第12話
ヴィステはジョージの最後の言葉を聞いたという彼の勤め先だったサニー自動車の同僚なる人物に話を聞かせてもらえる事になった。場所はヒマワリガーデンから車で20分ほどの、ツバキ市スミレ区にある住宅地だ。
「何か、有力な手掛かりが掴めればいいんだが・・・」
しばらく車を走らせて閑静な住宅地に入ると、ゆっくりと走行しつつ、電柱にある住所をチラリと確認しながら目的の場所を探す。視界を過る家の前の路地でケンケンパをして遊んでいる子供達の姿に平和を感じさせられる。およそ悪魔が出現する世界とは思えないほどに。
「あ、この通りっぽいな。」
電柱のカバーには17番通りと印字されている。目的地の住所からして、この通りに建ち並ぶ家のどれかに間違いあるまい。そう思いながらその路地に入っていくと、予想通り、同僚宅らしき一戸建てを発見し、家の前に停車させて車を降りた。
――同僚宅――
木造の2階建てで、ここら辺りの家はどれもそうだが、それほど一軒ごとの敷地は広くなく、同じような大きさの家がずらりと並んでいる。瓦葺きで、どれも年季の入ったものばかりだ。そんな中で、目の前に建つ家はどこか新しく、屋根の種類も異なっているせいか、他と比べて存在が浮いている気がする。もしかしたら、建て直したばかりなのかもしれない。
“ピンポ~ン・・・”
『はい、どちら様ですか?』
「あ、私、午前中にお電話した、桜坂探偵事務所の山田、という者ですが。」
『あ~、ちょっと待ってて下さい。』
もはやお決まりのパターンだ。しばらくして、玄関から中年風のローザリカ系の男性が出てきた。どうやら、この男性がお目当ての人物のようだ。そんな彼が、また、お決まりといった感じで、驚いたといった表情で歩み寄ってきた。そんな彼に笑顔を見せるヴィステ。
「初めまして、探偵の山です。」
「こちらこそ、初めまして、後藤です。」
「なんか、せっかくの休みの日に、わざわざ、どうもすいません。」
「いえいえ、構わないですよ。さぁ、上がって下さい。」
そう話すこの男性の名前はウォルター・Y(八木)・後藤。男性で、現在は会社の製造部の係長を務め、私生活では両親と妻と子供2人と共にこの家で暮らしている。まだ建て直したばかりのようで、玄関に入るや否や、木材の独特な香りが漂ってくる。そんな中、客間に案内されたヴィステはいつも流れで名刺を渡し、用意されたお茶と大福を頂きつつ、さっそく事件についての質問をし始めた。
「警察署でちょっと捜査資料を確認したんですけど、大門さんが残した“ローファー”という言葉に、何か心当たりはありませんか?」
「う~ん、ちょっと思い当たるものが無いんですよね。革靴って事くらいしか・・・」
「そうですか・・・。事件の日なんですけど、何か変わった事とか、なかったですか?」
「いやぁ・・・、特に無かったかな・・・。大門とは駅前で別れちゃったから、彼がどうして事件に巻き込まれたのかも、正直のところ、よく分からないんですよね。」
「別れた?それは、どういう事ですか?」
「あの日は、ベロニカ駅近くの“吞兵衛”って飲み屋でサッカー部のプロ昇格祝いを兼ねて忘年会を行ったんですけど・・・」
会場となった飲み屋のオーナーは昔からサニー自動車のサッカー部を応援していて、その縁でジョージ達はそこによく同僚達と一緒に飲みに行っていたようだ。そして、そこで忘年会をやろうという話になったのだが、行ったことがない同僚もいたので、知っている人は店に直接向かい、知らない人は駅前で集合となっていた。
「そんで、知らない女性社員達が多かったんで、俺と大門が道案内役として駅前で待ってたんですよ。」
「なるほど。けど、どうして大門さんと別れたんですか?」
「えっとですね、みんなが集まったから店に向かおうとしたんですけど、その時に、大門の知り合いだったのかな?若そうな女の人に声を掛けられたんですよ。」
「若そうな女?」
「はい。スーツ着た女の人で、多分、テイシャンの方じゃないかな?奥様の事でどうたらこうたらとか言ってた気がするし。」
