第10話
誰かに追いかけられたと、新たな情報を提供してきたフィオナだが、悪魔からの報復を恐れて黙っていた彼女の気持ちも分からなくはない。得体の知れない能力を持つ者を目にすれば警察に通報するべきかどうか迷う事もあるだろう。知らない内に、自分の身に何かをされた可能性もあるのだから。昔から悪魔と関わってきたヴィーナ人は、それだけ異常現象の類に敏感なのだ。
「警察の方には?」
「いえ。もしかしたら勘違いだったかもしれないから、警察には通報してなくて・・・」
「それで?その人間って、逞しい感じですか?」
「う~ん、夜遅かったから、暗くてはっきりとは見えなかったんですけど、そんなに体格が大きかった感じはしなかったかな。」
フィオナによれば、彼女が3ヵ月くらい前に高校時代の同級生達との女子会に行ったのだが、その帰りに、ヒマワリ駅近くの道を歩いていて変な気配を近くの路地裏から感じて、ちょっと気になったので、電信柱に身を潜めつつチラッと確認してみると、そこにはミミ教会の法衣を着た男らしき人物が歩いていた。そこまでは特に問題なかったのだが、その男がいきなり、若そうな細いスーツスタイルの女に姿を変えたのだ。
「もう、びっくりしちゃって!思わず声を出しちゃって、それで追いかけられて・・・」
「よく逃げ切れましたね。」
「ずっと追いかけられてた感じだったんですけど、マンションの近くまで来たら、その嫌な気配が消えたんですよ。」
「このマンションの近くで?」
フィオナの話に首を傾げるヴィステ。確かに、ここら周辺を覆っているエネルギーから、ダイマが彼女達を守る為の細工を施している事は分かっているが、彼の弱体化の関係でそこまで強いものは施せていない。恐らく、フィオナを追いかけたそいつは泥人間だろうけど、この程度の結界では、世界システムの補助があれば無理やり入れなくはない。何か不都合な事でも起こったのだろうか。
――世界システム――
創造主が宇宙を創造する際に最初に設ける、この世界の物理法則や霊的な現象の全てを引き起こし、または維持・管理する為の機構のことで、霊素で構成しているので一定の霊気圧(霊力)が無ければ視界に捉えることは出来ない。そして、この世界における世界システムは宇宙の中心地点にある神星マタタビの中心に内蔵されている。
「あ、そうだ、思い出した。マンションの前の通りに、変な髪型のお兄さんがいたんですけど、何かその時は、その人のところまでいけば助かるって思えたんですよね。」
「変な髪型・・・、それって、頭に宇宙戦艦が乗っかっている感じですか?」
「そう!その人ですよ!!ってか、宇宙戦艦て、何ですか、それ!」
実際は長いポンパドールが特徴的なリーゼントスタイルなのだが、フィオナは頭の中でその髪型をイメージして大爆笑してしまった。宇宙戦艦が頭から離れずに腹を抱えて笑っている。そんな母をじっと見つめるロベルト。そして、フィオナは落ち着きを取り戻すべく紅茶を飲んで話を続ける。
「背が高い人で、髪型は変だけど、マッチョな感じでカッコいいお兄さんでしたね。焼き芋屋さんだったかな?」
“間違いなくフレイドだな。彼女とこの子を心配してわざわざ向こうから転移してきたのか。”
――天使フレイド――
かつて専任で惑星ヴィーナを管理していた火を操る天使で、四天使の内の序列3位に位置する。そして、今はダイマの指示で、封印された閻冥界とダイマ自身が仕掛けた封印術に利用している4つの惑星の監視を行っている。
「しかし、その後に襲われたりしなかったんですか?その手の輩はしつこいはずなんだけど。」
「私もそう思ってたんですけど、その日に変な夢を見たんですよ。」
「変な夢?どういった内容でした?」
「何か、タキシードを着たイケてる金髪のおじ様が出てきて、“其方と子供は私が守ると約束しよう。だから、もはや心配はいらぬ”とか言って・・・」
夢に出てきた人物は白い手袋をはめた黒いタキシードスタイルで、190cm近くありそうな長身に、フサフサのビジネスリーゼント、そして、天を突き指すかのような変わったカイゼル髭のナイスマッチョミドルだったようで、不思議なことに、どういうわけかもう心配はいらない、と思えたらしい。実際に、あの夜の日以来、その変な人物を見かけないし、追いかけられてもいない。
“あのハゲ親父か。夢の中では、いっちょ前に完全体なわけか・・・。けど、どうして彼女を?救世主の母親だからか?”
