第1章2話 あまり老けないってよく言われます
「ケイア……この名は慣れんな。本当に行くのだな?」
「はい。人の本名に慣れないって……もうかれこれこっちの名前で暮らすようになってから四年になりますよ?」
「仕方ないであろう? お主が商人ギルドに所属し、その名で活動を始めてからは余と顔を会わせる機会など殆どなかったのだからな」
「いやぁ……一介の行商人がまさか『女王様』と頻繁に会う訳にはいかないでしょう?」
「う、む……して、故郷に戻ると言うておったが、何故だ? お前程の人間が何故何もない田舎へ行く。そもそも、お前が消えた当時もリュクスフリューゲン……いや、ミスティア王国全土に衝撃が奔った程だ。何食わぬ顔で『素顔のまま一般人として商人ギルドに加入』。元々其方の素性を知っていた余以外にとっては、まさしく『突然姿を消した』と言える状況だったのだぞ。各方面のギルドからも『王宮がなにかしたのではないか』と疑われたものだ」
「それに関してはすみませんでした。そして俺が里に戻る理由も……秘密です。ただ、俺はまた戻ってきますよ。具体的に言うと三年後に」
いやぁお久しぶりです、ご無沙汰してます。ケイアです。
現在、この大陸の主都リュクスフリューゲンにある王族専用の別荘で、まさしくこの国の女王様と密会中でございます。
いやぁ早いもんですね。俺が里を出てから一五年経過ですわ。信じられる? 俺三十路ですよ。日本にいた頃の年齢に着実に近づいてきていますよ。
……そして、それはリヴァが一五歳になったという意味でもある。
「三年後……か。里でなにかあるのか? それとも……その、なんだ。親しい者の具合でも悪いのか?」
「いえ、別にそういう理由ではないですね。すみません、詮索はなしでお願いします。女王様にこんな事言うのも畏れ多いんですけど」
「よい、お前と私の仲ではないか。……結婚という訳でもないのだよな?」
「残念ながらそういう出会いには無縁ですねぇ」
「……目の前に同年代の女がいるというのにその言い草はなかろう」
「ハハハ……すみません、畏れ多いですよそれこそ」
そして……三年後に戻るとはどういう意味なのか。
リヴァが……一八歳になるのだ。つまり彼女の物語が幕を開ける。
それまで、出来るだけ彼女と過ごし、共に旅立てるようにある程度親交を深めようと思うのだ。
まぁ毎年しっかり母さんの言いつけ守って三回は帰省していたんで、親戚の兄ちゃんくらいには仲良くやってはいるんですが。
「分かった。では、しばらくお別れだな。三年後も『ケイアとして戻って来る』のだな?」
「そうですね。ただ必要に応じ動きますよ、貴女の良く知る俺として」
「ふふ、そうか。それは頼もしいな。では……さらばだ、ケイア。街まで送らせる」
「ありがとうございます、女王様」
「しばらく会えないのだ。名を呼んでくれ」
「……また三年後にな、アリス」
俺は、久しく呼んでいない彼女の名を、砕けた調子で最後に呼ぶ。
紆余曲折……ではすませられない時を過ごし、今の俺は『ケイアという中堅行商人』という立場と、それなりの人脈、そして……裏の顔をも手に入れていた。
事前に潰した野望、事件も数えきれない程。それが、俺が一五年という長い月日で手に入れたものだ。
別荘を後にした俺は、泉の畔にとめてある馬車へと向かう。
水面に映った自分を見て改めて思うのだが……。
