第6話
――ジャム市――
コッペ市と南に隣接する人口およそ60万人の中核市で、土地の相場がコッペ市と比べて安いので、コッペ市で働いている多くの社会人がここに住居を構えている。
「住むには良いとこだな・・・」
ゲオルグ達が暮らしている新興住宅地は、ジョージの自宅から車で20分くらいの場所にあり、閑静な住宅街となっていて、並木道を走る車の窓から、公園で遊ぶ子供達の姿が見えた。のどかな景色が平和の香を匂わせる。そして、ダイマから教えてもらった住所を頼りに走らせると、それらしき場所に辿り着いた。約束通りの時間といったところか。
――柳原宅――
「ここかな・・・?」
目の前に建つ一軒家の塀にある石材の表札には“柳原”と刻まれている。路肩に駐車したヴィステは、さっそく塀に備え付けられたチャイムを鳴らした。
“ピンポ~ン・・・”
『はい、どちら様ですか?』
「あ、私、桜坂探偵事務所の山田と申しますが。」
『あ、ちょっとお待ちください。』
ヴィステがしばらくその場で待っていると、玄関から大柄の男が出てきた。ゲオルグだ。彼は現在、コッペ市にある大手製鉄会社に勤めている。7年前と比べてかなり大人の雰囲気を醸し出しているが、間違いなく彼だ。そんなゲオルグはヴィステの容姿を見るや否や驚いたといった表情をした。
“えらい綺麗な人だな・・・”
「どうも、初めまして。山田です。」
「こちらこそ初めまして。柳原です。どうぞ、中へ。」
「ありがとうございます。あ、車って、そこで大丈夫ですか?」
「う~ん、多分、大丈夫だと思います。」
ヴィステはゲオルグに連れられて家の中に入った。木造の家で、室内には出来たばかりの分譲住宅だけに木の独特な香りが微かに漂っている。新しい木材なので、どことなく室内が明るく思える。そんな家の廊下を歩いて1階の和室へと案内されると、そこには、木製の丸テーブルの奥に座る大和系の男の姿があった。間違いなく、テッペイだ。彼は現在、大手電力会社に勤めている。そんな彼は、ヴィステを見るや否や、口を開けて止まってしまった。
「どうも、初めまして。山田です。」
「あ、どうも、鳴神です。あの、凄くお若く見えるんですけど、おいくつなんですか?」
「おま、テッペイ!いきなり失礼だぞ!すいません、なんか・・・」
「いえいえ。まぁ、ちょっと若作りしているだけですよ。」
謙遜するヴィステの言葉に初対面のぎこちない場の空気が少し和む。そして、ヴィステが空いている座布団に座りつつ、2人にそれぞれ名刺を渡していると、部屋に1人の女性が“失礼いたします”と言って入ってきた。お茶を持ってきたようだ。彼女の名前はサラ。メソトリア系の女性で、ゲオルグの妻だ。
「あ、すいません。」
「いえいえ、ごゆっくりどうぞ。」
サラは湯呑をヴィステの前に丁寧に置くと、笑顔で会釈して部屋を立ち去った。そして、ヴィステがさっそく2人にジョージについての話を聞こうとしたのだが、部屋の外から、何やら女性らしき2つの声がひそひそと聞こえてきた。廊下で話をしているようだ。
“どんな感じだった?若いの?おばさん?”
“オシャレで、めっちゃ美人!若いっつ~か、高校生くらいかもしれない!”
