第17話

――新世界――

事件の現場は、ワルオの店からそう遠くない場所にあるビルとビルの間の細い路地だ。道幅は2メートル半もないといったところか。現場に到着して車から降りたヴィステも周囲にあるビルの壁を見ながら誰もいない路地を歩いていく。向かう先には、18時から6時までの車両進入禁止を示す標識がある飲み屋通りがある。今の時間帯だけでは判断できないが、捜査資料によると、現場の路地は昼も夜もたまに人が通るものの、基本的に人が立ち入らないようだ。

「分かっていたけど、やっぱり物証なんて何にも残っちゃいねぇよなぁ・・・」

路地に面した片方の雑居ビルの裏手には緑のフェンスに囲まれた広い駐車場があり、その建物自体の裏手には非常口と階段があって、ここで働いている従業員らしき人物達が煙草をふかしている様子が見える。昼過ぎでこれなのだから、夜はもう従業員達ですら姿を見せないだろう。

「非常口もほとんど使うことないだろうし、期間が短かったとは言え、警察もここら辺に関しては聴き取りをしただろうしな・・・」

領事館の職員に扮した泥人間はジョージをここに連れてきて、どこかに潜んでいた犯人が路地を歩くジョージの背後から銃口を向けた。否、それは不自然だ。流石に飲み屋まで同行したりはしないだろう。途中でバレたりする可能性もあったのだろうから。

「地図で確認する限りは、このルートが駅からの最短ルートなんだが・・・」

駅から忘年会の会場となった店に行くには、駅東口のロータリーから駅の正面にある大通りの歩道を進み、3つ目の交差点を左折して新世界エリアの飲み屋通りに入っていくのが無難なルートといったところだろう。それに対し、ジョージが歩んだであろうルートは、ロータリーを降りて1つ目の信号までは同じルートだが、そこを左折して、多くの雑居ビルが立ち並ぶ駅前通りを進んで、その途中の右手にある、細い路地に入り、そのまま3本の路地を突っ切って飲み屋通りに行くというものだ。大通りが右に少し曲がっていき、尚且つ、宴会場が飲み屋通りの真ん中らへんに位置する関係で、このルートの方が近道となる。ただ、昼間はまだ良いが、細い路地だけに、夜は薄暗くて少し不気味だ。女性ならすすんで通ろうとは思わないだろう。

「ジョージはいつもこの道を使っていたのか?」

仮にジョージがその店の常連だったとして、裏通りの近道を知っていたとしても、それを実際に使っていたかどうかは本人と、せいぜい会社の同僚達くらいしか知らないはずだ。ならば、同僚の内の誰かが犯人なのだろうか。

「いや、泥人間なら、前もってジョージがこの道を使う事を確認していたはずだ・・・」

もしかしたら、事件の前に、ここら辺りでその人物の姿を目撃していた人がいるかもしれない。ただ、確認するにしても、実際にジョージが使っていただろう夜の時間帯。その姿を逐一覚えている人がいるだろうか。よっぽど目立つ姿でもない限り印象は残らないだろう。

「とりあえず、あそこの2人に声を掛けてみるか。」

ヴィステは非常口の階段にいるスーツ姿の男性2人に話を聞く為に、フェンスを飛び越えようと手を掛けた、が、敷地内にいる掃除のおばさんらしき人物がじっと見つめているのに気付いた。大和系の小柄なおばちゃんだ。端から見れば、ヴィステの恰好はある意味で非常に目立つので気になったのだろう。

“どうすっか・・・、ちゃんと表から入るか・・・”

フェンスには“関係者以外立ち入り禁止”の看板が掛けられており、目と目が合って気まずい雰囲気になってしまう。ただ、ヴィステは階段にいる2人よりも、このおばちゃんの方が何かを知っているような気がして、チョイチョイッと手招きをしてこちらに誘った。

