第20話

 ヴィステはワルオがここに来る前に、再びゲオルグ達と連絡を取り、それぞれにある事を訪ねたが、彼ら自身はそれをよく知らなかったようだったので、改めてジュディにも連絡を取ると、丁度買い物から自宅に帰ってきたようで、その事実を確認する事が出来た。その瞬間にヴィステの中で確信に近いものが生まれた。

『同じクラスだったから、何となく覚えてるけど・・・』

電話越しのジュディの声が暗い。彼女が言うには、どうやらその苛められていた人物は真面目で大人しい性格だったようで、それで同じクラスの一部の女子生徒達によってからかわれたり、物を隠されたりしたらしい。ただ、ジュディは自分が狙われるのが怖くて見て見ぬふりをしてしまったようだ。

『でも、ジョージが助けてあげて・・・。私は本当に冷たい子供だったと思います。彼女の両親が亡くなったって知っていたのに。』

「両親が亡くなった?」

『はい。確か、交通事故で亡くなったって聞いたのを覚えてます。』

「それじゃ、彼女は、親戚か誰かに?」

『いえ、祖父母の方達と一緒に暮らしていたみたいです。』

その人物が苛めを受けていたのは、親がいなかったのも原因だったようだ。言い返してこないのをいい事に、両親に捨てられただの、色々と好き勝手に言われていたらしい。

「それじゃ、就職するまではその方達と一緒に暮らしていたって事ですかね?」

『多分、違うと思います。確か、中学1年の時に、おじいさんが亡くなったって話を聞いたし、おばあさんも姿を見かけなくなったし・・・』

「見かけなくなった、という事は、橘さんの実家はご近所なんですか?」

『いえ、それほど近いというわけではないですけど、彼女のおばあさんは、よく私の実家の近くにある教会に通ってたんですよ。』

「教会?ミミ教会関連のですか?」

『はい、聖アンマーリ教会って名前なんですけど。日曜日になると、決まって同じ時間に礼拝しに来ていたんですよ。』

「その姿が見えなくなったと。」

『はい、高校2年くらいの時からかな・・・』

「彼女もその教会に?」

『どうだろう。もしかしたら、礼拝しに来ていたかもしれません。』

「彼女がジョージさんと同じ高校に通っていたというのは知っていましたか?」

『はい、ジョージから教えてもらいました。』

彼女は普通に高校を卒業している。もしも、祖母がその前に亡くなっていたとしたら、未成年後見人は誰がやっていたのか。親戚だろうか。それとも、別の両親の知人か誰かがやっていたのだろうか。

「その教会って、福祉施設も兼ねていますか?」

『はい、あそこは、親を持たない子供達を預かったり、未成年後見人になってくれたりしているんです。』

「なるほど。ちなみに、彼女がジョージさんと同じ大学に通っていたのは知っていましたか?」

『いえ、そこまでは。ただ、気にしてはいました。』

「そうですか・・・」

『山田さん。彼女が、彼女が本当にジョージを?』

「まだ分かりません。ただ、関わっていた可能性は高いと思います。」

『そうですか・・・』

「あくまで可能性の話です。それでは、これで。お忙しい中、ありがとうございました。」

受話器を置いたヴィステは、そのまま目を閉じて思考を巡らせる。恐らく、その人物が第1の使徒なのだろう。もしかしたら、その人物にとって、ジョージは心の拠り所だったのかもしれない。暗く沈んだ心に差し込んだだったのかもしれない。それを追いかけるかのように、一生懸命に頑張って大学まで進学したのだろう。同じ学部じゃなかったのは、その想いがジョージに気付かれて嫌われるのを恐れたのかもしれない。

「そこまで追いかけておいて偶然ってのはおかしい。事件のことを知らないってのも不自然過ぎる。けど、ホントにそうなのか?そんな事が有り得るのか?」

もしも彼女が第1の使徒ならば、なぜ、あんな不可思議な行動を取ったのだろうか。その行動は異常としか思えない。罪の意識からか、それとも、何か他に理由があったのか。そもそも、あの時は、特に泥の匂いなんてしなかった。霊気で蒸発させたにしては、随分と霊気が弱かった気がする。あれを蒸発できるだけの霊力を扱えるのならば、体内の詳細を調べなくても、会った時点で分かる。それこそジュディのように。すると、直ぐにその時の事を思い出した。

