第22話 真相2

「真崎を、うちの従業員を襲ったのもお前なのか?」

「・・・あいつは、メイを、母さんの事を馬鹿にしやがったんだ。母さんがどんだけ苦労してきたのか知らないくせに!!」

苦労を知らないくせに。マイクのその言葉にヴィステは怒りを露わにした。

「だったら、お前はジョージがどれだけ苦労してきたのかを知っているのか? ジョージがどれほど努力して、どれほどのものを犠牲にして、どんな思いでプロへの切符を掴んだのか知っているのか?お前は彼の夢も、それまで積み重ねてきたものも、全部奪ったんだぞ!!」

「・・・・・・」

「母親の苦労が分かっていたのなら、どうして同じ気持ちでジョージを見てやれなかったんだ?拳銃を突きつける前に、彼の事を調べようともしなかったのか?」

「・・・あいつの事は、あの日よりも前にTVで知った。どんだけ苦労してきたのかも。店に食べに来てくれたことだって思い出した。だから迷ったさ。」

殺しを持ち掛けられてから実行する日までずっと迷っていた。必死に努力して子供の頃からの夢を叶え、亡き両親との約束を果たしたジョージに対する敬意と、世間から高い評価を得て、惚れていたフィオナまで手に入れたことへの嫉妬。自分の中の光と闇が混ざってもがき、苦しみ、毎日のように酒を飲んでそれから逃げていた。

「ずっと、最後まで迷った・・・」

あの日。マイクは指示通りに新世界の路地裏に潜んでいた。帽子を深々と被り、マスクもしていた。安易に殺しの依頼なんて受けるべきじゃなかったと、その時も後悔していた。ジョージに対し、ここを通らないでくれ、と何度も心の中で願っていた。けど、同時に、頭ので、“お前は正義だ。お前は間違ってない”という声が何度も聞こえていた。

「あいつは、大門は来てしまった。」

マイクにとって、路地を進んでいきジョージの姿は、まるで死の運命に導かれて歩いていくようにしか見えなかった。その時に限って、自分とジョージしかその路地にいなかったから余計にそう思えた。そして、自分の気配に気付いていない様子だったジョージの背後から拳銃を突き付けた。

「けど、怖くて、わざと建物に向けて発砲したんだ。」

「それがビルに撃ち込まれていた弾丸の正体だな?」

静に頷くマイク。あの時は、それで終われると思った。ジョージが振り返って突き付けられた拳銃に気付き、ファルスを放出すれば、もう自分の力では彼を殺す事は出来ないと。しかし、ジョージは怪訝な顔をしてこちらを見てくるだけで、ファルスを放出する事はなかった。拳銃を突き付けられている事に気付いていなかったのだ。

「直ぐに逃げようかと思った。けど、あいつの顔を見たら・・・」

ジョージの顔を見たら、自分の中で強烈な殺意が湧いてきた。密造銃を発砲した、という犯罪の事実がバレるのを怖れたのかもしれない。気付いた時には、もう銃口をジョージに向けて発砲していた。

「俺は、選んだ。殺す事を選んでしまった!」

マイクは自分のした事の恐ろしさに、思わずマスクを下にずらしてしまった。だが、直ぐにジョージが胸を抑えながら、自分を睨みつけているのに気付いて怖くなった。そして、顔がバレてしまったと思って、見えない何かの恐怖から逃げるかのようにジョージに背を向けてそのまま走り去った。

「直ぐに捕まるかと思って、ずっと怯えてた。ずっと・・・」

マイクは翌日から店をしばらく休もうと思ったが、指示してきた者から“いつも通り営業して下さい。そうすれば捕まる事はない。”と言われていたので普段通りを装った。実際、店に1人の刑事が来たが、事件当時に店の営業をしていたかどうか、それだけ聞いて帰ってしまった。

「その刑事は富岡って奴だな?」

「あぁ、もし他の刑事が来ても、“富岡って刑事に話したから、そいつに聞け”って言えって。」

ただ、それ以降は警察が店に来ることはなく、後で富岡から事件の捜査が打ち切られた事を教えられた。絶対にバレることはないから、余計な事はしないで、普段通りに店を続けろ、と指示された。

