第1章6話 少し、思い出に浸ろうか
本当に、懐かしい。そして同時に、初めて訪れる主都に瞳を輝かせるリヴァの姿に、過去の己を重ね合わせる。
……まだ、一五歳だった頃。村を出てようやくこの主都で活動を始めたあの頃を――
「ケイア坊、んじゃ俺はこのまま商人ギルドに行くが……本当についてこないのか?」
「ええ、俺は商人になるつもりはありませんからね。まずは適正検査を受けてから、冒険者ギルドに所属したいと思います」
「冒険者か……はは、だったらそのうち俺が護衛依頼を出すかもしれないな! 早くランクを上げて、俺の任務を受けられるようになってくれよな!」
やってきましたリュクスフリューゲン。ゲームでもかなり大きく作られたマップだったが……いやいや、デカすぎる。地球じゃ考えられないぞ、ここまでの大きさの都市。
たぶん東京並だろこの広さ……路面電車も走ってないし、乗合馬車でも――
「あった。適性検査は確か中央区か」
大きめの車体を引く馬車に揺られ、中央地区へと向かう。
都市の風景を見るだけでもう胸がいっぱいなのだが……感動するんだが……あらためて自分が、ゲームとして生み出した世界、それと酷似した世界にいるのだと実感する。
「エルフだ……獣人もいるし……すげえな……」
異国情緒あふれる街並み。まぁ異国と言ってもこの国の住人なんだけどね俺も。
とにかく、飽きの来ない風景を楽しみながら中央地区に辿り着いたのであった。
「すみません、適正検査の申請ってこの場所で良いのでしょうか?」
「あら可愛いお客さん。坊や、適性検査を受けたいの? でもこれ、一五歳からじゃないと受けられないの」
「一五歳ですよ、俺。適性検査で年齢も分かるはずですよね? 嘘はついていません」
「ま、これは失礼しました。じゃあこの書類に記入してね? よかったわね、貴方。適性検査って希望者が一定数を越えないと行われないの。丁度今日定員の一五人になったから、もうすぐ始まるのよ。いろんなギルドの偉い人も来てるから、もしも結果が良ければスカウトされるかもしれないわね」
「本当ですか? よかった、てっきり検査が行われるまでどこか宿を取らないといけないかと思ってました」
「ふふ、幸先が良いわね。えーと……随分辺境から来たのねぇ、ええと……ケイア君」
「ええ、もうヘトヘトですよ」
今更思ったんだが……もう少し砕けた調子の方が良いのでは? 村にいた頃は徐々に中身おっさん精神に合わせてきたが、さすがにこう……疲れた? 別に遊ぶわけでもないのだし、もうちょっと年相応に生きましょう。中身三十路過ぎてるけど。
「それじゃ、そっちの控室で待っていてね」
控室というか……その場所の空気は、酷く記憶に残っているある光景に酷似していた。
面接待ちの空気だ……そうか、そうだよなぁ……適性検査ってある意味じゃ今後を左右するイベントだもんなぁ。
中には、恐らく既に何か戦いを生業にしていそうな男性もいるが。
「キミも適性検査を受けに来たのかな?」
ぼんやりそんな事を考えていると、中々田舎ではお目にかかれないお姉さんが。
おお……これが都会。なんだかこういう垢ぬけた女性を見るのが久しぶり過ぎて緊張するのだが!?
「はい、田舎から出てきました!」
「そうなのね。隣、座らない? 少しお話聞かせて?」
「で、では……」
いやー……何がとは言わないが眼福ですな……この世界の美男美女率はどうなってんだ。
それとも俺の美的感覚が特殊なのか? そんくらい多いですよ美人さん……。
「貴方、何になりたいの? 商人かしら?」
「そうですねー僕は出来たら戦闘職に就きたいと考えています」
「嘘……可愛い顔してるのにもったいないわ。私は出来たら魔法職につきたいのだけど……適正がないと門を叩く事すら出来ないのよね」
ふむ……まさしく美魔女ですね……ん? あれ? 美魔女?
