第1章4話 いざ、リュクスフリューゲンへ
「へー! じゃあもしかしたら私の後輩になるかもね」
「分からないわよ、私の後輩かも」
「ふむ……我らの後輩になるかもしれないが、今の時期は新人の募集はしていないな」
「あはは、実は私もまだどこに所属するか決めていないんです。ただ、剣の腕でどこまでいけるか試したいだけなんですよね」
翌朝。残酷過ぎる『求婚したら大衆の面前でぶった切られる』という悲劇から一夜明け、早速俺は宿に泊まっているというジェシカさん一行に『遺跡調査の同行』を持ちかけた。
素人を同行させる事に初めは難色を示したが、こちらが商人であり元冒険者で、回復アイテムなどをこちら持ちにするから、という条件に二つ返事で同行を許可してもらった。
なお『リヴァは実はこの里最強の剣士です』とジェシカさんに伝えたら『そうでしょうね』と答えが返って来た。
なんでも、重心の置き方や何気ない足運びが、素人のソレとはまったく違うのだとか。
言われてみればそんな気もするのだが、同時に『ケイアさんもただの商人ではないでしょう』と疑われたので、あまり藪を突かないようにしようと思います。
そうして、まだ昼前だというのにジェシカさんパーティー+俺とリヴァは、無事に山中の湖にある遺跡へと辿り着いたのであった。
「遺跡に入る前に荷物の整理と装備のチェックを。私と彼は術師だからね、あまり遺跡内で大きな魔法は使えない。同様に弓も使いにくいだろう。ジェシカと“リーミン”の二人、それにリヴァさんが頼りだ。ケイアさんと“サザリー”さんは後方で周囲を見回る形にしたい」
「任せたぞー、前衛三人娘。まぁ一人娘って歳でもないが」
「このまま遺跡に埋めるわよ」
「そいつは勘弁。しっかしポーション代もかからねぇってなると、案外実入りも良いかもしれないな、今回の探索。感謝するぜケイア」
遺跡の前で教団ギルド所属の学者兼術者の“ルシーダ”さんがそう段取りを決め、それに同意する魔術師ギルド所属の術師“ザルド”さん。そして、騎士ギルドの弓使いであるサザリーさんと、若手冒険者のリーミンさん、と。
なるほど、しっかり名前も覚えておかないと。
「ケイア殿。荷物は私が持とう。薬代が浮くのだ、それくらいはさせてくれ」
「いえ、貴女は弓がなくとも小剣で応戦可能でしょう? もしもの為にも俺が運びますよ。元冒険者ですからね、体力に自信はあります」
「ふふ、そうか。ではすまないが、任せてもいいだろうか?」
「ええ。おーいリヴァ、そう何度も剣を見つめても何も変わらないぞ。そろそろ出発するぞー」
「うん! いやぁ緊張するなー……魔物って何度か倒した事あるんだけどさ、遺跡の奥に住んでいるのって初めて見るんだもん」
「魔物と戦っているとか初耳なんだけど」
「あ……実はちょっとだけ……」
「まったく……」
いやまぁ里周辺でおくれを取る次元の強さではないと知っているけれど。
三年間俺とみっちり訓練を積んだんだ。ゲームのような強さではない。明らかに中堅冒険者クラスの腕前を既に持っているのだ、彼女は。
遺跡の中に踏み入ると、外の光が届かないからか、すぐに暗闇に包まれる。
遺跡の中には、古代の文明で自動的に生き物に反応して明りが着く場合もあるが、ここは完全に遺跡の機能が死んでいるようだった。
そのまま、慎重に先頭に立つジェシカさんがたいまつで行く先を照らし進んでいき、しんがりの俺は通って来た道に『光輝石』と呼ばれる、淡く光る石を落として歩く。
これは使い捨ての物質で、一度温めてから人肌から離れると一定時間淡く輝き続けて、最後には割れてしまうという物質だ。
こういう暗い遺跡ではよく使われるものなのだが……その製法は不明だ。錬金術ギルドと呼ばれる、様々な薬品や道具を生み出すギルドの貴重な財源なのだ。
そうして遺跡の奥へ奥へと向かう。この遺跡は……魔物が住みついている以外は何も発見はなかったはず。だがこの世界ならあるいは……。
「ふむ……手付かずの遺跡というべきか、遥か昔に調べつくされて何も残っていないのか。恐らく数百年単位で放置されたのかもしれませんよ、これは」
「なによ、じゃあ結局骨折れ損? ケイアさん、ここって手付かずじゃなかったのかしら」
「少なくとも百年以上は手付かずだって今ルシーダさんが言ったでしょう。さすがにそれよりも昔となると、俺にも分かりませんよ。一応、最深部まで進んでみましょう」
が、一向に魔物が出てくる気配がない。もしかして……ここに住み着く予定だった魔物すら、リヴァに既に倒されている……?