「激動の時間過ごしてるってのにぜんっぜん老けねぇな俺。これで三十路とか嘘だろ」
歴史が顔に刻まれるって嘘なんですかね? どうみても二十歳そこらのあんちゃんですよ。そして結構な美青年ではないだろうか。浮いた話一つないけれど。
「……さてと、じゃあ今年最初の帰省といきますかね」
俺が行商人になったのは、自由にあちこち移動する事が出来て、自分の目で世界を知る事が出来ると踏んだから。
が、元々は冒険者ギルドに加入した身でもある。まぁ色々あって辞める事になり、色々あって今のポジションに落ち着いた訳なのだが。
「結構商人ギルドの荷馬車も良い作りしてるしな。三年後の足になってくれたらもうけものだけど」
主都リュクスフリューゲンは、ここミスティア王国のある『ミスティア大陸』のほぼ中心にある。そして我が愛しの故郷は北の辺境に広がる山々の麓に存在している。
道中、ある程度大きな街も、多くの村もあるのだが、俺の里はそこからさらに北上、本当に用事のない、辺境も辺境に位置している。
まぁ遺跡群やらがあるので、研究者や一攫千金を夢見る道楽者な冒険者はたまにおとずれるのだが。
後、木工品の質が良いので買い付けに来る行商人もいる。一五年前、俺を運んでくれた行商人もそのクチだ。
「三年後から始まる激動の時代。もう片鱗は現れ始めているのかねぇ……里まで後一日ってとこなのに――」
馬車の御者席で、俺は一人ぼやく。辺鄙な山道が続くこの場所に、まさか――
「てめぇナメてんのかコラ! 危機感ねぇのか」
「たっぷり荷物積んでんな? 珍しいなこっちまで護衛もつけない商人がくるなんてな?」
「もったいねぇが馬車はしっかり燃やして隠滅しろよ。商人ギルドの馬車が発見されちゃあ討伐隊が派遣されるかもしれねぇ」
さんぞくA さんぞくB さんぞくC が あらわれた!
治安が悪くなったのか、こんな辺境まで見回りの兵を割く余裕がなくなったのか。
まぁとりあえず久しぶりに――
「運が悪かったな、お前ら」
「なにいっ――」
席を飛び降り、駆け抜けながら軽く腕を振るうと、触れたか触れないかというところで山賊の身体が『はじけ飛ぶ』。
まるで、小蟻をデコピンで殺すかの如く。本当に……痛みも何も感じる暇もなく死んだろう。
「ひ!」
「あ――」
「……魔物にでも襲われたと思ってくれるといいけどな、ここを通る人間に」
鎧袖一触どころの話じゃあないな。返り血すらつかない。
文字通り消し飛んでしまう。やはり……強すぎるな、これ。主都での生活で嫌って程理解させられたが、これは表に出していい力じゃない。
「なんだかんだで慣れちまったよなぁ人殺しも」
そうして俺は、山道に残された血痕に特別な思いも抱く事なく、ただ平然と里への帰路につくのだった。
翌日の正午、無事に里に到着。
幸いな事に、この里に直接の悲劇が訪れるという話を俺は知らないし、当然今も平和な時間が里に流れていた。
よかった『故郷の里は燃やされるか滅ぼされるのがお約束でしょう!?』って力説するシナリオ担当さんにボツを出して。
俺も田舎出身なので、それだけはちょっと嫌だったんです。
すると、里の門を馬車が通り抜けようとした瞬間、里の中から一人の少女が駆け寄って来た。
「ケイアー! ケイアー! おかえりなさーい!」
藍の長髪を靡かせた女の子。凄いな、たった一年でまた成長したのか?
