第1章3話 そして、本編が始まった

「――で、その名残でこの里でも一昨年からその花の椅子を飾るようになったんだ。そこが精霊の席で、収穫祭の時に遊びにきてそこに座るって伝説があるらしい」

「へー、結構変わって来てるんだねこの収穫祭も」


 ケイアが外から来たパーティーを案内していた頃、リヴァとシリューは里の飾りを見て回っていた。

 里の次期長として、祭りの歴史や変化しつつある里についてリヴァに得意げに語るシリューであったが、あくまで知識の一端として知りたがっているリヴァに対して、シリューは『自分の話をリヴァが聞きたがっている』と受け取っていたようだった。

 里長の息子という生まれの彼は、自分が里一番の美人であるリヴァを娶るのが当然だと思っている節があった。

 別段、今の里長がそういう独善的なふるまいをするような人物ではないのだが、そういった環境で育ったが故に、彼は自分が特別な人間だと思っているようだった。

 だが、彼には一人だけ気にくわない人物、そして心の中で『もしかしたら敵わないかもしれない男』と警戒している相手がいた。


「あ、ケイアだ! 誰の馬車だろう? 主都の知り合いかなぁ」

「さぁな。別に放っておけばいいだろう」

「一応挨拶にいってくる」

「待てよ!」


 そう。彼はケイアにどこか対抗意識のような、敵愾心にも似た気持ちを抱いていた。

 別段、幼いころはそうでもなかったが、彼が徐々に物心がついてきた頃には、自分の父が『時折ふらっと戻って来るだけの男に目をかけている節がある』と感じていた。

 それどころか、自分が一五になる頃には、よく自分と引き合いに出されるケイアに対して、面白くないと感じる様になっていたのだった。

 やれ『神童だ』『主都で成功している』だ『里の経済がよく回る』やらと褒められているケイアに対し、どこか劣等感にも似た物を感じていたシリューであったが、その本人であるケイアが三年前に里に戻って来た事で、その危機感や苛立ちはピークになりつつあった。

 だから、今年一八になったリヴァに対し『早いところ婚約してしまえばいい』と考え、今日彼女を誘ったのであった。

 そして、何も知らずにリヴァを送り出したケイアに、内心『馬鹿なヤツだ』という思いを抱いていた訳だが……彼は考えもしなかったのだろう。

 自分の求婚が、彼女に断られるかもしれないという可能性を。


「ケイアー、その人達って主都の知り合いなのー?」

「お、リヴァじゃないか。いや、この人達は主都からこの辺りの遺跡を調べに来たパーティーだよ。傭兵に魔術師、冒険者に騎士ギルド、それに教団ギルドから来た混成隊だってさ」

「わ、すごい! 五大ギルド勢ぞろいだね!」


 リヴァが馬車に駆け寄ると、ケイアがパーティーについてそう説明する。

 主都における『戦いに身を置く事もあるギルド』の代表である五つ。

 それぞれがそこ出身だという話は、外の世界に憧れを持っているリヴァにはとても眩しく映っているようだった。


「今、宿まで案内しているところだよ。そっちはシリュー君と見て回っているところだね」

「うん。もうそろそろ隣村の村長さんが来るから入り口で待つんだってさ」

「ん、そうか。失礼のないようにね、じゃあまた後で」

「うん、またね」


 そうしてケイアが去っていく姿に、シリューはほっと胸を撫でおろす。

 邪魔が入るのではないかと、そう思っていたのだが、主都からの客の応対をしている姿に一安心していた。

 内心『そのままその連中と一緒に主都に戻ってしまえばいいのに』と考えながら。


「シリュー、早く村の入り口に行くよ」

「あ、ああ! なぁリヴァ、今夜……広場の踊り、来るか?」

「私は踊らないから行くかわからないけど……」

「そ、そうか。じゃあ……木剣の大会はどうだ? 俺が司会を任されたんだ」

「あ、そっちは行きたい!」

「よ、よし! じゃあまた後でな!」


 そうして……いよいよ求婚の段取りを整えたシリューは里の入り口で村長を待つ。

 脳裏に、周囲の人間に祝福される自分達と、どこか悔しそうな表情を浮かべるケイアを想像しながら……。








 今日の収穫祭で、このパーティーは遺跡の場所を聞き出し、明日の朝には出発する。

 そして好奇心にかられたリヴァが彼等を追いかけ、山奥にある遺跡へ向かい、彼等のピンチを救うというのが今後の流れだった。

 だが、そこに至る最初の分岐が今夜現れるはずだ。

 ……シリュー君をこっぴどく振るか、彼と共に里で生きる道を選ぶか。

 正直、後者はどう考えても『そうはならんやろ』って選択肢ではあるのだが……。


「ねぇケイアさん? どうしたの、上の空じゃない」

「んー、祭りの空気にあてられたんですかね。それより、貴女は他の人達のように遺跡の場所の聞き込みとかしなくていいんですか?」

「しているわよ? 貴方に。お祭り見物が終わったら教えて頂戴な」

「なるほど」


 先程のパーティーのリーダー的存在であるジェシカ嬢の案内、もとい逆ナンに付き合っている俺は、彼女の話を聞きながら、そんな今夜訪れるであろう運命の選択に思いをはせていた。


