第9話
ヴィステはフィオナを助手席に乗せて共同墓地を後にすると、フィオナが息子と一緒に住んでいるというマンションまで送った。そして、来た道をしばらく走り、途中からフィオナの案内の下、マンションの前まで辿り着いた。
“ここら辺じゃ、かなり良い造りのマンションだな・・・”
――ヒマワリガーデン――
ここは6年前にアクマ商会系列の建設会社が建てた地下1階付き6階建てマンションで、地下には54台の車が止められる広い駐車場があり、日照の関係もあって、敷地自体がかなり広い。そして、何よりも、賃料が月々40ルカ(日本の相場で、およそ6万円)で、駐車場も1台につき4ルカと、この造りの割にかなり安い。そんなマンションの303号室にフィオナ達は住んでいる。
“妙な力がここら辺りを覆っているな。結界か?”
恐らくは、ダイマがフィオナ達を護る為に張った結界だろうが、それ以外にも何か別の力が加わっているような気がする。
「あ、そうだ。うちに上がっていきませんか?途中経過とか、色々と聞きたい事があるんで。」
「えぇ、構わないですよ。」
フィオナからの誘いを受け、ヴィステはマンションの地下の駐車場の奥側にある空きスペースに駐車した。元々空いていた部分をフィオナが来客用に何となく借りた場所らしく、その隣には、白のホライズン2000GTが停めてある。
「はい。ジョージが乗っていた車です。私は運転免許を持ってないし、だからといって手放したくもなかったから、ずっとここに置いているんです。」
「そうですか・・・」
「まぁ、定期的に専門の業者さんを呼んで、メンテナンスとかはしてもらっているんですけどね。」
フィオナが整備を頼んでいるだけあって、かなり綺麗な車体だ。タイヤの空気圧もちゃんとしている。車検証も当然あるのだろう。ただ、3年前に主を失い、年に何回来るのか分からない業者しか乗ることがない。もったいないが、それ以上に、この車が少し気の毒に思える。
「いつか、免許証を取ったら、少し乗ってみようかなって思っているんですよ。」
「そうですか。是非、そうしてあげて下さい。車は乗らなきゃ乗らないで、調子が悪くなっちゃうものですから。」
「分かりました。それじゃ、行きましょう。」
ヴィステはフィオナと一緒に、地下にあるエレベーター室へ向かった。地下通路を歩きながら世間話をする2人。カツ、カツと、コンクリートの地面を叩く革靴の音が周囲に響く。2人以外には誰もいない。駐車場にほとんど空きスペースが無いことから、空き部屋はないのかもしれない。
「地下駐車場付きの6階建てマンションなんて、ここら辺じゃ珍しいんじゃないですか?」
「そうですね。このマンションはここら辺じゃ、あんまり見かけないタイプかもしれませんね。」
エレベーター室に辿り着いた2人は無人のエレベーターに乗り込み、3階へと向かった。そして、到着すると、303号室へと通路を歩きだす。エレベーターはマンションの真ん中に配置されているので、303号室はエレベーターを降りてすぐ近くにある。
「あ、ちょっと待ってて下さい。」
そう言うと、フィオナは1つ奥にある302号室に向かった。気になってヴィステも後をついていく。そして、フィオナがそこの玄関のチャイムを鳴らすと、少しして玄関が開いて、中から若いローザリカ系の女性が出てきた。髪は肩にかかるくらいの長さで、フィオナよりも少し背が低く、どこか幼い雰囲気の女性だ。足元には幼いルシェイン系の男の子の姿もある。すると、フワッとした花の良い香りが漂ってきた。椿だろうか。どうやら玄関に花瓶を置いているようだ。
「ありがとうございました、町田さん。」
「いえいえ、ほら、ロベルトちゃん、フィオナさんが帰ってきたよ。」
「ママ!」
ロベルトが嬉しそうにフィオナの下に駆け寄り、フィオナがロベルトの頭を優しく撫でる。そんな親子の睦まじい姿にヴィステも優しい笑みを見せる。ただ、ロベルトを見て直ぐにある事に気付く。
“この子の魂・・・、異常に密度が高いな。”