「店に事件を調べてる記者が何人か来たけど、何とかやり過ごせた。」

マイクにとっては恐怖の日々だった。いつバレてしまうのかと。警察以上に新聞や雑誌の記者の方が怖かった。事件当日は、客達に“仕込みの準備があるから”という理由をつけて店を17時で臨時的に一旦締め、車に乗って急いで指定されていた現場近くの駐車場に向かい、そこから歩いて現場まで行って、ジョージを銃撃した後に急いで店に戻って19時40分頃に再開した。要するに、その間のアリバイなど無かったのだ。ところが、その日は常連客が昼時にしか来なかったので、彼らは聞き込みに訪れた記者達に“店は普段通りやっていた”と答えた。準備中に切り替えた事を知っていた数人の客はどれも初めて見る顔ぶれだったせいもあって、記者達が彼らの前に姿を見せる事はなかったのだろう。準備中に店に来た客もほとんどいなかったのかもしれない。運が良かったのか、悪かったのか、それは分からない。

「刑事はまだしも、事件記者達をやり過ごせた、って事は、心臓に撃ち込まれたものは、ジョージを襲ったあと、直ぐに蒸発させたのか。」

“!?”

ヴィステのその言葉に、マイクは驚愕してしまった。何もかもバレている。確かに、ミミ教会の関係者らしき人物から、“正義を執行する為の、カンフル剤だ”と言われ、胸に何かを撃ち込まれた。そして、その人物の指示通り、任務を終えて店に帰ると、直ぐに自身のファルスを体内に集中させてそれを蒸発させたのだ。

「俺は信じる事にした。そいつを。自分がやった事が正しいものだったと。あいつの浮気を理由に、自分の行動を、感情を正当化させたんだ!!」

「馬鹿タレが!!そもそも、ジョージは浮気なんてしていない!元カノと一緒にいたのはたまたまだったんだぞ!!」

「・・・分かってるよ。ホントは何となく分かってたんだよ。だから!!」

マイクはそう言うと、コートの内ポケットから小型の拳銃を取り出して撃鉄を引くと同時に自分のこめかみに銃口を突き付けた。その色と形状からしてピストンだ。ジョージを撃った凶器を自分に突き付けているのだ。その姿に驚愕するワルオ。

「よせ!マイク!!」

「これで良いんだ。俺が死ねば、母さんの店は守られる。」

「馬鹿野郎!死んで詫びるだぁ?ふざけたことしてんじゃねぇ!!」

「そうだ。お前がここで死んでも、いずれ警察が事件の真相を掴んで公表する。そうなれば、店はどうしたって風評被害を受ける事になる。」

恐らくは店を畳む事になるだろう。ただ、悪魔絡みの事件であることもまた事実なので、もしかしたら同情してこれまでと変わらず通ってくれる客もいるかもしれない。それは今後の店の努力次第だろう。

「あいつを撃った後、何度も店を畳もうとした。けど、出来なかった。母さんとの思い出が全部消えてしまうみたいで・・・」

「マイク・・・」

マイクは悪夢にうなされて眠れぬ日々を過ごしていた。後悔ばかりしていた。けれども、ミミ教会のその人物の言葉通りに店を続けていた。月日の経過は恐ろしいもので、事件直後はあれだけ罪悪感に苦しんでいたのに、1年、そして、また1年と経つと徐々にそれも薄れていった。何事もなかったかのように料理に励んでいた。しかし、凶器に使った拳銃を捨てる事は出来なかった。自分が犯した罪の象徴として持ち続けなければならないとずっと思っていたのだ。

「真崎って女も、最初は注意するだけにしようと思ったんだ。」

マイクは自分の中の怒りを抑えきれず、夜中にサヤカが働いている飲み屋に行った。すると、ちょうど彼女が店から帰るところで、店の前で待っていたタクシーに乗り込んだので、その後をつけた。

「家まで行くと思ったら、公園の前で降りて・・・」

かなり酔っているようだったが、マイクはサヤカに声を掛けて、店に対する誹謗中傷をした事を詫びろ、と怒鳴りつけた。しかし、サヤカは悪びれるわけもなく、“あの店の元オーナーは色んな男に体を売って評判を得た。そうに決まっている。メイだって同じだ。”と逆に言い返してきた。

