第13話

 ヴィステは車をしばらく走らせてベロニカ区に入り、そのまま市の中心部を目指した。中心部に近づくほど車の数も、道を歩く人の数も増えていく。こういった場所は平日だろうが休日だろうが、昼だろうが夜だろうが、道行く人の種類は違えども、そこまで大きな変化はない。そんな中、ヴィステは目的地がある区域へと入った。

――新世界――

ツバキ市ベロニカ区猫の門。ここら辺りは市のシンボルでもある虎の子タワーという展望台を中心に、ニャンニャン横丁といった大人達で賑わう店が建ち並んでおり、通称“新世界”と呼ばれている。

「ソウルロア・・・、そう言えば、この前、そんな名前のクラブがTVで紹介されてたような・・・」

TVの夕方のニュースで今流行りのディスコ特集をしていたのだが、その時に、ベロニカ区の人気店としてそんな名前の店と、若い男性オーナーが紹介されていた。もしかしたら、その彼が色々と悪名高いワルオだったのかもしれない。TVの紹介を見ている限りは、なかなか顔立ちが整った好青年で、そんな悪そうな感じでもなかった気がするのだが。

「まぁ、行けば分かるか。」

渋滞気味の道路で苦戦しつつ、ヴィステは猫の門3丁目に入った。運転しながら、ちらちらと外の様子を伺うようにしてそれらしき店を探す。そして、ほどなくして、それっぽい黒い外装の大きな建物が視界に入った。表の電飾された大きな看板からして、その店に間違いないようだ。

――ソウルロア――

ヴィステは店舗の敷地内にある広い駐車場に車を停めた。飲み屋だけあって、建物の大きさの割に駐車場が小さい。そのせいか、まだ17時半過ぎなのに空きスペースがほとんど残っていない。ヴィステは車を降りて、目の前に建つ店を見渡した。ここはかなり大きな店のようで、市長選が近いせいか、建物の壁にはなぜか市長のポスターが何枚も張られている。ライトに照らされたポスターの1枚に歩み寄るヴィステ。

「特徴的な鼻をしてる男だな。」

ポスターに掲載されている市長のマルクスは先が丸い大きな鼻が特徴的なカミーラ系の男性で、25歳の時に市議会議員に当選して以来、ずっと政治家をしているらしく、ふくよかな体形に鼻下のチョビ髭がチャームポイントらしい。

「あれ?この顔・・・、いや、関係ないか。」

少し気になったが、今はどうでもいい。ヴィステはとりあえず表の入口に向かったのだが、入口の傍には、ガードマンらしきガタイの良い2人の黒いスーツスタイルの男性が立っている。2メートル近くありそうなルシェイン系とナハトリア系の2人で、コートを羽織ったギャルっぽい女性達を笑顔で店内に招き入れているようだ。そして、ヴィステが女性達に紛れて中に入ろうとすると、当然のように止められてしまった。見た目からして浮き過ぎたか。

「会員証を提示して下さい。」

「会員証?ここって会員限定なの?」

「そうです。セキュリティの関係で、当クラブは会員様限定となっております。」

ガードマン達の話によると、この店は会員登録をした者しか入場を許可しないようになっているようで、ただ、グループで入る場合は、1人でも会員がいて人数を伝えつつ入口でそのメンツの確認が取れれば良いとのこと。

「それじゃ、会員になるから中に入れて。ここのオーナーと話がしたいんだ。」

「どちら様のご紹介で?」

「え・・・と、アクマ商会のダイマ会長・・・」

「本当ですか?それならば、紹介文が記載された書面を提示して下さい。」

疑り深いガードマン達。店のセキュリティはしっかりしているようだ。ただ、ダイマの紹介でも良いらしい。流石は、この国の裏の支配者と世間から噂されているだけの事はある。だが、生憎と、紹介文なんて持っているわけがない。しかし、ここで引き下がりたくはない。ヴィステは切り札として、財布からある物を取り出してガードマン達に提示した。

「これじゃ駄目?」

「これは・・・!!」

ヴィステが2人に提示したものは、アクマ商会の社員証だ。役職によってバリエーションが異なり、役員クラスのものは“ゴールデンカード”と呼ばれている。ヴィステが提示したものが、まさにそれだ。

“ふふふ・・・、こんな時の為に、作ってもらったのさ!”