薄い水色のウェーブがかった長髪。そして……うん、でけぇ。何とは言わなくても見た人には伝わる。でけぇ。そしてこのどこか他を威圧するような黄金の瞳……。
今が原作の始まる一八年前だという事は……もしかして?
「あ、あの……お姉さんの名前はなんていうんですか?」
「あら、お姉さんの事知りたい? 私は『メディス・メビウス』。貴方は?」
「ケイアです。家名はないです。メビウスさんはどこかの貴族様だったんですね」
「メディスでいいわよ、ケイア君。ふふ、貴族というか元貴族。没落して名前だけが残ってるだけなの。未だに過去の栄光にすがっているって訳」
いやいやいや、滅相もありません……貴女の事知っていますとも……。
この人……原作にいたわ。しかもかなり重要なポジションに。
リヴァが将来選ぶ道は定かではない。が、もしも仮に『魔術師ルート』に進むと、彼女が所属する事になる『魔術師ギルド』の長となる人物だ。
そして、年齢設定が『???』になっているが、若いままの姿である美魔女として描かれている……まさか、この頃はギルドの所属していなかったとは!
「そろそろ始まるわね。ケイア君、緊張してる?」
「はい、多少は……」
「君、もしも魔法の適正があったら、魔術師ギルドに入らない? 私はそこに所属するつもりなのだけど、助手、欲しいなーなんて」
「あはは……冒険者になったら、何かお手伝いしますからそれで……」
「うん、そうさせて貰うわね。初めは採取任務とか簡単なのばかりって聞いたから、頼んじゃおうかしら」
もしかして、この人は最初から自分に魔法の素養があると……いや、そもそも既に魔女である可能性が……戯れにギルドに所属しにきたとかそういう?
色々と彼女の身の上は聞きたいが、ひとまず軽く世間話で時間を潰していると、彼女の番がやってきた。
名前を呼ばれると個室に連れていかれ、そこで適正を調べた後に、その診断結果を本人と審査する人間に知らされる。
審査する人間は各ギルドの代表者で、目を惹く人材がいれば、そのままスカウトという流れだ。
メディスさん、貴女間違いなく魔術師ギルド行きですよ。そんであっという間に長に就任しますよきっと……ゲーム時代はこの人、仲間にこそならないけど、ゲスト参戦する戦闘とかあったんですよね。
……こっちが苦戦してるボスを耐性無視の魔法で異次元な桁数のダメージ叩き出して助けてくれるイベント限定キャラでした。
「なるほど……この段階で人脈が一つできたと思えば……?」
驚いたが、結果オーライ! いやぁ……しかし一八年後も貴女まったく老けてませんよ。衣装が変わってるだけでした……もしかして現段階です既に……?
「次、今日最後の希望者ですね。ケイアさん、こちらにどうぞ」
「あ、はい」
呼び出され通されたのは、まるでシャワー室のような狭い部屋だった。
中に入り扉を閉められると、壁全体に紋章と呪文が浮かび上がり、淡く光り出す。
「はい、測定終了しました。こちらの扉から外に出てくださいね」
「あ、もう終わったんですか」
凄いな、まるでレントゲンみたいだ。一切何も感じない。
が、しかし。入って来た扉の反対の扉に続いているのは、なにやら面接会場のような場所で、そこに入った瞬間、椅子に座っていた大勢の人間がこちらに詰め掛けてきた。
「君、この診断結果を見なさい! 君は何か心当たりはあるのかね!?」
「え? どれどれ」
手渡された書類を確認。はてさて、木の実ドーピングをした俺の適正はどうなってるんでしょ。
実感がわくのは筋力くらいなので、たぶん前衛系の適正が――
【職業適性診断結果】【ケイア】
魔法適正『金』
剣士適正『金』
神官適正『金』
戦士適正『金』
学者適正『銀』
商才『銀』
芸術センス『銀』
おお、すげえ! 何俺魔法でも使えるのかこれ。
いやぁ……二周目主人公と同じくらいの評価じゃないのかこれって。
「たぶん何かの間違いじゃないですかね。剣士適正と戦士適正の心当たりはありますよ、こう見えてかなり腕に覚えありますから。でも他はなんかおかしいですよ。そういえばさっき、部屋の紋章でしたっけ? あれが変にバチバチーって音したりして変な感じでしたもん」
はぐらかそ。確認はしておきたがったが、変に目立つと今後動きにくいし。
だったら来るなって話だって? いやだって、こういうリアクション見てみたかったんだよ! 良いだろ、大人になるとチヤホヤされる事なんてなくなるんだから! 今子供だけど!