さすが主人公、将来美女になるのが約束されているような美少女っぷりを周囲に振りまきながら、笑顔で俺を出迎えてくれたのは――
「ただいま、リヴァ。去年は年末に戻れなかったから……一年ぶりかな?」
「うん、そうね! でもケイアすぐ帰っちゃうんだもん。今回はいつまでいられるの!?」
ニコニコと笑顔のリヴァが、期待を込めた様子でそう訊ねてくる。
「ねぇねぇ、秋までこっちでゆっくりしてってよー。収穫祭、今年は野菜が沢山とれるかもってお母さんもお父さんも言っていたんだよー?」
「ははは。実は今回は帰省というよりは……引っ越しかな? また、この里に住むつもりで戻って来たんだ」
「嘘!? ほんとにほんと!? ずっといるの!?」
「ほんとほんと。しばらくここで行商人との交渉役の手伝いでもするさ。それに一応『元冒険者』だしね、自警団の手伝いもするつもりさ」
「えー? 元冒険者って言っても一年も所属してなかったんでしょー? だいじょうぶー?」
無邪気に、そしてどこまでも嬉しそうに話すリヴァを見ていると、ああ……これが父性なのだな、と感じてしまう。可愛くて仕方ないのである。
これはあれですね、お父さん、男の仲間なんて加入させませんよ! 案件です。
「まぁなんとかね? さ、じゃあ一先ず宿に行くから、隣乗るかい?」
「うん! 後ろに商品とか変わった物ってなーい?」
「んー今回は行商じゃないから私物が殆どだよ」
「ちぇー。あ、でも剣がある! いいなー、私も一本欲しいなぁー」
「年頃の娘さんが武器を求めるんじゃありません」
「えー、自警団の人とたまに訓練もしてるから、結構上手に扱えるんだよ?」
隣に座ったリヴァがすかさず荷台に向かい上半身を突っ込み物色し始めるが、残念ながら今回は流行りの服やらお菓子はありません。あくまで私物です。というかスカートでそんな体勢とるんじゃありません。色々見えそうです。
席に戻ったリヴァの手には、俺が普通の商人だとカモフラージュの為に持っていた、簡素な造りのいかにも護身用といった具合のショートソードが握られていた。
「ほらほら見て、この程度なら片手で振れちゃうんだから」
「はは、凄いな。じゃあ……俺は予備の剣があるし、それあげようか?」
「うそ、本当に!? これ昔っから持ってた大事なヤツじゃないの!?」
「まぁ暫く出番はないだろうしね、あげるよ。ただし無暗に鞘から抜かない事」
「はーい。うわぁ……嬉しいなぁ……」
ははは、マジかよ。まさかの俺が主人公に初期装備を託す人間になってしまった。
しかしもう剣の訓練も始めているのか……恐らく才能もあるんだろうし、これは彼女の向かうルートは決まったか……?
そうして里の中を馬車でゆっくり進んでいると、住人の皆が話しかけてくる。
皆、温かく出迎えてくれる。それが嬉しいのもあり、毎年しっかり戻って来ていたんだよな。だが――
「また来たのかよダメ商人。今度はいつまでいるんだよ、お前」
「“シリュー”君じゃないか。一年ぶりだね」
「なんでシリューはケイアの事そう呼ぶのかなぁ……ケイアはこっちに戻ってきたんだってさ! ずっといてくれるんだ!」
そう言いながら嬉しそうにリヴァが先程あげた剣の鞘でこちらをグリグリしてくる。
イタイイタイ、やめなされやめなされ。が、その瞬間シリューの表情がとても不機嫌な物に変わるのを見逃さなかった。
……知ってるさ。君はリヴァが好きで、最初のバッドエンドを引き起こす要因でもある。
まぁ、それを回避させる目的もあり、早い段階でこの里に戻って来たんだが。
「なんでだよ! お前こんな里に戻ってなにする気だよ」
「しばらくのんびりするさ」
「……チッ、次期里長としては都会に染まった人間は信用出来ねぇんだよ。じゃあな」
そう言いながら、彼は里の中央へと向かい去っていく。
……彼は、この里の長の一人息子だ。そして、リヴァの事を好きなのを知っている。
そして、申し訳ないのだが……彼は物語上、バッドエンドを引き起こすか、もしくは非業の死を遂げるかの二択しか存在しない。
まだまだ未来の話ではあるのだが。
