第1章5話 負けイベントと謎のメイド

 意気揚々と籠手を装着したまま市を見て回るリヴァに付き合っていると、威勢の良い呼び込みの行き交う一角に差し掛かった。


『アルマリザードの鉤爪、誰か買わないか! 四つで四〇〇レインだ!』

『誰かファルスオウルの化羽根買わないか! 一束で一〇〇〇レインでいいぞ!』


 それは、恐らく冒険者や傭兵が、小遣い稼ぎに魔物を狩り、その部位を売りつけようとする声。

 ギルドでも部位は買い取ってもらえるが、こういう場所なら商人に直接買い取ってもらえるので、少しお得なのだ。当然、それ目当てで行商人も集まるので、野営市はより一層活気づく訳だ。


「凄い熱気ね! あれって魔物の部位を売っているのよね? 実は私も、角ゴブリンの角とか売ったりしたことがあるんだけど……聞いたことない魔物の名前が沢山! 私もあんな風にお金稼いだり出来るのかな?」

「出来るさ。ただ、舐められないようにある程度のランク、評価を示す何かがないと難しいかもしれないね。そろそろどこのギルドに入るか決めたのかい?」

「うーん……まだ! 主都で適正検査って出来るよね? それである程度方針って決められるんだよね? それ見てから決めようかなって」

「なるほど。懐かしいな、俺も昔受けたよ、それ」


 実に懐かしい。我が化け物ステータスの詳細な数値が実際に表示される事はないが、その資質が五段階評価で表されるのだ。俺は当然、全適正が最高値でしたとも。

 当時は獲得合戦も起こりそうになり、内心『こんな体験が出来る日が来るなんて』と感動していたものだが……結局冒険者ギルドに入ったな。一年で抜けたけど。


「私はきっと剣技適正が最高の金色になるはずよ! きっと引っ張りだこになっちゃうわね?」

「だといいけどなぁ」


 そうしてさらに市を見て回っていると、少し屋台の少ない、広場のような場所に出た。

 だが、どうやら人が集まっているらしく、なにやら剣戟の音が周囲に響いているようだった。

 ……来たか。


「なになに!? 果たし合いとか!?」

「いや、たぶん賭け試合か何かじゃないか?」


 周囲の人間に何が起きているのか尋ねてみると、どうやら賭け試合が本当に行われていたらしいが、それを取り締まる巡回の騎士ギルド所属の騎士に、腹を立てた男が襲い掛かっている最中らしい。

 少し流れが違うな。その話に好奇心を刺激され中心部へと向かうと、まさに荒くれといった風貌の男が、大きなハンマーの柄を切り裂かれ、しりもちをつく場面だった。


「連行なさい。野営市内での私闘は禁止されていると知らないとは言わせないわ。集まっている人間も散りなさい、見世物ではなくってよ」


 勝利した騎士は、兜こそしていないが、間違いなく『全ての部位を揃えている騎士』だった。

 それだけではない。その『女性』は、背に騎士ギルドのエンブレムが刺繍されたマントを羽織っている。つまり……。


「……騎士ギルド副団長“クレス・リズローズ”はは……まさかすぎるだろ、こんな大物」


 恐らく、これも流れが変わっているから、だろうな。幾ら負けイベントが発生するといっても、こんな大物が出てくるはずもない、か。

 俺と同じような金髪に、綺麗な翡翠色の瞳。凛々しい顔立ちに、すらりと伸びた手足。

 ゲーム時代、伊達に開発陣の中でも一番人気だったデザインじゃあない。

 ……本当、久しぶりに見た今でも綺麗だよ、君は。


 と、その時だった。後ろから押し出されるようにして隣までやって来たリヴァが、何か話を断片的に聞いて勘違いしたのか、ウキウキとした様子でそのまま前へ出て行ってしまった。


「私やる! 次私が賭け試合する! 貴女がお相手さんね、いざ勝負! あ、お金って二〇〇レインで大丈夫よね? さっき使っちゃったからあまり出せないの!」


 ちょー!?