「それで大門さんと?」
「えぇ。大門が先に行ってくれって言ったから、みんなを連れて先に行ったんですよ。」
「その事って警察には?」
「いえ、現場の状況くらいしか聞かれなかったんで。それに、公務員の方だろうから、事件には関係ないと思ってたし。」
ウォルターの話に険しい表情となるヴィステ。その女性はジョージと何の話をしたのだろうか。フィオナとの結婚が近かったから、テイシャン貴族との何かしらのやり取りがあったのだろうか。しかし、わざわざその話をしに夜に来るだろうか。そもそも、どうして飲み会がある事を知っていたのだろうか。フィオナが教えたのだろうか。
“見た目からして、恐らくフィオナが言っていた担当職員だろうけど・・・”
明日あたりに大使館に確認をしておいた方が良いかもしれない。担当を外れているらしいから、恐らくはもう祖国に帰国しているだろうけど、何か知っているかもしれない。
「捜査資料にもあったんですけど、大門さんが事件に遭われたのは、みなさんが店の方に部屋を案内されている時だった、というのは本当ですか?」
「はい。一旦、店員の方に部屋に案内されて、俺が大門の事を店員の方に話す為に受付に戻った時に、店に男の人が入ってきたんですよ。」
「その人が、通報した方ですよね?」
「はい。救急車を呼んでくれって凄い慌てて、その時に、頭に大門の姿が浮かんで、それで、もの凄く嫌な予感がして店の外に出たんですよ。」
そして、ジョージの最後を看取った。ウォルターの話からして、ジョージが彼らと別れてから店に向かうまでは、それほど時間は経っていない。話の内容は恐らく、結婚式の事か、ビュネルヴァ家への挨拶、そこら辺だろう。しかし、そんな話は電話でも良いし、フィオナ経由でも良いはず。
「他に、事件の日じゃなくて、何か変わった様子はなかったですか?仕事中に様子がおかしかった、とか。」
「変わった様子・・・、そう言えば、事件の1週間くらい前かな・・・。何か街で元カノと会ったみたいですよ。」
「橘さんと?」
「名前はちょっと聞いていないんですけど、まぁ、その元カノの女性とばったり会ったって、会社でその話をしてたんですよ。」
ウォルターの話によると、ジョージも久しぶりの再会だったので、近くにあった喫茶店に入って長話をしてしまったらしい。しかも、ジョージはフィオナの為に頼んでいた婚約指輪を取りに行った帰りだったらしく、会社ではちょっとした笑い話になったようだ。
「何でも、その女性も結婚するらしくて、それでお互いに小学生の頃とか、付き合ってた頃の話とか色々としたらしいですね。」
「そうですか・・・」
「けど、まさか大門が・・・。せっかくプロになれたってのに・・・」
ウォルターはサッカー部ではなかったが、同じ部署で部下として働いていたジョージを陰ながら応援していた。ジョージが必死に努力をしていたのは会社の同僚なら誰でも知っていたからだ。だからこそ、ジョージが亡くなった時は本当に悲しかった。
「そうですか・・・。まぁ、任せて下さい。この私が、必ず犯人を見つけてぶち殺しますから。」
「いや、ぶち殺すのはどうかと思いますけど、とにかく、大門の為にも犯人を見つけてあげて下さい。」
さりげなく煎餅の小袋を数枚貰いつつ、ウォルターに感謝と別れを告げたヴィステは、少し気になっていた、ある場所に向かう事にした。それは、フィオナがアルバイトをしていたという喫茶店だ。そこに行けば、何か手掛かりがつかめるかもしれない。そんな漠然とした思いを胸に車を走らせた。
スミレ区の住宅地を脱して市道から州道6号線に切り替え、スミレ区とベロニカ区の間にあるカエデ区へと入り、そこからまた市道に切り替えて地図を頼りに店を探した。そして、しばらくすると、それらしき喫茶店を見つけた。
「ここっぽいな・・・」
看板名からして間違いなさそうだ。ヴィステは店の隣にある駐車場に車を停めて入口へ向かった。16時過ぎという中途半端な時間帯だが、駐車場の空き具合からして、そこそこ繁盛していそうな店だ。
