第11話
邪悪なる思念は、もしかしたらダイマの動きに気付いたのかもしれない。そう考えれば辻褄が合う。ジョージもダイマから何らかの干渉を受けていたはずだから。フィオナの両親が巻き込まれた爆破事件だってそうだ。彼女が警察の事情聴取で話した内容によれば、その事件当時、彼女も両親と一緒にいたらしいのだが、爆発する前にトイレに行った事で助かったらしい。
“ジョージにも保護の力が施されていたはず。だから、誰かを利用して殺害させたんだろう。”
仮にフィオナと同種の力をダイマがジョージに施していたのなら、泥人間が何かしらの干渉をすれば自動的にその力が発動するはず。胸を撃たれた事から推測して、恐らく、ジョージは犯人と向かい合った。もしも、そいつが泥人間だとすれば、少なくとも、ジョージは霊気を瞬時に放出して銃弾を防いで死ぬ事はなかっただろう。しかし、そうならなかった。
“例え、まともに戦う事になったとしても、邪気に気付いて誰かが応援に駆け付けたはず。”
泥人間は、仮にフィオナとロベルトを殺そうとするならば、その保護の力を打ち破る為にかなりの邪気を放出しなければならない。そうなれば周囲にいる人間達が邪気に気付く。邪気の敏感さに関しては、ヴィーナ人はこの世界の中でもトップクラスだ。間違いないだろう。そうなると、やはり実行犯は普通の人間という事になる。
「犯人は2発撃っているんですよ。恐らく、1発目は背後からわざと外した可能性があります。」
「どうしてですか?」
「銃弾の痕です。現場のすぐ脇にあったビルの壁に1発撃ち込まれたんですけど、その際に出来た穴は、壁に向かってほぼ真っすぐに狙わないと付かないものなんです。」
捜査資料の写真では、壁にめり込んだ弾丸は、壁に対してほぼ垂直の状態だった。現場の路地はそれほど広いわけでもなく、歩いていたはずのジョージをすれ違い様に、或いは追い抜こうとした際に撃つ、というのは考えづらい。それなら胸の傷も不自然となる。
「もしも、正面から撃って外していたら、ジョージさんは警戒して霊気を放出させたはずです。もしそうなら、近くの路地を歩いていた人がその時点で気付いたはず。」
しかし、誰も霊気に気付かなかったところから、恐らく、ジョージが抵抗する為の霊気を放出しなかったのだろう。
「そうか。でも、どうして?」
「その犯人は、ギリギリまで殺意を抑えていたのかもしれません。」
もしかしたら、ジョージは背後から聞こえてきた音が銃撃によるものだと分からず、音で振り返っただけなのかもしれない。
「でも、銃声だって分からなかったのかな・・・」
「警察の資料にあった拳銃は、サイレンサーのついた小銃で、発砲音がかなり小さなタイプだったようですね。」
そして、夜で、尚且つ街灯が切れていたこともあって、拳銃を突き付けられていることに気付くのが遅れてしまい、ジョージは凶界線を越えてしまった犯人によって撃たれてしまった。
「それじゃ、ジョージが死んだのは、悪魔のせいだって事ですか?」
「悪魔だけのせいじゃないです。ヴィーナ人には、生まれながらに邪気に対する強い免疫力が備わっています。本来ならば、泥人間の魔力に負けるはずがないんですよ。」
邪泥を心臓に撃ち込まれても、その魂の潜在的な力、霊気によって自らの意思で蒸発させる事も出来るはずなのだ。つまり、ジョージを撃った犯人は、悪魔の力を、誘惑を理由に、自分を、自分の行為を正当化させたのである。これは、美々子のケースも同じだ。TV番組に出演していた歴史研究家の話によれば、彼女の父親である国王の妻は若くして病気で亡くなっており、美々子は国王が王位を継ぐ前にどこからか連れてきた子供で、正当な血筋ではなかったとのこと。恐らく、それは間違っていないのだろう。2代の国王は分かっていたはずだ。自分の孫が、娘が人間じゃない事を。けれども、西欧諸国を統一して支配するという夢を、野望を、その為に大勢の人の命を奪う事を正当化させる為に、理性を麻痺させ、感情を正義にする為に、気付かないふりをして戦争を続けていたのだろう。そして、それまで小国でしかなかったソルレイドを、ルアーヌ大陸の4分の1を支配する大国へと成長させた。
「どうしてそんな・・・」
ヴィステの推測とは言え、あまりにショッキングな内容にフィオナは俯いてしまう。人間とは、そんなにも心が弱く愚かな生き物なのだろうか。そんな彼女を心配そうに見つめるロベルト。
