23.終末世界は電子と白く 結月Kさん作
旅行に行く度に思うが、お土産の安っぽいコーンと派手な色のソフトクリームを組み合わせを見た瞬間、なんでこうも欲しくなってしまうのだろう?
先ほどは寒かったはずなのに、いざ山から下りればすっかり元通りで、今は少し涼しいくらいの気温だ。早速啓馬がアイスを買って来たが、どこかの店に必ずあるようなソフトクリームじゃなくて、限定品らしきカップに入ったアイスだった。
一口含めば味は薄い。けど、悪くはない。
「んー、運動後のアイス最高!」
「さっきまで寒かったはずなのに、山の天気は不思議だな」
「あれ味わうと『山の天気は変わり易い』ってほんとなんだなと思うよな」
先ほどまで居たはずの山を見上げると、霧が頂上を隠している。ゲームでこういう山のダンジョンあったな、なんてあまり関係ない事が頭に過った。山の下から上へとワープする魔法が無くても、俺達にはゴンドラリフトっていう便利なものがあったんだが。
だから、運動後、というよりは長い散歩に近い。それでも汗は出たから不思議だ。
「んじゃ、帰ったら今度は風呂だなー」
「また牛乳飲むのか?」
「拓也は無理しなくていいぞ、牛乳で腹痛くなるだろ?」
「そう言われると飲みたくなるんだよなぁ」
「うわー、天邪鬼!」
そんな話をしながら車に乗り込むと、俺達は再び温泉街へと戻って行く事にした。拓也が行きたい場所は、良い温泉があるところ……ではなく「温泉街にある普通の温泉」との事だった。要するに、一般客の居る所だ。
「温泉の質がどれくらい違うのか確かめてみたくないか?」
「あんま興味ないけどなぁ……」
それでもまぁ温泉に変わりは無い。特にこれと言った反論もせずに向かっていくと、番台の居る所や室内、外で猫がくつろいでいるのが見えて、違う所でテンションが上がってしまった。
温泉街は街全体が蒸気に包まれて温かいからか、野良猫がよく集まるらしい。こちらを見て愛嬌よく丸い目で見上げてくる猫の耳には三角の形に小さく傷が合った。去勢された証拠だ。たぶん地域猫だろう、撫でてやると機嫌良さそうに目を細め、喉が鳴った。
「満足した」
「お前犬派だろ?」
「犬派は別に猫嫌いじゃないぞ」
写真を撮ってるとおじさんやおばさんが猫の説明をしてくれた。ほぼ捨て猫との事で、この近辺で子猫が捨てられたら犯人を捕まえる事もあるらしい。温かい場所で凍える事がないように……なんて偽善なのかもしれんが、その優しさ見せるんだったら最初から捨てるなよ、という話が全員の口から出て来た。
それでも、地域猫になった猫は凍える事がないのは、この町の人達の猫好きなのもあるんだろう。皆、それぞれ家に寄って来る猫の誰が可愛いかの話もしていた。
「昔は猫怖かったんだけどな」
ふと、灰色の猫の写真を見た瞬間に昔の事を思い出した。
「怖かったぁ? なんで?」
「いや、猫の喉が鳴るのって威嚇だと思ってんだよ」
「んな訳ないだろ」
スマホを見ているせいで姿は見えないが、呆れたような啓馬の声が聞こえる。
「そうなんだ、そんな訳ないのに、知らなかったんだよなぁ……あー、猫可愛い」
「急に話変わっていったな……。おーい、猫愛でるのも良いけど、レビューも進めるぞー」
「そうだった。今から見るわ」
スマホから顔を上げると時刻は5時頃、夕食を食べるにしても、まだ時間はある。俺は早速、啓馬から教えて貰った作品名を検索して、閲覧し始めた。
今回レビューするのは、結月Kさん作、『終末世界は電子と白く』だ。
「で、感想は?」
「う~~~~ん……」
これは唸らざるを得なかった。どう言ったもんかと、俺は食い終わったアイスの空に入れていた、平たい木のスプーンを齧る。行儀は悪いが、言語化するに当たって難しい場面だ。勘弁して欲しい。
「あの、拓也さん?」
俺の様子が違う事に、啓馬も驚いたようだった。
「……これは、難しい」
「えっ、何が?」
「上手く言語化出来るか分からないんだが、まず結論から言ってしまうと俺よりレベルが高いっていうのは、話の流れを見れば一発で分かる。洗練された文章に、選んでる言葉も使い回しがない。最初という事もあってキャラクターがまだ少ない事もあるかもしれないが、文字運びが綺麗だ。表現方法が若干違和感を覚える所があった事以外、高水準なのが分かる」
「ほぉ~、あの捻くれ拓也から見ても、レベルが高い人だってハッキリ分かったんだな!」
「捻くれは余計だろうが。さすがに一目見て『あっ、これ格上だ!』って直感が働くくらいには分かる。で、その分かった上で、序章から、1話と2話の……12071字で2000字くらいオーバーしてるが、まぁ誤差の範囲内だし、そこ含めた話をするな」
「じゃあまず世界観から行ってみるか」
「氷に包まれた日本で突然目覚めた主人公、辺りに人が居ないから誰かを探し続けている最中、爆発音と同時に負傷した謎の少女と出会う。そして、今にも死んでしまいそうな少女から『私を殺して』と頼まれる……1話はこんな感じだな」