「ぬ、ぬぅ……確かにだいぶ古いからのう、あの術式」
恐らくここの責任者とおぼしき老人がそう漏らすと、色めき立っていた他の人間も皆『なんだ、誤作動か……』とぼやきながら席に戻る。
さて、じゃあ俺はこの後そのまま冒険者ギルドに向かいましょうかね。
あそこに入れば、一人前になるまで新人用宿舎に泊まらせてもらえるし、都合が良い。
面接会場のようになっている退出用通路をそのまま誰にもスカウトされる事なく後にした俺は、その足で再び乗合馬車を使い、冒険者ギルドへと向かうのだった。
「はい、では冒険者ギルドは貴方を歓迎します。中央からの診断表ですが……誤作動という事で処理しておきますね。一応、こちらでも適正を見る為に、軽く対人戦のテストを行いますので、順番まで待っていてくださいね。使用する武器はそちらの待合室にありますので」
「ありがとうございまーす」
やってまいりました。やはりこの場所もディティールが雲泥の差だが、ゲーム時代の冒険者ギルドと同じ構造をしていた。
広さが段違いではあるし、大勢の人間が今も引っ切り無しに来ているのだが。
耳を澄ませば、今もあちらこちらで『それらしい』やり取りが行われている。
「なんで報酬が差っ引かれてんだよ! あの商人!」
「荷馬車が戦闘で傷ついたので、その分かと――」
「これ買い取ってー! 沼地で見つけたんだけど」
「ほう、これは珍しい水草ですね。詳細な場所を――」
おら、ワクワクすっぞ!
言われた待合室には、テスト用の刃引きがされた武器が幾つも置いてあった。
うむ、そういえば武器を持つのは初めてである! なんだ、俺が最後に持った記憶にある物なんて……こっちに来てからはクワ、そして日本にいた頃はバッティングセンターのバットだけなんだが? んじゃメイスでも使うか? ……なかった。
「んじゃこの剣で……」
大丈夫、しっかり手加減の訓練は積んである。訓練前は野生の熊殴ったら余波で体毛しか残らないなんて結果になったが、今では殴って兎を軽く気絶させる事すら出来るからな。
そして運動神経はしっかりドーピングの効果を受けているのだよ。我が反射神経と動体視力があればなんだって出来るのだ。俺が村に広めた『缶蹴り』的なゲームでも負けなしなのだよ。
早速剣を片手に、ギルド裏手にある訓練所へ向かうと、試験官とおぼしきおじさんが、なんだかこちらを憐れむような目で見つめていた。
「規則だがよう……こんな若い子にまで対人テストなんてさせんなよなぁ。悪いな、今他の試験官の資格持ってるヤツがいなくてよ。手加減するから、適当なところで降参してくれや」
「分かりました、ではお手やわらかにお願いします」
はて、もしやこの人も名のある方なのでしょうか? 原作一八年前……だとしたら、今の姿よりもさらに更けるって事か……。
ぱっと見四〇そこらの、ガタイの良い黒ひげのおじさんだ。
ギルドの制服を無理やり着たような姿をしているのだが?