「だから分かりづらいんです。事を成した後に、その邪泥を消し飛ばしてしまえるから。連中はその程度のものしか撃ち込まないんですよ。」
その程度だからこそ犯人の特定が難しいのだ。この件に関しては、天使達も犯人を捜す為に陰で動いていたはず。それでも見つからなかったという事は、犯人は邪泥を消し飛ばしてしまっている可能性が高い。
「それじゃ、今はもう、苦しみから解放されて、のうのうと、何食わぬ顔で生きているって事ですか?」
「そうとも限りません。殺人を犯した、という事実と、その罪意識は消えませんから。それに、誰もが邪泥を消し飛ばせるわけじゃないんですよ。」
「そうなんですか?」
「邪泥を消し飛ばすには、霊気を扱う相応の技術が必要になってくるんですけど、大昔ならともかく、現代のヴィーナ人、特に子供達は、まず無理です。」
ヴィーナ人の霊力は肉体の成長と比例しているわけではなく、その意思と才能によって大きな個人差が生まれるようになっている。そして、300年以上前は、今以上に悪魔達の出現頻度が高く、それも強い個体ばかりで、尚且つ時代背景もあって、子供達も小さな大人にならなければならず、自分の身は自分で守る、という強い意識から、幼い内から強い霊力を持つ者も多かった。
「今は、高校生ですら霊気をまともに扱えないと聞きます。霊気を一度も放出した経験を持たない子すらいるそうです。」
「確かに、私も正直、下手です。普通の人達と違う色をしているから、見せたくないって思ってます。」
フィオナの霊気はジョージのものとはまた違って、ユリアスの血筋特有の色と性質を持っており、この色が悪魔のそれと似ているので昔から悪魔の一族等と陰口を叩かれてきたのだ。フィオナも子供時代は色々と嫌な思いをしてきたのだろう。
「ご両親が巻き込まれた事件の犯人をご存知ですか?」
「えぇ、アルメリア地区に住んでいた少年達ってことくらいは・・・」
「残酷な話をしますが、彼らは心臓をえぐり取られる形で殺害されていたそうです。」
ヴィステのその言葉の残酷な内容に、フィオナは思わず手を口に当ててしまった。当時はTV等で犯人が誰なのかを報道していたのだが、その死体の詳しい状況や殺害方法は公表しなかったのだ。
「その2人は、用済みなったから殺害されてしまったのです。恐らく、彼らには自力で邪泥を消し飛ばす力が無かったのでしょう。」
ヴィステとしては、もの凄く酷い話なのだ。なぜならば、泥人間には邪泥を通じて人間に強い力を与える事も出来るのに、使い捨ての駒として最低限度のものしか撃ち込まなかったのだから。
「それじゃ、ジョージを撃った犯人も・・・?」
「その可能性は十分にあります。ただ、ジョージさんが10代の少年達に恨みを買うとは思えません。これは私の直感ですけど、犯人はまだ生きていると思います。」
もしも口封じで殺害したのなら、家族による捜索願や失踪の届け出等、何らかの形に現れ、それこそダイマの手によって、とっくに調べはついているはず。
“裏で糸を引いている奴は遊んでいるんだ。他人をゲームかなんかの駒にたとえて。”
泥人間は探し出したのだろう。ジョージに殺意を抱かせるほどの強い恨みや妬みを持っている人間を。警察や天使達がマークしない、或いは、辿り着かなそうな人間を。駒を。そして、彼を殺害させ、今は間違いなくフィオナとロベルトを狙っているはず。
“恐らく、彼女に関してはずっと狙われていたはず。けど、ダイマが彼女に保護の力を与えていたから死の運命を回避してきたんだろう。”
世界システムに巣食う邪悪な思念の直接的な支配下にあるとは言え、現存する泥人間が出来ることなんてたかが知れている。フィオナ達を殺すなら間接的な手段を取るだろう。だが、今でも生きているどころか、誰かに狙われた、という話すら本人から出ていないあたり、フィオナは子供の頃から周囲に妬みや僻みこそ陰で言われる事はあっても、彼女に殺意を向けるほどの強いものは誰も抱いていなかったのだろう。
“ただ、保護の力の影響で記憶が消えちまった可能性もあるな。あいつ、力のコントロールが上手くいかなくなってるって言ってたし・・・”
ダイマは残り寿命の関係で自身の能力を上手く使いこなせなくなっている。だからあまり自分で行動せずに補佐官のエスカや天使勢に任せているのだろう。ヴィステが評議院からこの世界に関して頼み事をされたのもそこら辺に理由があった。