無邪気な雰囲気の普通の子供だが、その体内に宿る魂が普通じゃない。他の人間のものと比べて、その構成物質である霊素が明らかに変異を起こしており、何か特殊な能力を秘めているのが分かる。そう思ったヴィステは目を細めて魂を見つめた。瞳がホログラムのような怪しい光を放つ。すると、その魂の前世が何者なのか分かった。
“そうか、ユリアスの魂をこの子に宿らせたのか。だから彼女を選んだのか。”
ユリアスの魂はその特殊な霊気によって強度の高いものに変化しており、その魂が最も馴染むのは彼の血筋の肉体において他にない。その理由もあって、ダイマはしょぼい霊気しか扱えなくてもフィオナを選んだのだろう。そう推測するヴィステが気になったのか、女性がじっと見つめてきた。その視線に気付くヴィステ。
「あ、どうも、初めまして。私、サクラ都で探偵をしている、山田、という者です。」
「あ、探偵さんですか。初めまして、町田です。」
ヴィステはいつもの流れで名刺を町田に渡した。ロベルトを預かっていた彼女の名前はジーナ・M(水野)・町田といい、薬剤師をしているらしい。見た目は20代後半といったところか。そんな彼女にヴィステは念の為、3年前の事件当日にどこにいたのか尋ねた、が、その質問に眉をひそめてしまう。その表情を見て怪しむヴィステ。まさか、この女性が犯人なのだろうか。間違いあるまい。
「事件って、何の事ですか?」
「またまた、とぼけちゃって。あなたなんでしょ?私は全部お見通しですよ?」
「あ、山田さん、違います。町田さんには事件のこと話してないんです。」
「え?どういうことですか?」
フィオナの話によると、ジーナは3週間ほど前にこのマンションに引っ越してきたばかりらしく、ジョージが事件に巻き込まれた、という話は一切していないらしい。どうりですっとぼけるわけだ。
「あ、そうなんですか、大変失礼いたしました。」
とりあえず疑ってみたヴィステは深々とジーナに謝罪をしつつ、フィオナとロベルトの後について303号室に上がり込んだ。用意されたスリッパに履き替えて廊下を進んでいく。玄関も整理整頓されているが、壁紙も比較的綺麗に見える。流石に貴族だけあって、そこら辺はしっかりとしているのかもしれない。
「結構、広いお部屋なんですね。」
「そうですね。ここら辺じゃ間取りも含めて一番良い物件かもしれないですね。」
1LDKの間取りらしいが、通された居間は割と広々とした空間になっており、一人暮らしをするには十分過ぎる内容だろう。床に敷かれた白いフワフワとした綺麗なカーペットが、どこか清潔感と高級感を感じさせる。寝室も広い。ただ、夫婦だけならまだしも、子供が出来て大きくなったら流石に狭く感じることだろう。テイシャンに帰ると言っていたのはそこら辺にも理由があるのかもしれない。
「どうぞ。」
「あ、どうも。」
用意されたケーキを食べながら世間話を交え、しばらくしてヴィステは途中経過をフィオナに伝えた。ジョージの子供の頃や、サッカーに対する思い、特に女性関係で揉めているといった事もなかった様子を。
「そうですか・・・」
「まだ会社の同僚の方に話を聞いていないので何とも言えませんが、恐らく、学生時代に関係している人物ではないと思います。」
「ってことは、こっちに来てからって事ですか?」
「そう思います。警察の事情聴取でも話したと思いますが、ここで生活をしていて、何か変わった事は無かったですか?無言電話があったとか。」
険しい表情を見せるフィオナ。ジョージと同棲するようになってから何か変わった事があっただろうか。思い当たることがない。そんな彼女の近くでロベルトがサッカーボールを転がして遊んでいる。
「いえ、特には。以前話した不審な人くらいしか・・・」
ジョージの残留思念にも登場したが、やはり、その人物が重要参考人なのだろう。今はもう姿を見せていないらしいが、そうなると、ジョージへの復讐を遂げて、目的を果たした、という事なのだろうか。しかし、分からない。サッカーの事ばかりの男がそこまで恨まれるだろうか。大学卒業からそのままプロになったのならば、ひがみや妬みで殺意を抱かれる可能性もあるが、それでも、その理由で殺人を犯すものなのだろうか。調査資料によれば、むしろ、夢を諦めずに追いかけ続けていたジョージに敬意を表していたようだ。