すると、テスト開始と同時におじさんが手にした木製の大斧をふりかざし迫って来た。
慌てて回避。そして足元を確認して、軽くステップで距離を取る。
「ほう、良い身のこなしだ」
「じゃ、じゃあこれで降参って事で……」
「んー、ダメ」
再び突進からの薙ぎ払い、そして回し蹴りという三連続コンボ。
突進をステップで避け、薙ぎをかがんで避け、回し蹴りも剣で凌ぎつつ、足にダメージを与える。どうだ、弁慶の泣き所はこの世界でも痛かろうて!
「っ! やるじゃねぇか! どこのぼんぼんかと思ったが……悪くねぇぞお前!」
「エキサイトしないで! 程よい所で降参して良いってさっき言いましたよねぇ!?」
「んー、ダメ! こっちも一発入れるまでやめねぇからな!」
その後、もはやただの追いかけっこになった所で、他の職員さんにテスト終了の宣言がされた。
審査の結果、無事に合格。晴れて俺も冒険者の仲間入りとなりました。
「おい受付の姉ちゃん。こいつかなり見所あるぜ。採取やらお使いで無駄な時間を遣わせるんじゃもったいねぇ。討伐依頼が受けられる『Cランク』からのスタートにしてやってくれ」
「え……ですが規則では……」
「いいっていいって、爺様には俺から言っておく。んじゃ、ケイアって言ったか? ようこそ冒険者ギルドへってヤツだな」
ふむ……爺様か。たしかに冒険者ギルドの爺様と言われると、ゲーム時代もギルドマスターは高齢の老人だった。が、これから一八年後となると……ふむ?
「すみません、試験官さんの名前を聞いてもいいですか?」
「『グースタフ』だ。去年まで冒険者だったが……今年から職員になった身の上だ。期待してるぞ、ケイア」
あ、この人がギルド長だわ。そうか、この時代はまだ長じゃなかったのか……。
そうか……丁度今年冒険者を引退したとなると……順調に物語の下地が出来始めているんだな。
そうして俺は、冒険者ギルドに入り、一先ずの寝床を確保したのであった。
俺の最終的な目的は、いつかリヴァがこの都市にやってきた時に不幸な目にあわないようにする事。その為にはある程度の権力や人脈、情報がないと話にならない。
冒険者ギルドは、傭兵に比べると『凄腕』と噂されるような人間は少ない。だがその反面、多方面から回されてくる依頼で、人脈を広げる事は出来る。俺のステータスなら、傭兵として名を上げる事も簡単だとは思うが……それだと俺自身の身動きがとりにくい立場になりかねないからな。
新人用宿舎に用意された部屋で一人、今後の事を考える。
まずは魔物でも討伐して、地道に知名度を上げていけば……そのうちお呼びがかかる事もあるだろう。なにせ、まだ一八年もあるのだから――
「はい、これ今回の討伐対象のハウリングウォルフの両耳。これで討伐証明になるよね?」
「ええ、問題ございません。今回もあざやかなお手並みでしたねケイア殿。では、こちらの値段で買い取らせてもらいます。報酬の方は口座の方に振り込んでおきますので」
「助かります。じゃあ次の討伐依頼は……ありゃ、何も残ってないや」
「今は騎士ギルドが定期巡回でこの辺りの街道の魔物が一斉に討伐されましたからね」
ギルドに登録されてから半年。俺は毎日討伐依頼を受け、そして今のところ達成率一〇〇%とという事で、冒険者ランクがBに上がり、一応ではあるが一人前として、どんな魔物の討伐依頼も受けられるくらいになっていた。
才気あふれる期待の新人――なんて噂される事は残念ながらない。というか噂にならないように、そこまで難しい依頼は受けていないが、確実性を売りにし、それなりの信頼は勝ちえた、というところまできている。
「ケイア様に指名依頼が入っています。魔術師ギルドに所属している『メディス』様より、直接会って話したいという依頼が御座います」
「それって依頼なんですかね……?」
「ふふ、一応そうなります。こちらをお受けになりますか?」
「受けます。じゃあこの後行ってきますね」
メディスさんは、俺が冒険者になった後も親交は続いていた。
ある時は彼女の護衛(必要あるかは疑問だが)、またある時は魔物の生体素材を取ってきて欲しいやら、割と高報酬の依頼を回してくれていた。
が、直接会いたいとはなんぞや? 俺になんの用事だろうか?