プロバスケットボールの選手紹介時に電光掲示板に表示されるような笑顔の顔写真の他にも、キッチリと“アクマ商会終身名誉会長オウ・ダイマ認定探偵ヴィステ・山田”と列を分けて記載されている。これは事務所を始める際にダイマに頼んで特別に作ってもらったものだ。世界的大企業たるアクマ商会の威光に縋り付く気満々である。すると、ガードマンの1人がそれを受け取り、顔を背けつつ、ポケットから取り出した無線機でどこかに連絡を取り始めた。カードの表と裏を確認しながらぼそぼそと誰かと話しているようだ。もう1人が疑わしいものを見る目つきでヴィステを監視する中、その場でドキドキしながら待つヴィステ。そして、しばらくしてカードを返された。

「どうぞ、こちらへ・・・」

“!?”

上手くいった。ヴィステは適当にカードを出しただけだが、入室の許可を得られたようだ。流石は裏の支配者。こういう時は本当に使える男だ。そんな彼女をガードマンの1人が店の中へと案内した。

“この類の店は久しぶりだな・・・”

ヴィステは通路を歩きながらガードマンに話を聞いてみると、どうやら、この店は建物の中央にあるメインフロアで酒を飲みながら踊り明かすという、いわゆるディスコクラブで、今の時間は客もまばらだが、夜になれば大勢の客が訪れるようだ。

「ここって、TVで紹介されてませんでしたか?」

「されていたはずですよ。この前、TV局の方々が何人かいらっしゃいましたから。」

ガードマンの説明を聞いてヴィステは興味深げに店内の様子を見渡している。この店はこの国におけるディスコブームの先駆けとされており、TVや雑誌の取材なんかがよく行われるそうだ。そんなこんなでヴィステは1階のメインフロアに通されると、クラブらしい妖艶な雰囲気の空間が広がった。高い天井まで吹き抜けの構造で、壁沿いにあるテーブル席には、酒らしきものを飲みながら談笑している若い男女や中年風の男達の姿がたくさんある。

「もう結構、集まってるんですね。」

「そうですね。今日は、この後、18時からダンスイベントが行われます。」

ガードマンの話によれば、今日は人気DJ達が集まって腕を競いつつ、彼らの音楽を聴きながら客達が飲んで踊るイベントがあるらしい。時間帯が少し早いのは、今日が日曜日だからだそうだ。客の多くが平日勤務の社会人なので、その配慮なのだとか。

「どうぞ、こちらです。」

ヴィステはガードマンの後についてフロアの脇にある壁沿いの階段を上っていき、1階が見下ろせる2階のオーナースペースに辿り着いた。4本の柱で支えられた10帖くらいの広さの場所で、周囲を1メートル2、30cmほどの高さの手すりと強化ガラスでそれぞれ手前と奥に囲っただけの簡単な造りのものだ。

「失礼いたします。」

“あの男は・・・”

一礼したガードマンの後に続いてヴィステがオーナースペースに足を踏み入れると、部屋の奥に異質な気配を漂わせるスーツスタイルの人物が待ち構えていた。そのオールバックヘアーの男性はソファに座ってグラス片手に酒を飲んでおり、その両脇には若い女性達の姿がある。そして、ガードマンはヴィステをその人物の近くまで連れていった。近くで見ると、どうやら大和系のようだ。母親の方に似たのか、鼻筋が通ってなかなか整った顔をしている。TVで見た通りの男だ。そんな男が、ヴィステを興味深げにじっと見上げた。

「こいつはまた、えらいべっぴんさんが来たもんだな。顔だけじゃなくて、背も高くてスタイルも良いし、人気女優でも来たのかと思ったよ。」

「お褒めの言葉と受け取っておきます。それよりも、あなたがワルオですか?」

ヴィステがそう質問すると、男は傍にいる女性の1人に目で合図し、その女性は軽く頷いてテーブルの上に置かれたラジカセの再生スイッチを押した。カセットのテープがゆっくりと動き始める。

“ワ・ル・オ!ワ・ル・オ!ワ・ル・オ・ダ・ヨーン!!ワ・ル・オ!ワ・ル・オ!ワ・ル・オ・ダ・よ~ん!!ワ、ガチャ・・・”

女性が無表情で停止ボタンを押して謎のデスボイス風のBGMを消し、男が自身に満ちた表情で再びヴィステを見上げた。

「そういう事だ。」

“どういうこと!?”