“マジで!?車で来たって事は、高3!?女子高生探偵!?うっそ!!テッペイのやつ、絶対、鼻の下伸ばしているよね。”
苦い顔をしているゲオルグとテッペイ。どうやら、廊下でサラと話しているのは、テッペイの妻のリンダだそうで、テッペイも同じ区域の分譲住宅を買ったこともあって、両家は家族ぐるみの付き合いなんだとか。さりげなく幼い子供らしき2つの声も聞こえてくる。
「なんか、すいません・・・」
「いえいえ、お邪魔しているのは私の方ですので・・・」
ヴィステはお茶を一口飲むと、2人に協力してくれた事への感謝を伝え、改めてジョージの話を伺う事にした。親友が犠牲になった事件だけに、どこか神妙な面持ちのゲオルグとテッペイ。犯人を捕まえたいのは彼らも同じだ。そんな2人をじっと見つめるヴィステ。
“本当に優秀だな、ヴィーナ人は・・・”
悪魔との遭遇から7年を経て、2人とも大人の面構えをしている。優秀な魂をその身に宿しているのは変わらずだ。年齢的には、霊力の強さのピークと言ってもいい。
「それで、なんですけど・・・、事件に巻き込まれる前に、ジョージさんが何か変わった事を言っていませんでしたか?」
「変わったこと・・・」
「う~ん、特には。あいつ、昔からサッカーの話ばっかでしたから。」
「あとは車の話くらいで、特に何かトラブルを抱えているって感じはしなかったかな・・・」
ジョージは先祖の墓参りの関係で年に1度は地元に帰るようにしていて、事件があった年の夏休み中にも帰省していた。地元に戻ると、たいていはゲオルグ達や中学、高校のクラスメイト達と飲み会をしており、その時もいつも変わらぬ様子だったようだ。
「あと、フィオナさんの話かな?あの子と結婚するかもしれない、とか言ってたくらいかな?」
両親を失ったジョージはフィオナの境遇を自分に重ねていたようで、彼女を守ってやりたい、と2人に話していたようだ。
「ジョージも色々と苦労していましたしね・・・」
「そうですか・・・。他に、誰かに付き纏われている、とか、そんな話はしてませんでしたか?」
「いや・・・、そんな話は・・・」
「女性関係で、何か揉めてませんでしたか?」
「えぇ・・・?揉めてたかな・・・?高校時代に彼女がいたのは知ってますけど。」
「フィオナさんもその事を話していましたが、その女性の名前は?」
「橘って名前です。うちらも彼女とは小、中学校が一緒だったんで知ってます。」
2人が言うには、そのローザリカ系(銀髪緑瞳白色肌の人種)の女性はジュディ・S(佐々木)・橘という名前らしく、葬儀にも参列していて、今はサクラ市にある法律事務所で弁護士をしているとのこと。
“ジュディ・佐々木・橘・・・。確か、警察の調査資料にも名前が記載されていたな。”
ヴィステは念写した記録を瞬時に確認し、その女性の姿を捉えた。眼鏡を掛けており、クラスの女子生徒の中では背が高い方で、他の女子生徒らと比べて顔立ちが整っているようだ。女子バスケットボール部だったようで、学校のイベントの様子を写したものの中には、彼女が写っているものもあって、彼女を取り囲むようにして写る女子生徒達だけじゃなく、男子生徒達の姿もある。恐らく、彼女は男子生徒に人気があったのだろう。
「弁護士か・・・、ちなみに、その女性って、葬儀の時、割とこう・・・、ふくよかな体形だったりしました?」
「いや、今は分からないけど、少なくとも、葬儀の時は普通でしたよ。大学時代はチアリーダーやってたらしいし。」
「あ、そうだ。葬儀が終わって、みんなで食事した時にちょっと彼女と話をしたんだけど、なんか結婚するとか、そんなこと言ってたかな。」
「結婚ね・・・、他には?」
「う~ん・・・特には・・・、あ、御田のマスターなら、何かジョージから聞いているかもしれないですね。」
「オンダ?」
「ダラスの3番街にある居酒屋ですよ。」
「ダラス?」
「ダラスはコッペ市にある、大昔に城塞都市だったとこです。観光地としても、結構有名な場所です。」
「そこにジョージさんが?」
「はい。大学時代にプロ契約が白紙にされちまって、しょっちゅうそこに通ってたみたいです。」
「白紙?何かあったんですか?」
「怪我ですよ。あいつ大学2年の時に右膝壊して、手術して復帰したみたいだけど、4年の最後の大会でまた壊して、それが原因で白紙にされたとか。」
練習のし過ぎによるオーバーワークが原因で、本人も以前から同じ部員に膝の痛みをぼやいていたそうだ。ゲオルグ達も小学生時代はジョージと同じ少年サッカークラブに所属していて、ジョージが人一倍練習をしているのを知っていた。プロ選手になりたくて、とにかく必死に自主練習を毎日のように夜遅くまで行っていたらしい。
「高校生の時は、特に必死だった感じかな。休みの日に遊びに行くの誘っても、自主練したいってよく断られたし。」
