第16話

「ユリコか。何か用か?」

「久しぶりにこっちに戻ってきたから、ちょっと寄ったんだよ。」

ヴィステが声のする方に振り向くと、そこにはソファに腰を下ろしている1人の少女がいた。白い長髪の赤い瞳をしたカジュアルスタイルの美少女で、右肘をソファの上部に掛けてヴィステをじっと見ている。

――ユリコ――

虎之介と似たような霊的な生命体。かつてはミミ教の教皇としてルアーヌ大陸(ヴァルメシア大陸の北西に位置する大陸)西部に位置するルーンブルクを治めていたが、今は世界中を放浪している。そして、色々あって虎之介とは犬猿の仲になっている。

「しっかし、相変わらず面白みのない部屋だな。TVも小さいし、レトロなゲーム機しか置いてないし。」

「レトロって、どこと比べてんだよ。そいつは2ヵ月前に発売したばかりの、スーパーファミリーステーションだぞ?CMだって、バリバリ流れてんぜ?」

ユリコは壁際にあるTVとそれが置かれた台の収納部分にあるゲーム機、そして、3つあるゲームソフトのケースを見つめている。興味深げ、というよりかは、かなり懐かしいものでも見るかのような目つきだ。

「これが最新なのか?CDロムはおろか、カートリッジじゃないか。ティファなら博物館に展示されるレベルのものだぞ?」

「やかましい。そのカートリッジには製作者の情熱が込められてんだよ。そもそも、この国って言うか、まだこの星には16ビットのゲーム機くらいしか発売してねぇよ。」

この星の先進諸国の文明レベルは日本でいう80年代後半なので、音楽CDこそ販売しているものの、CDのゲームソフトは一般的ではない。勿論、DVDもだ。また、インターネットはおろか、パソコン自体が一般家庭に普及していないので、オンラインゲームなど夢のまた夢だ。ヴィステのショルダーホンも趣味でそれを利用しているわけではなく、単純に小型のものが売っていないのである。

「本当の意味で最新式のゲームがやりたければエスカのとこにでもに行け。向こうはVR(仮想現実)が主流だろうし。」

――惑星ティファ――

第1銀河にあるセフィナ系(太陽系)に所属するワインレッドの海の地球型惑星。ここに存在する国々の文明レベルは惑星ヴィーナのそれらよりも遥か上にあり、かつては天使アルティナが管理していたのだが、現在は自称女神ことエスカが管理している。

――兇極狛助――

3000年以上も前から惑星ティファに存在する霊的生命体。銀毛の狼の形態と銀髪の人間の形態を持ち、本来の役目は悪魔が増え過ぎた際に間引く、いわゆるダークヒーロー的なものなのだが、世界システムに巣食う邪悪な思念のせいで人間を襲う側になってしまっている。ただ、プライドが高いので邪念の命令には聞かずに、兇獄組なる組織を作って割と自由にやっている。標的にする人間も気に入らない者だけである。

「面倒くさいっていうか、ゲームで勝てないからだろ?」

「やかましい!」

「それより、こっちに戻ってきて大丈夫なのか?」

「ずっといるわけじゃないから問題ない。それに、グレイスでのんびりしてきたからな。」

――惑星グレイス――

中央銀河(第5銀河)のニャコルル系(太陽系)に所属するエメラルドグリーンの海の地球型惑星で、4惑星と比べて独特な生態系を築いており、身長90cmほどの猫系の獣人達が住んでいる。また、文明レベルは一部(惑星ネイとの交流で得た発電設備やウォシュレット機能付きのトイレ等)を除いて低く、主に農耕生活を送っている。

「ニャンコ人達のおもてなしを受けてきたってか?」

「あぁ、彼らは純粋でいい。モフモフしていて可愛らしいし。それに、4惑星と違って星竜達も穏やかだ。」

「そうだな。確かに、たまに行く分には最高かもな。」

獣人なので匂いがきついかと思いきや、意外に綺麗好きで、ちゃんと毎日のように風呂に入っているので獣臭がしない。そして、悪魔が出現することもない。ただ、基本的にのどかな田園風景しかないので退屈な場所でもある。

「茶でも飲むか?」

「いや、いい。さっきダイマのとこでご馳走になったしな。」

「そうか。ニャンコ支店長は元気にしているのか?」

「ニャンコ支店長?あぁ、そういう事か・・・、そうだな。元気にしているよ。」

ニャンコ支店長という言葉がじりじりと効いてきて笑いを堪えるユリコ。すると、席を立ってホワイトボードの前まで来てじっと眺め始めた。身長162cmと、それほど背が高いわけではないので、ヴィステの肩より少し頭が出ているくらいだ。