「待て、戻れリヴァ――」


 意気揚々と勝負を挑むリヴァを引き留めようと声をかけるも、時すでに遅し。

 騎士ギルド副団長様が、まさか堂々と喧嘩をふっかけられると思っていなかったのか、それもどう見ても田舎から出てきましたと言わんばかりの一張羅に剣と籠手だけを取り付けた娘さんが現れると思っていなかったのか、固まってしまっていた。

 が、堂々と禁止事項を破ろうとするその娘に向かい――


「お仕置きが必要なようね、お嬢さん。世間知らずを後悔なさい」

「ふふん! 剣には自信あるんだからね! よーし勝つわよー!」


 負けイベントが過ぎる。さすがに止めなければ。


「すみません、その子田舎から出てきたばかりで世間知らずなんです、どうか見逃してもらえませんか! リヴァ、この人は取り締まりの騎士さんだ、悪い事は言わないからやめなさい」

「え? 駆け試合って悪い事だったの? ……じゃあ今のなしでお願いします……?」

「……まぁ連行は大目に見てあげましょう。ただ剣に自信があるのよね? いいですわよ、では田舎から出てきたばかりという貴女に、少しだけレッスンをして差し上げますわ」


 あ、これもう止められないヤツだわ。完全にスイッチ入ってるわこのお姉さん。

 ……本当、好戦的ですな貴女は。


「えっと……じゃ、じゃあ腕試しって事で……いいんですよね?」

「ふふ、ええ。どうぞ、かかってらっしゃい」


 それは私闘にならないんですかね。一応稽古って事なのか?

