24.赤ずきんとオオカミくんはハッピーエンドを果たしたい 黒昼さん作
旅行3日目、この日は啓馬と別行動になった。特に理由は無いんだが、あいつが今朝唐突に――
「良い土産話を持ち帰った方が勝ちな!」
と、訳分からん事を言い出したのだ。まぁ地図は貰ったし、いざとなったらスマホで検索して宿まで帰ればいいから、俺としては特に困った事もない。温泉巡りの続きでもするかと思ったが、一人で先に入ると後で文句を言われそうだし……特に意味も無く宿の周辺を歩き始める。
「んなぁう」
「ん?」
ふと声を掛けるような鳴き声が聞こえて目をやると、白黒八割れ模様……耳近くが黒くて、その真ん中に白い線が入ったような模様の猫が居た。そういえば、昨日おばさんが話していた猫の中にこんな猫が居た気がする。顔つきが凛々しくて、それでも大きな黒目が人懐っこさを表していた。そっと近づいて見ても、尻尾をピンと立てて逃げる様子はない。
まじまじと見てもやっぱり昨日、確かおばちゃんに話して貰った八割れ模様の猫な気がする。餌を上げて面倒を見ているのだとか。
「いやぁ、けど……どこにでも居る模様だからなぁ」
「んるるぅ」
独り言を言えば、答えるように喉を鳴らしながら猫は鳴いた。近づいて見ると分かったが、体付きも小さいし、雌か成猫に成りたてか。どっちにしろ、頭を上げて何かを期待するように見つめて来る顔を見るに、人にはとても慣れていそうだ。
手を伸ばして頭を軽く引っ掻くように撫でてやると、ごろごろと喉を鳴らし始めた。温かくて柔らかい感触は、なぜこうも安心できるんだろう。人間が猫や犬を愛して止まないのも納得だ。げっ歯類も可愛いが。
「――兄ちゃん」
「うぉおっ!?」
背後から声を掛けられ、思わず驚いた声を上げて振り向く。猫も驚いたように目がカッと開かれ、耳がこちらに向けられて警戒モードに入っていた。
「だぁっはっはっ、そがな驚かんでもえいがね! 取って食いやせん!」
一方で、俺に声を掛けたのは、まだ寒いというのにサンダルとラフな格好の、腹が出たおっさんだった。温泉街だし、温かいから良いかもしれないが地元だったら信じられない格好である。おっさんは俺の反応を見てげらげらと陽気に笑っていた。
「猫好きかい?」
「えっ? えぇ……好きです。昔は犬飼ってたんですけど、友達は猫飼ってる奴が多くて」
「そうかい、そうかい。ハッチ、良かったなぁ、遊んで貰ったんかい」
「ハッチ?」
「白黒の八割れ猫だからハッチさ。ほれ、抱いてみな」
そういうとおっさんは手慣れた手つきで猫を持ち上げ、戸惑う俺を無視して腕に抱かせてきた。良い毛並みの猫だったのもあってか、大人しいが猫も猫でいきなり知らない人間の腕に持って行かれると思わなかったのだろう。俺を何度も見上げた後、降りたがっていたので元居た場所に下ろしてやった。
「猫は意外と義理難いんだぞぉ、気ままに見えるがな」
おっさんは搔いてやるように猫の頭を撫でてやった。手に押し付けるように撫でられるがままの猫は気持ちよさそうに目を細める。
「ここは捨て猫が多いからな」
「聞きました。温泉街だし温かいからか、捨てる人が多いって……酷い話ですよね」
「だがよぉ、こいつらは人を恨まんだろ」
突然、おっさんが指をある方向に指して「ほれ」と俺に促して来た。促されるまま、俺が視線をやると。
――捨て犬、捨て猫、命を粗末にする者、我らが祟ります。 住民一同
と、真っ赤な字で書かれた看板があった。よく見ると、その周りにも「捨て犬禁止。責任は持たぬ者はその命に責任無し」と中々過激な事が書いてある。
真夜中に見たら絶対ビビる自信がある――俺がおそるおそるおっさんの顔を見ると、俺の表情を見てどう思ったのか、おっさんは肩を揺らして「けひひ」とにったり歯を見せて笑った。
「だからな、物言わぬこいつらの代わりに……俺らが恨んでやるのよ」
おっさんが慣れたように、可愛くてしょうがないと言わんばかりの顔をして猫を抱き上げる。俺の時のように逃げず、落ち着いたように丸い顔に着いた同じく真ん丸の目が、こちらをただじっと不思議そうに見つめていた。
「――って事があった」
「こわぁーーっ!!!!!」
啓馬に
「真に怖いのは幽霊的な祟りじゃなくて、人の恨みだったっていう話だな」
「そのおっさん、妖怪だったってオチじゃないよな?」
「なんつー失礼な事言うんだ。最後以外は普通のおっさんだったぞ」
だが物凄く失礼な言い分ではあるが、あの歯を見せて笑った所だけ見たら正直俺もおっさんを妖怪だと思ったかもしれない。
「猫可愛がりってそういう人の事を言うのかもなぁ……よし、ならレビューしようぜ!」
「急だな」
「怪談話聞いたせいか、薄ら寒くなっちまったよ。気分転換だ、気分転換」
「まあ……確かにな」
俺としても先ほどの悪寒は中々言い表せないものがあった。確かに、頭の切り替えは大事かもしれない。
