第8話

――桜坂探偵事務所――

レヘイム州から事務所に戻ってきたヴィステは、これまで得られた情報をまとめ、次に訪ねる人物を誰にするか考えていた。一応、ダイマに連絡をして、同僚の1人の現住所と連絡先は掴んでいる。

「例の元カノに会うか、それとも同僚から話を聞く方が先か・・・」

今のところジュディという、事件の被害者の元カノが怪しいが、どこか弱い気がする。もしも、仮にジョージに恨みを抱いていたとしても、結婚をしようとする者が果たして元カレを銃撃するのだろうか。それに、今は弁護士をしている。

「同僚に会ってみるか。ジョージの最後の言葉を聞いたのは、その彼って話だし・・・。」

今日は日曜日で、会社も多分休みだろうから自宅にいるかもしれない。当時の様子を知る為にも絶対に会っておきたい人物だ。そして、入手した連絡先に電話を掛けると、午前中は予定していた買い物があるそうで、午後に会う約束を交わした。

「時間も空いているし、旦那の墓にお参りに行っておくか。」

調べている事件の被害者の墓参りくらいはしておくべきだろう。そう考えたヴィステは、さっそく依頼人のフィオナと連絡を取って大まかな途中経過の報告をすると、これからジョージの墓参りをしに行くと伝えた。

『あ、私も行きたいんで、一緒に連れて行ってもらえませんか?』

「いいですよ。」

ヴィステはフィオナと、最寄りのヒマワリ駅前にあるロータリーで拾いつつ、ツバキ市内にある共同墓地へと向かう事を約束した。

“午後2時までには、同僚宅に行けるか・・・?”

事務所を出て1時間ほど車を走らせると。フィオナとの待ち合わせ場所であるヒマワリ駅に到着した。

――ヒマワリ駅――

ツバキ市イチゴ区にある駅で、ここは市の中心地にあるベロニカ駅から北へ4つ目の駅にあたり、準急列車が停車するだけあって、都心から離れている割には大きな駅だ。ロータリーには、客待ちをしている3台のタクシーが停車している。

“ここも住むには良いとこだな・・・”

駅の近くにはアーケード商店街もあって、地図で見る限り、駅周辺には住宅街があり、幼稚園や小学校、中学校に高校まである。生活する分には非常に便利な場所かもしれない。

「そろそろ・・・、お、あれかな?」

ヴィステが運転席から外を見渡していると、フィオナらしき女性が商店街から出てきてロータリーの方へ歩み寄ってきた。黒いコートを着ており、その手には花束がある。

「わざわざすみません。」

「いえいえ、個人的にご主人の墓参りに行きたいと思ってたところですから。それより、お子さんは?この前も連れて来なかったですけど。」

「あぁ、まだ幼いんで、出かける時は、お隣さんに預かってもらっているんです。」

「なるほど。それじゃ、さっそく行きますか。」

ヴィステは花束を後部座席に置き、フィオナを助手席に乗せて出発した。世間話をしながら運転するヴィステ。しかし、フィオナはどこか俯き加減で元気がない。夫の墓参りなので仕方がないのかもしれない。冷たい風が吹いているせいか、曇り空が、より寂しさが演出する。

「ジョージさんとも、よくドライブに行かれたんですか?」

「えぇ・・・、ジョージは車が好きだったから・・・」

フィオナはどこか儚げに前方を見つめる。ミニークラシックの前を走るは、白い車。サニー自動車の人気車種のホライズン2000GTだ。ゲオルグ達の話では、ジョージは、まさにこの車に乗っていたらしい。後ろから見る限り、運転席に男、助手席に女が座っているようだ。

“ったく、この日に限って・・・”

前を走る車は何も悪くないが、なぜか嫌がらせのように思えてしまう。その一方で、フィオナはぼうっとした顔で前を見つめていた。対向車線を1台、また1台と車がすれ違っていく。歩道を楽しそうに会話をしながら歩く親子、カップルらしき若い男女、同じ世界にいて、どうしてこれほど違うのだろうか。そんな彼女の沈んだ想いが車内に暗く重い雰囲気を作り出す。しかし、その不穏な雰囲気を切り替えるべくヴィステがラジオのスイッチを押した。

“今日は、この季節に相応しいバラード特集だ!”