「許せなかった。フィオナと重なって見えてから、余計に・・・」

フィオナとさえ出会わなければ、こんな苦しい思いをしなずに済んだ。自分勝手な言い分だが、もう精神的に余裕がなかった。だから、殺そうと思って公園の周囲に凶器になるものはないか探した。そして、近くのゴミ収集所に捨ててあった鉄パイプを拾い、公園で立ち止まっていた彼女を背後から襲ったのだ。

「凶器は?」

「彼女を襲った後に、川に捨てた。」

マイクはサヤカの背後に忍び寄り、握りしめた鉄パイプで彼女の後頭部を殴打した。そして、昏倒して痙攣を起こしている彼女の首を絞めた。それは、サヤカに対する憎しみだけじゃなく、フィオナに対するものも含まれていた。

「本当に、自分勝手な奴だと思うよ。俺みたいな奴は死んで当然だ。」

「そんなことは・・・」

ワルオはそれ以上何も言えなかった。身内だからこそ、庇いたいと思う気持ちはあるが、これが赤の他人だったらどうだろうか。ただの身勝手なクソ野郎としか思わないのではなかろうか。

「神様は残酷だよ。どうして俺の前に・・・」

マイクの脳裏に店内の様子が描き出される。厨房でメイと一緒に料理をする日々。一時期は料理の質が大きく落ちて常連客達ですらあまり顔を見せなくなって赤字続きだったが、今はたくさんの客で店が賑わっている。楽しかった。忙しいけど本当に嬉しかった。そんな儚げな表情で俯くマイクをワルオが切なさそうに見つめる。

「マイク。頼むから、銃を下ろしてくれ。」

「・・・俺はもう長くない。」

「長くないって、どういう事だよ?」

「胃癌なんだろ?もうかなり進行して、肝臓にも転移してるな。」

「そうなのか?」

マイクは静かに頷いた。ヴィステの言う通り、マイクは胃癌と肝臓癌を患っており、今日ここで死のうとしたのは自分の死期を悟って、せめて自分の手で罪を償おうと思ったからだ。医者からも、もう半年の余命宣告を受けていた。若いから進行が速かったというのもあるが、肝臓に関しては酒の飲みすぎにも原因があった。

「何で言わなかったんだよ・・・」

「神様が俺に与えた罰だと思ったんだ。受け入れるべきだって。だから、誰にも言いたくなかったんだよ。特に、心配性のお前にはな。」

マイクとワルオは住んでいる地域もあって、それぞれ別々の小学校に通っていた。そして、ある時、マイクはベロニカにある有名な進学塾に通っていたクラスメイトを通じてワルオと知り合い、それからつるむ仲になっていた。2つ歳が離れていたが、不思議なほど話が合った。まだその当時はお互いの親について知らず、ギクシャクした関係ではなかった。父親がいなかったマイクは学校でその事を同級生達からいじられ、それがきっかけで中学に進学すると不良少年らとつるむようになり、ワルオも彼を追うようにしてそのグループに入った。マイクと違って腕っぷしが強かったので、何度も喧嘩に負けそうになっていた彼を助けた。通っていた進学塾をさぼってマルクスに怒られる事もよくあったが、両親の事を知るまでは本当に仲が良かったのだ。

「最近は、記憶も曖昧になってきて、あの事件も、何もかも悪い夢だったんじゃないかって・・・」

そう言うと、マイクの両目から涙がスゥっと流れた。彼の脳裏に子供の頃の思い出やメアリーが生きていた頃の様子が映し出される。自分を育てる為に、一生懸命になって働いてくれていた。本当に優しい母だった。

「マイク・・・」

ワルオは知っていた。メアリーが死んだ時、父親のマルクスが頭を下げに弔問に訪れ、マイクが大粒の涙を流しながら、帰れ、と何度も叫んでいたことを。その姿を見て、何も言ってやれなかった。むしろ罪悪感を覚えた。

「ごめん、母さん・・・」

マイクは目を閉じて引き金を引こうとした。そして、それを止めようとワルオが必死に名前を叫んで駆け寄ろうとした、その時だった。

――ザシュ!!――

マイクの肘と手首、胸や腹に七色に輝くホログラムのような針が合計10本ほぼ同時に突き刺さり、手に力が入らなくなって拳銃を持った右腕はだらりと下ろされた。何が起こったのか分からないといった表情のマイクとワルオ。だが、直ぐにそれが誰の仕業なのかが分かった。