「はい、何ですか?」

「お忙しいところすいません、私、こういう者なんですけど。」

ヴィステはいつものようにバッグから名刺入れを取り出し、おばちゃんに名刺を1枚手渡した。それをじっと見つめるおばちゃん。探偵という文字を目にして少し頬が緩む。

「あら、あなた、探偵さんなの?随分とお若いのねぇ。」

そう興味深げな顔で話す、このおばちゃんの名前はクレハ・M(三田)・森山と言い、彼女はこう見えてこのビルのオーナーの奥さんらしい。

「それで、ちょっとお聞きしたいことがありまして、3年前もここで、今のお仕事をなされていましたか?」

「はい、してましたよ。もう6年になりますから。」

「ホントですか!?」

クレハ曰く、6年前まで会社の事務員をしていたのだが、彼女の息子達が社会人になったのをきっかけに事務員を辞めて清掃員を始めたらしい。もしかしたら、何か掴めるかもしれないとおばちゃんに期待を大いに寄せるヴィステ。

「それじゃあなんですけど、3、4年前に、この辺りで、ちょっと行動がっていうか、ここの通りをうろうろしていた不審な人とか、変わった様子の人とか見ていないですか?」

「3、4年前かぁ・・・」

両腕を組んで首を傾げるクレハ。その険しい表情からして、やはり3年以上も前のことなど覚えていないか。そう諦めかけて深い溜め息をついたヴィステだったが、クレハが何かを思い出したかのような表情を見せた。

「そう言えばね、確か・・・、4年くらい前になるかな・・・、そうだ、そうだ。ゴミ収集車のデザインが変わった日だから間違いないよ。」

当時を振り返るクレハが言うには、その日の昼前に、いつものようにビル内の清掃を終えてゴミ出しをしに駐車場にやってきたのだが、この通りでミミ教会の男性が誰かと話している様子を見かけたらしい。

「ミミ教会の?」

「えぇ。ほら、よくTVとかで見かける衣装あるじゃない?」

普通の法衣ならそこまで気にしなかったと思うが、TV等でたまに見かける教会の幹部が着ているような割と豪華な衣装だったらしく、それで少し気になって覚えていたようだ。

「なるほど。それで、一緒にいた誰か、というのは?どんな人でしたか?」

「えっとね・・・、若そうな女の人だったかな?教会の人の印象が強くて、服装は全然覚えてないんだけど、銀髪だった気がする。」

「銀髪・・・」

「多分ね。それと・・・、確か、眼鏡を掛けていたような気がするね。」

「ホントですか!?」

「うん、確か、掛けてたはず。そんで、けっこう小柄でね。遠目からだけど、どこか、幼い感じがしたかな?」

「小柄・・・?」

「そうそう、多分、私と同じくらいの背丈だと思う。あ、ごめんね、そろそろ行かないと。それじゃね!」

「あ、はい!ありがとうございました!!」

小走りでビルの非常口に向かうクレハの背中を見送り、1人その場に残されたヴィステは路地裏で立ちすくみ、ただじっとその場で考え込む。ミミ教会の男が泥人間だとして、恐らく、そいつと話をしていた女こそが第1の使徒。一体誰なのか。なんやかんや元カノのジュディが犯人だと思っていたら、やはり違ったようだ。彼女の身長は170cm以上、150cm台前半と思しきクレハの背丈とは比べるまでもない。否、創世会が作っている変な薬かなんかで伸縮自在の女になっちゃったのかもしれない。その場で険しい表情を見せるヴィステ。

“優れた霊力を持っていたから怪しんだんだが・・・”

ジュディの霊力は現代のヴィーナ人女性にしては非常に優れている。身体能力についてはそれほど高い才能があるわけではないが、霊気に関してはずば抜けたものがある。泥人間は優秀な兵士として利用する為に邪泥を撃ち込む事があるので、ジョージを殺害するついでにそれをも目的としているのでは、と深読みしていたが、この事件はもっと単純なのかもしれない。

「まてよ・・・」

ヴィステはある事を確認すべく、その場でショルダーホンを使ってジュディが務めている法律事務所に電話を入れた。そして、彼女にそれを確認すると、思い込んでいた事実が1つ解消された。それは、彼女は居酒屋・御田に行った事がない、という事実だ。

「元カノじゃない。誰だ?誰があの店に・・・?」

御田の女性店員に改めて聞きにいっても分からないだろう。ジョージの卒業アルバムを見せても顔を覚えているかどうか。しかし、彼女の言い方から察するに、その女はジョージと久しぶりに会った、というわけではなさそうだ。もしかしたら、ジョージと同じ大学に通っていた人物かもしれない。

“あの、ちょっと?ちょっといいですか?”