「ケイアはダメ商人なんかじゃないもんね?」
「んー、稼ぎを気にしないで道楽であっちこっち行ってるし、ダメ商人なんじゃないかねー?」
「えー! 私にいろんなお話してくれるじゃない! 最高の商人だよ!」
「そう言ってくれるのはリヴァだけだよ。おーよしよし」
「いやよーそろそろ子供扱いは……」
「これは失礼」
「でも甘やかして!」
「複雑なお年頃ですな」
とまぁ、現状リヴァとは結構仲も良いと自負している訳だ。
さぁて……明日からまた新生活だな。とりあえず宿と長期契約を結んで……さすがにこの歳で両親と同居は、この小さい里の中じゃあ示しがつかないな。
その後、宿でリヴァと別れた俺は、長期契約結んだ後に徒歩で実家へと戻る。
丁度昼食の為に父さんも戻ってきていたので都合がいい。
「ただいま、父さん母さん」
「あら、思ったよりも早かったわね」
「文を出していただろう?」
「けど予定より二日程早いわね。自分の馬車で来たのかしら?」
「正解。今回は乗合馬車じゃなくて自分の馬車で来たよ」
「よく戻ったなケイア。自分の馬車というと……ギルドから支給された馬車か。行商人で自分の馬車をギルドから借り受けたのではなく譲り受ける者は中々いないと聞いたぞ」
「まぁね、それなりに上納額も納めているし、貢献しているからね」
「そうかそうか。それで、今回はいつまでいるんだ?」
説明中。とりあえず宿に長期で泊まりつつ、小さい自分の家でも持つつもりだと。
そして三年後に里をまた出るつもりとはいえ、現段階では引っ越して来たのだと伝える。
「まぁ! 嬉しいわね! 母さん、最近ちょっと疲れやすくなってきたし、おつかいとか頼もうかしら?」
「いいよ、問題ない。二人もそろそろ歳だしね」
「そんな事はない。クワを振る回数も落ちず、斧を振る回数も増えていく一方だ。こんな事なら私も戦士を目指すべきだったかもな」
「ははは、言うねぇ」
まぁ二人がまだまだ若いというのは俺も同意。俺もあんまり老けないが、これは親譲りかな。
「じゃあ、俺は馬車の荷物を下ろししたり色々してくるよ。報告に来ただけだからさ」
「ん、分かった。今晩里長にも顔を出した方がいいぞ」
「了解。じゃあまた後で」
ゆっくりと里を見ながら宿へと戻る。
本当に平凡な、けれども平和で優しい時間が流れる里。
元々、良質な木材がとれるからと切り開かれた土地らしいのだが、今ではその需要もほとんどなく、木材の加工品や野菜をほそぼそと外に売っているだけの、どこにでもあるような里。
ここに、三年後にとある冒険者の一団がやってくる。近くにある遺跡の調査の為にここに滞在するのだが、その一人に『たまたま剣の訓練をしていたリヴァが見いだされる』のだ。
そして外の世界に憧れを抱いていたリヴァは、主都に出る事を目指す。別に、何か特別な使命を帯びていたり、特別な血筋だったり、そういういかにも主人公らしい動機は彼女にはないのだ。
だが……。
「……ゲームはミスティア王国を出るところまでしか出来ていなかった。出る理由だってさまざまだが……」
共通して言えるのは、人間と亜人、獣人族の交流が深まって来たのと時同じくして『魔族』と呼ばれている、北の果ての大陸に住む亜人が不穏な動きを見せ始めた事への対処の為だった。
特使として赴く場合。侵略する為の軍として参加。今の国を裏切り、向こうに付く為の出奔。そして――国を追われる立場に身を落とす場合。
理由は多々あれど、彼女はいずれこの国を出る。それだけは決まっている流れだ。
「けどなー、バッドエンドでこの里で一生を終えたり、奴隷に身を落としたり色々あるからなー……しかもその場合は国が亡ぶって内部設定もあったし」
つまり最初の関門として、彼女がこの里に残る道だけは潰さないといけないのだ。
悪いなシリュー君。君とリヴァを仲良しこよしにする訳にはいかないのだよ。
「あ、ケイアー! 挨拶はもう終わったー?」
考え込んでいると、リヴァが先程あげた剣を早速腰に取り付けて駆け寄って来た。
私服に剣を下げる姿は中々に浮いているが、嬉しそうなのでヨシ!