「遺跡といっても、里の裏山には古い遺跡がいくつもあるからね。ただ調査の目的が宝探しなら――ほら、あっち。裏山に続く道じゃなくて、あっちの畑の奥から山に入っていくと、大きな湖に出るんだ。その畔に水没した遺跡があるからね、あそこは他の遺跡に比べて規模も大きいし、人の手もそこまで入っていない。ただ、あそこだけはこの辺りじゃ珍しいくらい魔物が巣くっているから、あまりこの辺りの人間は近づかないようにしているんだ」


 ゲーム時代のマップを知っている俺は、正解の遺跡がどこなのか当然知っている。

 そして……そこに行けば、彼女達が危険な目に遭う事も当然知っている。

 多少胸の痛みはあるが、どの道、俺が教えなくても辿り着けるその場所を伝えると、なんだかジェシカさんはつまらなそうな表情でぼやきだした。


「いきなり答えを言ってしまうのね? それなりに満足させて、その後対価として教えて貰おうとしていたのよ? もう、そんなに私とのデートが嫌なのかしら?」

「いや、これで何も考えずに心行くまで祭りを見て回れる、そうだろう?」

「……ふふ、そんな見た目でも伊達に歳はとっていないのね。余裕のある男の人って素敵よ。じゃあ……中央の広場、そこに行ってみましょう? なんだか催しもするみたいだし」

「そうこなくっちゃね。じゃあ行こうか、ジェシカさん」


 うむ……平静を保っている風には見えるらしい。あまりおじさんを見くびらないで欲しい、今も心臓バックバクですわ。なんでローブごしでボディライン丸わかりなんですか、それ脱がしたらどんな凶器が隠されているんですか。片田舎の男連中にその凶器はちょっと刺激が強いんじゃありませんかね!


「異性をあまり誘惑するような事を言うんじゃありません。まったく、パーティーメンバーに呆れられるぞ?」

「いいのよ、今回臨時に作ったパーティーでしかないんだから。魔術師ギルドと教団ギルドに所属してる二人の研究者がね、遺跡と旧時代のお宝の研究がしたいからって、全ギルドに募集をかけていたのよ。それで私達が名乗り出たってわけなの」

「なるほどね。察するにあの弓使いのお姉さんは騎士ギルド、もう一人の子は冒険者ギルド、それで君は傭兵ギルドって訳だ」

「そういうこと。あっちの集まりで早速お酒飲んでる男が魔術師ギルドで、向こうで飾りつけの手伝いをしているのが教団ギルド所属ね」

「なるほどなぁ。さてと……軽く何か食べながら、その辺りのベンチに座ろうか」

「いいわよ。じゃあ……あれ! あのパンのような食べ物がいいわ」


 指定されたのは、なんだか昔懐かしの揚げパンのような食べ物だった。

 この世界、結構食文化が進んでいるので、普通に蒸す、揚げる、といった調理法も浸透している。それどころか主都じゃ割としょっちゅう石窯焼きのピザを食べていたっけ。

 ちなみに好物はジェノベーゼでございます。バジル、この辺りには自生してないんだよなぁ。


「お待たせ。ついでに飲み物もはい」

「ありがと。良い香りね、なにかしら?」

「山ぶどうのジュースだね。ワインにする前に子供でも飲めるように改良した物だよ」

「へぇ、お酒で酔わそうとしないあたり、本当紳士なのね? ますます気に入っちゃった」


 そういいながら、隣に座った俺の腕を抱き寄せる。やめなさいやめなさい、人が見ている!