乗合馬車に乗り込み、冒険者ギルドのある区画からかなり離れた場所にある『魔術師通り』に向かう。
ここは、主に魔法の道具や薬品、それと魔法のかけられた衣類を取り扱う店が多く、正直冒険者の、それも男の俺が立ち寄る事の少ない場所だ。
まぁ……魔法のアクセサリーとかドレスとか、冒険者でも女性はここに買いに来るらしいからな。
「ふぅ……来る度に魔女の家っぽくなってるなここ」
魔術師通りの一角。工房というかアトリエというか、様々な実験や薬品を生み出す事を主としてる術師が居を構え、軒を連ねる場所がある。
そしてメディスさんはここに自分の家を構えていた。
凄いな、新人宿舎をあっという間に卒業したと思ったら、そのまま野宿まっしぐらで急いで宿と契約した俺とは大違いだ。いつかは俺も欲しいな、自分の家。
「メディスさーん、ケイアですー! 指名依頼の件できましたー」
「はいはい、いらっしゃいケイア君。さ、入って入って、今お茶淹れてあげるわね」
ニコニコ笑顔。何故か俺が来ると毎回機嫌が良いのだが……ううむ、おっさん的には眼福だが、どこか子供のように扱われているのが悔しい。
もっとこう……『あら、ケイア。ふふ、どうぞいらっしゃい』なんて感じに妖しげな笑みを向けられたいのである。が、窓ガラスに映るのは相変わらずのベビィフェイス。
だ、大丈夫だから……まだ一五歳ってだけだから……(震え声)。
「それで、わざわざ指名依頼にしてまで呼んだってことは……ギルドに知られたくない依頼ですか?」
「せっかちねぇ……お姉さんと一緒にお茶するのは嫌なのかしら?」
「嬉しいですとも! ただ緊張してるだけです」
「ふぅん……貴方、魔術師ギルドでも割と評判なのよ。低報酬の依頼でもしっかりこなしてくれる可愛い男の子って」
「マジですか。……そういえば魔術師ギルドって女の人多いですよね」
「まぁそうね。もしくは学者肌の男か。君みたいな子って貴重なのよ? 今からでも私専属の助手にならない? これでも結構ギルドに評価されて、近々ギルドの主任研究者に抜擢されるのよ私」
「んー……魅力的な話ですが、今回は見送るって事で。それで、要件の方をそろそろ……」
放っておくともっと魅力的なお誘いが来そうなので、そろそろ頼みます。
ああ……惜しい、惜しすぎる!
