第14話

「マジか・・・」

死の怨哮術があっさりと破られて唖然としているワルオ。冥府の番人とも恐れられる汰魔鬼を返り討ちにしやがった。そんな愕然としている彼に、まるで何事もなかったかのように再びソファに座って腕を組んで、ついでに足も組むヴィステ。ジロリと睨みつけるかのようにワルオを見つめる。

「さて、どう落とし前をつけるつもりだ?」

「ちょちょちょっと待ってくれ!違うんだよ!!あんたみたいなのが来たら使えって言われてたんだよ!!」

「お前の個人的な事情は私には関係ない、が、ここからは素直に協力する、というのなら、考えなくもないな。」

「わ、分かった!協力するから!!」

「そうか。はて?テーブルが壊れてしまったようだな。怪我をしたらどうするんだ?」

お前が壊したで良いよな、と言わんばかりに鋭い目つきでワルオを睨みつけるヴィステ。明らかに弁償する気はない。

「そ、そうですね。大変失礼いたしました。後で、こちらの全額負担で交換しておきますので・・・」

「結構だ。まぁ、座れよ。」

戦々恐々としながら再びソファに座るワルオ。見た目とは裏腹にとんでもない化物が目の前にいる。そう思う彼は生きた心地がまるでしない。そんな中、大きな物音が響いたせいで、1階のフロアから客達がざわつきながら揃って見上げている。店の従業員達の判断で音楽を一旦止めてしまったようだ。

「ワルオさん!大丈夫ですか!!」

従業員達が心配してか、部屋に慌てた素振りで駆けつけたが、テーブルが大きく破損しているものの、2人は特に平然とした様子でいる。

「あ、いや、何でもない。心配しなくていいから・・・」

ワルオがそう言うと、従業員達は一礼をして1階に戻っていった。そして、従業員達の合図で再び重低音がフロアに響き始めると、客達も何事もなかったかのように踊り始めた。気持ちを立て直すべく、ワルオもグラスに高級ブランデーを注いでグイっと飲む。

「ここだと、音でよく聞こえないから、下の事務所で話そう。今更だけど。」

「あぁ、その方がいいかもな。」

ヴィステは立ち上がって何かを探すかのように床を見始めた。アンテナが破損したラジカセの他に、あちこちに損壊したテーブルの破片が落ちている。すると、破片に紛れて小さな機械のようなものが落ちているのに気付いた。近寄って拾い上げてじっと見つめる。

「妙な電波を感じると思ったら、やっぱり盗聴器か。」

「マジかよ!?」

どうやらワルオは気付いていなかったようだ。恐らく、その神代がテーブルの裏に仕掛けていったのだろう。つまり、それは、先程までのやり取りを盗聴していた、ということ。ただ、機械を見る限り、ヴィステの背負い投げの影響で破損して機能を失っているようだ。

“こんなものを利用しているってことは、ダイマの力が邪魔して悪意との連絡があまり出来ない状況にあるようだな。”

泥人間は世界システムに巣食う悪意の直属の戦士とも言えるが、その命令や情報伝達は悪意がシステムを利用して各星に転移させる邪念で、それが何らかの力で妨害されると悪意の命令は泥人間に届かなくなる。また、泥人間同士の情報共有もシステム経由なので、当然の如く上手く機能しなくなる。

「よし、それじゃ移動しようか。」

「あ、あぁ、分かった。」

ヴィステはワルオの後についてフロアを出ると、少し音が響く廊下を歩いて1階にあるスタッフ専用の事務所に向かった。そして、事務所の応接室に入ると、互いに1人用のソファに腰を下ろした。防音壁で囲まれているようで、外から音が聞こえてこない。明るい照明の影響で、室内がダンスフロアとは別世界のようだ。

「あんたの、さっきの妙な霊気・・・、やっぱり、あんたも札を売ってきた奴と同じ、神の使徒ってやつなのか?」

「神の使徒?いや、私はそんな大それた者じゃないぞ?さっきも言ったけど、ただのか弱い探偵だ。」

おどけてみせるヴィステに、ワルオはどこか負けを認めるかのような笑みを見せる。人間なのかどうか分からないが、こういうやばい奴も世の中にはいるんだろう、と。そんなワルオは、自分に怨哮札を売ってきた人物の話をし始めた。どうやら、その人物に怨哮術の存在を教わったようだ。

「神代か・・・」

「最初会った時はビビったよ。3日前に、店が終わった後にここで1人で飲んでたら、いきなり目の前に現れたんだからさ。」

その男はミミ教会の法衣を身に纏っており、ワルオはあまりの突然の出来事に身動きが取れなかった。そして、その神代と名乗る男が“護身用の札を買わないか?”と言ってきて、逆らったら殺されると思ったから、ヴィステに使ったものとは別に、6枚セットを10ルカ(日本の相場でおよそ1万5000円)購入したようだ。

