明日を求めて
目を覚ましゆっくりと体を起こす。
葵がリビングの方の椅子に腰かけて僕の方をじっと見つめているのが見え、声をかける。…しかし彼女はなにやら思い詰めたような顔をしていて、それに反応することは無かった。返事がないことに違和感を抱き彼女をよく見てみれば、葵は僕ではなく、僕の先の何かを凝視していた。どうしたのかと振り返って見てみれば、キッチンの風景がなんとなく水面のように揺らいで見えることに気がつく。時折その景色は大きく揺れて、その向こう側に暗黒がちらりと見えた。
しばらくするとそれは収まり、僕らの沈黙は葵によって破られた。
「…ごめん、たまになるの。気にしないでね」
気まずそうに笑った葵、その時僕は昨日の日記に「最近不安定で景色が揺らいで見えることがある」とあったことを思い出した。これの事なのだろうか。
はあ、と僕はため息をつく。昨日自分の中で繋がってしまった事象は、とても酷な現実を示していた。__おそらくもう少しで、彼女は死ぬのだ。
時間が無いので噛み砕いて説明する。
まず、この世界は彼女の夢だ。ここは現実世界とはかけはなれた場所であり、彼女が幸せを求めてやってきた場所である。現実の葵はきっと重い病気かなにかなのだろう。親の遺伝の。
彼女は夢に逃げたのだ。その夢に迷い込んだのが僕。僕は…きっと、病気か事故だろう。左足の痛みもそのせいではないかと考えている。
そして…世界が不安定である、ということは、彼女の力がもう少ないということ。もう、彼女の死期は近いのだ。
「そらくん?どうかした?」
険しい表情をしていたのだろう。葵は心配そうに僕を覗き込んだ。
僕にできることは、なんだろう。日記を見てしまったことを彼女に打ちあけ、残りの時間を一緒に過ごそう、と言う?それとも、何とかして彼女を生かす方法を探す?
そんなの一択だ。彼女には…生きていて欲しい。僕は葵が好きなんだ。
意を決して息を吸い込む。
「…葵、」
でも、僕は何も言わなかった。
否、言えなかった。
僕が名前を呼んだ瞬間、彼女が酷く悲しげに笑ったからだ。
「…気づいちゃった…よね。きっとそらくんの考えている通りだよ」
今にも泣き出しそうな顔で彼女は話を続ける。
「ありがとう、そらくん。でも…、これは定められた運命だから。あなたは現実世界で事故に遭ったのよ。昏睡状態に陥って、私の入院する病院に運び込まれた。…私が死ぬのが運命なら、私と君がこうして出会えたことも運命。もういいの。最期に君に会えたんだから…、未練なんてないから、死ぬのも怖くないよ」
そうやって笑う彼女を見て胸が痛くなる。どうして無理して笑うの。死ぬのが怖くないって、嘘だよな。だって、君は、
「…そんな辛そうな顔して怖くないとか。そんな嘘、つかないでくれよ…!」
葵は涙を流したまままた笑って、その長い髪を揺らす。
僕は自分自身の思いを抑えられなくなっていた。嫌われてしまうかもしれない、そんな気持ちを振り切って、僕は、叫んだ。
今も窓の外には、怖いくらいに美しい夜明けが広がっている。
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