「にしても中央のスペースってなにかしら? あそこで踊るの?」

「踊りの前にちょっとした見世物があるね。腕自慢達が木剣で試合をするんだとさ。各村や里の自警団、腕自慢が集まっているんだ」

「へぇ……私も出ちゃおうかしら」

「現役の傭兵が出るのはさすがにずるいだろうに」

「ふふ、それもそうね。なんだか平和ね……この辺りって」

「……中央にはかれこれ三年近づいていないけど、やっぱり不穏な感じなのかい?」

「……そうね。傭兵ギルドに舞い込む依頼も増えてきているし、大陸の外の魔族も不穏な動きを見せてきているみたい。ただ、それだけじゃないのよね。人同士も水面下で動き始めている気がする」


 ……知っていた事だが、こうしていざその戦の空気を知る人間に言われると、しみじみと実感する。戦乱の前触れ、嵐の前の静けさ。……人同士も、徐々に争いの火種を用意しているという事実を。


「あ、そろそろ始まるみたいよ。みんな自警団って言ってもなんだか優しそうな人ばかりね。実戦経験なんてほとんどないんじゃないかしら」

「そりゃ少数派だね実際。っと、開催の挨拶はシリュー君か」


 すると、広場の中央に現れたシリュー君が、里の貴重なマジックアイテム、拡声器的な何かで周囲に呼びかけていた。

 あれ、割と重宝するんだよなぁ……よく里長が周囲の人間に今日のイベント『農薬を撒くから畑に近づくなー』やら『キノコ狩りで迷子にならないようにしましょうー』『明日は山から木こりのみんなが戻って来るぞー』とか。そういうお知らせの時によく使うものだ。

 実に平和である。早い話が町内放送のようなものですな。ちなみに三年前に一度俺も使わせて貰った。『一五年ぶりに里で暮す為に戻ってきましたので、何か相談があればなんでも言ってください』とかなんとか。いやぁ……元から便利になんでも手伝える人間だったからね、里長に『そう伝えるとみんな喜ぶから』ってすすめられたのだ。

 ……翌日数人のオネエサマがたの母親に『うちの娘を嫁にどうだ』とか言われたのは困りものだったが。


「未来の里長だよ、あの子。こうして少しずつ周囲に顔を覚えてもらうんだろうな」

「へぇ、中々将来有望そうね。けど里長の子なら面倒だし遊びに誘えないわ」


 さっそくちょっかいかけようとするとかとんだ〇ッチだ、なんて一瞬思ったのは秘密です。

 隣に男がいてそれはさすがにないでしょうジェシカ嬢……。


『まもなく木剣試合の催しが始まりますので、興味のある方はぜひ集まってください! なお、賭博行為も今日は解禁されていますので、受付のテーブルで詳細をお願いします。私のおすすめは我が里の自警団長ですね。私も彼に二〇〇〇レイン賭けています』


 マジでか。賭博ありとかちょっと興味惹かれるんだが。

 勝負事やゲームは、お金をかけると三倍は楽しくなるとは誰の言葉だったか。

 ちなみに、『レイン』というのはこの世界の貨幣の事であり、その価値は円の一〇倍くらいだ。つまり彼は試合結果に二万円程賭けていると。


「あら楽しそう。ケイアさん、あなたは賭けないの?」

「興味がそそられるけど、一応商人だからね、俺。信用に関わるからパス」

「残念。じゃあ私もパス。詳しそうな貴方に乗っかろうと思っていたのに」

「ちゃっかりしてるなぁ君……」


 そうして次第に広場に人が集まり、里の人口を越える程の人間が集まって来た。

 お、リヴァも来ているな。今は女友達と一緒にいるみたいだが……あ、試合の受付で断られて憤慨してる。そりゃあ……女は出られないって決まりもあるし、彼女が最強なのは暗黙の了解だしなぁ。


『さて、私事でもうしわけないのですが、少しここにいる皆さんに見届けて貰いたい事があるんです!』


 とその時、またしてもシリュー君が周囲に向けて話し始めた。なんだなんだ?


『この収穫祭で求婚した者は恋が実る……そういう噂があるのはご存知でしょうか!』


 おい待て。まさかとは思うがお前……。


「あら? そんな噂があるの? じゃあ……ケイアさん、私と結婚して主都で暮しましょう?」

「はいお断りしますごめんなさい」

「残念。噂は所詮噂よねぇ。で、あの子はもしかして……」

「今の流れで頷く男がいると思ってるのか……まぁ君ならもしかしたら頷く男もいるかもしれないけれど」

「まぁ! それなりに私の容姿を認めているようね?」

「そりゃね。しかしこれは……」


 シリュー君はなおも続ける。

 その様子を、何も知らずにリヴァも周囲の人間も見守っているが――俺はもう、この後まかり間違って求婚をその場の空気に流されてリヴァが受けてしまわないか、心配で心配でどうにかなりそうなのです! お前! なんでそんなアメリカのサプライズプロポーズみたいな真似してんだコラ! 断られたら近隣の村にまでお前の黒歴史が刻まれるんだぞ!?