今日レビューするのは、黒昼さん作、『赤ずきんとオオカミくんはハッピーエンドを果たしたい』だ。
「で、感想は?」
啓馬が何やら冊子を開きながらそう訊いてきた。改めてスマホを確認する。
「俺は割と好きだな」
「ほうほう?」
「まず今回レビューするのは、初め、そして1話と2話の7903文字。この企画……10000字でレビューするという趣旨から考えると、2000字近く少なくなるな」
「でも第3話が6000字以上あって14000字を越えるから『他の10000字くらいの作品と情報量が違うし、不平等なレビューになりかねないけど、3話の途中で切ると話がややこしくなりそうだ』と判断したんだよな」
「1000と2000くらいだったら誤差で良いけど、4000字はさすがに誤差にするのは難しいからなぁ……ただ、内容的には2話までのレビューで問題なさそうだ」
「じゃあまず内容はどんな感じだ?」
「童話+バトルファンタジーだな。主人公はある日、突然異世界に飛ばされた青年だ。そして突如現れた男女と、いきなり主人公の目の前でその男女を撃った【赤ずきん】の美少女、彼女も同じく異世界から飛ばされた住民で、元居た世界に戻るためにはその世界を【ハッピーエンド】にしなくてはならないと言う。果たして2人の運命やいかに……ってところで大体ここまでがさっき言った8000字近くだ」
「ストーリー的には結構王道な方ではあるな」
「どの作品でも青年+美少女も鉄板だしな。主人公が強制的に能力付与されてるんだろうな、っていうのは分かるし、良い意味で旧来のライトノベルらしいライトノベルな感じがする。流行りのいきなり無敵で最強で……みたいなノリでは無さそうだと思ったかな。個人的には人狼+美少女の組み合わせは加点ポイント」
「拓也さん、レビューで自分の性癖を優先するのは止めて貰っていいですか?」
「はい、すんません」
「拓也の性癖はどうでもいいとして、文体の方はどうなんだ?」
「基本的に背景で説明するより会話文で説明するタイプだな。文章は状況説明くらいで心情表現は余り無い。ただしつこく描写がある訳でも無いから、読んでて疲れ難いのは良いな」
「基本的な部分に問題は無さそうなくらい、しっかりしてるって事だな」
「たださっきも書いたけど、基本的に台詞で説明するタイプだから……主人公の様子がおかしかったのに、それをいきなり本人がスルーしてるのは引っ掛かったかな。無意識だとしても、一瞬くらい違和感を覚えるような描写が欲しかった気はする」
「例えば?」
「意識が一瞬違うものに支配されて、それから回復すると『思考が一瞬遠のいた気がした』とか。無意識下の行動だとしても、視線が違う方に行って戻って来たら、自分がどこ向いてたか気が付くだろう? 一行添えるだけでもだいぶ違うんじゃないかな」
「でもさ、そういうのってあえて伏線として触れない場合もあるぞ?」
「伏線だとしたら少し露骨過ぎるかなぁ、とは思うかな。それ以外はさっきも言ったが特に突っ込むべき所があまり見当たらない、とても読み易い文章だと思うぞ。俺は嫌いじゃない。以上だ」
「最近読む方も多くなってるけど、これだ! って作品に出会うとテンション上がるな。読むのも大変だけど」
「世の中色んな人が居るからなぁ、好きなテーマが被る事もあるだろうし」
「そういえば……土産話、お前の方はどうだったんだ?」
まだ聞いていなかったからそう訊けば、言い出しっぺだというのに啓馬はなぜか言うのを渋っている様子だった。合ったはずの目線がすぐ逸らされて泳ぐ。
「えーっとな……」
「なんだよ」
「さっきの話の後だとインパクト無いなと思ってな……テレビで紹介あったシャーベットが美味かった」
そういえば旅行に行く前、食べ物は一通りチェックしているという執念を見せていたので、そこも当然行く予定だった。だったんだが。こいつ、俺が有名な所を回るの遠慮してる間に行きやがった。
「旅行先で抜け駆けするか、普通?」
「どうせ2回目行くじゃん? 下調べだよ、下調べ。美味かったから安心していいぞ!」
「食い物の恨みも恐ろしいぞ?」
「すまんて!」
謝ってはいるが顔は笑ってるしちっとも悪いと思って無さそうだ。前々からなんだが、食い気が強すぎる点だけはどうにかして欲しい。しかしまぁ、今更だ。もう散々こいつの「出かけようぜ!」という言葉に振り回されてきた。もう慣れてしまった。嫌な話だが。
「……祟ってやる」
「そこまで!?」
さっきの話もあったせいか、冗談だと言うのに「祟る」と言えば啓馬はまたしてもオーバーなリアクションを取った。現実は小説より奇なりというが、しばらく話のネタには困らなさそうだな。
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