そんなワルオを見て、モウリーニョはヴィステに目配せをして真偽を確かめた。ただ、真剣な眼差しで頷く彼女を見れば、彼の言っている事が本当だという事は間違いないだろう。

「まともに刑に服すことは難しいか・・・。しかし、それは我々が判断する事ではない。」

モウリーニョ達の権限はあくまで逮捕して検察に送ることまでだ。その後のことは検察なり別の機関が判断することになるので仕方がない。そして、マイクが連れていかれそうになる中、ヴィステは最後に神川の事をマイクに訪ねた。そいつが何かを言っていなかったのか。何かを計画していないか。すると、マイクは気になる事を思い出した。

「実は、2人がここの来る少し前に、神川って人がまたいきなり現れたんだよ。そんで、てっきり口封じで殺されると思ったんだけど、そうはならなかった。」

神川は最初に会った時とは雰囲気がかなり違っており、不気味なほど喜びを露わにしていて、死を覚悟したマイクにこう言った。

――同士よ、喜ぶがいい!今日は素晴らしい日だ!ようやく結界の解き方が分かったのだからな!!我らが神は、さぞかしお喜びになられるだろう!!――

マイクの証言に首を傾げるワルオとモウリーニョ達。結界とは何ぞや、といった感じだ。ただ、マイク本人も何の話なのか分からなかったようだ。しかし、ヴィステは1人だけ焦りに満ちた表情となっていた。嫌な汗が頬を伝う。結界とはどれを指しているのだろうか。マタタビの結界か。しかし、それだとオジサンに神の座を開け渡すようなものだ。それならば閻冥界の結界か。しかし、それだとオジサンが完全体になって汰魔鬼や閻冥界のエネルギーの悪用が出来なくなる。それとも、巨大招き猫か。しかし、あれほどの邪気を受け止められる器など人間の中にいるはずがない。泥人間だろうと不可能だ。その他に重要な結界と言えば。嫌な予感がじりじりと全身を蝕んでくる。すると、ヴィステの脳裏にフィオナとロベルトの姿が過った。

「しまった!!」

よりにもよってこの日に、何という最悪なタイミングか。たまたまにしては悪質過ぎる。神川とかいうふざけた奴が狙ったのか。だからマイクを殺さずにいたのか。時間を少しでも稼ぐ為に。

“禿げ親父は・・・、駄目だ!今頃、他の星にいるはず!!”

天使勢もこの星に関してはヴィステに任せてしまっているのでたまにしか姿を見せない。恐らくダイマも気付いていない。仮に結界が破られそうになって気付いても、ダイマは泥人間に直接的な手出しが出来ない立場にある。どっちにしても、今この星であの2人を守れるのは自分しかいない。

「ワルオ!アフロ刑事!後は、よろしく!!あ、そうだ!あと、富岡は生きてる!創世会のメンバーとして動いてる!!」

「何ですって!?」

モウリーニョ達が困惑している中、ヴィステは慌てた素振りで来た道を全力疾走して一同の前から姿を消してしまった。何が起きたのだろうか。よく分からず困惑する一同は、とりあえずマイクをベロニカ署に連れていくべく駐車場へと戻り、マイクの車は押収物の1つとして回収される事になった。


――ヒマワリガーデン――

フィオナはリビングルームのソファに座って紅茶を飲みながらTVを見ていた。部屋にはサッカーボールで遊んでいるロベルトの姿があり、室内には夕方のニュースを伝えるアナウンサーの声が響いている。

“ピンポ~ン・・・”

「うん?誰だろ?」

フィオナは訪問者に応答すべく、リビングルームの壁に取り付けられた通話機までパタパタと早歩きで向かった。セールスマンか誰かだろうか。ロベルトも遊びをやめてじっと玄関の方を見つめている。そして、フィオナは通話ボタンを押した。

「はい?どちら様ですか?」

『あ、吉岡ですけど。』

「あ、カレンさん?ちょっと待ってて下さい。」

フィオナは通話を止めて、パタパタと早歩きで玄関まで向かった。そして、ドアの鍵を解除してガチャリと開けると、そこには305号室に住むカレンと302号室に住むジーナの姿があった。カレンは相変わらずスラっとした雰囲気美人で、2人とも白い紙袋を持っている。

「あ、どうもです、カレンさん、町田さん。どうしたんですか?」

「こっちに久しぶりに戻ってきたから、お土産にって。」

「私もちょうど駅前でケーキを買ってきて、良かったらって。」

そう言うと、2人は笑顔で持っている袋をフィオナにアピールするかのように少し持ち上げた。聞いていたよりも大分早い気はするが、どうやら、カレンは出張から戻ってきたみたいだ。

「あ、それじゃ、せっかくなんで、みんなで夕食なんていかがですか?」

「いいんですか?」

「えぇ、上がって下さい。」

「それじゃ、遠慮なく・・・」

フィオナは2人を部屋に招き入れ、2人掛けのソファに座らせると、さっそくキッチンに向かって2人分の紅茶を用意した。そして、ジーナが買ってきたケーキの箱を少し開け、中から漂ってきた生クリームとフルーツの甘い香りに思わず頬を緩ませる。

「あ、2人とも。鍋でいいですか?魚介系のピリ辛風なんですけど。」

「良いですよ。手伝いましょうか?」

「いえ、大丈夫です。ここ結構狭いんで。」

フィオナはやる気満々で冷蔵庫から次々と食材を取り出し始めた。丁度、午前中に買い物に行っておいて良かった。そんな事を考えながら調理に取り掛かりつつ、カレンに声を掛けた。

「カレンさん。こっちに戻ってきたばかりなんですか?」

「えぇ。それで、とりあえずお土産はすぐ渡しとこうって、そしたら、ちょうど廊下で町田さんとばったり会ったもんで。」

カレンとは同い年という事もあって、彼女が隣に越してきてすぐに仲が良くなり、休日になるとたまに一緒に食事をしに行くこともある。その一方で、ジーナが部屋に上がるのは初めてだ。いつも用事があるとかで遠慮していた。

「カレンさんと町田さんって仲が良かったんですね?一緒にいるとこ見た事なかったから。」

「そうですか?」

カレンが笑顔でそう答えていると、ジーナは無言でスッと立ち上がり、無表情のままTVの方に向かって歩き出した。その様子をじっとロベルトが見つめている。すると、

“ピンポ~ン・・・”

「あれ?また?誰だろ?」

フィオナは首を傾げつつ、再びパタパタと早歩きで通話機に向かった。今度は流石にセールスマンか誰かだろうか。ロベルトもフィオナの足元にトコトコと駆け寄った。

「はい?どちら様ですか?」

『あ、吉岡ですけど。』

「え?」



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