 いつの間にか、散っていたギャラリーが再び集まっている。そしてこっそり賭けも行われているが、黙っておこう。

 ちなみに、賭けの対象は勝敗ではなく『何分持つか』だそうです。

 ……まぁ元々の敗北イベントは、誰が相手でも『気絶させられて終わり』だ。

 それよりは遥かにマシだ。気絶って実は結構危ないんだぞ。

 そして、最初こそ遠慮がちだったリヴァが剣を引き抜き、両手で構える。


「行きます!」


 踏み込み。その洗練された踏み込み、脚力は、想像以上の加速を生み瞬時に距離を詰める。

 そして正確に自分の間合いを理解しているからこそ、そこから流れるような一撃が繰り出された。

 だが、難なくそれを弾かれる。そして返す刃がリヴァを襲うも、なんとか剣での防御が間に合うが――大きく弾き飛ばされ、後退してしまっていた。


「すっごい……」

「本当に自信があったのね。さっきの男よりも遥かに良い動きよ」


 それには俺も同意だし、周囲も驚いている。防げただけでも称賛ものだ。

 そして、今度はクレスから攻めに入る。

 明らかに、剣速がリヴァよりも速く、目にも止まらないそれを、かろうじて剣で受け、時折受け流す事にも成功している。だが……剣戟が鳴りやまず、防戦一方だった。

 確かにリヴァは強いし、才能にも恵まれている。俺だって鍛えた。だが、さすがに相手が悪すぎる。少なくともゲームとしての彼女のポジションは……自陣営最強の一角。

 まさしく万人が仲間にしたいであろう、最高の性能を誇っていた。つまり、現実世界でもそれは同じという訳だ。副団長の肩書は伊達ではない。


「あの嬢ちゃんすげぇな……もう三分以上耐えてる」

「くそ、大損だ大損! なんつー嬢ちゃんだよ」


 そうだろうそうだろう。だが……クレスも熱くなっているな、想像以上に戦えるリヴァを前にして。


「貴女凄いわ! いいわ、いいわよ貴女! 有望、有望株よ! ほら、切り返してごらんなさい!」

「ヒッ! ちょ……激しっ! クッ!」


 そして、本当にリヴァが強引に切り返す。

 だがそれすらも読んでいたかのように躱され、再び防戦に追い込まれる。

 だが――一際大きな一撃が放たれ、それを防いだリヴァが体勢を崩した。

 そしてその音に微かな違和感を覚え――


「っ! そこまでです。今の一撃でリヴァの剣が折れました。次の一撃で確実にリヴァが大怪我をしてしまう。落ち着いてください、これは訓練でしょう」


 駆け寄りリヴァを後ろに突き放し、同時にクレスの剣の根本、柄を掴み取り動きを止める。

 途中からハイになっていませんでしたか貴女。リヴァもドン引きですよこれ。


「え? あ!? ヒビ入ってる! しかも少し曲がってる!」

「あー、それ寿命だってさっきも聞いたろ?」

「折れちゃった……せっかく貰ったのに……寿命なんだよね……私の所為じゃないの?」


 すると、心底悲しそうに剣を撫でるリヴァ。……そこまで大事にしてくれていたのか。俺はもう、ただの消耗品のような感覚でプレゼントしたのだが……そうか。


「そっか……折れちゃったか……」

「よく、そこまで使いこんでくれたね。主都についたら新しい武器を買おう。また……プレゼントしてあげるよ」

「うん……」


 しんみりとした空気が漂い、成り行きを見守っていたギャラリーもそれを感じ取ったのか、少し静かになっていたのだが、まるで慰めるようにリヴァへの称賛の声が上がる。


「すげぇぞ嬢ちゃん! 騎士ギルドの副団長相手によく戦ったぞ!」

「良いもん見させてもらったぞー! 泣くな泣くなー!」

「俺がなぐさめるぞー! ほら笑えー!」


 最後のお前、顔覚えたからな。

 だが、その声に少し元気を取り戻したのか、少しだけ晴れやかな表情で立ち上がるリヴァ。

 これで一件落着かと思ったのだが……。


「……貴方も中々やりますわね。あの一瞬で私を止めた……見たところ戦士という訳でもない……何者かしら? まさか貴方も田舎から出たばかりの世間知らず……という訳でもないですわね? 名乗りなさい」

「や、しがない商人なんで申し訳ない。さすがに同郷の仲間が危なかったんで、必死でつい動いただけですよ」

「……そう。熱くなっていたのは認めるし、剣の不調を見逃したのも事実。追及はしません。リヴァ……と呼ばれていたわね? 中々楽しめましたわ。是非、騎士ギルドの門を叩きなさい。貴女なら歓迎するわ、いつだって」

「え……は、はい……」


 さすがに、このクラスの人間を誤魔化すのは無理がある、か。

 だがある意味では、リヴァがこの段階で実力者と顔が繋がったとも言えるな。これは大きな意味があるのではないだろうか?

 まぁ騎士ギルドに入るのは……正直避けて貰いたいところなのだが。


「これで失礼するわ。それとこれ、新しい剣を買う足しにして頂戴。先程の賭け試合で没収したお金よ。私の権限で与えます」

「え、いいんですか!? やったよケイア! お金こんなに貰っちゃった!」

「え、ちょ……」

「ケイア……そう、貴方ケイアっていうのね」


 クレスに なまえが つたわってしまった!


「じゃあ失礼します。また縁があったら会いましょう、お二人とも」

「は、はい! ケイアケイア、どうしようこんなに大金……恐いから代わりに持ってて!」

「っと、了解。……こんな大衆の面前で渡すとか危ないだろう……クレス副団長」


 とりあえず俺にみんなの前で預けたのは正解だぞ、リヴァ。

 もう既に何人かの視線を感じる。おおかた、さっき取り締まられた連中の誰かだろう。

 金を取り返したい、ってところか。


「リヴァ、そろそろ野営地に戻ろうか。ジェシカさん達と夕食の準備をしていてくれ。俺はちょっと知り合いに挨拶してくるよ」

「うん、分かった。じゃあ先に野営地に行くね」


 そうして、彼女は人通りの多い通りへと向かい走り去っていく。

 ……そして俺は、さらに人通りの少ない、森林地帯へと一人向かうのだった。




 野営市はその性質上、後ろ暗い人間の闇取引や、先程の賭け試合のような非合法な事をする連中だっている。だがその性質が故に、しっかりと巡回の人間もおり、極力そういった騒ぎが起きないようにされている。