「相当打ち込んでいたようですけど、何か、高校生の時にあったんですか?」
「多分、越前が関係してたんじゃないかな?」
「越前?」
「あれですよ。あの、ルミアスのプラチナリーグで活躍してる。」
2人の話を聞いて、最近TVのニュース番組のスポーツコーナーで見た1人の選手を思い出した。カール・O(岡田)・越前。エイギス系(金髪緑瞳薄褐色の人種)のアフロヘアが特徴的な男性で、世界最高峰とされているプラチナリーグで今季のMVPを獲得した選手だ。
「葬儀には越前も来たんですよ。」
カールの現住所はルミアスなので、どうやら、わざわざ海外から弔問しに帰国したようだ。時期的にシーズンオフというのもあっただろうが、アクマ商会の会長が葬儀の手配をしたので流石に断るわけにもいかなかったのだろう。
「すごかったですよ。TVのカメラマンとかが葬儀場に殺到しちゃって。」
「ダイマ会長も色々と質問されてたみたいだし。」
「まぁ、そりゃ、サッカー界のスーパースターが帰国すればそうなるわな・・・。」
報道が過熱したのはカールが弔問しにきたのも大きな理由だが、それ以外にも、テイシャンの貴族の夫が殺害された事件だったのにも理由があった。当時は連日のようにワイドショーで取り上げられていたのだから。
「けど、そもそも、その越前選手がどうして?」
「越前はジョージと同じ高校出身なんですよ。同じチームメイトで、越前がFW、ジョージがMFかな?」
ゲオルグの言葉を聞いて、ヴィステは再び頭に取り込んだ卒業アルバムをシャッシャとスライドしていくと、確かにクラスは違うけどもしっかりと写っている。部活紹介ではジョージと一緒に真ん中付近に写り込んでいる。ただ、髪型は流石に普通だ。
「3年の時は全国制覇もしてたし。俺も地区予選の3回戦で当たったんだけど、7体1で豪快に負けましたね。」
苦笑いをするテッペイ。ゲオルグは高校からラグビーを始めたので対戦はしなかったが、サッカーを続けていたテッペイは才能の差をこれでもかというほど味わされたらしい。意地のおこぼれごっつぁんゴールで1点は返したようだが、ボロ負けして死ぬほど悔しかったようだ。控室で号泣したらしい。
「んで、越前にプラチナリーグからオファーが来たんだけど、ジョージには国内のチームからもオファーが来なかったみたいですね。」
「高校生で世界トップリーグからオファーが来るのは凄いですね。」
「結構ニュースでも大きく取り上げられてましたし。けど、越前の凄いとこはそれだけじゃないんですよ。」
カールは高校からサッカーを始めたのだ。TV番組の特集によると、小学校、中学校は野球をやっていたのだが、いまいちな成績だったので高校で野球を続けるか迷っていたようだ。しかし、高校のサッカー部の顧問が彼の1年生の時の担任で、小学生の頃からずば抜けて足が速く、運動神経も抜群だった彼をサッカー部に誘ったらしい。
「相当すごかったようですよ。1年間でほとんどのチームメイトが追い抜かれたみたいですから。」
「ほぉ、そりゃ凄いですね。天才ってやつか。」
ジョージ達が通っていたメロン高校サッカー部は地元では有名な強豪校。当然のように、部には幼い頃からサッカーを学んでいる実力がある生徒ばかり集まっていた。そんな彼らがあっさりと追い抜かれてしまったのだ。天才、まさにその一言だった。
「それでジョージさんは必死に?」
「多分そうだと思います。」
圧倒的な才能を見せつけるカールに対し、他の部員同様にプロ選手を目指していたジョージは焦りを抱いたのかもしれない。それは、ジョージもまた子供の頃から周囲の子達よりずば抜けてサッカーが上手かったからだ。天才とすら言われていた。
「2年生の終わりぐらいの時には誰も越前を止められなかったみたいですね。」
練習の1対1ではジョージもあっさりと抜かれてしまった。初速が早く、ボールタッチが柔らかく、トリッキーな動きをするカールのドリブルに付いていけなかったのだ。その後、プロとなったカールは1年目からプラチナリーグで得点王争いをするほどの活躍を見せていた。
「それに対して、ジョージさんにはプロのオファーは来なかった、と。」
「まぁ・・・、厳しい世界ですからね。確かに高校生としては全国トップクラスの選手だったみたいだけど・・・」
ジョージクラスの実力者は大学リーグにはざらにいた。この国のプロ選手のほとんどが大学生の時にプロチームと契約を交している。プロチームも大学リーグでの結果を重視しており、高卒でプロになるのは本当に稀な話なのだ。しかも、世界最高峰と呼ばれるプラチナリーグに高卒で行くなど聞いたことがなかった。
「天才達が集って競い合う場所がプロという戦場。そこで更にふるいに掛けられるんですから、とんでもない場所ですよね。」
