第7話
――コッペ市――
再びコッペ市に戻ってきたヴィステは、ゲオルグ達から教えてもらった居酒屋を探し出すべく、市役所等がある市の中心部から少し離れたダラス地区に向かった。
“ここら辺は、外と随分雰囲気が違うんだな・・・”
高層ビルが建ち並ぶ中心部とは違い、ここら辺りはどこか歴史を感じさせる、古き良き街並みといったものになっている。ここは、かつて水の都と言われたほど水路が迷路のように張り巡らされており、石畳の路地がいたるところにある。
「何度も改修工事をしてきたんだろうな・・・」
300年ほど前に世界で起きた大破壊によってここも大きな被害を受けたのだろうが、街の雰囲気からして、受け継がれてきた文化を守る為に、何度も修復をしてきたのが見て取れる。
「えっと・・・」
ここに来る前に、地図で確認しておいたが、道がかなり入り組んでいるので分かり辛い。地元民じゃないと、どこがどこなのか分からなくなってしまうだろう。アスファルトに舗装された道路は特に問題ないが、細く入り組んだ石畳の路地は無理そうだ。そういった道は一方通行や車両侵入禁止になっているとこが多い。途中のどこかに駐車して、歩いて店を探した方が良さそうだ。
「どこか、停められるとかは・・・」
ヴィステは駐車できる場所を探して回ったのだが、どのコインパーキングも満車状態だ。観光地だけに、大通りは多くの車が行き交っている。こういう時は本当に、電車やバスで来れば良かった、と思えてしまう。そんな彼女だが、しばらく彷徨い続け、10番街にある国立歴史博物館に向かう大通りを走っていると、路肩が駐車スペースになっている場所を見つけた。既にたくさんの車が停めてあるが、空いている場所もあったので、そこに停める事にした。30分、300セルのようだ。観光名所だけに、割と高い。
「こっからだと、少し距離がありそうだな。まぁ、仕方ない。」
現在地はダラス10番街。この円形の地区は時計回りに1番街から12番街まで区切られているので、目的地の3番街までは結構な距離がありそうだ。少なくとも、内回りで歩いて行かねば。ヴィステは観光客の気分で店を探索する事にした。
「街を巡るには、丁度いい時間帯だったかもな。」
時刻は13時を回った。観光客らしき人々が行き交う路地を歩くヴィステ。石畳や水路、古い建物も、なかなか風情があって良い。そんなこんなで迷路のような街をしばらく歩いていくと、3番街に入り、それからほどなくして店の看板らしきものが見えてきた。
「もしかして、あれかぁ?」
看板には“居酒屋御田”と表示されている。オンダ、と読めるので間違いないだろう。ようやく目的地に辿り着いたヴィステは、店の入り口の暖簾に誘われる仕事帰りのサラリーマンの如く意気揚々と店に駆け寄った。まだ昼過ぎだが、営業中のようだ。
――居酒屋・御田――
この店は和風の外観をしており、おそらく大和系の酒や料理を振舞う場所だと推測できる。建物もそれほど大きくはない。そんな店のスライド式の扉を“ガララ・・・”と開けて中に入った。
「いらっしゃい!」
ヴィステが店内に足を踏み入れるなり、店員らしき中年男性が活気のある声を掛けてきた。カウンター越しに2人の中年の男女がいる。2人とも割烹着姿が店内の空気をどこか柔らかいものにしている気がする。そんな店員の1人の男性が“どうぞ!”とヴィステをカウンター席へと誘った。
「注文が決まったら、言ってください!」
「はい、分かりました。」
ヴィステは席に着くなり、店内の様子を見渡した。外観と同様に内装も和風テイストな落ち着いた雰囲気をふんだんに漂わせており、週末だけあって、この時間でも中年男性や若い男女が席に座っている。既にできあがっている者もいるみたいだ。
“ちょっと遅くなったけど、ここで昼食にしておくか。”
ヴィステは席の傍にあるメニュー表を手に取り、それを開いて内容を確認した。どうやら、ここは大和酒(清酒)を飲みながら、おでんをつまむといった店のようだ。目の前にあるおでんの美味しそうな匂いが堪らない。ぐつぐつと煮える音と食欲を誘う白い湯気、出汁が染み込んだ大根に玉子、良いね。
「それじゃ、大根と玉子を2つ、それと、昆布に、つみれ、コンニャク、巾着を1つずつ下さい。」
「あいよ!まいど!!」
ヴィステは定番的なものを頼み、男性店主がそれを小皿によそって彼女の前に差し出した。すると、ヴィステはお返しとばかりに名刺を渡しつつ自分の素性を明かした上で、3年前に事件に巻き込まれて亡くなった、大門という男性について調べていることを告げた。
「大門さん・・・、3年前に亡くなった・・・、あぁ、覚えてますよ!サニー自動車に就職した彼ですよね?」