俺が彼女を鍛えた影響がまさかこういう形で現れたのだろうか?
そのまま、行き止まりとなる最深部まで進むも、魔物どころか蝙蝠すら現れない。
かなり拍子抜けだ。戦う気まんまんだったリヴァもかなり不満そうだ。
が――まぁお宝ではないが貴重そうな物は見つかった。
最深部手前。いつの時代かは分からないが、かつての調査員か盗掘者の白骨死体が、中々貴重な遺物を所持していたのだ。
「……あら、これくすんでいるけどアクセサリー、指輪よね?」
「あ、いいなジェシカ! 私もなにかないかなー……あった! 腕輪?」
「ほう、これは意匠が遺跡の物と酷似していますね。貴重な資料として教団に提出してもらいますよリーミンさん」
「えー……せっかく見つけたのに」
「貴重な資料ですからね、別途追加報酬も出ますよ」
「あ、ならどうぞ。わーい報酬報酬。こういう調査報酬って結構いい額貰えるんだよねー」
「私はこの指輪、知り合いの骨董商に持ち込んでみるわ。これは提出しなくてもいいのよね?」
「構いませんよ。私も中々貴重な体験が出来ましたので、満足です。他の皆さんはどうです?」
「私は被害がないのなら問題ない。護衛料として教団から支払われる報酬で十分だ」
「俺もそうだな。途中、古い枯草で気になる物があった。そいつを調べさせてもらえるならそれでいいぜ」
だ、そうです。俺からしたら価値のなかった冒険でも、彼等からすれば立派な成果があったようだ。
実際、初めての冒険らしい冒険をリヴァに経験させられたのも大きい。
……危険な事は、起きないに越したことはないのだから。
そうして引き返そうとした時、またしてもしんがりを務める俺の耳に、何やら囁き声のような物が聞こえてきた。
……なんだ? 他のみんなには聞こえないのだろうか?
『――せぬ――逃が――』
……確かに聞こえるな。だが俺にだけ聞こえているようだ。
もしかすると……これはあれか『リトルリッチ』か。ゲーム時代にいた。
弱小モンスターだが、その攻撃がいやらしい。
パーティーで一番火力の高い人間を狙い、混乱で同士討ちを誘うという実態なき魔物。
確か割と終盤のダンジョンに現れるはずだが……なぜこんな遺跡に。
「ごめん、ちょっと荷物整理するから先に進んでいてくれ。光輝石を辿ってくれれば良いから」
「む、大丈夫かケイア殿。何か手伝えることはないか?」
「問題ありません。魔物もいませんし、先に行っていてください」
ふむ。俺をターゲットにしているようだが……残念、能力に差がありすぎるのでこの程度の錯乱の魔法は俺には効かないのだよ。
俺のステータス、伊達にドーピングしまくっちゃあいませんよ。状態異常になる確率っていうのは、精神に起因する物の場合、こっちの知力に依存して発動確率を下げてくれるんだよゲーム時代は。この世界でもそれは同じだ。
いやはや、昔はあまり効果を実感できなかったが、こういうメリットもあったのをすっかり忘れていたんだよな、当時。
「そして魔法生物は……強い意思の力に祓われる。フッ!」
ちょっと気合を入れると、頭の中に響いていた声が消え、部屋の隅から小さな煙があがり、そこに潜んでいたと思われる魔物が浄化される。
お、何かアイテム落としたな。回収回収。
「んー……綺麗なビー玉? ザルドさんに見せたらいいか」
これ、俺が同行していなかったら、結構ピンチだったんじゃないですかね……?