 大方、先程の賭け試合も、まさかクレスのような大物、察するに騎士ギルドの小隊クラスの人員がここにいるとは思っていなかったから、あんな事になってしまったのだろう。

 そして……本当に後ろ暗い人間同士のいざこざは、野営市から少し離れた場所で引き起こされる。定期的に、付近の森で行方不明者の『死体』を探す事だってあるのだから。

 つまりそう……これも暗黙の了解ってヤツだ。

 そしてその『行方不明者が死体になってしまう森』に、俺は一人で向かったという事はつまり――


「そろそろ出てこい。諦めが悪いよな、そこまでして金を取り戻したいか?」

「なんだ、随分と都合が良いと思ったが、最初から分かってやがったのか」

「兄ちゃん、有り金全部なんていわねぇ、さっき受け取った金を置いていきな」

「命まではとらんよ。少々浮かれていてな、ついつい我らの有り金の殆どが――」


 四人。あからさまに『脛に傷持つ人間でーす』と言いたげな、覆面のような布を顔に巻いた連中が俺を追い、森へとやってきていたのだ。


「悪いね、これは連れが受け取った金だし、既に騎士ギルド管轄の金になった物を正式に受け取った物だ。諦めな」

「状況分かってないかおめぇ。ここじゃ死体なんてゴロゴロ転がってる。その意味分からねぇのか?」

「分かっているさ」


 最後のチャンスだったんだよ今の。実はね、結構ピリピリしてたんだよ俺も。

 想定外の展開と、想定外のピンチがリヴァに襲い掛かっていた先程までの出来事に。

 だからな、お前さん達は運が悪かった。そっちもこっちを最悪殺す気だったんだし、いいだろ? 悪いが彼女のように綺麗な人間じゃないんだよ、俺は。

 一瞬。まさに一瞬で、四人の首が一八〇度折れ曲がり、崩れ落ちる。

 殺す気なら、殺される覚悟も持ち合わせていたよな、当然。

 この世界は平和な異世界、楽しく冒険しましょー! って感じのゲームじゃないんだよ。

 そう、ゲームじゃない事はもう百も承知なんだよ、俺は。


「……もう少し、周囲の状況を見て行動してもらいたいな。リヴァもクレスも」


 まぁ尤も、まだ経験の浅いリヴァを責めるのは可哀そうだ。

 今回は……ちょっとクレスさん。貴女が悪いと思いますよ俺は。

 そして俺は悪くない。本当、随分慣れてしまったよ、同じ人間の命を奪う事に。


「……汚い人間だって、思われたくないのかね、俺。傲慢過ぎるだろ」








 野営地に戻ると、ジェシカさん達がこちらの夕食の準備を手伝ってくれていた。

 いやぁ申し訳ない、ちょっと野暮用がありまして。


「おまたせ。いやぁ……ここまで来るのも三年ぶりだからね、色々懐かしかったよ」

「あ、おかえりー! 今ね、サザリーさんにさっきの事話してたの。サザリーさんも騎士ギルド所属だから、さっきのクレスさんの事、知ってるかと思って」

「いやはや……後で挨拶に向かわないといけないな。まさかここまで第一巡視隊が足を延ばしているとは……しかしリヴァ嬢が副団長と手合わせをして認められたとは……ふふ、これは頼もしい後輩が生まれるかもしれないな」

「んー、そんなに見込みがあるなら傭兵の方が稼ぎも良いわよ? 危険な任務も多いけど、実力があればガッポリなんだから」

「私の紹介で冒険者ギルドに入ったって事にしたら、私の評価上がったりしないかなぁ?」

「ふふ、教団も本腰を入れて獲得した方がいいかもしれませんね。お綺麗ですし腕も立つとなると、皆の良い導になれそうです」

「俺はそうだな、どこでもいいから、もし所属したら格安で護衛依頼を頼みてぇな」


 もうすっかりこの段階で獲得合戦が始まりつつありますな。鼻が高いぞおじさん。

 すると、食事の用意をしていた一団から、ジェシカさんがこちらに近づき、小声で耳元で囁く。


「……ケイアさん、貴方血の匂いがするわね。詮索はしないけれど……あまり、あの子を心配させるような事はしないでね」

「……いえ、これはちょっと荒っぽい知人のところで揉まれただけですよ。全員が全員ではないですが……中々、傭兵も一筋縄でいかない人種が多い……って、当然知ってますよね」

「ふぅん、そういうことね。ええ、対人……殺し専門の人間もいると聞くわ。そういう連中とつるむのもほどほどにね」


 ……危ない危ない、ジェシカさんもかなりのやり手そうだな、こりゃ。

 なんとか誤魔化せたけれど、今後は気を付けた方がいいな。




 翌朝、主都に向けて最後の行軍開始。とはいえ、早朝に出て到着は夜遅くになる予定なので、かなりの長旅になってしまうのだが。


「主都に近くなっても、結構あちこちに分かれ道ってあるのねー? ケイア、この辺りって詳しいの?」

「ふふふ、行商人だからね、この大陸の事は網羅しているさ。あっちの東の道を行くと『エベルの町』、ここは工芸品や芸術作品に使うインク、染料を主に扱う町だ。西の方は『ヘイムダース砦』ここは、西に広がる夢魔の森から溢れる魔物を押しとどめる、激戦区だね。主に傭兵ギルドの人間の活動拠点になる事が多い」