そう話す、この中年男性の名前はオーリン・N(中森)・恩田。大和系で、ここら辺りでは珍しい和風の居酒屋を営んでいる。そして、隣で他の客の応対をしている大和系の女性は彼の妻で、名前をアヤノという。
「覚えてますか!?」
「えぇ、覚えてますとも!」
オーリンが当時を思い出すかのように語り始めた。どうやら、彼がジョージにサニー自動車への就職を勧めたらしい。彼がゲオルグ達から教えてもらったマスターで間違いなさそうだ。
「いやね、実は私も、10年くらい前までサニー自動車で働いてて、こう見えて、会社のサッカー部のキャプテンだったんですよ。この店継ぐために会社辞めちゃいましたけどね。」
「そうだったんですか。けど、どうしてサニー自動車を彼に勧めたんですか?」
「サニー自動車がプロリーグに参入するかもしれないって話を常連の方から聞いて、それで彼に勧めてみたんです。かなり優秀な選手だったみたいですし。」
オーリンによれば、ジョージが就職した年にサニー自動車は社会人リーグで3度目の優勝を果たし、その後もリーグ初となる3連覇を果たし、その年に正式にプロリーグへの参入が認められたらしい。そして、ジョージは会社との間で従業員ではなく、1人の選手としてプロ契約を結んだようだ。
「わざわざ報告しに来てくれたんですよ。あの時は本当に嬉しかったですね。他のお客さん達もお祝いしてたし。それだけに、TVのニュースを見た時はショックでしたよ・・・」
寂し気に話すオーリン。他の客達も2人の話が気になって聞き耳を立てている。中には、3年前の事件を思い出したかのように、小さく頷く者もいる。当時はTV等で大々的に報道されたので知っている者も多いのだろう。
「そうですか・・・」
橙色に染まった大根を口に運ぶヴィステ。出汁と大根の旨味によるダブルアタックが彼女を攻撃する。その美味さに思わず頬が緩んでしまう。そんな彼女は、おでんを堪能しながら話を進めた。
「彼から、何か聞いていませんか?女性絡みで揉めているとか。」
「いや~、確かにここで酔いつぶれるまで飲んでいた時もあったけど、女の話をした覚えはないかな・・・?サッカーの印象しかないね。」
「誰か、女性を連れていた、ということは?」
「う~ん・・・、女の子を連れてきたことは一度も無かったと思うけどな。お前、何か覚えてる?」
「え?う~ん、その彼のことは私も覚えてるけど・・・、あ、一人だけいたかな・・・?連れてきたってわけじゃなかった気がするけど・・・」
「それは誰ですか?」
「う~ん、流石に名前までは。ローザリカ系だった気がするけど・・・」
「ローザリカ系・・・。その女性の特徴とか分かりますか?逞しい体形だったとか。」
「特徴・・・、確か、眼鏡を掛けてて、1人でこういう店に来るような感じじゃなかったような気が・・・、少なくとも、太ってはいなかったかな。むしろ華奢だった気がする。」
アヤノの話によると、その女性はジョージと普通に話をしていた感じからして、昔からの知人ではないかということだ。ジョージが映画俳優ばりのナイスルッキングガイだったから、きっと彼を慰めに来たのだろうと思って、あえて話しかけたりはしなかったらしい。
「分かりました。わざわざありがとうございました。」
怪しい人間が一人浮上してきた。そのローザリカ系の女はおそらくゲオルグ達が言っていたジョージの元カノだ。フィオナから聞いた体格の良い男らしき人物も気になるが、今は一つずつ潰していくべきだろう。一歩前進したような気がしたヴィステは、酒は頼めないので、その代わりに全メニューを堪能して店を後にした。
“さて、次はどうするか・・・”
せっかくこっちに来たわけだし、ジョージの大学時代の友人とか、サッカー部員とか当たってみるか。歩きながら頭の中にある捜査資料を確認するが、捜査期間の関係で、広域で捜査したとは言え、そこまで大勢のジョージの友人や知人に事情を聴けたわけじゃないようだ。ただ、恩田の店主から得た情報も気になる。
“とっととフローラに帰って、元カノから話を聞いた方がいいか・・・?”
捜査資料だと、その橘という女性にもアリバイはあるのだが、それが本当なのかが気になる。それに、泥人間が関わっていたとなれば、アリバイなどいくらでも作れる。
「いや、その前に、せっかくだから、ちょっと観光していくか。」
ヴィステは改めてダラスを歩き回り、中心部にある王宮の跡地や国立歴史博物館などの観光スポットを巡っては旅を満喫し、その日の夜の内にフローラ州に帰ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます