第21話 真相1

――ローゼンファーヌ――

午後2時半過ぎ、店に辿り着いた2人は神妙な面持ちで入口の扉の前に立った。冷たく強い風が2人の背後を通り過ぎていく中、事件の真相を加害者本人に突き付けるべく、鋭い目つきでドアノブに手を掛けるヴィステに対し、ワルオはどこか思いつめた表情をしている。心のどこかで自分達の考えが間違えていると信じたいのだ。

“カランカラン・・・”

ヴィステが扉を開けると、そこにはいつもらしい光景が広がっていた。昼時ではないものの、祝日だけあって、店内の席は全て埋まっており、入口の傍にあるソファには順番待ちの客の姿もある。変な噂が立っていたようだが、そんなものを吹き飛ばすほどここの料理は美味しいのだろう。10代と思しきメソトリア系の若い女性が料理をせかせかと運んでいる。彼女が新しく入ってきたアルバイトなのだろう。こっちに対応する余裕は無さそうだ。

「山田さん!」

すると、メイがヴィステ達に気付いて、慌てた素振りで厨房からやってきた。しかし、その表情は客への対応のものじゃない。どこか思いつめている。どうしたのだろうか。そもそも、店長のマイクの姿が見当たらない。

「店長はどこに?」

「それが・・・」

メイは1通の手紙をヴィステに手渡してきた。どうやら、マイクがメイに宛てたもののようで、中には、自分にもしもの事があったら、店を頼む、というもので、母親の残したレシピノートや仕入れ先のことなど、店の営業に関する内容だけじゃなく、厨房の奥の部屋の机の引き出しには店と土地の権利を無償譲渡するといった内容の契約書がある、という内容まで書かれている。そして最後に、感謝の言葉で締めくくられている。

「私、どうしたら・・・」

「落ち着いて下さい。彼がどこに行ったのか聞いてませんか?」

「いえ、何も言わずに出ていってしまったんで・・・」

「あの馬鹿、マジで何やってんだよ・・・」

「あ、もしかしたら・・・、メアリーさんのお墓に・・・」

「そうだ。今日は、メアリーさんの命日か!」

順番待ちをしているカップル客もよく分からないけど固唾を飲んで見守る中、いよいよ本格的に嫌な予感がしてくる3人。アルバイトの子が何事かという表情でこちらを見つめている。客からのオーダーを伝えたくても出来ないでいるようで、それに気付いたヴィステは、とりあえずメイに店でいつも通りの営業をするように伝え、ワルオを連れて駐車場に戻った。

「その墓ってどこにあるんだ?近いのか?」

「いや、ここからけっこう離れた場所にある。クロユリ市にある月島海浜公園の近くだ。」

「月島海浜公園・・・、この前、TVのニュースで何かやってたな・・・」

ヴィステは頭にインプットしていた地図を閲覧し、ワルオの言う月島海浜公園の位置を確認した。ここから車で1時間以上もかかりそうだ。空間転移が出来ればそうしているのだが、悲しいかな、この世界に来た際に受ける事になった能力制限でそれは叶わない。虎之介やユリコクラスが遠くで暴れまわっている、という条件ならば可能なのだが、そう上手くはいかない。

「とにかく急ごう!」

ヴィステは再びワルオを助手席に乗せ、マイクの下へ急いだ。間に合ってくれ。そう焦る思いが顔に出ているワルオに対し、車を運転しているヴィステは複雑な思いだった。それは、自分が変にあっちこっちに行って捜査なんてしなくても、自殺で終わったんじゃないのか、と思えて仕方ないからだ。もしかしら、3年前の事件について懺悔する遺書なんかもどこかにあるかもしれないし。ただ、それが無かった場合は、事件の真相は分からず、依頼を達成する事が永久に出来なくなる。謎の禿げ親父(人の目にはフサフサジェントルマンに映る)が証言したところで、依頼人が納得してくれるのかどうか。

“否、余計な事は考えまい。報酬の為だと割り切ろう!!”

出来れば、自分達の問いに対してシラを切り、そこで、これまでに推理して導き出した動機を示しつつ口を割らせるのがベストだ。それでこそ、ここまで苦労して聞き込み調査をしてきた甲斐があるというもの。泥人間がそこにいれば、このモヤモヤした感情を払拭するついでにぶちのめせばいい。そう気持ちを切り替えたヴィステは目的地へ向けて車を走らせた。


――月島海浜公園――

ヴァルメシア大陸北東の海岸沿いにある国立公園で、高い展望台があるなど、休みの日になれば多くの観光客が訪れる人気スポットでもあり、この日も公園には多くの家族連れや若いカップルの姿がある。16時過ぎに、そんな場違いな目的でここに辿り着いたヴィステとワルオはさっそくマイクがいるであろう丘の上の古い墓地へと向かった。