「はい?」

ヴィステが振り返ると、そこには2人の女性警官が立っていた。その雰囲気から察したが、路上駐車を注意しにきたようだ。急いでどかそうとするヴィステだったが、時すでに遅し。駐車違反の切符を切られてしまった。

「え、ちょっと!いくら何でも、それはあんまりなんじゃないの?30分も止めてないよ?」

「あんまりも何も、ここは駐車禁止ですよ。」

警察官が指差した方向には駐車禁止の看板がちゃんと立てられていた。弁解の余地もなく、ヴィステは言われるがまま運転免許証を差し出した。ちょっと離れているくらい問題ないと思ったが、法治国家はそんなに甘くはなかった。放置する事件も多いが、こういうところはしっかりしているようだ。

「はい。それじゃ、ちゃんと反則金を記載された期日までに支払って下さいね~。」

「は、はい・・・」

手渡された納付書を見つめた後、握りしめた右拳をプルプルと震わせながら2人の警察官の背中を見つめるヴィステ。この反則金もきっちり経費としてフィオナに請求しなくては。そんなせこい彼女は、とりあえず近くのスーパーで買い物をしつつ事務所に戻る事にした。


――桜坂探偵事務所――

ヴィステはスーパーで買ってきた食材を使って料理を始めた。彼女は経費節約も兼ねて基本的に自炊をしており、この部屋を事務所にしたのはキッチンが備え付けられているからだ。他の企業が借りている場所と比べて小さいものの、キッチンルームの奥にある便所と隣り合わせでシャワー室が備え付けられているので、恐らく、ここは個人、或いは、少人数での住居利用も可能なようにフロアの一角に造られたのだろう。

“ジュワ~、ジャッジャッジャッジャ・・・”

換気扇の音が室内に響く中、慣れた手つきでチャーハンと野菜炒めを作っていく。そして、出来上がったそれらを休憩室で食しながらTVのニュース番組を見る。そこで報道されるのは、どこどこで交通事故が起きただの、どこどこで誰かが殺されただの、いつもと変わらないものだ。冷たい言い方になるが、当事者にとってはいつもじゃなくても、赤の他人にとってはいつもでしかない。

『昨日の夜、窃盗の現行犯で23歳の男が逮捕されました。』

TV画面には犯人が警察署から検察庁へ連行されている様子が映し出され、犯人が報道のカメラの方向を向いたところで顔がアップにされた。髭が濃くおでこが少々危険になっている全体的に丸い体形の男の顔写真が映し出されている。よく見ると、鼻の穴から鼻毛らしきものが数本飛び出しているようだ。肩を震わせるヴィステ。

『逮捕されたのは、私立カイモン大学に通う学生です。』

警察の調べによると、この男の自宅の自室からは他にも疑わしい物件(女性用の下着)が見つかっているのだが、本人は今回の件のみ認めているとのこと。画面には“ランジュ・片桐・徳川と表示されている。

「こういうニュースが報道されている内は、まだまだ平和ってとこだな。」

ヴィーナを含めた北の4惑星で起きている奇怪な事件。その背後にある泥人間達の暗躍。救世主達が生まれてきた以上、近い将来に大きな厄災が起こり得るということ。特に、2人の救世主が生まれてきただけあって、惑星マーサは大きな爆弾を抱えている。

“チャオがどこまで耐えられるかだな。倒せれば、それに越したことはないんだが・・・”

――守護天使チャオ――

この世界(宇宙)の中心にある神星マタタビの上空を公転している衛星キトゥンに住んでいる霊的な生命体で、創世記の頃から創造主ミミに仕えている守護天使である。シャリーヴァ達と違って翼の生えた大きな白いモフモフの猫の姿をしている。ただ、高位の霊的な存在ゆえに普通の人間の目には映らず、この星の人間の中でチャオと接したのは初代聖王のユリアとラグウェル家の始祖のユリアスの2人だけ。ちなみに、キトゥンの直径は60kmで、マタタビの直系は600mである。