「そうか!そう言えば・・・」

匂いに気付かなかった理由が分かったヴィステ。迂闊だった。別の事に意識を向けてしまったばっかりにその場で気付けなかった。人間の心ほど複雑怪奇なものは無いような気がして深い溜め息をついてしまう。

「何で、そうなっちまうのかなぁ、人間は・・・」

もはや第1の使徒は確定したようなものだ。だが、やはり証拠が無い。逮捕できるだけの決定的な証拠が。この事件を解決するには第2の使徒から崩していく他ないのかもしれない。

「問題は第2の使徒との接点だ。どうしてジョージに対する恨みを持っているのが分かったんだ?泥人間が教えたのか?」

どちらにせよ、第2の使徒に口を割らすしかあるまい。神代が言っていたという、この国の担当者が何らかの行動を起こす前に白状をさせなければ。しかし、どう問い詰めるべきだろうか。警察に通報して任せるべきか。

「直ぐにフィオナのとこに行かなくて大丈夫か?けど、そんな感じじゃなかったしな・・・」

フィオナとロベルトの身も心配だが、泥人間がまだ彼女達に施された防御壁の解き方に気付いていないようなので、そこまで心配する必要はないだろう。とりあえず、ワルオの相談も気になるので、ヴィステは事務所で彼が来るのを待っていた。そして、午後1時過ぎになり、ヴィステがビルの前の歩道で待っていると、ワルオが約束通りに車に乗ってやってきた。高そうなスポーツカーだ。爆音が周囲に鳴り響いている。

「良い車に乗ってんな。流石は大地主の跡取りだな。」

「アホか。これは俺が稼いだ自分の金で買ったもんだよ。」

ワルオはプライドが高く、意外にも母や祖父が残した財産にほとんど手を付けていないらしい。事業を起こした際も父親には頼らず、個人として、役所や銀行から融資を受けていたようだ。そんなワルオを駐車スペースに案内し、車を駐車させて地下エレベーター室へ向かった。カツ、コツ、と2人の革靴の音が駐車場に響く。

「そう言えば、あの馬鹿でかい招き猫って何の為に造られたんだ?」

「神代って奴は何か言ってなかったのか?」

「いや、言ってたんだけど、“あれは古い秩序を破壊する、組織の切り札だ”とか、よく分からないこと言ってたからさ。」

「そうか。」

2人はエレベーターホールに辿り着き、直ぐに1階で待っていたエレベーターに乗って6階に向かった。2人が1F、2F、と点灯する表示が変わっていく様子を見上げながら、ゆっくりと上がっていく。

――巨大招き猫――

サクラ都コンゴウ区桜坂1丁目にある桜坂公園内に建てられている、高さおよそ220メートルもある巨大な黒と白のカラーリングの招き猫。見た目的には、いわゆる靴下猫である。脳天に黄色と黒の縞模様の1本の角を生やし、その手にある小判には“厄除け”という文字が刻まれており、この招き猫の前で結ばれたカップルは幸せになれる、という噂が出回って、休日になると、多くの若い男女が訪れにやってくる。

「まぁ、せっかくだから教えるけど、あの中には、大破壊の際に残った濃密な邪気が封印されてある。」

「大破壊って、あの300年くらい前の?」

「そうだ。とても浄化できる濃度じゃなかったから、あれを創って、その中に封じ込めたんだ。神代みたいな連中に悪用されないようにな。」

「そうなのか。それじゃ、もしかしてあれを造ったのは、あんたなのか?」

「いや、私じゃない。あれを創ったのは、まぁ、お前がこの前呼び出した汰魔鬼の長だ。」

「あの鬼の?やっぱり、そういうのもいるのか・・・」

「私がここに事務所を構えたのは、あれの近くだからって理由だ。もしもの事があっても、直ぐに対応出来るようにな。」

6階に辿り着き、ヴィステはワルオを連れてホールの直ぐ傍にある事務所の入り口を開けて中に入っていった。そして、室内の通路を進んで応接室に入り、ワルオを手前の席に座らせると、さっそくとばかりに相談とやらを聞いてみる事にした。