困惑を極めるヴィステ。よく分からないが、謎のBGMからして、この目の前の男がワルオなのだろう。そもそも、これをやる為にわざわざラジカセを用意したのだろうか。

「まぁ、良いや。俺がワルオだ。あの爺さんが認定した探偵ってことだけど、俺に何か用か?」

「3年前にこの近くの裏通りで起きた殺人事件について調査をしています。」

「この近くで起きた殺人事件?そんなのあったか?」

ヴィステの質問に怪訝な表情となったワルオは、傍にいた取り巻きの若い女性達とガードマンにその事件を知っているかどうか確認をした。しかし、3人とも首を傾げてしまう。何かとトラブルの多い場所なので、どの事件なのか分からないようだ。

「ラグウェル家はご存じですか?テイシャンの有名な貴族なんですけど。」

「ラグウェル家?あぁ、何かそんなのあったっけか。それが何なんだ?」

「私が調べている事件というのは、ラグウェル家の現当主の御主人が被害に遭われた、というもので、あなたが当主である彼女にナンパして断られたのを腹いせに、この近くにある高岡屋で爆破事件を起こしたって噂があるようなんです。」

「はぁ!?高岡屋?ってか思い出した。あの爆破事件か。」

ワルオは苦い表情を見せた。父親のマルクスからやたらと事件に関与していないかどうかの確認を迫られ、大統領まで動き出す大きな国際問題に発展して嫌な思いをしたのだ。警察からの事情聴取も嫌ってほど受けた。通っていた大学にまで来て本当に迷惑だった。すると、ワルオは女性達をガードマンと共に下がらせ、ヴィステをソファに座るように誘った。ワルオの斜め前にあるソファに座るヴィステ。周囲を見渡す。部屋の棚には高そうなブランド物の酒が綺麗に並べられており、背後の強化ガラス越しに見える下のフロアから若い女性達がここを見上げている。そんな中、ワルオは溜め息をつき、グラスに注がれた高級ブランデーをグイっと飲んだ。

「確かに、俺はよくナンパするけど、断られたからって殺したりはしねぇよ。まぁ、昔は舎弟どもが勝手に拉致って脅してたりってのが、たまにあったけど。」

ワルオが言うには、以前は警察沙汰になるような事を頻繁にやっていたが、ビルを爆破するような大きな事などするわけがないとのこと。警察からも疑われていい迷惑だったようだ。

“確かに。TVの特集じゃ、こいつは国立大出のエリート。そんな馬鹿なことでキャリアを棒にするとは思えないしな。”

ワルオがTVで紹介されたのは、何もディスコブームの火付け役だったという事ではなく、大学在学中の21歳という若さで企業したからだ。確かに、高校生の頃までは色々とやんちゃをしていたが、その甘いマスクもあって、若手青年実業家として各方面から期待されているのだ。

「みんなして何でもかんでも俺のせいにしやがって。親父も信用してくれねぇし。そもそも、道歩いてた女がテイシャンの貴族かどうかなんて、そんなの俺が分かるわけねぇだろ。」

ワルオはぱっと見が良ければとりあえず声を掛ける癖があるようで、ぶっちゃけた話、1人1人の顔なんて覚えていないらしい。本人の様子から嘘をついているとは思えない。恐らく、フィオナもたまたま声を掛けられてしまったのだろう。

「けど、実行犯の2人が住んでいたアルメリア地区に頻繁に出入りしてたんですよね?」

「アルメリア地区?あぁ、確かに、大学通ってた頃はよく行ってたよ。けど、そいつらの事なんて知らねぇよ。」

「ホントですか?」

「ホントだって。今はもう無いけど、あそこにチンチロの隠し賭場があったんだよ。んで、こっそり通ってたわけ。」

アルメリア地区で違法賭博が行われていたのは事実だ。ワルオの言い分には少し怪しいところはあるが、そこら辺は警察も散々調べただろう。その上でアリバイが証明されたのだろうし。