「10ルカか・・・、って、6枚セット?ってことは、お前まだ持っているって事だよな。」

「いや、まぁ、持っているけど、傷を癒すやつと、さっき出てきた汰魔鬼って鬼を護衛として召喚できるやつだよ。ホントにヤバい時以外は使わねぇって!」

「捨てろ、と言いたいが、まぁ、いいだろう。割と所持している奴が増えてきているしな。」

創世会の者がミミ教徒を装って世界各地で怨哮札を売り飛ばしているので、噂としてその存在は広まっている。ただ、実際に悪用する者も多く、大きな事件も多発している為、警察も取り締まりをしている。

“あんなもん、原価で言ったら、1枚30セルくらいだろ。ぼったくりやがって・・・”

怨哮札は特別な紙を使ってはいるわけではなく、札自体はそこらも文房具店で売っている用紙でも構わない。ただ、そこに書き込む文字に関しては、惑星フリーンという、ここよりも遥か南(およそ36万光年)に位置する中央銀河内に存在する星で製造している霊気を宿した特殊なインクじゃないと効果が発動しない。もっとも、量産されているので特に希少なものというわけでもない。

「その神代って奴から、札を買った以外に何か聞いていないか?」

「少し話を聞かせてくれたな。古代の事とか色々と。ホントかどうか知らないけど。」

「古代の事ってのは?」

「あぁ、古代文明を滅ぼしたのは、アル何とかって言う、墜ちた天使だ、とか、そんな話。」

“墜ちた天使か・・・。間違ってはいないが・・・”

――天使アルティナ――

かつて専任で惑星ティファを管理していた雷を操る天使で、四天使の内の序列1位に位置する。そして、今は神星マタタビを覆う霊壁が邪悪な思念によって魔の結界と化した影響で、マタタビから全く出られない軟禁状態にある。

「他には?」

「他は・・・、この宇宙の中心にマタタビとかいう、神がいる星があって、そこには世界の事象を創り出せるものがあるって事くらいかな。」

ワルオは神代から世界システムの話を聞かされており、それを掌握している存在こそがこの世界における唯一絶対神である、と教えられた。そのシステムがあるからこそ、この世界は成り立っている、とも。

「んで、その神に仕えている自分達“創世会”が、いずれ世界に新たな秩序をもたらす、とか、よく分からんこと言ってた。」

「新たな秩序ね・・・」

少し溜め息をつくヴィステ。恐らく、システムに巣食う邪悪な思念はしもべ達を使って新たなる世界の創造主になるつもりなのだ。ここ最近、やたらと泥人間の動きが目立つのは、既に生まれている救世主達に対抗する組織を作る為なのだろう。

「そうか。それより、お前、本当に怨哮札を悪用してないだろうな?」

「え、いや・・・、今は使ってないです。一昨日、ちょっと試しに使って、中学の時の担任にいたずらしたけど、それ以降は使ってないです。ホントに。」

何か問題が起きると、すぐに自分を疑ってきた元担任の教師が自分の店に来たので、ちょっと脅かす程度に汰魔鬼を呼び出し、カツラを奪ってとんずらをかまさせたのだ。

「なかなか面白かったよ。昔からカツラ疑惑があったからな。」

「あのなぁ・・・」

当時を思い出して大笑いするワルオの態度からして嘘をついている様子はない。さっき使っただろ、とツッコミを入れたいところだが。しかし、本当に悪用をしていないとするならば、遠距離から誰かを操ってジョージを殺害するのは無理だろう。そもそも、それをやるにはワルオ本人も相当量の霊気を放出しなければならないので流石にバレる。札も効果範囲が狭いので流石に街中でバレずに使うには厳しいものがある。

「その男はミミ教会の法衣を着ていたと言ったが、どこかに行く、とか、そんな話はしなかったか?」

「そういう話はしてないけど、何か、教会の幹部だけど、ウォードの製薬会社で役員もやってるとか言ってたな。どこの会社かは聞いてないけど・・・」

「ウォード連邦か・・・」

「あの人もそうだけど、ミミ教会のお偉いさんってのは、みんな特殊な力を持っているものなのか?」

「いや、そんな事はない。忠告ついでに教えておくが、そいつは泥人間っていう悪魔の類だ。」

「泥人間?それって、昔話とかに出てくる妖怪の奴?」

「そうだ。そいつに何を言われようとも信用するな。もしも、そいつが再び姿を見せたら、私に連絡しろ。」

そう言うと、ヴィステはバッグから名刺入れを取り出して、中から名刺を1枚抜き取ってワルオに手渡した。2階に行った時点で怨哮札を所持していたのが分かったから、敢えて渡さなかった。それをじっと見つめるワルオ。名刺には事務所の電話番号とショルダーホンの電話番号が記載されている。