『長年、思っていた相手が少し前に一八を迎えました。だから……私は今日この日、彼女に求婚したいと考えています!』


 その言葉が告げられた瞬間、辺りからシリュー君をはやしたてる声が上がる。

 ……無論、隣からも。


「良いわよーキミー! がんばんなさーい!」

「……こりゃちょっと見ていられないな」


 こういうの『共感性羞恥』って言うんだったか。


『私……いや、俺は今日お前に婚約を申し込む! 次期里長として、どうかこれからも俺を支えて欲しい! リヴァ!』


 その瞬間、事情を知らない周囲の人間が静まり返る。

 求婚された人物が名乗り出るのを待っているのか、固唾を飲んで見守っていた。

 ああああああ……見ていられない! ダメだ、ダメだこの空気は!

 チラリと視線を向ければ……リヴァがキョロキョロと辺りを見回している。

 お前だお前。今告白されたのは君だぞ! ほら、隣の友達が耳打ちしてあげている。


『さぁ、前に出てきてくれ、リヴァ!』


 もう一度シリュー君がそう言うと、リヴァは拡声器もないのに、周囲全てに聞こえるような大声で――


「えー! なんで私!? 私シリューの友達ですらないよね!? ごめんね、お断りします!」


 ……いや、まぁ……断るのは分かっていたのだが……さすがにそれはちょっと酷いというか。

 静まり返った辺りに響く、あまりにも容赦のないお断りの言葉。

 正面からバッサリってレベルじゃねぇ……さらに首まで斬り落とされて晒されたようなものだろこれ……。

 そして静まり返った辺りから……大爆笑が上がった。

 さすがにこれは……可哀そうすぎやしないだろうか。

 だが確かに……この三年間見ていたが、あの二人は友達とすら呼べないような関係だった気がする。

 いつも一方的にシリュー君がからみにいき、それをリヴァが受け流し、さっさとどこかに行ってしまう。

 会話らしい会話もなく、何かにかこつけてシリュー君が自慢げに何かを語り、そしてたまに俺に文句を言って去っていく……。そりゃ確かに友達ですらないわなぁ……。


「あっちゃー……あの子、さっき馬車に乗っていた時に話しかけてきた子よね? あの二人って友達じゃないのね」

「まぁ、そうだね。ちょっと雲行きが怪しくなってきたな。あの女の子の傍に行って来る」

「……そうね。あの男の子、逆上して襲ってくるかもだし」


 見れば、中央でマジックアイテム片手に立ちすくんでいるシリュー君が、周囲から上がる爆笑の声に気が付いたのか、見る見るうちに顔を赤く染め上げ、マジックアイテムを地面にたたきつけた。