“あの子の思念が星喰いを動かせるようになる前に、なんとか救世主達が育ってマタタビに辿り着いてくれればいいんだが・・・”

――星喰い――

惑星マーサの中心核で眠っている霊的生命体。超巨大な蛇の姿をしており、その長さは4000kmに達し、胴の太さの最大直径は200kmに達する。この大蛇は全ての命が生み出した邪念が星竜(意思を宿した龍脈とも言う)によって星の中心に集められ、それが凝縮したことで誕生したのだが、本来の役割は寿命を終えた星が超新星爆発を起こす前に、それによる被害を抑える為にその星を食べてしまう事なのだが、邪悪な思念によってそれとは関係なしに300年ほど前に誕生させられてしまった。そして、これが生まれたのがきっかけとなって、この星で大破壊が起きてしまった。

「うん?」

TV画面に別の人物が映し出された。思わず首を傾げてしまうヴィステ。それは、画像に写っている中年男性が先ほどの男とどこか似ている気がするからだ。しかし、先ほどの男と違ってフォーマルなスーツ姿でいらっしゃる。

『徳川議員、何かコメントをお願いします!』

画面の男性は、この国の2大政党の一つの国家社会党所属の連邦議員のようで、国会議事堂の前で大勢の取材陣に囲まれている。キャスターによれば、どうやら先程の男の父親らしい。やはり国会議員だけあって、さきほどの男に顔と薄毛と体形は似ているがビシッとスーツを着てどこか雰囲気に清潔感がある。鼻毛も出ていない。

『この度は、私の息子がご迷惑をお掛けして、被害に遭われた方達には大変申し訳なく思います。本当に申し訳ございませんでした!』

議員が取材陣の前で頭を深々と下げている様子が映し出されている。その映像を見てヴィステも複雑な気持ちになった。犯人は未成年者ではないが、やはり本人だけじゃなく親も非難されるべきなのだろうか。すると、画面が切り替わって気象予報士の若い男性が映し出されている。

『それでは、週末にかけての気象予報と悪魔予報をお伝えいたします。』

TV画面にヴァルメシア大陸を模したものが映し出され、各地に太陽や曇り、雨マークが付けられている。画面の脇には内容を示す枠があって、そこには太陽等と並んで悪魔の出現を示す赤黒い雲のマークがある。

――悪魔予報――

この星の上空には“穢れ雲”と呼ばれる赤黒い雲が漂っており、この雲が影人間といった悪魔達をこの星に転移させる霊的な装置となっている。その内部は濃度の高い邪気で充満している為、出現する影人間達は皆、亜人種の姿に変わってしまうのだ。また、基本的にこの雲が止まった地点に悪魔が出現するようになっているのだが、ある程度の規則をもって上空を移動しているので、衛星等で予測してTVの気象予報等と合わせて事前に国民に知らせているのである。

「こっちにはしばらく来ないな。あれが来ると、ろくに動けなくなるからな。」

穢れ雲が来ると嫌なのは、道路の交通規制が行われる事だ。悪魔は人の多い場所ほど出現しやすいので、サクラ都といった都市部は規制だらけとなる。電車やバスも場所によっては当然のように運休となる。ただ、規制は基本的に昼間だけで夜は解除される。悪魔が出るんだから会社はどこも休みなのでは、と思うかもしれないが、それはない。ヴィーナ人は悪魔が出現すれば、一般人でも戦う。サラリーマンだけじゃなく、買い物帰りの主婦でも戦う。ジョージ達が悪魔達に立ち向かったのは、ヴィーナ人としては別にめずらしい事では決してない。それがヴィーナ人の普通なのだ。もっとも、霊気を扱えない子供達が増えている関係で、学校は臨時休校となる。