「大馬鹿者が。ここで死なれたら後味が悪くなるじゃねぇか。大人しく警察署に行って全部話してこい!」

「・・・いや、マジで何をしたんだ?」

「霊芯核って聞いたことないか?」

「れいしんかく・・・?」

――霊芯核――

魂に宿るエネルギーを肉体の隅々にまで宿す為に存在する神経の霊的バージョンのことを霊核と呼び、その中で特に重要な箇所を霊芯核と呼ぶ。そして、ここに何らかの強い刺激を受けたり破壊されたりすると、その部分の力が入らなくなってしまう。本来は、ここを突かれても肉体にはあまり影響が無いのだが、魂のエネルギーをもって進化をしてきたこの世界の人間の場合は肉体の神経にダメージを負ったのと同じ意味となる。

「意外に知らないのが多いんだよな。大昔の人間は割と知ってたと聞いたんだが。」

「そうなのか?初めて聞いたんだけど・・・」

「まぁ、そこら辺はいい。とにかく、アグナウェル。お前の体内を蝕んでいたものをついでに除去したから、後は生きられるだけ生きて、罪を償え。」

それが法治国家たるこの国で生きる者の義務だ。ヴィステのその言葉に俯くマイク。確かに、自害して楽になろうなんて身勝手なのかもしれない。最後まで、最後のその日まで苦しみ、フィオナ達家族や親族に謝罪し、何よりもジョージに謝罪し、彼の冥福を祈り続けるべきなのかもしれない。

「お前が病に侵されたのは、お前に近づいてきた、そのミミ教会の奴のせいでもあるが、一番の原因は、お前自身の、その罪の意識からだ。」

「罪意識・・・」

マイクの体内の状況から見て、確かにまだ若いからこそ癌の進行速度や細胞の転移が早いと医者はそう判断するだろうが、霊芯核の状態を見れば、明らかに外部からの何かしらの干渉があった痕跡がある。それもほんの少しずつ肉体に悪影響を及ぼすようにする何かを。

「お前、ミミ教徒を語るそいつから薬か何かもらって飲んだろ?」

「どうしてそれを・・・」

マイクは得体の知れない力を持つヴィステにある種の救いを見出し、そのミミ教会の男からある薬をもらった事を白状した。その人物はマイクにこう言ったのだ。

――お前は神に仇なす愚かな人間を葬っただけだ。しかし、同じ人間である以上、その罪意識に苦しむこともあるだろう。辛くなったら、これを飲むといい――

「それで飲んだのか。」

「あぁ、2年近く前に飲んだ。楽に死ねる薬だと思ったから。けど、直ぐに死ぬようなものじゃなかった。だから、後になって余計に後悔したよ。」

「あの子が店にやってきたからか?」

マイクは自殺を考えた時もあった。何度も何度も。けど、メアリーから継いだ店を潰したくもなかった。しかし、薬を飲んでから徐々に体の調子が悪くなって、そんな時に出した求人募集にメイがやってきて、彼女の店に対する思いを聞き、彼女と一緒に料理をしている内に、生きたいと願うようになった。彼女の存在が自分にとって救いになっていた。

「あのメイって子に惚れたのか、マイク。」

「あぁ。だから心底後悔したよ。何てことしてしまったんだって。何で3年前にあんなことしちまったんだって・・・、それに、もう1人この手で・・・」

「アグナウェル。真崎って娘は死んでないぞ?」

「え?いや、そんなはずは!確かに、あの時・・・」

「たまたま根性で仮死状態から復活したんだろ。ただ、彼女を殺そうとした事には変わりない。その罪もしっかりと償うことだ。」

あの時殺したと思っていた女が生きていた。その事実にどこかほっとしたような表情を浮かべるマイク。ヴィステはその事件の裏を知っているが、間違ってもその事は教えない。気まぐれ禿げ親父の活躍など正直どうでもいい。

「アグナウェル。そのミミ教会の奴の名前は?」

「・・・神代だ。」







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