遺跡の奥で同士討ち……洒落にならないぞ、これ。
遺跡の外に出ると、既に他の皆が再び荷物のチェックを始めていた。
ザルドさんは枯草を小瓶に大事そうに移しているし、ルシーダさんはリーミンさんから受け取った腕輪を木箱に移している。
そしてジェシカさんは指輪を湖の水で洗い流し、軽く布でこすっているところだった。
そして今回、魔物との戦いを期待していたリヴァは、サザリーさんが身に着けていた籠手を見せて貰っていた。
「わー……防具って持っていないけど、こういうのなら剣を振るう邪魔にならないかも」
「騎士ギルドは式典の時にも駆り出される事があるからな。一定の評価を得られた者には防具が授与される。脚甲から始まり、成果を上げていけば部位ごとにさずけられ、最高位になると鎧一式が揃い、式典に出席出来るようになる。私はまだ脚甲と籠手、そして肩当てまでしか貰えていないのだよ」
「なるほど……ギルドによって色々あるんですね……」
知っている。サザリーさんは俗にいう『三部位持ち』と呼ばれ、上から三番目の位だ。
実はそれなりの実力者の証でもあるのだが、それを鼻に掛けた様子もない。
残りは胴鎧と、最高位の証である兜だけだ。頑張れ、サザリーさん。
ちなみに式典用だから兜はちょっと無駄に派手だから、貰ってもつけていない人ばかりだぞ。
「傭兵ギルドにはそういう取り決めはないわね。純粋に受けられる依頼が変化するのと、権力者からの指名依頼を受けやすくなるだけね」
「へー……強くなったらその分実入りが良くなりそうですね」
「そうね。ただ、私みたいに道楽でこういう依頼ばっかりしている人間もいるのだけどね。私、対人戦って嫌いなのよね」
「なるほど……傭兵ですもんね……」
「そ。場合によって、同僚と殺し合い、なんて事だって起こりえるわ」
ジェシカさんの話を熱心に聞くリヴァは、同僚のくだりで眉をひそめていた。
そうだ。そのルートは……修羅の道だ。この世界ではどうか知らないが、その道に進むと、彼女は関りの深い仲間との殺し合いが発生する。出来れば……それは避けて貰いたい。
この場合は傭兵ギルドの初期キャラとして仲間になるであろう、ジェシカさんとの敵対だな。
「あ、私のとこは緩い感じだよ。基本的に傭兵ギルドと同じだけど、依頼の幅が広いんだよね。なんでも屋さんって感じだし、冒険者ランクっていう制度はあるけど、これもギルドへの貢献度で上がっていく物なんだ。利益だったり感謝状だったり……どういう基準で上がるのかはっきりはしていないけど、私みたいに毎日街の困りごとを解決しているだけで、それなりに良いランクまで上がれちゃうんだー!」
「へー! なんだか楽しそう……でも戦う事ってあまりないんですか?」
「ううん、私がそういう依頼選んでいないだけ。傭兵ギルドに出すよりも安上がりだからって理由で、貴族以外の一般人、商人からの護衛の任務とか、魔物の討伐もあるよ。そっちの方が評価されやすいんだ」
「なるほど……」
俺一押しのルート。所属後にさらなる分岐も多い道だが、下手な事をしなければ悪い方には転ばない、初心者向けのルートだ。
個人的には、彼女にはこの道に進んでもらいたいところだ。
「人の役に立ちたいのなら、我々教団ギルドもおすすめですよ。炊き出しや護衛が主な任務ですが、剣技を磨き、各地に派遣される『教団騎士』という組織もあります。騎士ギルド程ではありませんが、貴族相手の仕事も舞い込みますからね。なかなかいい稼ぎになりますよ。まぁ、何割かは教団への寄付という形で天引きされますが」
「へー……教団ギルドって、孤児院とか経営していたり警護の任務を受けているくらいしか知りませんでした」
「勿論、それもありますね。教養のある者は孤児院での教師に任命される事もありますし、子供好きで奉仕の心に溢れているのなら是非」
そしてバッドエンドが一番多いルートでもある、と。