「けど、どうしてこんな店から離れた場所に?」

「多分だけど、そこの墓地って、メアリーさんの故郷の方を向いてるらしいから、それでじゃねぇかな。」

祖国には帰れなかったけど、せめて想いだけでも亡き家族へ送りたい、というメアリー自身の考えがあったのかもしれない。そして、マイクは彼女の遺言によってそこで眠らせているとマイク本人から教えられた、とのこと。なるほど、と納得するヴィステ。というよりもワルオの言動から“こいつ、名前の割に、普通に良い奴じゃね?”と思った。

「とにかく急ごう!」

2人は墓地へと急いだ。そして、足場の悪い丘を駆け登っていき、しばらくして墓地へと辿り着いた。しかし、そこにマイクの姿は無い。メアリーの墓前に立ち、肩で息をしながら焦りに満ちた表情で周囲を見渡すワルオ。ここじゃないなら、どこに行ったのか。その一方で、特に息を切らしている様子もないヴィステはスッとメアリーの墓石に手をかざした。すると、彼女の脳裏にマイクの姿が映し出された。

「マイクはここに間違いなく来たみたいだ。」

「それじゃ、どこに!?」

「落ち着け。何か、心当たりはないか?そう遠くに行っていないはずだ。」

「ここら辺で・・・、あ、そうだ!多分あそこだ!!」

ワルオは何かを思い出したようで、ヴィステは彼の後について再び駆けだした。


――海猫岬――

墓地から少し離れた切り立った断崖の傍にマイクは立っていた。黒いコートを身に纏い、赤い夕日の下の海の果て、地平線を眺めている。その表情はどこか儚げだ。

「やっぱり、ここにいたのか、マイク。」

ワルオが背後から声を掛ける。息を切らした状態でじっとマイクを見つめる。そんな彼を見て、思わぬ人物だったのか驚き戸惑いをみせるマイク。ただ、ワルオの隣にいるヴィステの姿を見て、どこか察したような表情をして俯いた。そんなマイクにヴィステは一歩近づいて話しかける。

「アグナウェル。お前に3年前の事件についてもう1度聞きたい事がある。」

「・・・何ですか?」

「私が凶器の拳銃のことを訪ねた時、どうして“ピストン”だって思ったんだ?警察はその事実をまだ掴んでいないんだぞ?」

「何の・・・ことですか?そんなの、適当に言っただけですよ。」

「本当にそうなのか?俺もその拳銃を持っていたけど、それが事件の凶器だなんて知らなかったぞ。ダチの連中もみんな知らなかった。どうしてその名前が出たんだ?」

「それは・・・、けど、俺にはアリバイが・・・」

「本当にあるのか?店には古くからの常連客もいるそうじゃないか。彼らに聞けば、その日のあの時間に営業していたかなんて分かるぞ?多分・・・」

ヴィステの指摘に反論出来ないマイク。ただ俯いてじっとしている。その態度を見てワルオはどこか悲し気な表情となる。マイクが犯人じゃないと信じたいのだ。そんなワルオを他所に更に追い詰めるべく、ヴィステは再びもう一歩前に出て口撃を仕掛けた。

「アグナウェル。お前、3年前の事件の日の前に、フィオナさんが住んでるとこに行ったろ?それも何度も、何度も。」

「そんなの・・・知りませんよ。」

「お前を見たって人がいるんだよ。話しかけもしたってな。」

「それは、たまたま、あのマンションの近くに友達が住んでて・・・」

「あのマンション?あのマンションとはどういう意味だ?」

「いや、だから、その話しかけてきた人がそのマンションから出てきたから・・・」

「本当にそれだけか?その人は近くの通りからお前があのマンションを見ていたって、言ってたんだぞ?」

「それは・・・」

「知ってたんだろ?フィオナさんがあのマンションに住んでるってことを。」

「・・・・・・」

「そもそも、どうして彼女があそこに住んでいるのを知っていたんだ?」

フィオナはアルバイトを辞めたばかりの頃はまだサクラ都のテイシャン大使公邸に住んでいた。ジョージの下へ行ったなんて知っているわけがないのだ。それこそ、フィオナの後をつけて行かない限り。

「それに友達って言ったな?だったら、その友達の名前を言ってみろ。」

「それは・・・、そんなこと、あなたに関係ないじゃないですか!」

「調べればすぐに分かる事だぞ?多分・・・」

「く・・・」

「お前が仮にあの2人の婚約をTVで知ったとしても、それは、お前があそこ付近で見かけられる後の話だ。だから知っているはずがないんだよ。」

「ぐ・・・」

「フィオナさんに惚れてたんだろ?だから、彼女を奪ったジョージが許せなかった。そうじゃないのか?」

「・・・あいつは・・・」

ヴィステの容赦ない口撃に滅多打ちとなるマイク。まともに反論できず、思わず後ずさりして崖っぷちまで1メートルのところに追い込まれた。しかし、そんな彼をフォローしようとしたのか、ワルオが3歩前に出て割って入った。

