25.藍色の愛に逢い ひきがえるさん作

 嫌な予感はしていた。

 まず、どこから入って来たのか部屋の中にデカイ蜂が居たこと。それを見て啓馬が真っ先に一人で逃げていきやがったこと。宿の女将さんも怯えてたので、刺されるの覚悟で殺虫剤貰って自分で退治したこと。その騒動のせいで、天気予報を確認する暇がなかったこと――


「どしゃぶりだったな……」

「そうだな……」

 俺達はすっかり濡れ切った洋服を絞りながら、車の中で一眠りしたいのを我慢していた。


 山の天気は変わりやすいと前の山登りの時点で分かっていたが、苺狩りのシーズンという事もあって予約していた場所に向かい、その途中でどしゃぶりの雨に打たれ、「滑り易いので今日はすみませんが……」とやはり断られてしまい、すごすごと帰ってる最中に晴れた。

 おかげで道行く人はずぶ濡れの俺達を見てギョッとした顔をしている。恥ずかしくてしょうがない。滝に服着て飛び込んだ奴みたいになってるじゃないか。


「風呂入るか……」

「だな……」

 ありがたかったのが、帰ってすぐ風呂に入れるという点だった。今年で70歳を過ぎるという女将さんが足音を立てて俺達を出迎えると「まぁ!」と驚いた顔を上げて、また慌ただしく奥へ引っ込んだと思ったらタオルを持って来てくれた。

 礼を言って受け取ったものの、啓馬が分かり易く落ち込んでいる。苺狩りそんなに楽しみだったんだろうか。

「蜂の件といい、お客さん今日はツイてなかったねぇ」

「そうですね……」

 女将さんが苦く笑ったのを見て、俺達も引き攣った笑みを返す事しか出来なかった。


「はーあぁ……」

 風呂に入ってさっぱりしたところで畳に寝転んだ。啓馬は結局暗いままでしばらく風呂に浸かっていると言って、まだ大風呂に居る。ソシャゲでもするか、と思って携帯を取り出したところで……電話が鳴った。

 見たことのある番号に慌てて通話のボタンを押す。


『やっほー、拓さん。元気?』

「里見さん……電話なんて珍しいですね」

 相手は里見さんと言って、俺の大学時代の先輩だ。俺の事を「拓さん」と呼んでるのは癖みたいなものらしく、礼儀正しくて何かと今も気遣ってくれる良い人だ。オタク仲間でもある。とは言え、住んでる場所の距離が離れてるのでしょっちゅう会う仲でもないのだが。

 だからこそ、電話とは珍しい。大体はメッセージで済ますからだ。

「どうしたんですか?」

『いやぁ、大した用事じゃないんだよ。拓さん最近イベント出てこないなと思って』

「あぁ……すみません、ちょっと……」

 本当の理由を言うべきかどうなのか悩んだが、言い淀んだ俺に里見さんは電話越しに『そっかぁ』と柔らかい口調で訊くのを止めてくれた。

『君、昔思いつめるからねぇ……心配になっちゃって』

「……すんません」

『いいよぉ、ただまぁ生死の安否だけは伝えて欲しいな。そっち色々とあったんだから』

「そうですね……お気遣いありがとうございます、里見さん」

『んふふ、くすぐったいね。そう言われると』

 のんびりとした口調で電話越しに聞こえる笑い声は、俺もなぜか耳がくすぐったくなる。

『それじゃあ……またね、拓さん』

「はい、里見さんも元気で」

 電話を切る。久しぶりに聞いた声は、メッセージでやり取りしていてもやっぱり声を聞くと違うもんだなと教えてくれた。昔はガラケーのメールでのやり取りが主だった。

(思えば、昔から里見さんには苦労掛けてばっかりだったな……)


「拓也ー?」

「うおぉっ!?」


 物思いに耽っていると声を掛けられ、携帯を落としそうになったので慌てて掴み直す。

「啓馬……」

「珍しいじゃん、電話?」

 すっかり元の調子に戻ったらしくいつも通りの様子でそう訊いてきた。一瞬、言うべきかどうするか悩み、言わなかったら言わなかったでしつこく訊いてきそうなので里見さんからだと話した。

「ふーん……里見先輩からかぁ……まぁ、拓也の様子が心配になるの、分からんでもないけどな」

「どういう意味だそりゃ」

「どっかで孤独死してそうって事だよ。お前、意外と周りの皆ハラハラさせてるの気が付いてないだろ?」

 啓馬が真面目な顔でそう言ったのを見て……まさかそんな、というのが俺の正直の感想だった。

「だってさ、皆誰かもう既に大切な奴が居るじゃないか。俺なんかが入るスペースはないよ。里見先輩だって、もう旦那さんが居るんだから普通だったらこっちに電話なんか掛けてこな――」

「お前な、人間がそんな簡単に1人に成れるもんか」

 何やら拗ねたような口調で啓馬がそう遮ってきた。顔を見れば不機嫌そうだ。そこで漸く、自分の言っている言葉がどれだけ理不尽なのか理解出来た。今まで散々世話になったというのに、嫌われるのが嫌だと怯えるくらいなら自分から離そうとしてしまっていた。

「……悪かった」

「いいよ。ただ、里見先輩に後でメッセージ送っとけよ」

「おう」

 人間関係はめんどくさいが、かと言って簡単に手放す事は難しいし、手放されると寂しいもんだ。俺が返事をすれば、啓馬は「よし!」と言った後で強く背中を叩いてきた。

「いてぇ!?」

「ほらレビューすんぞ! 切り替え切り換え!」

「分かったよ……」

 明るく笑っていて、その様子は能天気ないつも通りの啓馬だった。


 今回レビューするのは、ひきがえるさん作、『藍色の愛に逢い』だ。

 