「ん、まぁそうね。少し前から、西の砦を始めとして、魔物の出現頻度が上がっている区域を中心に、騎士ギルドが頻繁に集団遠征で魔物狩りをしているの、知ってるかしら?」
「ああ『魔物の氾濫』を今回は起こさせないように事前に狩ってるんでしたっけ?」
「そう。でもね、それには理由があるの。近々この都市の隣に、王族用の別荘、宮殿を建造する事になったのよ。それで、防護結界を新たに張る為に私達も忙しいって訳」
これは、知っていた。ゲーム時代、この都市のすぐ隣に、王族が使う為の別荘のような物が存在していた。そこで、ルート次第ではリヴァがその王宮に遣える密偵となり、様々な高難度の依頼をこなしていく、という隠しルートだ。まぁこれはたぶん……選ばれる事のないルートだろう。そもそも四周目限定だし。我ながら、あのゲームに色んなルートぶち込み過ぎだよな……。
「で、貴方には西の砦と都市の間の街道脇の森林で、騎士の討伐隊から逃れた魔物を狩って欲しいのよ。今、珍しい魔物が近場に結構溢れているのよね。でも、基本的に騎士団の管轄だから普通の冒険者は立ち入れない。でも、私は今回の宮殿建築の関係者で、結構融通が利くって訳。だから貴方には、私の臨時の助手として貴重な魔物を狩って、いろんな部位を持ってきて欲しいのよ。報酬、弾むわよ?」
「ほほう……ちょっと楽しそうですね。今西街道は閉鎖されてますけど、そういう理由だったんですか。貴重な素材なら俺も欲しいですし、受けますよ、その依頼」
うむ、これは良い。貴重な素材で貴重な装備を今の内にたっぷり蓄えておけば、将来リヴァに渡す事だって出来る。
しかしゲームの主要施設が建造される前っていうのも、なんだか感慨深いな……。
ふむ……一八年前だもんな。設定上、色々事件も起こった事になっているが……別に今年になって色々起きる訳じゃあ……ないよね?
「それで、その依頼はいつ頃から開始すればいいんですかね?」
「うん、今すぐ。これから私建設現場に向かうから、一緒に来て頂戴ね?」
「え、ちょ……いきなり!?」
「ふふ、そういきなり。じゃあしゅっぱーつ」
意気揚々と、嬉しそうに出発する彼女のペースに飲まれ、あれよあれよと都市の西門に辿り着く。
現在、騎士ギルドにより厳しい検問が敷かれているが、メディスさんは顔パスだった。
「こっちに来るの久々ですね俺」
「ふふ、そうよね。じゃあ私はここで迎えを待つから……貴方はこの辺りから森に向かって貰える? はい、この証書があれば私の正式な助手だって証明して貰えるから、もし騎士ギルドに見つかっても安心よ」
「了解。じゃあ、俺はいってきますね」
「……ふふ、やっぱり貴方、ツメが甘いわよね。今の時期の魔物がどうして一般のギルドでは相手にする事が禁じられ、王家と繋がりの深い騎士ギルドにだけ討伐が許可されてるか理解していない。ねぇ……貴方って自分が魔物に負けてしまうかもって微塵も思っていないのよね?」
すると、唐突にメディスさんがこちらを睨むようにして語り始めた。
……まさか、ハメられた?
「今この辺りに逃れている魔物は、いずれも砦を守る一流の傭兵が、騎士ギルドの力を借りないと仕留めきれないからと通した最高位の魔物ばかり。普通、所属して間もない冒険者が平然と立ち向かえる相手じゃない。なのに貴方は緊張した様子が微塵もないわ」
「……俺は強いので」
「その言葉、過剰な自信から来る物じゃないと証明してみせて。私はね、未知が好き。あの日、私と同じ日に適正診断を受けた貴方が『あんな言い訳』をしてまで普通に生きようとしている。私はそれが凄く気になるの。だから、見せて頂戴な」
マジか。あの場に彼女もいて全てお見通しだったって訳か。いやぁ油断してたわ。
さすが美魔女。作中きってのバグキャラです。
「……化け物は、人間の世界では生きづらい。メディスさんならこの言葉の意味、理解してくれますよね? 俺は、貴女みたいに器用には生きられそうにありませんから」