「あなたがその事件に関して白なのは分かりました。で、本題はさっき話した殺人事件です。」

ヴィステは事件の内容をワルオに話した。その事件の日の1週間前に発砲事件が起きて、その被疑者として警察から事情聴取を受けたはずだという事も。

「あなたが凶器の拳銃を所持していたって情報があるんですよ。」

「拳銃?確かに、規制される前は趣味で色々と集めてたけど、射撃練習場でしか撃ったことねぇよ。」

この国は勿論のこと、どの国でも悪魔対策として、一般市民でも拳銃の訓練が出来る場所がある。ワルオは確かに、昔こそ他の少年ギャングチームと喧嘩をして警察に補導されまくったが、今はいくつもの店を持つ経営者の身。3年前の事件の日だって、オープンしたばかりのこの店で盛り上がっていた。警察には客の証言によってアリバイは証明されている。ちなみに、拳銃に関しては、悪魔がよく出没する関係で身分証明書を持ち、警察に届け出れば誰でも所持が出来たのだが、4年前の規制強化によって今は許可制になっており、以前からマークされていたワルオはコレクションから何から全て颯爽と没収されてしまった。と言うよりも、父親のマルクスが勝手に持っていかせた。

「あなたじゃないなら、誰か他にやりそうな人間を知りませんか?昔つるんでいたお友達とか。」

「やりそうな奴ばっかだから、逆に分からねぇよ。」

ジョージが殺害された事件の1週間前に起きた発砲事件はワルオと昔つるんでいた者が犯人だったのだが、過去の経歴もあって警察はワルオが主犯だと勘違いしてしまったようだ。

そこら辺も捜査資料に記載されている。

「そうですか・・・。ところで、話は変わりますが、あなたに近づいてきた者の中で、変な奴はいませんでしたか?」

「あんたが、まさにそうだよ。」

「失礼な人ですね。せっかく探偵っぽい恰好をしているってのに。っていうか、私の事はいいんです。誰かいませんか?例えば・・・」

――お前に“怨哮札”を売った奴とか――

ヴィステのどすの利いた言葉を聞いて一瞬、時が止まったかのような態度を示すワルオ。心の動きが表情に出ており、その様子から間違いなく泥人間、或いは、創世会の者と接触していたのが分かる。

――怨哮札――

この世界に存在する魔法のような力“怨哮術”が込められている札。怨哮術は世界システムを利用して発動させるものなのだが、これを発動させるには呪いの詠唱と邪気が必要で、ジョージ達が戦った2体の悪魔が使ってきたのがそれである。ただ、札の場合は、文字に邪気が込められているので、点火に必要な霊気さえあれば人間でも使用可能となっている。

「えん、こう?何の話だ?そんなよく分からんものなんて買ったことねぇよ。」

「そうか。その割には、その内ポケットから、随分と瘴気の匂いを漂わせているな。」

ギクリとするワルオ。平静を装うものの、その頬を汗が伝う。明らかに動揺をしているのが分かる。

“ッドンッドンッドンッドン・・・♪”

下のフロアからリズミカルな重低音が響いてくる。どうやら、イベントが予定通り始まったようだ。カラフルなミラーボールが色鮮やかな光で部屋を照らし出す中、DJが奏でるリズミカルな重低音が部屋全体に響き渡り、全身に刺激を受けたボディコニアン達が腰をくねらせつつ扇子を振って踊っている。それに感化されて一緒に踊る客たち。その熱狂がフロア全体を包み込む。その一方で、ワルオは心の焦りを隠すかのようにグイっとブランデーを飲み干す。

「ふぅ・・・、あんた、マジで何者だ?」

「ただの探偵だ。それよりも、それを売った奴を教えろ。」

ヴィステが凄むと、ワルオはしばし瞼を閉じ、やむを得ないといった表情をして、瞼を開けると同時にサッとソファから立ち上がりつつ、彼女から距離を取るようにして飛び退いた。そして、すかさず内ポケットから札の様なものを取り出し、それに微量の霊気を纏わせて宙に放り投げた。

――ジャグラ・カンマン・エン・シャドア――

文字が赤く怪しく光を放った直後、札が黒い炎に包まれてボシュンと消滅すると同時に部屋の空間が、まるで多くの人間が苦しんでいるかのような不気味なものへと変化した。この変化は術者と対象者しか分からないので、1階にいる客達は異変に全く気付いていない。そして、その直後にヴィステの体を黒い霧が包み込み、座っている彼女の背後の空間に漆黒のローブを身に纏う猫系っぽい生命体がぬぅっと姿を見せた。大きなハサミのハンドルの2つのリングを両手でそれぞれ握りしめて刃を広げている。