「で、感想は?」

 温泉上がりの定番……紙パックではあるが、牛乳を飲み終えた啓馬がそう尋ねてきた。俺は唸り返すしかない。

「申し訳ないがまず率直な感想だけ書くなら『読み難い』のと『ラブコメじゃないかな』だったな」

「いきなり直球だなぁ」

「辛口評価を分かってる前提で書かせて貰うから、これはしょうがない」


「って訳で内容紹介。主人公は何もかもがそこそこな学生、『愛』ってものを忌避きひしてるような、そんな様子で過ごしている主人公のほぼ独白文で埋め尽くされてる。1話目のラストで両親の喧嘩が続いてる事と、2話目でいきなり普段から父親が日常的に母親と子供を振り回してる事が分かり、さらに離婚届けまで出てくるから内容は結構キツイ」

「ラブコメのスタートしては結構キツイ話な気がするな?」


「ラブコメの専門じゃないから今一分からないんだが、コメディ感が全体的に薄くて、しかも文章的には淡々としてるからこれを『ラブコメです』って言われて出されても俺は疑問に思うかな……ジャンルとしては『現代ドラマ』の方がしっくりくると思う。コメディ感強いのが3話で、まぁそれも1話と同じで主人公が気持ち悪いって言われてるだけだから、新鮮味が薄いのも少し残念だった」

「でも毎回ネタ考えるの大変じゃん? 使い回されてるネタって結局定番感もあると思うんだけど」

「でもここは暗い内容を吹っ飛ばせるくらいのパンチがここは欲しかったな、って気持ちになるんだよな。連載途中だからかもしれないが、冒頭は陰鬱いんうつとした雰囲気が強くて、登録ジャンルがラブコメだったから思わず二度見した」

「あぁ、なるほど、ギャップに驚いてた訳な……じゃ文体は? 最初に『読み難い』って言っちゃってたけど」


「1ページの文字数が2000字以下と短いのと、文頭が空いてなくて、台詞が他の文字で埋まってるし、一行ずつで区切るやり方で隙間がないのは良い事だけど、もうちょっと詰めたり開けたり、少し見えやすくする工夫が欲しかった。三点リーダーも、『…』じゃなくて『……』にしたりとか。申し訳ないが基本的な部分がブレてると、よっぽど興味引く内容じゃないと俺は読むのしんどいかな」

「もう若くないからなおさらだろうなそこは」

「うるせい、自覚はあるわ」

「まぁ……それ抜きにしても、WEB小説は色んな書き方の癖持ってる人が居るけどな」


「確かにそうなんだが……それでも、基本的な部分はきっちりと押さえておいた方が後々役に立つと思うぞ。ただでさえ読者はつまらなかったら即切るし、そこ以外の『見慣れてない文章』で読むハードルを自分から上げるのは損だと思う」


「後、『そこそこの「才色兼微」』って元が『才色兼備』で女性に使う言葉を男性に使っている造語らしいが。これコメント欄見て『わざとだ』って書いてあったから少しそこにも突っ込ませて貰うと、だったら『これは女性に使う言葉で造語だけど』って一言添えた方がいいし、何のフォローもないなら、分かる読者は『誤字してるし誤用か?』って思うんじゃないかな」

「まーた厳しい意見ばっかり続いてるけど、良いと思ったところはどうなんだ?」


「ほぼ主人公の独白で、荒れた家庭環境からも愛情に対して抵抗があるのは分かり易いんだが、いかんせん語り手としては婉曲えんきょく的というか……えらく誌的な語り方するから、それがますますラブコメっぽさは遠ざけてるような気はしたかな」

「あぁ、たまに居るよなそういうタイプの語り方するやつ」


「そうそう、逆に言えば、その回りくどくて何かと言い訳っぽいというか、主人公がやたらと思考を巡らせて立ち止まりやすい性格ってのは分かり易かったと思うぞ。背景もあって共感はし易いし、文体さえ整えたら伸びそうだと思うが……だけど、その内容的にも俺が今公開されてる文を見た限りでは『ラブコメ』とは思わないかな。俺からは以上だ」



「相変わらずの辛口コメントだなーお前ー」

「うるさい、真面目にやろうと思ったらこうなるんだ」

 アップロードを終えた啓馬が呆れ顔でそう言ったが、俺の返事はいつも決まっている。どうしても気になるものは気になるので、仕方がないと割り切るしかない。

「じゃあさっきヒートアップした分もこれで冷やしな」

 啓馬がそう言って取り出したのはコーラだった。

「温泉上がりにコーラて……」

「お前牛乳そんなに好きじゃないだろ」

「好きじゃないというか、すぐ腹痛くなるからだよ」

「飲まないなら俺が飲む」

「貰わないとは言ってない」

 プシュ、と炭酸の抜ける音が心地よく響いた。一気に傾けると、砂糖だらけだろう健康に悪そうな味がして美味い。温泉上がりの炭酸も悪くないな、と思ってると啓馬が「俺も飲みたくなったなぁ」と言って立ち上がった。

「俺も炭酸買って来るわ」

「牛乳飲んだ後に炭酸……?」

「意外とイケるぞ」

 口の中に牛乳の味が混ざったような、そんな気がする。舌の上で牛乳とコーラが混ざっていく想像をして、なんとなく気持ち悪さを覚えた俺を後目しりめに啓馬はニヤリと笑ってから部屋の外へ出て行った。


「理解できん……」

 小さな缶コーラを飲み干した俺はそう呟いていた。

 食への執着心は、いつも通りの啓馬と言えど俺はいつまでも予測出来る気がしない。

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