ルシーダさんがそうだとは言わないが、教団には悪徳な貴族と繋がり、私腹を肥やす人間も多く在籍している。
選択肢を誤れば、全年齢対象のゲームでは詳細を描写出来ないエンドを迎える、通称『ハラミ袋エンド』なる物も存在する。正直、主都にいた時代に潰してしまいたかったのだが、いかんせん当時はまだその貴族は教団と関わっていなかったのだ。
「子供は好きだけど、私馬鹿だから向いていないかも……」
「ははは、だったら俺の所も難しいかもな! 魔術師ギルドは魔法の才能がある人間しか所属できない。魔力の質を測る道具で、本人の資質を調べ、魔法を使う為の魔力の通り道を刻み込む。どういう訳か、知力の高い人間ほど魔法使いとしての才能が生まれやすいんだ。所属出来たら、俺みたいなヤツでもそれなりに良い暮らしが出来るぞ。なにせ魔術師は貴重だからな」
「魔法かー……いいなぁ」
「魔法の才能だけ開花させたいってヤツも結構検査にくるんだけどな、高い検査費用出しておいて発現しなかった、なんてのはよくある話だ」
「むむむ……そのうちお金が溜まったら検査しようかな……」
運よく、今回は五人がそれぞれのギルドに所属しているお陰で、大体の説明がはぶけてくれる。
俺も一応、この三年間でおおまかなギルドの説明は彼女にしていたのだが、こうして現役の人間の生の声というのは、何よりの判断材料になるだろう。
この里から主都までは約一月。その間に、彼女はどの道に進むのを選ぶのだろうか……。
「まぁ進路を決める前に、親父さんの説得、頑張りなよリヴァ」
「う……もしもの時は呼ぶね、ケイアのこと」
「はは……了解」
結論から言ってしまえば、やはり昨夜の事件が上手い具合に働き、彼女の主都行きは許可された。
元々、彼女の剣の腕はご両親も知るところだったし、薄々覚悟はしていたのだろう。
だが、やはり決め手は『主都よりもこの里に残ってシリューにちょっかい出される事の方が危険じゃない?』という言葉だった。
まぁその本人は謹慎、そして性根を叩き直すからと、近くの村の厳しい事に定評のある教団ギルドの神官さんの元に預けられる事になるのだとか。
そうだな、彼は少々甘やかされ過ぎたのだ。昨日の一件で現実を知ったのであれば、多少は改善の余地もあるのだろう。
暫くみんなの笑いものにはなるだろうが。
そして俺は、昨夜のうちに父と母に再び主都で暮らす事を告げ、久方ぶりに自前の馬車の整備をしていた。
もうそれなりの歳の二人だが、相変わらず元気にやっているし、これから先も心配ないだろうとは思うが……相変わらず年に三回は戻って来るようにと言われる。
いやぁ……正直物語が始まりを告げた以上、確約は出来ないですわ。
「……まずは商人ギルドに顔を出して、ギルド長に主都での活動復帰の報告をして……既に主都には手紙も出しているからな、恐らく女王もそれに合わせてきているはず、か」
そして、俺も向こうで活動するにあたり、商人ではない、もう一つの捨ててきた仮面を再びつける事になる。
……出来れば、そっちの方面でリヴァと接点がないように動きたいな。関わったとしても別人として振る舞うか。
「遠距離通信のマジックアイテム、もうちょっと一般に広まればいいのにな」
ああ、なつかしのインターネット。気軽に『そろそろ主都に戻りますわ』なんて言えたらどんなに良かったか。
一週間前に手紙を出しているので、途中で鷹文、つまり伝書鳩のような物で通常より早く手紙は届いているが、はてさて、どうなっていることやら。
「……ここから主都までの道のりは約一か月。途中、野営地を三つ経由して残りは村に寄って休憩しつつ、か。野営も多くなりそうだな、しっかり準備しないと」
そして、最後に立ち寄る野営地でも、ゲーム時代はイベントが起きていた。
この世界ではどうなっているか分からないが……それは、負けイベントだ。
立ち合いの相手は数人の内からランダムで選ばれるが、その具体的な状況は分かっている。