「子供の頃にも同じ人が出てくる夢を見たんですよね。」
「同じ人・・・。そう言えば、フィオナさんはピアノを習ってたんでしたよね。映像を途中で切ったから忘れてましたけど。」
フィオナの口ぶりからして、相当な才能を持っているようだ。彼女は国立フローラ藝術大学に通っていて、ロベルトを妊娠して出産するまでは休学をしていたようで、今年から4年生として復学しているらしい。来月に卒業演奏会を控えている。そして、卒業して来年になったら、祖国テイシャンにロベルトを連れて帰国する予定だ。
「なるほど。なら、尚更、事件を解決しないといけませんね。」
「はい。けど、ピアノと夢のおじ様が何か関係しているんですか?」
「いえ、まぁ、その禿げ、じゃなくて髭紳士は、ピアノの才能があって、それが開花することなく終えそうな人間を見かけると、運命を紡いで開花するきっかけを与えるんですよ。」
ヴィステの話に興味津々といった感じのフィオナ。ロベルトもじっと見上げて話を聞いている。しかし、フィオナは疑問に思った。確かに、世界的に有名なピアニストがビュネルヴァ家のパーティに招かれ、それがきっかけでピアノを習うようになった。しかし、自分と同じようにコンクールに参加して何度かグランプリを獲得している友人もいるが、そんな夢を見たなんて話を聞いた事がない。
「まぁ、全員ってわけじゃないですからね。たまたま、あなたを見かけただけなのかもしれません。多分ですけど。」
「そうなんだ・・・」
「しかし、そうなると、事件の犯人がその、あなたを追いかけてきた奴の可能性もあるって事ですか。」
「男と女に化ける悪魔なんているんですか?」
「いますよ。泥人間って呼ばれる類で、そいつは実在する人間に化ける能力を持っているんです。」
「泥人間・・・、もしかして、絵本とかに出てくる妖怪ですか?泥坊主とかそんな名前だった気がする。」
泥人間は警察署でも話が出てきたが、その存在は絵本などで世界中に伝えられており、ほとんどの本で恐ろしい怪物として描かれているせいもあって、子供の頃にそういった本を読んでいる人なら大概覚えている。
「その、やっぱり、化けられた人は・・・?」
「殺されています。本来は、そんなことする為に存在するわけじゃないんですけどね。」
これも世界システムに巣食う邪悪な思念のせいなのだが、そこら辺は、まだ彼女に話すべきではないだろう。あくまでも、泥人間の中にもそういう残虐な性格を持つ個体がいるってことにしておいた方が良い。彼女達の身を守る上でも。フィオナにいたっては、オジサンが彼女から泥人間を遠ざける為に動いたのだから。
「それじゃ、もしかしたら、友達とかに化けているかもしれないって事ですか?」
「その可能性は有り得ますけど、あなたに関しては、まず無いと思いますよ。少なくとも、今は。」
いくら本人そっくりに化けても、身内や、普段から一緒に過ごしている者なら、僅かな違和感から悪魔の類だと気付く可能性が高い。化けるなら、実家が海外にあるとか、人間関係が希薄な生活を送っているとか、化けてもバレる危険性が低い人間だろう。
「それに、個体にもよるんですけど、邪気が低い個体は泥の匂いをそれほど抑えられないんですよ。だから、近くにいれば匂いで大概分かります。」
「もし、その泥人間と遭遇したとして、人間でも倒せるものなんですか?」
「個体にもよりますね。泥人間って、その時代とか、環境で能力とかが大きく変わってくるんで、ある程度までの力の個体なら普通の人間でも倒せますし。」
泥人間と思しき化物の討伐記録は世界中の国々に残されており、その全てが当時の兵士や自警団によるものである。
「700年くらい前に、1体だけ、とんでもないのがソルレイドって国に出現したみたいですけど、それも当時の西欧連合軍の精鋭部隊によって倒されたみたいですね。」
「ソルレイド・・・、それってもしかして、お伽話になってる、ニッポリ城の美々子姫の事ですか?」
「そうです。残念ながら、一時的にとは言え、国を乗っ取られてしまっているケースも割と多くあるようです。」
ソルレイド王国の姫にして最後の王である美々子は、陰で先代と先々代を操って60年に及ぶ戦乱期をルアーヌ大陸西部にもたらし、多くの人命を奪ってきた。
「強い力を持った泥人間は邪気を制御する能力に長けているから、なかなか見抜けなかったりするんですよね。」
その戦乱期を終わらせたのが、かの有名な、後の教皇となるユリコだった。そして、美々子との最終決戦がソルレイド王国の王都ニッポリで起こったのだ。
「あれって、ホントなんですかね?ニッポリ城が大きな巨人になって動いた、とかって話。なんか、2本の大きな金棒が、今でも残っているみたいですけど。」