「で?これが例の事件の関係者なのか?」

「あぁ、ちょっと躓いているよ。このジョージってイケメンに惚れていた奴が犯人だと思っているんだが、どうにも人間の恋愛絡みは昔からちょっと苦手でな。」

ヴィステはユリコに泥人間が2人の人間を間接的に操ってこの事件を起こした、と推測している事を話した。これまでに被害者の実家や友人達、依頼人たる妻に話を聞いてきたことも。

「なるほど。まぁ、その線は間違っていないんじゃないか?けど、誰が、いつ、この被害者に惚れていたとか、そこら辺は本人も全部は分からんだろうしな。」

ユリコの言う事はもっともだ。告白でもされない限り、ジョージ自身も誰が自分に好意を持っていたかなんて分かりっこない。せいぜい噂とか、友人達からそんな話を聞いて知るくらいだろう。

「現場には行ったのか?」

「いや、行ってない。3年も前の事件だし、警察の調査資料で十分かなって思ったから。」

「探偵なんだから、一度くらいは現場に行ってみた方がいいんじゃないか?もしかしたら、何か手掛かりが掴めるかもしれないし。」

「TVの刑事ドラマみたいにか?そんな都合よく何か掴めるものか?」

「可能性がゼロじゃないなら、行ってみるべきだろう。情報を足で稼ぐのは基本中の基本だろ?」

「まぁ、確かにそうかもな。ちなみに、お前の力でこの星の人間、いや、この国の人間の一部でもいいから記憶を読む事は出来ない?」

「それは無理だ。力の大半をミンミン山に封じているから、人の記憶を読み取ることは出来ない。」

「やっぱ無理か。」

「ダイマが封印を解けば、世界中の人間達の思考と魂の記憶を読むことくらいは出来るぞ。」

「それは勘弁してくれ。あいつの努力が無駄になる。」

ヴィステの目の前に立つユリコは、彼女自身の霊気で創造した分身体でしかなく、本体はミンミン山の地下深くに湧いている泉に封印している。邪気によって完全に汚染された本体と再び1つになれば、それこそ人間同士の問題だとか、悪魔達のことですらどうでも良いと思えるほどの事態に陥ってしまう。世界システムに巣食う邪悪な思念はそれをこそ狙っているのだから。

「ダイマが私の力を封じ込めるのに余計な力を割かなければ、創世会など、あんなふざけた組織が生まれる事はなかったんだろうな。」

「それは仕方のない事だ。その方が被害は少なくて済む。」

「けど、それさえ無ければ、この被害者も死なずに済んだんだろ?」

「そうだな。昔のダイマなら、悪魔の類とか関係無しに、危険が迫った時点で守護壁が発動するようにする事も出来ただろう。」

今のダイマでは悪魔からの直接的な攻撃ですら完全に防いでやる事は出来ない。悪魔の気配を本人の魂が察知して、自動的に霊気を放出するように仕掛けるので精一杯だ。だから、ジョージが2体の悪魔達と遭遇した時も、その勝利も、身の安全も、全く保障されていなかった。

「あんたが来たから、封印を解除、ってわけにもいかないのか?」

「封印を解除してもダイマの力が戻るわけじゃない。あれは、術を発動する際に大きな力を使うタイプだからな。」

「そうなのか・・・。例の救世主ってのが、世界システムを直してくれるまで待つしかないのか。」

「あぁ。システムさせ修復されれば、お前は破壊の化身にならなくて済む。」

「私の事は良いんだ。私はもう・・・」

「早まるな。ダイマはお前を救おうとしているんだ。」

「分かってる。けど、どうしてあいつはそこまでして・・・」

「そういう奴なんだよ。」

ただでさえ力を大きく落としているというのに、その小さくなった手で必死にこの世界をすくい上げようとしている。ユリコだけじゃなく、より多くの命をすくい上げようと。ヴィステから言わせれば、とんだ甘ちゃんだ。しかし、そんな甘ちゃんだからこそ、協力したくなったのだ。自分の命をチップに換えて、ダイマにベットしたのだ。