――悪魔と戦う事は勇敢なる者の証、その勝利は何よりも名誉――

この言葉はアトランティコ連邦共和国に古くから伝わる言葉だが、これに似た言葉が世界各国に存在する。ヴィーナ人とは、そういう人種なのである。

「牢獄の星とは、よく言ったもんだ。」

この星に送られてくる悪魔達は、ここを牢獄の星と揶揄している。それは、ヴィーナ人によって完膚なきまで叩きのめされ、邪気の具現化たる肉体を失い、力なき思念体として、まるで囚人のように特に何も出来ずに地表や地中を彷徨う事になるからだ。そして、邪気の強さによって定められた期間が過ぎると、それぞれの出身星に強制送還となる。だから、他の惑星には、1000年以上も前からこの星の情報が存在するのだ。

様々な思いを巡らせながら食事を終えたヴィステは、再びホワイトボードを使いながら推理をしていった。時折、その手にあるメロンソーダの瓶を口に運んでグイっと飲む。

「第1の使徒は調べれば出てきそうだな・・・。なら、実行犯、第2の使徒はどうだ?」

この人物もジョージに惚れていたのだろうか。見知っているからサングラスとマスクで顔を隠していたのだろうか。しかし、何かが違う気がする。ただ、それが分からない。ヴィステは気分転換も兼ねてTVゲームをやる事にした。アクション系のものだ。

「レトロか・・・、確かに、言われてみればそうだよな。」

ブラウン管のTV画面を見ながら微笑するヴィステ。ゲームコントローラーで主人公を操作しながら、装備したハンドガンで画面に次々と出てくる敵を倒していく。

「そもそも、TVゲーム自体随分と久しぶりだったからな。何万年ぶりだろうな?あんまりにも月日が経ちすぎて、この容量のものでも新鮮に思える。」

ヴィステは主人公の武器をショットガンやマシンガンに切り替えつつ次々とステージをクリアしていくが、不意にある疑問を抱いた。そもそも、ジョージを撃った拳銃は当時のフローラ州を含めた西側の各州に住む少年ギャング達が所持していたもの。ジョージの昔からの知り合いで、それを所持している者がいるというのも不自然だ。

「明日辺り、ベロニカでちょっと話を聞いてくるか。」

――その日の夜中――

1人の若い女がふらふらと歩きながらツバキ市内にある小さな公園に入っていった。20代前半のカミーラ系のロリボインレディだ。夜中の2時なので誰もいない。周囲には家が建ち並んでいるがどこも電気は消えている。ただ、夜空の星だけは美しく輝いている。

「・・・・・・」

ぶつくさと何かを呟きながら女は薄暗い公園の中心へと歩き、そして、立ち止まると夜空を見上げた。誰もいないブランコや滑り台が余計に寂しさを演出する。風が少し吹いているせいか、キィ、キィと1台のブランコが前後に少し動いている。

「子供の頃、お父さん達とよく公園で花火したっけ・・・」

女は星空を掴もうと右手を空へと伸ばした。彼女の脳裏に両親との思い出が映し出される。本当に楽しかった大事な思い出達だ。

「今よりも昔の方がきっと綺麗だったよね・・・」

そう言うと、女の頬を一筋の涙が伝った。悲しいのか寂しいのか自分でも分からない涙だった。

「今からでもやり直せないかな・・・」

女の目に映る星々は滲んでしまっている。その直後だった。鈍い音と共に突然頭に衝撃が走り、目の前が大きく歪み始めた。そして、そのまま昏倒して仰向けに倒れると、今度は呼吸が出来なくなってきた。大きな影が覆いかぶさっていて、首を圧迫されている感覚がある。フォルス(女性の霊気)を纏う余裕など無く、ギリギリと締め付けられていく。影が何かを言っているようだが、意識が朦朧としてほとんど聞こえない。

「か・・・は・・・」

女は体が痺れて身動き出来ず、ただ目の前に覆い被さる影を見ていた。これはきっと夢だ。悪い夢に決まっている。

――ポタ・・・――

頬に雨の様な何かが落ちて伝う感触がする。けれども、それが何なのか、もはや分からない。そして、全身の力が抜け落ちて、彼女の目から星々の光が消えた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る