 瞬間、異音が辺りに響き渡り、彼は試合用に置かれていた木刀を掴み取り――


「恥をかかせやがって! お前なんて! お前なんてもういらねぇ!」


 そう喚きながら、大勢が見守る中、凶行に及ぼうとした。

 その動きがスローモーションのようにゆっくりと見え、俺が駆け付けた頃には、その木剣がリヴァへとふりおろされようとしているところだった。

 リヴァも反応出来ているようだが……今回は俺が動くか。さすがの俺も腹に据えかねる。

 ゆっくりと見えていた木剣を、すかさず素手で掴み取る。

 向こうからしたら、突然俺が現れたように見えるだろう。


「恥を知れシリュー君。今すぐここから消えてくれ。これ以上恥をかく前に」

「な! テメェの……テメェの差し金か! お前さえいなけれ――」

「いい加減にしろ」


 木剣を握りつぶす。飛び散る破片がシリュー君の顔にぶつかると、彼はよろめきながら、どこかへと走り去ってしまっていた。

 ……一連のやり取りを見ていた中には、当然里長もいる。

 さすがに、この状況でリヴァや俺を咎める言葉はないだろう、な。


「リヴァ。ここは居づらいだろう? 少し歩こうか」

「う、うん……驚いた……なんだったの今の……」

「……馬鹿な若者が現実を知っただけさ」


 そうして、未だ騒ぎが収まらないこの広場から、二人で抜け出し里の外れにある溜め池へ向かうのだった。




 すっかり日も暮れ、里の中央の大きなかがり火や明りが、うっすらと里全体を照らしているのが遠目からも分かる池の畔。

 そこで、まだ少し動揺しているリヴァが、ぽつりと語り始めた。


「いやぁ……驚いちゃった……ついあんな風に言っちゃったもん、逆上するのは当然かも」

「確かに。けれども、日頃の二人を見ていた人間は納得する話だとは思うよ。……なんで、告白を止める人間がいなかったのかな」

「だってシリュー、ずっと威張ってるからね。この歳になってもあんな調子だもん。知ってた? 今シリューにとりまきみたいな人っていないんだよ。呆れて皆離れちゃった」

「……そういえば、いつも彼は一人だったな」


 どこか疲れた風に、そして同時に罪悪感を滲ませながらリヴァが語る。


「……里にさ、居づらくなっちゃった。お父さんとお母さんは大丈夫かな……」

「あの場には里長もいたからね。事情はみんなが知っているさ。むしろ居づらいのはシリュー君だろう。……あんな事をしでかしたんだ、暫くは謹慎だろうさ」

「そっか。あーあ……折角成人して初めての収穫祭だったのに。変な思い出が出来ちゃったよもう」


 苦笑いを浮かべながら軽い調子で彼女は言う。

 けどそれは……確かにその通りだ。

 なら……いいよな。少しくらい流れを変えたっていいよな。

 そもそもあんな仕方の求婚なんて俺は知らない。ゲームとは全てが全て同じじゃないのなら、最終的な流れさえ同じならそれでいい……よな。


「……リヴァ、今日から俺は君を子ども扱いしない。一人の大人の『剣士』としての君に提案する。この里に来ている遺跡調査のパーティーが主都に戻る際、俺も主都に戻ろうと思う。新しく、やりたい事が出来たんだ。だからまた里を出るつもりだ」

「え……嘘、なんで急に……!」


 するとリヴァが悲痛な声を上げるが、それをさらに遮るように言葉を続ける。


「だから――リヴァ、俺は君に護衛を頼みたい。主都まで、一緒に来る気はないかい? 君なら、主都で新しい道に進めるかもしれない。もしもそうなら、俺も助けになれるかもしれない。君は主都で、新しい生き方を始めてみたいとは思わないかい?」


 そう告げると、彼女は目を見開き、こちらを凝視しだす。


「え、嘘本当に? 私が主都に……どうしよう……」

「実際、憧れもあったんじゃないかい? 剣を鍛えて、それがどこまで通用するか試したいと思っていたんじゃないかい?」

「それは……うん。私は試したいんだと思う……」

「……決まりだ。今日の出来事はご両親を説得するのに丁度良かったかもしれないね。俺も、説得に協力する。幸い、主都には俺の使っていた家もあるからね、何か困った事があれば俺も手助け出来るよ」

「本当に? 一緒に行ってくれるの? 私……本当は前から主都に行ってみたかった。でも……主都で嫌な事があったから戻って来たんだよね、ケイア。私、一緒にケイアに行ってもらいたかったけど、そんな事頼めないって思ってずっと言い出せないでいた……」

「は? いや、誰だそんな事言ったのは。別に向こうで嫌な事なんてなかったぞ?」

「あれ? だって冒険者でやっていけなくなった根性無しって事で、商人ギルドでもいじめられて、それでここまで戻って来た情けないヤツだーって……」


 心外である! 風評被害甚だしいのだが!?


「……それ、シリューが言っていたんじゃないかい?」

「うん、たしか」

「まったく……なんで俺はそこまで嫌われているのかねぇあの子に。これでも赤ん坊の頃に子守りをした事もあるってのに」

「ねー、なんでだろ。でもそっかー……リュクスフリューゲンかぁ……きっと広いんだろうなぁ」

「広いぞ、実は王都よりも広いからな、あそこ。大陸外からも人が集まるし、俺の所属している商人ギルド宛ての荷物も毎日届く。その関係で亜人や獣人も多いんだ」

「へー! じゃあ……先、家に戻ってお父さんお母さんに話しておかないと。たぶん反対されると思うけど……なんとかなるよね」


 なる。それは保障する。既に賽は投げられたようなものなのだから。

 後は明日、遺跡の調査に向かうジェシカさん一行に同行の旨を伝えれば……よしんば断られたとしても、俺の馬車だってあるのだし。

 いよいよだ……いよいよ始まる。『レイディアントマジェスティー』の物語が。

 全てはゲーム通りには進まないのは、既に分かっている。

 何より、一五年の歳月をかけて俺が主都をとりまく環境を変化させている。少しは悲劇も回避できるだろうと踏んでいる。

 この世界はゲームでは語られなかった様々な出来事が起こりえると、今さっきも身をもって知ったのだ。きっとこれから先だって不測の事態だって起こるだろう。

 だが……俺は……その先を見てみたい。いや、一緒に紡いでいきたいのだ。

 物語のその先へ……輝ける未来へと向かうその道を共に歩んでいきたいのだから――

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