「わ、分かった・・・」

「あと、そいつが来たのって、3日前だったよな?」

「そうだよ。札の事を聞いてくる奴が近々来るだろうから、身を守る為に使えって言われたんだ。とっておきの切り札だ、とか言ってな。」

どこがとっておきなんだか、とぼやくワルオ。少なくとも、神代にとっては強力な魔力を込めた、とっておきだったのだろう。

「ウォードの製薬会社か・・・。ってことは、もうこの国にはいない可能性があるのか。」

「どうだろな。けど、同僚がいるらしくて、この国、いや、星だったかな?よく分かんねぇけど、基本的にその人が営業担当してるんだってさ。」

「何だと?」

泥人間の寿命は基本的に30年で、その後の60年は不在の時期となり、それが過ぎればまた姿を見せる。それを古代からずっと続けている。そして、その数は4惑星の合計で最大4人。その内の1人はテイシャン3大貴族の1つ“ホルデンス家”の当主にして次期聖王と呼ばれているヨハンによって倒されている、とダイマから教えてもらった。そして、8年くらい前に起きた旅客船の事件の犯人は恐らく泥人間だろうから、そいつはユリコによって始末されている。

“つまり、残り2体の内の1体はウォードに、そして、もう1体はまだこの国にいる・・・”

ダイマの話では、泥人間による被害は少なくとも12年前まで確認されなかった。つまり、最大で、あと18年はこの地上を彷徨い続けるということ。そして、創世会なるしょうもない組織を作っているあたり、恐らく、奴らに魅入られてしまった相当数の人間達が協力している。その中には、社会的に高い地位を持つ者もいるのだろう。

「神代か・・・。分かった。少なくとも、3年前の事件はやってないんだな?」

「あぁ、ホントだ。」

「嘘ついたら、お前、ホントにアレだからな?」

「しつけぇな、ホントだって!!」

どうやら本当のことのようだ。犯人は他にいる。しかし、一体誰なのだろうか。事件の真相に辿り着けそうで辿り着けない迷探偵だが、ふとワルオを見ていてある事が気になってきた。

「そう言えば、どこだっけかな。ロー・・・ゼファー?」

「もしかして、マイクの店のこと言ってんのか?ローゼンファーヌだろ?」

「そうそう、それ。そこの店長とここに来る前に話をしたんだけど。彼と何かあったのか?」

「まぁ、長話ついでだし、どうせ調べられたらバレる事だから教えるけど、俺とアイツは腹違いの兄弟なんだよ。」

「そうだったのか・・・。あ、そうだ!だから市長に顔が似てたのか!!」

「俺と違って親父によく似てるだろ?同じようにちょび髭まで生やしやがって。」

ワルオの言う通り、体形こそ違うものの、確かにマルクスとマイクはよく似ている。マルクスとは実際に会った事は無いが、恐らく背丈も似かり寄ったりなのだろう。それに対して、ワルオの身長はマイクより15,6cm高いといったところか。ヴィステよりも背が高い。

「いや、実はさ。あいつから、店に対する嫌がらせは止めろ、とか言われちまって、それで喧嘩になったんだよ。」

「嫌がらせ?」

「あぁ。よく分からなねぇけど、アイツが言うには、俺が店の評判を落とすような事を言いふらしているんだとさ。」

「そうなのか?」

「んな事するかっての。俺も小学生の頃からあの店によく通ってたんだよ。そん時は、まさか、メアリーさんが親父の愛人だったなんて知らなかったけどさ。」

「メアリーさん?そう言えば、依頼人がそんな名前を口にしていたな。ってことは、今の店長の母親なのか?」

「そうだよ。もう3年くらい前に亡くなったんだけどな。」

ワルオは二十歳の時に父親のマルクスから、メアリーとその子供のマイクの事を告げられた。認知はしていないが、マイクが自分の子供だと。いきなりの事だったのでショックだったようだ。

「んなこと言われたら、店に行き辛ぇじゃん?メアリーさんのハンバーグ好きだったのにさ。」

「あぁ。あそこのハンバーグは確かに美味いな。その気持ちは分かる。」

という事は、あの味はマイクが考案したものではなく、母親が考案したものだったのか。そう納得するヴィステにワルオは当時の事を話した。それによると、父親からの衝撃的な告白を受けたワルオは、店の前で入ろうか入るまいか迷ってうろついていた。その時に常連で店の近くに住むリーブス夫妻に声を掛けられた。その2人はマルクスと学生時代からの友人でもあった。

「もしかしたら、その2人なら親父とメアリーさんについて、何か知ってるかもって思って聞いてみたんだよ。」

夫婦はワルオが生まれた時から彼の事も知っていたが、マルクスやメアリーの気持ちを考えて、ワルオとマイクにはその関係性をずっと黙っていた。しかし、ワルオが必死にせがむので仕方なく当時の事を話したのだ。

「元々、親父がお袋と結婚する前に、親父はキャバレーで働いてたメアリーさんと付き合ってたみたいなんだよ。」

「キャバレー?時代を感じるな。」

「あぁ。ただ、そこのキャバレーはいわくつきでさ。まぁ、簡単に言えば、裏で人身売買の斡旋をやってたんだ。」

「それって、まさか・・・」

「そうだよ。メアリーさんは売られたんだ。あの人は元々、ウォードのジェミカだったかな、そこに住んでたんだけど、ゴロツキどもに拉致られちまったんだとさ。」





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