だが……あくまで頭の隅に留めておくだけにしよう。これは、現実の世界なのだから。
「木の実も持った。リヴァに食べさせても効果は実感できないけれど……普通に美味しいからいいか。さーてと……準備完了だ」
準備を終えた頃には既に夜。俺は自分の家、小さな我が家をぐるりと見まわし、感傷にふける。
たった三年。だが、大きな三年だ。これで、俺はリヴァに付き添い、旅に出ることが出来る。
初めは、ゲームの続きを見たいからという理由だった。だがそれは次第に、彼女の道先を純粋にこの目で見たい。そして、不幸な目にあってほしくないという思いに変わっていた。
どうか……彼女の道先が幸多からん事を。俺は誰もいなくなる我が家を見つめながら、そう祈りを捧げたのであった。
「へぇ、中々立派な馬車じゃないケイアさんの。これ、分乗するなら私もこっちに乗って良いかしら?」
「俺は構わないよ。ただ戦力的に、そっちに戦闘慣れしたジェシカさんが乗った方がいいんじゃないか?」
「……なによ、つれないわね。まぁいいわ。これから先、長い付き合いになりそうだものね」
「むーん……ケイアってジェシカさんと随分仲良しよねー。別にいいけどさー」
翌朝。里の入り口で出発の準備を進める。
分乗するとしたらそうだな、ジェシカさんよりも後衛の誰かが良いのだが……正直必要ないかな。
「そっちはそっちで固まりな。咄嗟の連携を考えてもその方がいいと思う。それに援護ならそっちの荷台からも出来るだろう?」
「そうだな。私が荷台でケイア殿達の馬車を見張っておく。大丈夫だ、この辺りは出たとしても弱い魔物、せいぜいリトルゴブリン程度しか出現しない」
見送りには、リヴァのご両親がやってきていた。
我が家のパパンママンは平常運転だろうな。もう慣れてしまっているのだろう。
「リヴァ……都会は恐ろしいところだからな。甘い言葉には騙されるんじゃないぞ」
「大丈夫大丈夫! 三年間みっちりケイアに教えて貰ったもん。過去に起きた主都の事件の殆どを暗唱できるくらい、危ない事についての知識はつけているからさ」
「ケイア君がいるなら安心だけど……ケイア君、どうか娘の事をお願いね」
「ええ、お任せください。幸い、向こうにも生活基盤はありますから、出来るだけ力にはなるつもりですよ」
さすがに一人娘を旅立たせるのは辛いのだろうが、こればかりは止められない流れ。
この世界がどんな結末を迎えるのか。国がどうなってしまうのかは俺には分からないが……彼女は必要な存在なのだ。だからせめて……彼女がこの国にいる間は顔を出せるように俺も協力しようじゃないか。
そうして、彼女の両親に見送られながら、俺達は主都への旅へと出発したのであった。
道中、村や宿場町に寄りながらという事もあり、野宿でない日も数日あったのだが、基本的に外でテントや馬車で寝るのが当たり前だった。
幌つき馬車である俺の馬車は女性陣の寝床として使って貰い、俺や研究者コンビの男性陣は、外でテントでの寝泊まり、という風になっている。
ただ寝ずの番は交代で行い、リヴァも初めての野営という事で頑張ってくれていた。
そうして、順調に野営地を経由して主都への道程を進み、出発から二十日程で、俺達はついに最後の野営地『キルムスの野営地』へと辿り着いたのであった。
「ふぅ……最後の野営地が見えてきたね。あそこは元々野営市から発展した場所だからね、ちょっとした村よりも人が多いんだ。騎士ギルドからも警備の人間も派遣されているから治安面も良いはずさ」
「へー! ケイア、じゃあ今日は寝ずの番、しなくてもいいの?」
「そういうこと。ぐっすり眠りな」
「やったー! 市っていうくらいなら……色々売ってるよね? 私あんまりお金は持ってないけれど、何か買えないかな?」
「そうだなぁ、なんでも売っていると思うから、一緒に見て回ろうか」
「やった。私もそろそろ防具が欲しいんだよねー、サザリーさんみたいに籠手が欲しいんだけど……足りるかなぁ?」