いつもはノリノリの男性ラジオパーソナリティが、今日に限ってどこか落ち着いた口調で曲を紹介していく。しかし、そういう曲を求めているわけじゃないので、パチッとヴィステがチャンネルを変えた。

“え~、ラジオネーム、オッパイシャブリツキタイゾウさんからのリクエストで、曲は、びんびん鎮魂歌です。”

女性ラジオパーソナリティが笑いを堪えながら曲紹介をしている。どこのチャンネルもタイミング悪く暗い曲ばかり流しやがるようだ。仕方がないので、ベテラン男性パーソナリティのブルボン鬼頭による下ネタ満載の話術が人気のチャンネルに切り替えた。

“交通事故による影響で、国道4号線ミナカミ橋付近からコンゴウ橋までの上り6km区間で渋滞が発生しております。”

女性アナウンスの落ち着いた声が車中に響き渡り発狂するヴィステ。タイミング悪く交通情報のコーナーだったようだ。そんなヴィステの姿にフィオナも思わず笑ってしまった。そして、なんやかんや場が明るくなったところで、車は目的地の墓地に辿り着いた。今日は他にも誰かが来ているようで、駐車場には1台の白いセダンが止めてある。

――公営共同墓地――

ツバキ市シオン区にある小高い場所に造られた公営の墓地で、ジョージの遺骨が埋葬されているこの地は、彼がフィオナと暮らしていたマンションから10kmほど離れた場所にある。創造主ミミを崇拝しているミミ教会の影響で、墓地は和風の造りとなっているが、墓石の仏石自体は文字が横書きなので大抵の家は横長のタイプである。

「こっから、スタジアムが見えるのか。」

「はい。ここが良いかなって思って・・・」

車を降りた2人の視界の先には、ジョージが所属するはずだった、サニーホワイトナイツの本拠地であるサニースタジアムがそびえ立っている。フィオナがジョージの親戚一同と話をして、立つはずだったピッチに少しでも近い場所に眠らせてやろうと、ここを選んだらしい。

「叶えかけた夢か・・・」

必死に努力して、ようやく手の届く場所まで辿り着いたのに、ピッチに立つことなく命を落としたとあっては、さぞや無念だったろう。ヴィステは人生の儚さと、犯人に対する怒りを感じつつスタジアムを見つめる。その背後には、そびえ並ぶクルセイド山脈と一際高くそびえ立つキノコ型の山が見える。

――クルセイド山脈――

ヴァルメシア大陸の中央に立ち並んでいる標高平均がおよそ4000メートルの山々のことで、空から見下ろすと十字に見えることからそう名付けられた。

「あのミンミン山には神様がいるって言われているってのもあって、ここを選んだんです。」

「そうですか・・・」

フィオナの言葉に複雑な思いとなるヴィステ。確かに、あの山の地下の泉には神がいる。しかし、それはフィオナ達が思っているようなものじゃない。

――ミンミン山――

ヴァルメシア大陸の中央にそびえたつ、この星で最も高いキノコの形に見える山で、その標高はおよそ8585mにもなる。そして、3万年ほど前に創造主ミミが守護天使チャオの背中に乗って降り立ったと、ある存在が古代人達に伝えたのがこの山の名前の由来で、古代ではミミ山だったのだが、それが訛ってミンミ山になり、先史時代にこの大陸を支配していたジィグランド王国の3代目国王の範真羅ビンビンがよく登頂にトライしていたせいで、一時期はビンビン山と呼ばれるようになったが、今はそれらが混ざってミンミン山と呼ばれている。

“ダイマの力が、いつまで持つのか・・・”