「アレだろ?その事も、拳銃の事も、客にでも聞いたんだろ?なぁ?そうなんだろ?」

ワルオの庇おうとしてくれているその言葉に、どこか悲し気な表情で俯くマイク。ただ断崖絶壁に打ち付ける波の音が響き、冷たい風が3人に吹きかけられる。

「余計なこと言うもんじゃねぇな・・・」

マイクのどこか諦めたといった表情とその言葉に愕然とするワルオ。もはや彼が犯人であることは間違いない。そんなマイクに鋭い視線を送るヴィステ。意外とあっさり落ちたが、ワルオは口を紡いだまま空を見上げたまま1歩、2歩と左右に歩いた後、怒りと悲しみに満ちた表情でマイクを睨みつけた。

「お前・・・、何やってんだよ・・・!!散々俺のこと犯罪者だの何だの言っといて、お前がそれになってどうすんだよ!!」

「・・・・・・」

「店どうすんだよ!お前がいなくなったら、あの店潰れるんだぞ?」

「・・・あの店は、メイに、うちの従業員に任せたから・・・」

「馬鹿野郎!何ふざけたことぬかしてんだ!従業員に店を押し付けてんじゃねぇ!それでも経営者か、てめぇ!!」

声を荒げるワルオ。そこには怒りだけじゃなく、色々な思いが籠っていた。メアリーの店は彼にとっても特別な場所だったのだろう。もしかしたら、母親の手料理の味を知らない彼にとって、メアリーのハンバーグはその代わりだったのかもしれない。そんなワルオに代わってヴィステが再びマイクに問う。

「アグナウェル。さっき何か言いかけたが、フィオナさんが何かしたのか?それとも、ジョージさんが?」

「あいつは、あのジョージって奴は、フィオナを裏切ったんだよ。妊娠までさせておいて!」

「どういう事だ?」

「見たんだよ。あいつが前の女と一緒に、楽しそうに喫茶店に入ったのを。浮気してやがったんだ!」

メアリーが亡くなった後、意気消沈していたマイクは酒に溺れるようになり、新世界の飲み屋に通い詰めていた。そんな時に、たまたま繁華街をうろついていると、ジョージが元カノのジュディと仲良さそうに歩いていたのだ。

「元カノと浮気?お前どうしてその人が元カノだって分かったんだ?」

「そ、それは・・・」

ジュディがジョージと別れた後に再び会って話をしたのはその日の1度きり。そんな彼女を見て、ジョージの元カノだとマイクは分かるはずがないのだ。それこそ、ジョージかジュディの事を詳しく調べるか、他の誰かから聞かない限り。

「誰か、その時に、誰かに声を掛けられたな?」

「・・・・・・」

再び沈黙をするマイク。しかし、その態度から誰かに話しかけられたのは間違いない。もしかしたらと思っていはいたが、やはりジョージを恨むきっかけが出来た日に、第1の使徒と接触をしていたのだろう。ヴィステはもう更に一歩前に出る。

「お前に声を掛けたのは、―――という人物じゃないのか?」

“!?”

ヴィステが口にした人物の名前を聞いて驚愕した表情となるマイク。更に一歩後退してしまう。その様子からみて間違いなさそうだ。当たっていたから余計に溜め息が出てしまう。とりあえずマイクが落っこちないように2歩下がっておく。

「俺は、確かにあんたの言う通り、フィオナに惚れてた。通っている大学は分かっていたから、そこから後をつけてあのマンションの事を知った。」

それからは店の定休日になるとマンションにいったり、フィオナの後をつけまわしたりした。何をやっているのかと自問自答した事も何度もあった。あったけど、止められなかった。

「でも、フィオナの事を見ている内にだんだん、彼女が幸せになるなら、それで良いじゃないかって、諦めようとしたんだ。けど・・・」

「そいつがお前に、ジョージがフィオナだけじゃなく、色んな女を騙してきた、とでも言ってきたのか?」

「そうだよ。その時は半信半疑だったけど、ミミ教会の・・・」

マイクはそこで言葉を止めた。その表情からして明らかに言ってはならない名前のようだ。下手に口を割らせれば、何かしらの術式が発動するかもしれない。実際に、今のマイクにはそれが施されているのだから。そんな精神的に追い詰められているマイクに、ワルオが従業員の件で尋ねた。


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