「へー! 主都の事は色々教えて貰ったけど、それ以外の話ってあまり聞いて事なかったから新鮮ね! じゃあじゃあ、ドラゴンってどこにいるのかしら!?」


 まるで子供のように目を輝かせるリヴァが可愛すぎる。一緒に他のみんなが馬車に乗っていないのが悔やまれる。こんなに可愛いのに。


「ドラゴンなー……半ばお伽噺みたいなものだけど、険しい山脈の果てに生息しているとは言われているよ。時折、夢魔の森に餌を探しに来る事もあるんだけど、そういう時は森の魔物が活性化してね、砦じゃ抑えきれなくて、街道に放出して、主都の冒険者や騎士総出で迎え撃つんだ」

「うわぁ……大変なのね……やっぱり物語みたいにドラゴンを一人で倒すなんて無理なのねー」


 まぁ……ゲームならまだしも、現実世界では無理な気はする。ただし俺を除く。


「どこに入ろうかなー……本当。適性検査ってどういう事するの?」

「俺の時はそうだな……狭い部屋に入れられて、そこの壁一面にびっしり魔法の紋章が刻まれていて、それで人の資質をある程度調べられるんだ。まぁ資質なんて関係なしに、努力と経験でのし上がる人だっている。もしも思ったような結果を得られなかったからといって、悲観する事はないよ」

「へー! じゃあケイアはどうだったの?」

「魔法適正『金』剣士適正『金』神官適正『金』戦士適正『金』学者適正『金』商才『銀』芸術センス『銀』っていう千年に一人の逸材でしたが?」

「はいはいそうですかー。いっつもはぐらかすよね、ケイア。別にどんな結果でも笑わないのにー」


 実は全部実話なんですが。まぁ結局なにかの異常って事で片付いたし、俺も目立った事はしていなかったし。……まぁそれでも『ある件』で冒険者を辞めさせられたのだけど。


「私ねー、もしも剣の適正が金だったら……傭兵になろうかな? お金、いっぱい稼げるんだよね?」


 なぬ!? それは全力で阻止せねば! 純朴だから、昨日のジェシカさんの話本当に信じてしまったのか!?


「おすすめはしないかなー。リヴァ、任務で俺殺せる? 時には商人が競合相手の商人を闇討ち、そうでなくても『違う派閥に属する人間を殺して欲しい』なんて依頼だってあるんだぞ? まぁそういう暗殺紛いの仕事は……通常の傭兵には回ってこないけど」

「……そうだった……ジェシカさんも同僚と殺し合いだってありえるって言ってた……」

「俺は、そういう目にリヴァにはあってもらいたくないかなー」

「じゃ、じゃあ騎士! クレスさんに褒められたし、うまくやっていけるかも!?」


 そっちもダメ! 色々理由はあるが、それは特にダメなんです!


「規律が厳しいから、もともとそういう気質じゃないと合わないかもしれないけどね。それに貴族に対しての振舞いも勉強しなくちゃいけない。個人の力で出世するのは、中々難しいかもね」


 いかん、リヴァの人生の選択だというのに過剰に俺が口を挟んでいる。

 だが……出来れば、危険の少ない道にいってほしいんだよなぁ……。


「むむむ……でも、それくらいなら私、物覚えいいよ?」

「リヴァは賢いからね。ただ……騎士は基本的に宿舎暮らしだからね、自由な時間は少ない」

「あ、じゃあパス。うーん、結局冒険者になるのかなぁ? ケイアもそうだったんでしょ?」

「そうだね。あそこはいわば『戦士になりたての人間が、自分にあった道を探す為の場』でもあるからね。冒険者としてバリバリ活躍する人や、途中で他のギルドに転向する人だっている。ほら、目の前に俺っていう例もいるだろう?」

「あ、そっか。途中で所属もかえられるんだもんね。ま、なんにしても適性検査受けてからだよねー! もしも魔法の才能あったらどうしよう?」

「ふふ、魔法剣士として、冒険者で活躍している人だっているぞ」

「なにそれかっこいい!」


 すまない……やっぱり冒険者で頼む……いやまぁ、厳密に言うとルートは五つじゃないんだけど、残りはゲーム時代だと『二周目以降』『三周目限定』『特定条件クリアで解禁』なんてルートもあったんです。けどま、人生に二周目なんて物は……普通はないから気にしなくていいか。俺? 俺は例外。そもそも別な世界だし。