ヴィステは様々な思いを抱きながらフィオナと共にジョージが眠る場所へと歩き始め、その途中でヴィステは水汲み場に駆け寄り、棚に置いてある桶を手に取って、それに水を入れて柄杓をそこに突っ込んだ。そして、それを左手で持って、改めて花束を持つフィオナと共にジョージの墓へと向かった。

“この国は、ホントに大和国の影響を強く受けてるんだな・・・”

ヴィステ達が歩く石畳の通りを囲むように墓石が並んでいる。比較的新しい墓地なのか、墓石の後ろの枠に立てられた卒塔婆はどれも少ない。日頃から雨風を受けて、どの墓も少し汚れているようで、2人の行く先で待つ者を羨むかのように、どこか寂しそうにじっとしている。そんな墓地を歩いていくと、向かう先にある、1つの墓の前に銀髪の誰かが立っているのが見えた。

“あれは・・・?”

その人物はグレーのスーツ姿で、その後ろ姿からして女性のようだ。そして、2人が歩み寄っていくと、その気配に気づいて女性が振り返り、少し驚いたといった表情を見せた。

「あ、どうも。」

眼鏡を掛けた20代後半と思しき美人女性がヴィステ達に軽く会釈をしたので、2人も同じように頭を下げて挨拶をした。その女性は身長が170cm以上ありそうで、モデル並みにスタイルが良く、フィオナが目の前のこの女性に、どこかで会った事があるような気がしてきた。どこだろうか。

「お久しぶりです。お葬式以来ですね。」

女性の言葉にハッとするフィオナ。何となく覚えているような気がするが、当時は精神的に余裕がなく弔問に来てくれた人達の事をあまり覚えていない。ただ、名前こそ覚えていないものの、目の前の女性がジョージの葬儀に来てくれたのは確かだ。そんな女性の顔をヴィステはじっと見つめる。

「あの・・・、もしかして橘さん、ですか?」

「あ、はい、そうですけど、あなたは?」

記憶した卒業アルバムの写真を基に適当に言ったら当たっただけだが、こいつは驚いた。会おうと思っていた重要参考人と、こんな場所で鉢合わせになるとは。ヴィステは桶を置き、右肩に掛けた鞄から名刺入れを取り出して名刺を渡しつつ自己紹介をすると、橘も財布から名刺を取り出して交換しつつ、改めて自己紹介をした。彼女の名前はジュディ・S(佐々木)・橘。ジョージとは小学校と中学校の同級生で、現在はサクラ市ライコウ区にある矢神法律事務所で弁護士をしている。仕事の都合でちょうど近くまで寄ったものだからお参りに訪れたらしい。

「どうも、わざわざありがとうございます。」

「いえ・・・」

ジュディに一礼をして、学生時代のジョージについての話を聞き始めるフィオナだが、その横でヴィステはじっと2人の様子を見つめている。フィオナは目の前の女性が元恋人だという事を知っているのだろうか。しかし、変にその話をして微妙な空気にするのもあれだし、ここはさりげなく事件のについて尋ねた方が良いだろう。

「ちょっと、橘さんにお伺いしたいんですけど、事件当時、どこにいました?」

「事件当時なら、って、もしかして、私を疑っているんですか?」

「いや、まぁ、ぶっちゃけ、じゃなくて、念の為です。」

ヴィステの質問に、フィオナも鋭い目つきに変えてジュディを見つめる。現場に殺伐とした謎の緊迫感が漂う。だが、そんな中、ジュディはやれやれといった感じで軽くため息をつく。

「私じゃありません。警察にも疑われましたけど。」

ジュディが言うには、事件当日の夜は、つわりが酷くて同棲していた婚約者に病院へ連れていってもらったらしい。婚約者とはゲオルグが言っていたマッシュの事のようで、事情を聴きにきた警察官にも同じ事を話している。

“資料にも書いてあったしな・・・、婚約者とグルってのも流石に無理があるだろうし。”