――ローゼンファーヌ――
“カラン、カラン・・・”
ドアを開けると、ベルの音が店内に鳴り響く。店内に足を踏み入れたヴィステは周囲を見渡した。結構広い店のようで、店内の天井に吊るされた洒落たランプがどこか落ち着いた雰囲気を照らし出している。この店はランチやディナーもやっていて、部屋の奥には4人席のテーブルが6つあり、カウンターには9つの席がある。食事時ではないが珈琲を飲みながら本を読んでいる客がちらほら見える。
「あ、いらっしゃいませ~。」
ヴィステに気が付いた女性店員が慌てた様子で奥の厨房から姿を見せた。小柄で少しぽっちゃりとした体形の愛嬌のある顔をしているカミーラ系の女性だ。テーブル席にいた女性客達も入り口の傍に立っているヴィステをチラ見して、その長身とスタイルの良さに驚いたといった表情を見せ、男性客達も同じようにチラ見して、彼女のその妖艶な美貌に思わずもう一度ガン見した。
「お一人様ですか?」
「はい。あの、あなたが店長さんですか?」
「いえ、店長はちょっと外出しています。」
ヴィステは身分を明かした上で女性店員に事情を伺ってみた。店を任されているこの女性の名前はメイ・Y(吉田)・川俣で、1年ほど前からこの店で働いており、現在は厨房も任されているようだ。
「それで、店長はどちらに?」
「ちょっとそこまでは・・・」
「そうですか、分かりました。」
ヴィステは協力をしてもらった礼も兼ねて、カウンター席に座って注文をする事にした。煎餅だけじゃ昼飯としては物足りな過ぎると思っていたところだし、丁度いい。
「どうぞ。」
「あ、どうも。」
メイが厨房からやってきて水が注がれたグラスを丁寧にそれぞれの前に置く。カランと氷がグラスに当たる音が優しく響く。そして、ヴィステはテーブルの卓上スタンドに備えてあるメニュー表を取って開いた。値段を見る限り、かなり庶民に優しい店のようだ。
“この店の定番はハンバーグ定食なのか・・・”
ヴィステはせっかくなので定番メニューを頼み、しばらく待っていると、メイが出来たてのハンバーグ定食を運んできた。専用の鉄板に乗せられているので、ジュワジュワと食欲をそそる音と肉の香ばしい香りがヴィステを力強く包み込む。
「こいつは美味そうだ。」
ヴィステは両手を合わせて“頂きます”と軽く頭を下げ、さっそくフォークをハンバーグにぶっ刺してナイフをスゥっと奥から手前に引いた。何とも柔らかい感触。そして、切り分けた一口サイズのものを口に運ぶ。すると、どうだ。口の中でソースと肉汁が絡み合った絶妙なハーモニーが奏で始めるではないか。
「美味いね・・・」
その美味さに、シリアスな顔でゆっくり“うむ、うむ”と頷く。店長から教わった調理法なのか、これほどの味ならば間違いなく大勢の人々の舌を満足させる事だろう。そんなヴィステの顔を見てメイは嬉しそうな笑みを見せる。そして、ハンバーグとライスを交互にがっついて食事を早々と終え、追加注文のひんやりとしたレアチーズケーキをも平らげて珈琲を堪能していた時だった。
“カラン、カラン・・・”
誰かが店に入ってきた。すると、メイが直ぐに入口の方に向かい、その男性と話をし始め、ヴィステが気になって2人の様子を伺うと、その2人もヴィステの方に顔を向け始めた。聞こえてくる会話の内容からして、このルシェイン系の男性が店長のようだ。
“彼が、ここの店長か・・・”
ヴィステはじっと店長の姿を見つめる。身長は170cmあるかないかといった感じで、中分けのヘアースタイルに、丸みのある大きい鼻とその下に生やしたチョビ髭が特徴的な中肉中背の男性だ。年齢は30歳前後といったところか。すると、そんな男性がヴィステに歩み寄ってきた。
「どうも、店長のアグナウェルです。私に何か?」
「はい、ちょっと、ある事件について調査をしていまして。覚えてますか?4年くらい前かな?この店でアルバイトをしていたラグウェルさんって方なんですけど。」