「んで?電話で言ってた相談ってのは?」

「実は、この前、うちの従業員、真崎って言うんだけど、彼女が夜中に襲われてさ・・・」

ワルオの話のよると、彼が経営している飲み屋で働いている女性従業員が夜中に1人で公園にいたところ、いきなり背後から誰かに襲われたそうだ。ただ、幸いにも命拾いをしたようで、その女性が言うには、寒くて目が覚めて、そのままフラフラと公園の前の通りを歩いていたのだが、後頭部が痛くてしゃがみ込んでしまったらしく、そんな時に、たまたまそこを通りかかった男性が救急車を呼んでくれて助かったようだ。

“あれ?この話、どこかで・・・”

首を傾げるヴィステ。どこかの禿げが似たような話をしていた気がするが、とりあえず、そのままワルオの話を聞くことにした。

「なるほど。つまり、その従業員を襲った犯人を捜してほしいと?」

「いや、まぁ、そうなんだけど・・・」

ワルオはどこか言いづらそうな表情をしている。何か理由があるのだろうか。まさか、犯人の目星が付いているのだろうか。それなら、まぁ、分からなくもないけど。

「一昨日まで、彼女は病院で寝たきりだったんだけど、目が覚めたっていうから、ちょっとお見舞いに行ったんだよ。」

「ほう、従業員想いなんだな。」

「いや、うちの仕事の帰りに襲われたからさ。何か、悪いんじゃん?まだ新人だったし。」

「なるほど。」

「そんで、話をしたんだけど、ほら、覚えてるか?俺があいつ、マイクと喧嘩したって話。」

「あぁ、覚えているぞ。何か、店の悪口がどうとか・・・」

「そうなんだけどさ・・・、どうも、その悪口を広めてたのが、真崎らしいんだよ。」

その女性の名前はサヤカ・N(永瀬)・真崎といい、彼女はマイクの店で働いているメイと小学生からの友人で、共に高校卒業後に美食アカデミアという調理師専門学校に通っていたらしい。ただ、圧倒的な才能を見せて優秀な成績を収めたメイに対し、落ちこぼれのような成績だったサヤカはある種の劣等感を抱いていたようだ。

「うちの店で働く前は、サクラプリンセスホテルのレストランで働いてたみたいだけど、半年もしないで辞めちまってんだ。」

サヤカはメイに抱いていた劣等感を払拭すべく一流のホテルのレストランに調理師として就職したのだが、プロの世界の厳しさに付いていけず、そこから逃げ出すようにして仕事を辞めてしまったらしい。その一方、学校卒業後にマイクの店で働くようになったメイは、その才能を発揮して店のメニューを増やすなど、店を盛り上げて評判もどんどん上げていった。

「メイって子は、子供の頃に食べたメアリーさんのハンバーグに感激して料理人を目指すようになったんだってさ。」

「そうだったのか・・・。それに引き換え、その真崎って娘は思うようにいかなかった。それで、嫉妬から嫌がらせをしたわけか。」

「あぁ、そうらしい。んで、マイクもその事を知っちまったみたいでさ・・・」

ワルオが他の従業員達に何か知っていないかどうか尋ねると、新人でありながら客に人気があったサヤカに嫉妬した他の女性従業員の1人がマイクの店の常連客だったらしく、マイクにその事を話してしまったのが分かった。

「それでマイクが犯人だと思って相談しにきたのか?」

「あぁ、もしかしたらと思ってさ。警察には電話したくねぇし。まぁ、彼女の母親が警察に電話したみたいだけど・・・」

「なるほど。けど、彼女は覚えていたのか?その、犯人の顔とか。」

「いや、ほとんど覚えていないみたいなんだよ。」

サヤカは後頭部への強打の影響でその時の記憶がほとんど無くなっているらしく、恐らく、今頃は警察官が事情を伺いに病院に来ているはず、とのこと。犯人を知っているヴィステとしては、どう対処すべきか迷うところだ。