「そう言えば、フィオナさんって、ご主人が亡くなられてからも、ずっとあの子とここで暮らしているんですか?」
「はい、そうですけど。」
「ラグウェル家の執事とか、そういう人とかはいないんですか?」
「あぁ、テイシャンにある屋敷の管理とかは執事の方達がやってくれていますけど、こっちには連れてきていないですね。」
「危なくないですか?強盗とか、色々と・・・」
「一応、領事館の担当職員の方が月に1度は電話をくれたりしますけど、基本的に私が呼ばない限りこっちには来ないですね。」
大使公邸で暮らしていた時と違い、現在は領事館の職員がフィオナ達をサポートしているようだ。フィオナはこのマンションで暮らす前は、サクラ都にある大使公邸で両親と共に暮らしていたが、両親の死をきっかけに祖国に帰国する事になったものの、帰国する少し前に、以前悪魔達から助けてくれたジョージと偶然ツバキ市内で出会い、それがきっかけで押しかけ女房的な感じで強引にここに住みついたらしい。
“まぁ、そこら辺も間違いなくダイマが関わっているんだろうな・・・”
ダイマの計画を知っているだけに複雑な心境になるヴィステ。何がなんでもジョージと結婚させたかったようだ。本来、こういうのは組織的にも倫理的にもどうかと思うが、規則で禁止にされているわけでもないので何とも言えない。そんな複雑そうな表情をするヴィステを他所に、ロベルトがソファに登ってヴィステの膝の上にさりげなく座る。落ちないようにそっと抱え込むようにして両手をロベルトのお腹付近に添えるヴィステ。ほのかに椿の良い香りがしてくる。
「こっちで暮らすようになってから担当の方が変わって、結構若い女の人が挨拶に来たんですけど、その人も1年くらいで別の部署に異動になっちゃったみたいですね。」
「へぇ~、そういうのって、結構変わるものなんですか?」
「そうですね。大使公邸に住んでいた時も2回、担当の方が変わったかな?あの方達も任期はありますからね。んで、今の担当の女性が4人目です。」
フィオナの言う通り、彼らもテイシャン公国の外務省の職員。人事異動なんてざらに行われるのだろうし、貴族の事務をサポートする職員であろうとも、決して例外ではないのかもしれない。
「まぁ、ラグウェル家はそもそもビュネルヴァ家の分家ですから、扱いもちょっと雑なのかもしれないです。」
「あぁ、そう言えば、祖国に本家があるんでしたね。ラグウェル家ってのは、ユリアスが伯爵の地位を得て、それから始まった家柄なんでしたっけ?」
「そうです。ユリアス伯爵が世界的な偉人とされているからラグウェル家は一応有名ですけど、力的には弱いです。今の財産だって、お婆様のおかげなんだし。」
「そうなんですか?」
ラグウェル家の総資産は30億テイシャンレイ(日本の相場でおよそ3000億円)あるのだが、そのほとんどがフィオナの父方の祖母のスカーレットが1人で稼ぎ出したものだ。スカーレットの父親はテイシャンの鉄道王と呼ばれていた人物で、彼女自身も若い頃から投資家として有名だった。
「そりゃ、凄いですね。」
「私も幼い頃はよくお婆様に連れられて社交パーティに行って、財界の有名な方達とお話をさせてもらいました。私が12歳の時に病気で亡くなってしまったんですけど・・・」
「そうですか・・・」
フィオナの口ぶりからして、恐らく相当なおばあちゃん子だったのだろう。そんな華麗なる生活を送っていた彼女に庶民的な生活を送らせるとは、ダイマもなかなか大胆かつ恐ろしい事をするものだ。
「あ、そうだ。さっきの女性なんですけど、随分と親切な方みたいですけど、昔からの知り合いだったりするんですか?」
「町田さんですか?いえ、ここに来てから知り合ったんです。いつもはカレンさんっていう別の方にロベルトを預けってもらうんですけど、今日は彼女にお願いしたんです。」
フィオナの話によると、いつもは305号室に住むカレン・N(長澤)・吉岡という、同い年の大和系の女性にロベルトを預かってもらうのだが、彼女は仕事の関係で今は地元のカーフィ州にいるらしい。
「この前、駅前の商店街で一緒に買い物をして、その時に、何か子供の事で困ったことがあったら何でも相談してほしい、って言われたから、遠慮なく甘えさせてもらったんです。」