「中々衝撃的かつディストピア作品なスタートだな!」
「荒廃した雪の世界観と、戦車や銃火器にカッコよさを覚える人にはオススメな世界観だ」
「じゃあ……なんで唸ってたんだ、どこも悪く無さそうなんだろ?」
「まず単刀直入に言うが……1シーンが良い意味でも悪い意味でも長くて、読んでいて『ここ削ったらもう少しスッキリしたんじゃないか』と思える所がちょくちょく合った。だがこれは世界観の構築を少し削る事になるから、削る場所をどこにするかで難しいところだと思う」
「あぁ、それで唸ってたのか」
「例えば、1話のラストから2話の中間、出会った少女に『殺して欲しい』と懇願されるシーン。最初は主人公の驚いて訊き返すセリフから入っても良かったと思うし、心臓マッサージのシーンは正直要らないんじゃないかと思ったかな」
「でもさぁ、削り過ぎても淡々としていくから、説明があるのは良い事だと思うんだが?」
「主人公の混乱状態を描くんだったら、既に凍り始めてるような状況なんだし……超常現象に対して心臓マッサージをするより、たぶんナイフを振り下ろしながら『凍っていく少女を見て動機が早くなった』とか『無意識に何度も浅い呼吸を繰り返し、冷気のせいか肺が痛くなった』とか、主人公の状態を説明した方が個人的に分かり易い上に短く済むんじゃないか……と思ったな」
「つまり、表現自体は悪くないけど、別の方法を取った方が良さそうだなって事か?」
「最初の1話も日本の説明より『ビルの砕けた硝子に残っている字は、有名なチェーン店の名前、次に視界に入ったのは割れたケーキ屋の看板、遠くで崩れてるのは家電の店……』みたいな、テンポ重視の方が主人公が呆然としてて、目が泳ぐというかうろついた事が分かるんじゃないのかなぁ、とか」
「なんかさっきから若干自信無さげだな」
「いや、俺の文って基本的に軽いからさ……例え話はしてるんだけど、この作者の人の文体に合わないのは100%分かるんだ。だから、これはあくまで分かり易さの話として考えて欲しい」
「だから俺的には、文体を見てると作者の人は構築が緻密で、説明不足があったら嫌だと思って説明文を付け足してるんじゃないか、と考えてるが……それが逆に『説明があり過ぎじゃないか』と思う点だったかな。少女を覆っていく氷の説明もそうなんだけど言い回しの選択肢が豊富なだけに、全部使ってるような感じがするというか」
「でもさぁ、一文一文はすらすら読めるんだろ?」
「心情の吐露も悪くはないし、読むスピードは出せても緊迫した場面で『ここにこんな文字数は要らないんじゃないか?』と説明の長さでだれていく気がしたかな。2話の戦車登場からの、組織のリーダーっぽい人が狩られたシーンは物凄くシンプルに近い状態にまとまって、ここは3000字近くなのに、2話は後半で会話文の代わりに説明文が入って、同じくらいの文字を使ってるんだよな」
「なるほど……つまり、拓也が思うに『余計な部分』が少し多すぎる気がしたんだな?」
「平たく言うとそうなんだが……さすがに序盤だしなぁ……作者の人が『どうしても必要!』と思う部分だったらさっき言った所も残した方が良いだろうし、こればっかりは作者の人次第になると思うんだよな」
「んじゃ、まとめいくか。全体的にどう思ったんだ?」
「言葉選びそのものは綺麗だから『言葉の選別』というか、説明に削りを入れても土台が安定してるし、大丈夫そうだと思える。最初に言ったけど、さすがにこれより俺の方が面白い!とは言えないくらい文体のレベルも高いから、そこさえやって貰えたら、もっと読み易い気がした……俺からは以上だな」
「やっぱり知らない事が多いんだなぁ、と実感させられる瞬間は何歳になっても来るよな」
「あー、あるよな。まずい食材の上手い料理方法とか」
「なんでも食に例えるのはお前らしいけど、まぁそうだな」
昨日の夕食は肉があったが、今日は魚メインらしい。毎食メニューが変わると見たことない食べ物に出会う。四角だし豆腐かと思ったら、魚のすり身を揚げたものだと言われて驚いた。
鍋の湯で、白身魚の端が丸くなっていくのは食欲がそそられる。
ただ添えられた昆布豆の甘さに落ち着く一方で、見たことない料理はどれから箸を付けたもんか迷うんだけどな。
「拓也、このなんかよく分からんやつ美味いぞ!」
「よく分からんっていうのに勢い凄いなぁ、お前は……」
目の前の男の進んで行く精神を見習って食べて見ると、程よい苦味で確かに美味かった。これも感触的には豆というか、銀杏の味がする……だが何か分からなくてモヤモヤするなぁ、後で写真から調べてみるか。また小説の資料が増えそうだ。
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