“死の怨哮術か・・・”

ヴィステが背後を意識する。この術は閻冥界にいる汰魔鬼と呼ばれる鬼を強制的に呼び出して対象の命をチョッキンと切り取らせるもので、明らかに強い魔力を纏っているが、汰魔鬼の姿は術者にしか見えず、魔力も感じられないようになっている。更に、ワルオが使った札経由だと、札を点火する際に放出する術者の霊気等が外部に一切気付かれなくなるという非常に厄介なものと化すのだ。

――汰魔鬼――

閻冥界に住む猫系獣人の姿をしている霊的生命体。脳天に黄色と黒の縞模様の1本の角を生やしている。本来の役割は44ある月の内部にある輪廻転生システムの維持・修繕・管理と、その名の由来である環を整える者として、転生システムに対応する地球型惑星内で異常繁殖をしてしまった種族を間引いて生態系のバランスを整えることなのだが、世界システムに巣食う邪悪な思念の力によって、ただ死をもたらす者と化した。

“随分と物騒な札を買ったもんだな。”

ヴィステはチラリとワルオに視線を向けた。すまない、と言いたげな罪悪感を露わにした表情でじっとヴィステを見つめている。彼は、ヴィステが背後に浮かんでいる鬼に気付いていないと思っているのだ。

「ニャンニャンニャ、ニャ~ン♪」

そんなワルオを他所に、札によって呼び出された汰魔鬼が、下のフロアで踊るボディコニアン達に感化されたかのように、ノリノリでヴィステの首に狙いを定めてハサミを動かそうとした、が、ヴィステ即座に振り返りつつ立ち上がり、その勢いのまま両腕に闘気を込めて左右の刃をバキンっと勢いよく叩き折ってしまった。

「ニャ!?」

刃を粉砕されて驚く汰魔鬼。ワルオも目を丸くしてポカンとしている。ヴィステの一連の動きが速すぎて見えなかったが、とにかく、ハサミの刃が粉々に砕かれてしまった。

「やるじゃニャい!」

汰魔鬼はハンドル部分をポイっと放り投げた。ボシュンっという音ともにハンドル部分が消滅する。そして、汰魔鬼は稲光を放つ凄まじい赤い魔闘気を放出させて身構えると、フワッと上昇し、まるで緩急差による相手の反応を遅らせるのを狙ったかのように、もの凄い速度で蹴りかかった。

――ギュア!!――

音の壁を突き破る強烈な魔力を宿した右足がヴィステの顔面に襲い掛かる、が、ヴィステは同じ姿勢のまま瞬時に右へ少しスライド移動しつつ、左手で汰魔鬼の右足首を掴んで攻撃を止めた。そして、汰魔鬼の蹴りの勢いを利用しつつ、更に、グイっと強引に手前に引き寄せてそのままグルンと体を反転させ、まるで大きな棍棒でも振るかのように、もの凄い速度で汰魔鬼の背中をテーブルに叩きつけた。

――ドッガン・・・!!――

大きな衝撃音と共にテーブルが真っ二つにへし折れてしまった。フロア全体に大きな縦揺れが起こる。大きくよろけるワルオ。何事かと1階から心配そうに見上げるボディコニアン達。DJ達も手は動かしているが、顔を2階へ向けている。

“何をしたんだ・・・?”

汰魔鬼の右足から手を放すヴィステと、何が起きたのか分かっていなさそうに天井を茫然と見つめる汰魔鬼。そんな2人を唖然とした表情で見つめるワルオ。両者の動きが速すぎて、どういうやり取りだったのかは分からないが、とにかく、テーブルが粉砕され、汰魔鬼が床に叩きつけられている。

「うぐぐ・・・、ば、馬鹿ニャ・・・」

汰魔鬼はよろよろと立ち上がってヴィステを睨みつけた。それに対し、特に身構えず、鋭い目つきでただじっと汰魔鬼を見据えるヴィステ。そして、汰魔鬼は身構えつつ頭の中で色々と策を練ったが、どう頑張っても勝てないと悟ったのか、しょんぼりしながら後ろを振り返ってそのまま消えていった。その直後にフロアの空間は元の様子に戻った。





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