「そうだ。あのさ、お前に聞きたい事があるんだけど。」

「聞きたいこと?」

「あぁ。3年前の事件の事なんだけど、凶器に使われた拳銃の名前とか知ってたか?」

「名前?そんなもん知るわけないだろ。確か、警察が密造銃だったか?なんかの種類の持ち主を探してたってのは何となく覚えているけど・・・」

ワルオは悪友達とその事で話をしたことがあって、その時も、どの種類が凶器だったかなんて分からなかったらしく、恐らく、警察もその特定が出来ていないんじゃないか、という結論に至ったようだ。

「なるほど・・・」

ここまで来ると、もはや確証以外の何物でもない。なぜならば、凶器がどれかなのかは犯人か、その事実を知った者以外に知る術はないのだから。一応、彼自身も誰かから聞いた可能性もあったろうが、虎之介の証言によりそれはない。確定だ。

「ワルオ。これから、ちょっとあの店まで付き合ってくれないか?」

「マイクの?自首を勧めるのか?」

「まぁ、そうなんだけど、実はさ・・・」

ヴィステはワルオに、これまでに行った調査で得た情報(虎之介の証言に関しては除外)によって、3年前の事件の犯人がマイクの可能性がある事を伝えた。すると、ワルオの表情は愕然としたものに変わった。

「嘘だろ・・・?何で、あいつが・・・」

「それを確かめに行くんだ。私だけだと知らぬ存ぜぬをする可能性もあるが、お前が一緒なら、もしかしたら口を割るかもしれない。」

「・・・けど・・・」

「急がねぇと、神代の同僚とやらに殺されるかもしれないぞ?」

「どういう事だよ?」

「マイクは体調を崩すようになったと言っていたが、それがいつからか聞いているか?」

「いや、ただ、この前久しぶりにあった時は、随分痩せたなって・・・」

「何か、変な薬を飲まされた可能性がある。」

「薬!?俺が買った、怨哮札とかいうやつの力じゃなくて?」

「それなら初対面の時に気付いている。恐らく、邪気を使わない、本人の霊気を使わせる毒物だ。それも遅効性のな。」

普通の毒物ならば、ヴィステは体から発する僅かな匂いや違和感で気付いている。虎之介が生体に関する法則が変わっていると言っていた事から、神代達は何らかの新薬を作ってマイクに渡したのだろう。

“ただ、妙だな・・・。口封じで殺すなら、そんな回りくどいやり方なんてしないで、直接やればいい。どういう事だ・・・?”

そこら辺もマイク本人に聞かないと分からない。とにかく、出来るだけ急いでマイクの下に行き、救えるものならば救わなければ。例え、それが依頼人の夫を殺した犯人だろうとも。

「これから行くのはいいけど、警察には?」

「まだ連絡はしない。警察内部に連中に与しているのがまだいる可能性があるし。」

「まだいるって、どういう事だよ。」

ヴィステはマイクにアリバイの有無を聴いた刑事が神代の同僚だった可能性と、もしかしたら、警察の上層部にも泥人間達の組織の関係者がいるかもしれない事を教えた。

「あくまで可能性だ。この事件は妙な点が多いしな。お前の父親が圧力を掛けて捜査が中断したって言ったけど、流石におかしい。」

ただでさえ、ラグウェル家の跡取りと婚約した男が殺されたというのに、市長の古い友人だからといって捜査を中断するのは流石に無茶がある。ただ、ダイマの目を潜り抜けて組織のトップたる法務大臣や警察庁の長官が与しているとも思えない。それとも、創世会がそこまで大きな力を付けてきているのだろうか。

“ダイマは少し諦めていた感があるし、もしかしたら、邪念が一時的に妨害していたのかもしれない。”

「どうするんだ?」

「警察の方はいいや。もしかしたら、その真崎って子の件で動いているかもしれないけど。」

「なら、出来るだけ早く行かねぇとな。」

ワルオの言う通り、今は一刻も早くマイクに会わなければなるまい。ヴィステはワルオと共にローゼンファーヌへと向かったのだった。







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