「けど、封印の力はそこまで長く持つのか?」

「お前が変に悪魔達と深く関わらなければ、あと20年は持つはずだ。」

「20年か・・・」

「もしも、救世主達がシステムを修復する前に封印が解けても、この星の準備さえ整えられれば、私が何とかする。」

「それが間に合わなかったら、その時は、遠慮なく私を殺せよ?」

「・・・分かってる。」

ユリコの言葉に目を細めて視線を落とすヴィステ。ユリコが破壊神と化したら、ヴィステは全霊をもって制圧に臨むつもりだ。しかし、彼女の肉体を汚染している邪気だけを払い、彼女を元の姿に戻すのは至難の業だ。ただでさえ命懸けのギリギリの攻防戦となるのは目に見えているのに、彼女の命を救う余裕など果たしてあるのかどうか。一応、世界中を巡って、この星に生きる全ての者達に協力してもらう為の仕掛けを施している最中なのだが。

「そう言えば、相変わらず、あの脳天禿げもここに来ているのか?」

「あぁ、たまにだけどな。」

虎之介の残滓を感じ取ったせいか、ユリコの目つきが鋭いものへと変わった。口元を歪ませて明らかに苛ついている。彼女は恨んでいるのだ。この世界がこうなってしまった事を。あの脳天禿げのせいで世界システムに異常が生じてしまったのだと。

「ユリコ。何度も言っているけど、システムに異常が生じたのは、別にあいつ、」

「いいや!あいつのせいだ!!あいつが悪意を抑えなかったせいで、悪意から逃げたせいで、ミミ様は・・・」

創造主ミミの現状を思い俯くユリコ。ただ、抑えられなかったのは事実だが、虎之介とて別に逃げたわけじゃない。彼は元々システム内に生じた霊的な精神体だったのだが、そこに巣食っていた邪悪な思念が巨大化すると、半ば無理やり外に追い出されてしまい、独立した生命体として存在するようになった。だから彼が悪いわけではないのだが、ユリコは脳天禿げオジサンを恨むことで、ある意味、過去に自分が犯した事から目を背けようとしているのだ。そして、虎之介はユリコからどんなに罵声を浴びせられても、ただ黙ってじっと受け止めている。

「まぁ、いい。これから、ちょっとシャリーヴァのとこに行ってくる。向こうは大分荒れているみたいだからな。」

「ネイか・・・、確かに、向こうは向こうで厄介な問題を抱えているしな。」

――天使シャリーヴァ――

かつて専任で惑星マーサを管理していた風を操る天使で、四天使の内の序列2位に位置する。そして、今は惑星ヴィーナと惑星ネイを管理している。

――惑星ネイ――

北にある第4銀河のフラウ系(太陽系)に所属する緑色の海の地球型惑星で、先進諸国の文明レベルはここよりもかなり高く、影人間と呼ばれる悪魔にも人権が認められるなど、労働者として人間と共存している。また、天使シャリーヴァが惑星ヴィーナと兼任で管理している。

「ティファと違って、向こうの影人間はまともなのが多いから面倒くさいんだよな。」

「まぁ、仕方ない。そういう風に出来ているんだから。純粋な人間対悪魔の構図になってないだけマシだ。」

――影人間――

人間の悪意や欲望といった負のエネルギーが具現化して人の様な姿形になった霊的生命体。

基本的に殺意といった破壊欲求に忠実な性格をしているのだが、人間から生まれた影響もあって人の心が分かるので、人間に対して手加減をしたり情愛を抱いたりする個体も多数存在する。また、普段は人間そっくりのヒューモアと呼ばれる姿をしているのだが、負の感情、つまり負のエネルギーが高まると姿形が変わるという性質を持っている。その性質は、狼系の亜人のボコルド、爬虫類系の亜人のモブリン及びドラゴニアの4タイプに分かれている。そして、この星に送られてくる悪魔というのは基本的に、危険思想を持ち、尚且つ、強力な邪気を持つ影人間であり、転送システムに使う装置の性質の関係で、出現した時点で亜人種の姿形をしている。

「あそこの影人間は邪念が弱いから大丈夫だと思うが、あまり深く関わるなよ?泥人間どもが裏で色々と動いているみたいだし。」

「分かってるさ。それじゃ~な。」

ユリコはそう言うと、くるりとヴィステに背中を向けて、そのままフッとその場から姿を消してしまった。残されたヴィステは少しため息をつく。ちゃんと調査に協力してくれたら缶コーヒーの1本ぐらい奢ってやるというのに、と。そんな彼女は改めてホワイトボードを見つめる。

「現場か・・・」

3年もの月日が経って証拠など何一つ残されていないだろうが、ユリコの言う通り、一度は現場に訪れるべきなのかもしれない。そう思ったヴィステはいつもの帽子を被って事務所を後にした。







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