それっぽい事をそれっぽい表情でそれっぽい事情がある風に言ってみる。
どうだ、これで俺が力を隠してるのにもなにか深い理由があるのだと思ってくれるだろ! そしてその効果は――
「なら……もう少し気を付けなさい。貴方にどんな過去があるのかは分からないわ。でもね、少なくとも私は理解出来る。だから……そんな顔しないで。貴方は化け物なんかじゃないから……」
あ、すっげぇ響いてるっぽい。いやそんな申し訳なさそうな顔せんでください。
「えと……じゃあ俺、行きますね」
「ええ。じゃあ……気を付けていってらっしゃい」
いたたまれなくなり、俺は逃げるように森へと向かっていくのだった。
「おーおー……確かに初めて見る魔物だらけだ。確かに普通、都市近くにこんな魔物が出たら近づかないわな」
森の中、早速遭遇したのは、よく雑魚として描かれている『ゴブリン』『スライム』『オーク』などではなく、少なくともゲーム時代では終盤に出現されるようになっている『リザードエクセキューショナー』や『スケルトンリザード』という、正直どう逆立ちしても新人冒険者が太刀打ちできない魔物だった。
「……本編序盤でも、魔物の氾濫イベントってあったよな、確か。その時に無理やり外に出るとゲームオーバーになるように作られた魔物だったよな、これ」
襲い掛かる魔物の群れ。振り下ろされる、魔物の持つ粗末な武器を、受け止めるまでもなく、平然と身体で受ける。が――服を切り裂くに止まるのだった。
「俺が化け物なのは、重々理解してるんだがね。悪いな、そのまま死ね」
剣を横に薙ぐと、避ける事も受ける事も出来ず、魔物が群れごと吹き飛び、首と胴体を分離させて、森の木々をなぎ倒しながら吹き飛んでいく。
……そう、俺は化け物だ。魔物のランク、種類なんておかまいなしに、等しくこの結果を出す。たぶん……俺はもう、まともに戦えないレベルの強さを手に入れてしまっているのだ。
「っと、素材の回収を忘れずにっと……」
そうして、俺はリザード種の体内で精製されるという『竜玉』という素材や、角や牙、鱗と言ったアイテムを根こそぎ奪い去り、道具袋に詰め込んでいく。
凄いな、これだけで一生遊んで暮らせそうだが……今回はメディスさんに渡さなければ。
そうしてアイテムをかき集めていると、少し離れた場所から、人の足音が聞こえてきた。
やば……早速騎士ギルドのお出ましか。急ぎメディスさんから頂いた証書を取り出す準備をする。
「そこのお前! 現在ここは騎士ギルドと王族直轄の騎士団の管轄下にある! 無断での素材収集、討伐依頼の遂行は禁止されている! そちらの袋の中身共々改めさせて貰うぞ!」
「そうだぞ、貰うぞ! 貰っていいの、あれ?」
しかし、現れたのは……物凄く若そうな……二人の少女だった。
お互い、騎士ギルドの鎧に似た意匠の軽装を身に纏い、なんだかこう、可愛らしいデザインのミニスカ姿に『なんだか絵になる二人組だなー』なんて思ってみたり。
「すみません、こちらを確認してください」
「ん……なんだこの証書は。改めさせて貰う」
「……貰う。あれ? こっちの袋は貰わないの?」
凛々しい印象の金髪の娘さんが、キビキビとした調子で証書を受け取り、灰銀髪ショートの、少し天然っぽい少女が、俺の素材袋に手を伸ばしたまま固まっている。
……可愛い。可愛いのだが……なーんか二人とも見覚えがあるような……。
「……字が一部しか読めない……これ、魔術師の文字だ」
「もー、クレスちゃん、ちゃんと勉強しないからー。ええとね、これには……『魔女メディスの名の元に、この青年の管理区域での活動を認める』って書いてあるんだよ。メディスって言うのは、今私達が巡回中の建設予定地周辺の、魔法陣作成を主導してる魔女さんの名前で、ご主人様がご執心の美人さんで――」
「な!? それは本当かノルン!」
ん? クレスとノルン……? おお!? クレスとノルンか!?