「え、はい。覚えてますけど。彼女が、何か?」
「あ、ちょっと、外で話しませんか?ここだと何ですので・・・」
ヴィステがそう言って席を立つと、店長は少し驚いたといった表情を見せた。どうやら彼が思っていたよりもヴィステの背が高かったようだ。視線を少し上に向けている。
「あ、ちょっと会計だけ済ませますんで・・・」
ヴィステは会計を済ませ、店長を店の外にある駐車場に誘いだし、そこで名刺を渡しつつ改めて身分を明かした上で事情を伺った。この店長の名前はマイク・G(ガザル)・アグナウェル。亡くなった母親の後を継いで店の切り盛りをしているようで、去年から体調を崩すようになって店を休む事が多くなっていたので従業員を雇う事にしたらしく、明日からは、もう1人の新しいアルバイトが来る予定らしい。
「彼女にはとても助けられてます。新しいメニューなんかもどんどん考えてくれるんですよ。デザートも始めるようになったし。」
メイがこの店で働くようになってからはどんどん繁盛するようになって嬉しい日々を送っているらしい。なるほど、と納得をするヴィステ。さっき食べたハンバーグも、店の伝統的な味付けがあるのかもしれないが、彼女の腕が良いのも美味さの秘密なのかもしれない。
「んで、ちょっと伺いたいんですけど、ラグウェルさんのご主人が被害に遭われた3年前の事件について、何か知っている事はありませんか?何でも良いんです。」
「フィオ、ラグウェルさんの婚約者が殺されたって事件ですか・・・」
「そうです。何か知っていることはないですか?」
「そうですね・・・、この店にも警察の方が来て、色々と聴かれたんですけど、特に思い当たることは・・・」
マイクが言うには、事件当日は年末の時期に差し掛かっていた関係で店が忙しく、ベロニカで事件が起きていた事など知らなかったようだ。捜査資料にもマイクへの聴取が記載されており、彼自身の疑いも客の証言によって晴れているようだ。
「凶器の事とか、何か知りませんか?警察の捜査資料では、事件前にも現場付近で発砲事件があったらしいんですよ。」
「さぁ・・・、多分ワルオが犯人なんじゃないですか?あいつもピストン持ってたし。」
「ピストン?あぁ、なるほど。それで何ですけど、そのワルオって、もしかして、市長の息子の?」
「そうですよ。さっきも会ってたし。」
悪名高いそうなので、その名前は知っている。しかし、なぜワルオと会ったのだろうか。友人関係なのだろうか。無性に気になるので、ヴィステは店長にワルオとの関係性を念の為に尋ねてみた。
「ワルオとですか?まぁ・・・、昔にちょっと色々ありまして・・・」
不機嫌そうな表情で俯き加減に話すマイク。どうやら、彼は10代の頃に色々とやんちゃをしていたようで、ワルオともそれ以来の仲らしい。他にも何かありそうだが、言いたくなさそうだし、流石にあまり踏み込み過ぎるのもあれだろう。
「その彼って、今どこにいます?」
「あいつ?多分まだ自分の店にいると思いますよ。ベロニカの“ソウルロア”ってクラブ。そこがあいつの店で一番有名だから。」
「一番有名?いくつも持っているんですか?」
マイクの話によると、ワルオは昔こそかなりのやんちゃボーイで警察沙汰も頻繁に起こしていたが、今は繁華街にいくつもの店を持つヤリ手の青年実業家らしい。勿論、そこに至るまでに親の権力とコネを利用しているはず、とのこと。
「そのソウルロアって店は、どこにあるんですか?」
「新世界の花魁通りです。猫の門3丁目・・・だったかな?」
「猫の門3丁目・・・、分かりました。お忙しいところ、ありがとうございました。」
「いえ、それじゃ。」
マイクはヴィステに一礼をして店に戻っていき、そんな彼の背中をヴィステはじっと見つめた後に空を見上げた。少し雲行きが怪しくなってきている。そして、軽く一息つくと、とりあえずそのワルオの店とやらに向かう事にした。
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