ヴィステの話に頷く2人。スカウトされても1軍として1試合も出られずにプロ生活を負える選手すらたくさんいる厳しい世界だ。子供の頃は多くの人々が夢や憧れを抱く。けれども、ごく一握りの人間以外には身の程を知る時が必ず訪れるものだ。そうして夢はただの思い出となっていくのだろう。
「子供の頃からの夢とは言え、ジョージは無理をし過ぎたんですよ。」
「ある意味、凄いですけどね。俺なんか早々に諦めた口ですから。」
ジョージはサッカーの強豪でもある地元の名門の国立レヘイム大学へ進学したものの、大学2年生の時に出場した夏の大会で、相手選手を抜く際に右膝の十字靭帯を断裂する大怪我を負ってしまった。明らかにオーバーワークが原因だった。
「けど、もしかしたら・・・、聞いてるかもしれませんけど、うちら実は、その少し前に悪魔と戦ってるんすよ。」
「えぇ、フィオナさんから伺いました。」
「もしかしたら、その時の負担が影響してたかもしれません。」
これに関してはヴィステも何とも言えない。フィオナに見せてもらった過去の映像では、3人ともあの2体にかなり打ち込まれていたので、もしかしたら、ジョージの膝の痛みを悪化させた原因の一つかもしれない。
「そんで、復帰して、4年の時にサクラピンクパンツァーからオファーをもらって、凄い喜んでたんですけど、夏の最後の大会で・・・」
再び同じ個所を痛めてしまった。もはや本人にとっては呪いだっただろう。そして、その怪我の影響でせっかく勝ち取ったプロ契約を白紙にされてしまった。怪我をしやすい選手と印象づけられてしまったからだ。他のチームからオファーが来ることもなかった。
「あの時は、本当に落ち込んでて、あいつ女にモテたから、慰めようと近づいてきたのも結構いたらしいですよ。」
「そこら辺も、もしかしたら店のマスターが知ってるかもしれませんね。」
「そうですか・・・。あ、プロテストは受けなかったのですか?」
「受けなかったみたいですね。せっかく会社に雇ってもらったのに、すぐ辞めるわけにはいかない、とか言ってたし。」
「あいつ、そういうとこがあったんですよ。義理堅いってやつですか?」
「それに、なんか、あいつが就職した時にはサニー自動車がプロリーグに参入するって噂があったみたいで・・・」
“それで会社に尽くすことに決めたのか・・・”
確かに変な印象をもたれてしまった他のチームの選手を目指すくらいなら、従業員として良い印象を経営陣に持たれた方がプロへの可能性はあるのかもしれない。実際に、プロとして契約を結んでもらえたのだから。
「あ、ジョージさんは、付き合っていたというその橘という女性と、どうして別れたか聞いていますか?」
「えぇ・・・と、確か、浮気だったかな?」
「浮気?ジョージさんが?」
「いえ、橘が同じ大学に通ってた堂本って奴に乗り換えたんですよ。」
マッシュ・H(広田)・堂本という人物はゲオルグと同様にラグビー部に所属していて、大学リーグでもよく対戦していた。大柄でいかつい見た目の割にひょうきんな性格をしているらしく、ゲオルグとは今でも社会人リーグでよく顔を合わせるようで、共にフォワードとしてアトランティコ代表にも選ばれている仲だ。ジョージと違う大学に通っていたジュディは大学1年の時に、そんな三枚目キャラのマッシュに早々と乗り換えてしまったらしい。
「まぁ、ジョージって、サッカーばっかりの男だったから、橘の気持ちも分からなくもないですけど・・・」
「けど、その後に、ジョージのお父さん達が亡くなったから、余計にショックが大きかったみたいですね・・・」
ゲオルグ達は葬儀会場でもジュディとこの話をしたようで、彼女もTVのニュースでジョージの両親が亡くなったのを知ったようだが、2年以上も付き合っていたとは言え、流石に付き合ったばかりの新しい彼氏がいるのに元カレを慰めにいくのもどうかと思って結局のところ、ジョージとは会わなかったらしい。
「まぁ、本人は結構、後悔してたみたいですね。」
「薄情者だったかな、とか言ってましたし。」
「なるほど・・・。色々と分かりました。これから、ちょっと、そのオンダというお店に行ってみます。ちなみに、その店って、まだあります?」
「多分、あると思いますよ。」
「分かりました。それじゃ、わざわざ時間を割いてもらって本当にありがとうございました。」
「いえ、気にしないで下さい。」
「ジョージの為にも、犯人を捕まえて下さい。」
「分かりました。」
もしかしたら、落ち込んでいた時期に女性絡みで何かトラブルがあったのかもしれない。2人から情報を得たヴィステは、話の中にあった“オンダ”という名の居酒屋に向かう事になった。
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