『クレス』ゲーム時代、そのビジュアルの良さから、開発陣の中では人気No1だった。
そして『ノルン』は……主人公リヴァを差し置いて、ユーザーの人気投票で一位を獲得した……未来の『えちえちぽわぽわ騎士ギルドの団長』さんだ。
ちなみに、クレスは副団長。金と銀のコンビは大人気でした。
なお、性能的にはクレスは最強格、そしてノルンはクソザコ団長でした。
「申し訳ありません! メディス様の助手殿とは知らずにとんだご無礼を! ノルン、いつまでその道具袋を持ってるんだ。早くお返ししろ」
「……え? これ返しちゃうの? なんだか凄そうなのいっぱい入って――」
「なにをしてるんだこの!」
ペシンと頭をはたかれるノルン。可愛い。っていうか君達まだ一〇かそこらだろ?
なんでそんな子供二人でこんな場所に……。
「アイタ! す、すみませんお返しします……」
「はい、どうも。二人とも騎士ギルド所属の騎士見習いかな? こんなところにどうして子供だけで……」
「いえ、今騎士ギルドの本隊が辺りを巡回中です。我々は斥候として巡回していました」
「していました!」
「そうなのか……」
こんな子供を危険な任務に……クレスはたぶん、今の段階から非凡な才能を発揮しているのかもしれないが、このノルンはどうなんだろう? 見るからにぽややんとして、どんくさいように見えるのだが。
「では、私達は戻ります。どうやら本隊がこちらに戻って来たようなので……」
「そっか。じゃあね、二人とも。任務頑張ってね」
「……はい」
最後に、少し歯切れが悪そうに返事をしたクレスと、どことなく表情の暗いノルンを見送る。
……俺、何か忘れてないか? 二人の過去、何かそれが語られたサイドストーリーがあったはずだ。
二人を見送った後、俺は藪の中から、こっそり彼女達が戻っていったという騎士ギルドの本隊を覗いてみる事にした。すると――
『なに、魔女の助手だ? だったら適当な理由でもつけて確保して来たら良かっただろうが! 忌々しい魔術師ギルド女狐め……折角の好機を棒に振りおって!』
『申し訳ありません、ご主人様。……しかし、迂闊に我々が彼女の不興を買うのは……』
『ごめんなさい、私がもっとうまく探って隙を見つけられたらよかったんです、クレスちゃんをぶたないで下さい……』
騎士甲冑を纏ってはいるが、むしろそれ脱いで適当な服着せたら、悪徳奴隷商人にしか見えないような、肥えた親父に頬をぶたれているクレスが見えた。
明らかにおかしな事を言ってるというのに、周囲の他の騎士は何も言う様子はない。
明らかに……腐りきっている。が、騎士ギルドってこんなところだったか?
「……先代の団長がどうなったのか……そうだ、確か――」
思い出した。リヴァが辿るルートの中、一番こう……なんというか百合百合しいルートとして定評のある『騎士ルート』で語られていたではないか。
騎士団長、及び副団長の好感度が高くなり、様々なイベントをこなしていくと、ノルンがリヴァに語るのだ。自分の闇の部分を……。
「『酷い扱いを受けて、自分はもう綺麗な身体ではありません……それでも、私に仕えてくれますか、私を受け入れてくれますかリヴァ』だったか」
シナリオ担当にこの部分を入れるか結構議論したっけなぁ。それで、確かノルンは、次にクレスがその魔の手が伸びると知り、ついに自らの手で騎士団長を手にかけ、自らが乗っ取るように騎士ギルドを掌握、生まれ変わらせたんだったな。
って事は……今の段階での騎士ギルドは腐りきっている。そして……いずれはあの子達もあの腐れ騎士の餌食に……気に入らんな。俺は今でも、あのシナリオはなかった方が良いって思ってるんだ。機会があれば……なんとかあの子達を救ってやりたいな。
「けどま……今は自分の任務をしないとな……」
既に自分の中の『将来の為に潰しておくイベント、その首謀者』リストの中に、記念すべき一人目として『あの腐った団長』とピックアップした俺は、引き続き魔物狩りに勤しむのであった。
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