 夕方。本当ならば野営の準備に入るのだが、夜には主都に到着するので食事休憩だけを取ることに。

 ジェシカさん達一行と共に、軽くスープとパンで済まそうと用意していると、なにやら鍋の中に突然大量の野菜や肉を放り込む人物が。


「おーい、リヴァ。どこからこんな食材持ってきたんだ? こんなにいっぱい食べたら後で馬車で酔うぞー」

「え、なーにー? 呼んだー?」


 が、しかし。てっきりリヴァが勝手に食材を追加したのかと思っていたが、その彼女はジェシカさん達の手伝いをしていた。では一体誰が……?


「失礼しました。あまりにも貧相な鍋だったので、勝手に食材を追加させて頂きました。全て、鮮度の良い食材でございますので、どうかご安心を」


 ……知らないメイドさんが、そこいにた。え、マジで誰? どこから湧いて出た?


「だ、誰ですか貴女。突然現れてさすがに警戒するのですが」

「申し訳ありません、何分こういう性分でして。栄養が足りなくなりそうなお料理を見てつい」


 夕暮れの中、突然現れたメイドさん。何? 近くに貴族でも来ていたりするんですかね?

 ……美人さんだな。メイドさんそのものは、昔王宮に呼び出されたりで見慣れていたが……うむ、美人さんだ。一体何故食材持参で現れたのか。


「なにが目的です」

「いえ、ですから性分です。ああ、毒見なら私がしますので。……少しコショウが足りないですね、失礼します」

「……味見じゃないですかねそれ」

「……よし、これで良いでしょう。では、私はこれで失礼します。ではどうぞ、夕食をお楽しみください」


 意味が……意味が分からないんだが!? メイドさんは、そのまま鍋の味に満足がいったのか、そのまま草原地帯から街道へ移動し、そのまま一人歩いて去っていってしまった。

 ……誰だ? なんというか強烈なキャラだったが、少なくとも俺の記憶、知識にはない……というかゲームで登場する人物なんて、この世界のほんの一握りしかいない。

 実際、ジェシカさん達一行も登場人物ではないのだし。


「ねぇ、ケイア。さっき道をメイドさんが一人で歩いてったよ!? 見た!?」

「あ……ああ。良かった、俺にだけ見える幻覚じゃなかったか……さっきまでここにいたよ。鍋の味見して、食材とか色々追加して行っちゃった……」

「へ? あ、ケイアのお鍋に野菜とお肉いっぱい入ってる! みんなーこっちで一緒に食べようー!」


 ちなみに、鍋はとても美味しゅうございました……マジでなんだったんだあのメイドさん。




 夕食を取り終え、夕日が沈む前に再び馬車を走らせる。

 本来なら野営うんぬん以前に、夜の街道は野盗や魔物の存在を警戒しなくてはならないのだが、主都に近いこの辺りは騎士ギルドの巡回もあり、比較的安全が保障されていた。

 やがて、道の果てに大きすぎる、どこまでも広がっていそうな外壁が現れる。


「ほら、リュクスフリューゲンが見えてきた。いやぁ懐かしいなぁ……」

「お、おっきー! なになに、あんな大きな壁に囲まれた都市なんだ!? きっとあれならどんな魔物が来ても大丈夫ね!? 凄いわね、あれって誰がどうやって創ったのかしら!?」


 ある意味では都市国家のようだが、ここはあくまで主都。王宮がある訳ではない。

 だが、間違いなくこのミスティア大陸の中心であり、多くの人間が暮らす土地。

 ……多くの野望、道、命の煌めきが渦巻く魔都とも言えるがね。


「ははは、ようこそ、リュクスフリューゲンへ。じゃあ今日はどこかで宿を取ってから、明日、適正検査の予約を入れに行こうか」

「つ、ついに……ついに来たのね! どうしましょう、私緊張して眠れないかも!」

「んな子供じゃあるまいし」

「二月前まで子供でしたー!」

「子ども扱いするなって言ってただろう?」

「う……ま、まぁ多少はね? じゃ、明日から色々案内してね、ケイア!」

「ああ、任せてくれ。じゃあ……ラストスパート、飛ばすぞ、リヴァ」


 さぁ……ここからどんな物語が始まるのか。今からそれが楽しみだ!

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