「どうですかね。私もTVの特集でしか知らないので、何とも言えませんが、大きな力をもった泥人間なら、城と一体化する事も可能だと思います。」
お伽話にも登場する、その山の様に大きな巨人は、ニッポリ丸と呼ばれているらしい。けれども、歴史が証明している通り、最終的には人間側の勝利に終わっている。泥人間の心臓部にあるコアを破壊すれば、どんなに大きくなろうとも、ただの泥になって崩れ去る。しかも、他の悪魔と違って霊気を宿さない普通の物理的な攻撃でも破壊出来る。そこが泥人間の弱さでもある。
「けど、ジョージを殺したかもしれない、その泥人間は、未だに倒せていない可能性があるんですよね?」
「えぇ、倒せていないでしょうね。ただ、そんなに恐れる必要はないですよ。夜に行動しているってことは、単純に、昼間動くのが怖いからですし。」
「太陽の光に弱いとか?」
「いえ、昼間に行動したらバレる可能性が高いのと、夜の方が酔いつぶれて隙だらけになっている人間とか、無法者が多く街を出歩くわけですから。」
泥人間は目的の為なら人数問わず殺害しようとする。そこら辺もあって夜の方が動きやすいのだろう。ただ、その一方で、泥人間には化けられる人間の数に限界がある。適当に獲物を見つけて殺害するわけではない。
「寝ている間に襲われる事もあるんですよね?」
「時間にもよりますけど、少なくとも、夜中は安心です。泥人間もそうですけど、この世界の悪魔の類は、日中以外だと建物をすり抜ける事が出来ないようになっていますから。」
「それって太陽に影響しているんですか?」
「まぁ・・・、そうなんですけど・・・」
――悪魔の移動制限――
泥人間を除いた全ての悪魔は太陽が出ている間しか基本的に地表に姿を見せる事ができない。これはオウ・ダイマがヴィーナ人の負担を考慮して世界システムに干渉して設定した制限である。これによって、悪魔は家屋といった人工建築物の中に地面から床をすり抜けるといった方法で侵入する事は出来ない。壁も同様だ。これらは部屋で就寝中にいきなり襲われないようにと、ダイマが配慮したものである。基本的に、というのは世界システムに巣食う邪悪な思念がその制限を一時的に解除する可能性があるからだ。そして、この制限は通常の物質でもある泥人間にも部分的に適用されており、昼間なら壁と同化して中に侵入する事も出来るが、夜に関しては、侵入するには扉から正攻法で入るか、外壁を破壊する以外に術はないという事だ。
「せめて、ロベルトが大きくなるまで何事もなければ良いんだけど・・・」
“大きくなるまで?事務所に来た時から、妙な気はしてたけど、まさか、この子がどういう使命を背負っているのかも知らないのか?”
ヴィステはフィオナがダイマから救世主に関してある程度の話を聞いているものと思っていたが、彼女のリアクションからして、どうやら本当に何も聞かされていないようだ。
“あいつ、彼女の同意なく、この子を連れていく気か?”
ダイマのやり方に困惑してしまうヴィステ。しかし、救世主の事に関しては彼に任せるしかないので何も言えない。当然、ここで彼女に真実を伝えるわけにもいかないのだ。
「ま、まぁ、大丈夫ですよ。そんな事より、今は事件解決に集中しましょう。」
「はぁ・・・」
「私が思うに、多分、その泥人間は間接的にご主人を殺した、黒幕ってとこでしょうね。」
「間接的?」
直接襲って下手に抵抗されれば即座にバレてしまう可能性もある。フレイドの気配を感じて直ぐに退散したあたり、かなり用心深い性格をしているのだろう。
「泥人間ってのは、人間を殺すだけじゃなく、操ったりもするんです。」
「操る?洗脳とかするって事ですか?」
「そうです。」
直接脳に付着させないのは、邪気が濃く脳波に混ざってしまうとバレ易くなるからだ。そして、脳が完全に支配されているわけじゃないので、自分の中で殺意が沸き起こっても抑えようとする。
「それが精神的にもの凄く苦痛になるんです。自分の中の理性と感情が戦う、言うならば、悪魔が敷いた殺意の凶界線の一歩手前に無理やり立たされるんです。何度も、何度も。」
「それじゃ、その線を越えてしまった人は?」
「殺しの命令を遂行するって事です。ただ、誰かに対して変に強い恨みとか妬みを抱かない限り、まず越えたりしません。」
付着させる人間には、ターゲットに対する強い恨みや妬みのどちらかが必要になってくるということだ。そういう理由もあって、泥人間は洗脳対象を慎重に選ばなければならないのだ。自身の邪泥を分離させる際には相応のエネルギーを消費するのだから。
「ジョージに強い恨みか妬みを持っていた誰かが・・・」
「犯人でしょうね。」
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