「金属製のは高いけれど、硬化処理をした革製のなら手が出るんじゃないか? 結構頑丈だし、慣れないうちはそれにするといいよ。俺も見繕うよ、目利きは得意なんだ」
「さっすが商人。頼りにしてるからね?」
「ああ」
ここで、都会のアクセサリーやらおしゃれ関係の品ではなく真っ先に武具を求める辺りがなんとも……無自覚な美少女は危険だ。野営市では目を離さないようにしないと。
「わー……遠目からも凄い人の量……凄く楽しみになってきたよ! さぁさぁ、スピードアップ! ハー! ハー!」
「おいおい、ジェシカさん達に追突しちゃうって」
まったく、幾つになっても子供のままですな、君は。
するとあまりにテンションが上がったのか、座席から身を乗り出すリヴァがバランスを崩しこちらに倒れてきたので、そのまま膝に寝かせてしまう。
「はいおやすみ。少し横になってな、はしゃぎすぎ」
「ちょっとー子ども扱いするなー、でも甘やかせ―。ぐりぐり」
「やめ、くすぐったい! わひゃ……やめ――」
頭ぐりぐりはやめなされ! 髪の毛が顔まで飛んできてくすぐったい!
馬車を指定の場所に止め、その足でテントを張る為の場所へと向かう。
しっかり管理されているので、馬車の駐車券にふられた番号のテント設置地点がしっかりと完備されており、改めてこの野営地の管理体制っぷりが窺える。
「んじゃ俺達は皆さんの隣ですね。どうします? 先に設営します?」
「ん、俺はちょい休みたいから先にテント張って寝るとするわ。そっちはどうする?」
「一応俺も張っておきますね。その後はちょっと市場を覗いてきますよ」
「了解。んじゃうちの四人はそうだな……何か食い物買ってきてくれ。テントは俺がやっておく」
さて、ここまで順調な旅路だったが……ここから先はイベント、何かが起きても不思議じゃない。
果たして何が起きるのだろうか。
テントを張り終え市を見て歩くと、やはりチラチラと男の視線がリヴァに向かうのが分かる。
この国は、主に金髪や茶髪、赤毛が多い。だがリヴァは珍しい濃い藍色だ。恐らく両親のどちらかに、獣人や亜人の血が流れているのだろう。
ともあれ、とても目立つ容姿の彼女は当然人目を集める。
それに彼女は収穫祭の時に着ていた中々可愛いカントリーワンピースを着ている。普通に髪色抜きに目立つんだよ。これは目が離せませんな。
まぁ実際、俺達の通った後には、定期的に手を抑えて地面にうずくまる男の姿もあります。
田舎から出てきましたオーラ丸出しだからね。絶好のカモですよリヴァは。
とりあえず手が伸びてくるたびに握りつぶしております。スリはもうその手が使い物にならなくても文句はないよなぁ?
「なんかさっきからたまに叫び声聞こえない?」
「そりゃこんだけ人が多ければね。ほら、この辺りは装備も売っているよ。見て回ろうか」
早速武具を扱う商店を見つけると、リヴァは目を輝かせて商品を手に取る。
「お、お嬢さん彼氏にプレゼントかい?」
「彼氏に見えます? ふふ、じゃあ私ケイアの彼女だ!」
「そりゃ光栄だ」
「あ、でも店主さん、これ私が使うんです。ふふん、どう? これ見える?」
するとリヴァが自慢げに腰に下げている剣を店主に見せびらかす。
……なんだろう。お気に入りの服を見せつける子供の様で和むなこれ……。
「ふむ……お嬢さん、ちょいとその剣見せてくれないかね」
「うん、どうぞどうぞ!」
「ふぅむ……お嬢さん、悪いことは言わねぇ。怪我する前に買い替えな。こんなぼろ剣じゃあ研ぎ直してもまともに扱えないだろ。どうだ、その籠手と一緒にショートソードでも買わないか?」
あー、確かに三年間ビッシリ使ってきた上に、こっそり魔物も狩っていたらしいからな。
たまに山でイノシシを狩ってきた事はあったが……まさか魔物狩りもしていたとはね。
きっと一度や二度ではないだろう。それこそ、魔物を狩りつくす勢いだったんじゃないか?