吉岡なる女性も、先程の女性も子供が好きなのかもしれない。しかし、それは仮の姿で、実はジョージを殺した罪悪感からロベルトの面倒を見ているだけなのかもしれない。間違いあるまい。吉岡が犯人だ。とりあえず疑っておくヴィステ。
「ちなみに、その吉岡って女性のアリバイとかってどうなんですか?捜査資料にも載ってなかったような気がするんで。」
「あぁ、彼女も違うと思いますよ。だって、事件の2ヵ月後くらいに隣に引っ越してきたんだから。」
「そうなんですか・・・。あれ?それじゃ、その前に住んでいた人は?」
「それが、気付いたら引っ越してました。葬儀とか色々と精神的に余裕が無かったもので、全然気付かなくて・・・」
賃貸の場合は特に挨拶もなく出ていく人などいくらでもいるだろう。ただ、そのタイミングが気になる。カレンが住み始めた時期からして、その人物は事件があった直ぐに出ていった可能性が高い。早くもカレンからその人物へとシフトチェンジするヴィステは、頭の中の資料を閲覧する。
“ナオ・三上・田所・・・、アリバイはあったみたいだけど、ちょっと怪しいな・・・”
「ちなみに、どんな人でした?」
「どんなって・・・、割と若そうな女の人だった気がするかな。たまに、ロビーとか駐輪場ですれ違う時もあったけど。お酒が好きな人ってイメージしかないですね。」
「お酒?」
「はい。缶ビールがたくさん入った袋をよく持って帰ってきてたかな。」
フィオナの話によると、そのヤマト系の女性とはすれ違う際に軽く挨拶を交わす程度の間柄だったようで、彼女が引っ越したという事実は吉岡が挨拶に来たことで知ったようだ。
「その女性の体形は?」
「え~と、けっこう・・・がっしりした感じでしたね。自転車に乗った際に、タイヤがちょっと潰れてた感じだったし。」
「よし、分かった!!」
ヴィステはポンっと手を叩いて自信満々に声を荒げた。間違いなく犯人はその田所という女性だろう。フィオナ自身も逞しい体形の怪しい人物をベランダから見かけていたと言っていたし。間違いない。しかし、当のフィオナは困惑気味だ。ロベルトもじっとヴィステを見上げている。
「いや、多分違うと思いますよ?」
「え、どうしてですか?完璧な推理でしょ。」
「だって、その怪しい人を見かけた時、ちょうど敷地を歩いてる田所さん?を見かけましたし。」
「いえ、恐らくそれは、犯人の霊気による分身体ですね。」
「分身体?いやぁ・・・、その理屈はちょっと厳しいんじゃないですか?」
思わずツッコみを入れてくるフィオナ。確かに霊気で自分の分身体を作れる人もいるらしいが、自分そっくりに変えられるなんて聞いた事がない。そもそも、何の為にわざわざ分身体を見せたのか。アリバイ作りだとでも言うのか。
「それに、警察の人達もここのマンションに住んでいた人達全員に事情を聞いていたはずですよ?」
フィオナの意見はもっともだ。捜査資料が何よりの証拠。しかし、ヴィステの自信は揺るがない。なぜならば、泥人間は割と間抜けな事をする癖があるからだ。それに、オジサンはこう言っていた。
――きっと泥人間が犯人だ――
「間違いありませんね。もう事件は解決したも同然ですよ。」
「ホントですかぁ?」
オジサンの言葉を自己都合で改ざんするヴィステ。そんな彼女を不審な目でじっと見つめるフィオナ。この胡散臭い自称迷探偵に任せて本当に良かったのか、今更ながら後悔し始める。本当に犯人を見つけるつもりがあるのか。金の無駄なんじゃないかと。すると、フィオナはある事を思い出してハッとした。
「あ、そうだ!ごめんなさい。怖くて言うの忘れてた事があるんですけど。」
「怖くて?一体全体何ですか?」
「いや、実は・・・、この前、悪魔なのか、変な人を見かけて、その人に追いかけられたんですよ。」
“はぁ?”
ヴィステは思わず口を開けてポカンとしてしまった。何で、そんな大事なことを隠していたのか。新たなフィオナの供述によって困惑を極めるヴィステだった。
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