泥人間、或いはその邪泥を心臓に打ち込まれた人間特有の匂いもない。早とちりだった自称名探偵。流石にジョージの墓の前で犯人と鉢合わせするなど、そんな都合の良い展開はないようだ。ジョージの実家にあったアルバムにはジュディとの2ショット写真もあったので、もしかしたら、ジョージの方が彼女とよりを戻す為に付き纏って、それで言い争いになって、うっかり撃ってしまった、とも考えた。しかし、ゲオルグ達に聞いた限りでは、恐らく、ジョージは思い出を大切にする人物で、特別に未練があったわけではないのだろう。

「あの、もしかして橘さんが、ジョージと大学1年の時まで付き合っていた方ですか?」

「えぇ、黙ってたんですけど、そうです。」

「そうだったんですか・・・」

「ここに寄ったのは、まぁ、仕事柄、ジョージの事を思い出しまして・・・」

元カレとは言え、殺人事件の被害者になったのだから色々と思うところはあるのだろう。大学時代に色々と負い目もあって、事件が解決していないのだから尚の事。

「失礼ですけど、ジョージさんと交際している間に、何か、こう、トラブルとか、変わったこととか起きなかったですか?」

「特に、彼とは喧嘩は・・・、あ、そうだ。変な噂が立って嫌な思いをした事がありましたね。」

「えぇ。ジョージとは違う高校に通っていたんですけど、私が彼を騙しているとか、6股かけた尻軽女だとか、そんなふざけた内容です。」

ジュディもその噂を友人から聞かされたことで知ったらしいのだが、どうやら、ジョージが通っていた高校に、なぜかそんな噂話が広まっていたらしい。ただ、ジョージはそんな噂話は信じず、ジュディを信用してくれたようだ。

「その噂の出処は?」

「分からないです。ジョージが言うには、なんか学校の校門前にそういう事が書かれた紙が落ちてた、とか。」

どこかの誰かが書いて、嫌がらせ目的でそこにわざと置いたのだろう。ただ、ジュディ本人はそんな事をされる覚えなどないらしく、大学に進学してもしばらく似たような嫌がらせが続いたのだが、ジョージと別れてからはそういった嫌がらせは一切無くなったらしい。

“ジョージと別れてから・・・、という事は、そいつは彼女とジョージを別れさせる目的で・・・?”

もしもそうなら、ジュディに恨みを持つ者というよりも、ジョージに好意を抱いていた人物の仕業の可能性がある。しかし、一体誰の仕業だったのだろうか。すると、ジュディは腕時計を確認した。

「それじゃ、そろそろ行かないといけないので。」

これから依頼人と会う約束をしているらしく、ジュディは改めて2人に会釈をすると、そのまま駐車場へと立ち去った。そして、残った2人はジョージの墓に花束を添えてお祈りをした。

「・・・・・・」

両手を合わせて静かに冥福を祈ろうとするヴィステだったが、その横で両手を合わせて上下に3回クイックイックイッと動かすフィオナの姿を見て、不謹慎ながらも肩をプルプルと震わせてしまう。彼女のやり方は、大昔からこの世界に伝わっている作法だ。何でも、創造主ミミがよくそうやって平和への祈りをしていたと天使が信徒らに教えていたらしい。そんな中、ヴィステが気を改めて冥福を祈ると、脳裏に、ある映像が一瞬だけ映し出された。

“今のは、ジョージの残留思念か・・・”

それは、暗い路地で拳銃らしきものを向けている何者かの姿だった。近くの街灯が切れていたせいでよく見えなかったが、サングラスとマスクをしていた。その特徴から、恐らく、フィオナが見かけた不審人物が犯人なのだろう。

「それじゃ、うちらも帰りますか。」

「そうですね。」

重要参考人に思っていたジュディが白と判明して振り出しに戻された感が否めないヴィステだが、まだ話を聞いていない人物がたくさんいるし、前向きに考えるのみだ。




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