だが、剣をボロと言われたリヴァはというと――
「しっつれいね! 私のお気に入りなの、宝物なの、ダメになるまでこれを使うもん!」
「あ、ああ悪かったよ……。だが……本当に折れた時、それが戦闘中だったらどうするんだ。気に入っているのは分かるが、そろそろその剣を休ませてあげな」
「リヴァ。大事にしてくれているのはとても嬉しいけれど、店主さんの言う通りだ。その剣は元々安物で、あくまで護身用の剣だ。今のリヴァならもう少し長い剣でも十分に扱えるだろう? 俺は、その剣が原因で君が怪我したら後悔してもしきれないよ」
「うー……そうなの? でも剣のよしあしなんて私には分からないよ……」
「そうだな……店主さん、とりあえずその籠手だけ欲しい。随分と良い物のようだ。ただ剣はここにある品は彼女には合わないと思うんだ」
「そうかい? じゃあ分かった。失礼な事を言ってしまったからね、少しまけておくよ。二〇〇〇レインになるね」
「わ……やっぱり武具って高いのね……私の服より高い……」
おっとー? うまい事言って田舎者からふんだくろうとしてるな?
俺は懐から商人ギルド所属の証である木札を取り出して見せる。
「おっちゃん、俺同業。その手は食わないぞ?」
「っと……いや悪い悪い、値札を見間違えちまった。八〇〇レインだ。少しまけて七五〇でいいぞ」
八〇〇と言った瞬間にダメもとで睨んでみたらうまくいきました。
俺の見立てでは一〇〇〇いくかいかないかだったので、結構まけてもらえたと言えるな。
「本当!? やったーありがとうおじさん、剣の事も許しちゃう! でも親切で言ってくれたんだよね。肝に銘じておくわね」
「ああ、そっちのお兄さんにしっかり相談しな。まったく……そのとびっきりの笑顔でチャラだチャラ。おい兄ちゃん、その子、大事にしてやんな」
「そりゃ勿論。じゃあ失礼するよ店主さん。良き出会いを」
「ああ、良き出会いを」
そうして商人と別れ、ひとまず人通りの少ない場所に移動する。
「ねぇ、『良き出会いを』ってなに? 何かの合言葉?」
「ああ、これは商人同士の合言葉みたいな物だよ。人も品も、良い出会いがあるかないかで変わるからね。幾ら商才があっても、出会いがなければ始まらない。だからお互いに出会いを祈りつつ、よしんばお互いに良い出会い共有しよう、なんて打算も込めた挨拶みたいなものさ」
「へぇ……やっぱりケイアも商人なんだね? なんだかちょっと新鮮ねー」
「そりゃそうだ。ただの里の便利なお兄さんじゃないぞ」
けど思えば、日本にいた頃から便利な上司だったような気がする。
基本的に戦力にならないから、全力でバックアップにまわっていたっけ。
それに納期の交渉とか、ユーザー意見の集計とか。あ、ダメだ昔の事思い出すと最後には腐れ部長のこと思い出す。
「あ、サイズピッタリ! ほら見て見て」
考え込みちょっと嫌なことまで思い出すと、リヴァが隣で籠手を装着し、目の前で手をにぎにぎと動かし、まるで見せつけるように、嬉しそうにその報告をしてくる。
「ちゃんと硬いけど、なんの革だろうね、これ。きっとドラゴンだわ!」
「んなまさか。硬化処理っていうのを施しているんだよ。たぶん、皮の厚い魔物……そうだな、この辺りならアルマリザードじゃないかな」
「リザード……つまりドラゴンね!」
「違います。けど、良い物なのは保障する。大事に使いな」
「もちろん! ふふ……また剣士に一歩近づいたわね」
まったく……戦う為の装備を揃えているというのに、なんでこの子はいつでもこんな風に笑えるんだろうな? それが魅力でもあるのだけど。
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