“彼女は恐らく今後も問題ないだろうが・・・”
ヴィステは部屋のTVの棚に置かれた招き猫を見つめた。集中して見れば、その霊波でフィオナの肉体と魂に薄い強力な防御壁を張っているのが分かる。しかも、なぜかオジサンのエネルギーを薄っすらと感じる。てっきりダイマが特別な子供の母親を守る為に施したものなのかと思っていたが、泥人間を遠ざける為とは言え、まさかオジサンが張っていたとは。いや、ダイマが張ったものに上乗せをしているのだ。自分の方がより強力なものを張れるとでも言いたいかのように。
“あのハゲの事だから、何かしらのトラップを仕掛けているかもしれんな。”
オジサンは魂を統括する者として、この宇宙にある44の地球型惑星と、それに対応する同数の衛星を頻繁に行き来しており、泥人間のことなど気にしている時間的な余裕はほとんどない。だから、悪魔に関してはあまり関与していないのだ。ただ、大きな力を持っている為、システムに巣食う邪悪な思念はオジサンを最も強く警戒している。
“邪念はもう虎之介に勝てないからな。だからダイマもあいつを警戒しているわけだし。まったく、あの子の恨みの念が、ここまでこの世界に影響を与えるとは・・・”
そんな邪悪な思念によって命令を受けている泥人間だが、偶然とは言え、フィオナ自身に自分の姿を目撃されてしまった。相当慌てたのだろうが、フレイドに勝てるわけもなく退散したのだろう。跡形もなく焼き尽くされるのが目に見えているのだし。
「ちなみに、あなたが見たという、そいつが変身していた男の顔と女の顔とか覚えてませんか?どっちでも良いんですけど。」
「いやぁ、それが暗くてよく覚えていないんですよ。」
「そうですか・・・」
情報が乏し過ぎて険しい表情を見せるヴィステ。一体全体どういう事なのだろうか。3人に化けているという事か。その意図が分からない。ミミ教会の信徒はまだしも、女が被っている気がする。ミミ教会の関係者に化ければ、人々の先入観を利用してバレずに色々と行動がしやすい。しかし、隠れ蓑にする為に女を殺したのなら分かるが、なぜ同じ国で2人の女を使い分けているのかが分からない。何か目的があるのだろうか。それとも、事情聴取を受けたから別の女に変えたのだろうか。
「そもそも、その泥人間って、何人も自在に化けられものなんですか?」
「いえ、6人が限界のはずです。だから、言い方は悪いですけど、あまり無駄撃ちは出来ないはずなんですよ。」
6人しか出来ないのは、彼ら泥人間のコアの処理能力に限界があるからである。そして、一度でもコピーをしてしまうと、それを自分で消去する事が出来ないのだ。要するに、自分の体内にある6つのメモリーを利用して、殺した中から選んだ人間の情報を記憶するのだが、その消去も上書きも出来ない、ということである。
「なるほど。けど、数字だけ見ると、なんか少ない感じですね。」
「数が少ない分、余計に探し出すのが大変なんです、よっと。」
ヴィステはロベルトを膝の上からそっと下ろし、その場でじっと見上げている幼子の可愛らしい姿に優しい笑みを見せる。ジョージの実家にあるアルバムで見た彼の幼い頃の姿によく似ている。
「ご主人に似たようですね。」
「えぇ、ジョージの幼い頃によく似ているんですよ。」
フィオナにとってそれは救いでもあるのだろう。ただ、ヴィステとしては、ロベルトが背負っている使命を考えると複雑な思いになる。いくら高いポテンシャルを秘めていようとも、いずれ命懸けの戦いに身を投じる事になるのだから。自分も一緒に行ってやりたいが、それは叶わない。やれる事はユリコを、場合によっては虎之介を制圧すること。あとはせいぜい、この星で起きる悪魔絡みの事件の対処だ。救世主とこの世界の命運に関してはダイマ達に任せるしかないのだ。
「とりあえず、その引っ越したとかいう女性は後にして、これからジョージさんが勤めていた会社の同僚の方に会いに行って、当時の話を伺ってみます。」
「分かりました。どうかお願い致します。」
ヴィステはフィオナ達に別れの挨拶をすると、マンションを後にして、捜査資料にも載っていた、ジョージの最後の言葉を聞いたという同僚の男性に会いに向かった。
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