「みてみて、腰に付ける為のベルト買っちゃった! ちょっと素振りするとこ見せてあげるから空き地にきてよー」
「元気だなぁ……どれ、じゃあ見せてみろリヴァ」
「ふふふ……私の剣筋に見惚れるといいわよ!」
ああもう可愛いなこいつ! こりゃシリュー君じゃなくても若い男ならイチコロですわ。
空き地に向かうと、そこには日頃から訓練に使っているのか、表皮がズタボロに剥げている一本の木があった。そのうち木偶人形でも作ってあげようか。
「この剣いつもの木剣より少し重いけど、見ててね!」
「怪我するんじゃないぞー。しっかり握るんだ」
『えいえい』と、あまりにも普通な掛け声と共に素振りを始めるが、すぐに剣で木を斬りつけようとして手を止めた。
「木剣じゃないから木が斬れちゃうかも!」
「どんな達人だよ……」
「ほら見て見て、自警団の皆が使う『三段斬り』だよ。ちゃんと野生の動物だってしとめられるってお墨付きもらったんだから」
「おー、すごいすごい」
順調に剣士としての道を進んでいるようですな。というか――
「確かに駆け出し冒険者よりはしっかり剣も振れているね。これなら弱い“魔物”なら狩れそうだ」
「ほんとに!? この辺りじゃ魔物も出ないから、試した事ないんだ。いつか森の奥に遠征に行く自警団にくっついていってみたいなー」
「はは、じゃあ次は木剣に持ち替えて少し俺と打ち合ってみようか」
「いいの!? 私強いよ、商人のケイアじゃきっとすぐに負けちゃうよ?」
ニマニマと笑いながら、木の裏に置いてあった木剣を二本、リヴァが持ってくる。
大丈夫……手はしっかりと抜けます。攻撃の意思……明確な害意がなければこの力が暴走する事はない。間違ってリヴァまで吹っ飛んで行ったらこの世界つんじゃうから!
そして今言ったように、この世界の魔物と呼ばれる生物。これはまぁ、ゲーム時代から当然存在する敵であり、主な死亡原因がこいつによるものだ。
この先、魔物の動きが活発になり、徐々に世界全体の危険度が増していく。
幸いこの里の周囲に魔物の姿はないが、連中は確かに人々の脅威としてこの世界に存在しているのだ。
「じゃあいくよー! はじめ!」
「よしこい!」
彼女の剣を受けながら、しみじみと思う。『ああ、ここまで来たんだな』と。
『無事に大人になりつつあるんだな』と。赤ん坊の頃からの付き合いなのだ、本当に気分は父親のようなものなのだろう。
「くっ……この!」
「おっと。今度はこっちからだ」
軽く剣を受け流しながら、彼女の技量の高さに舌を巻く。本当にこの子は強いな。
少なくとも……まだ一五歳とは思えないどころか、素人とはとてもじゃないが思えない程に。少なくとも辺境の自警団じゃどうにもならないレベルだ。
「本当強いなリヴァ……ちょっと驚いた!」
「私も! 凄い凄い、本気なのにかすりもしない!」
「主都で一応戦って来た身だから――ね!」
木剣を弾き飛ばし、切っ先を彼女に向ける。
「うそ……ケイアってこんなに強かったの……?」
「そっちこそ、もう自警団のみんな相手じゃ訓練も出来ないんじゃないか?」
「んーどうなんだろ? 最近一緒に訓練してくれないんだよね、危ないからって」
ははーん……さてはもう勝てないと思って、一緒に訓練して恥をかかされないようにしているな?
「今度からは俺が訓練に付き合うよ」
「本当!? じゃあじゃあ、訓練だけじゃなくて主都の話も教えて! 私いつか主都に出てみたいんだー」
「ああ、いいぞ。ただ外は危ないからな? 強くなるだけじゃなくてしっかり勉強……この場合は相手を疑う事も必要だからな? 知識は多い程良い」
「そっかー……じゃあ訓練は終わり! 明日家の手伝いが終わったら宿屋に迎えに行くね!」
そう言いながら、またしても嬉しそうに駆け出すリヴァ。……この子がこの先、世界の中心へと向かい進んでいく。これは、その第一歩なのかもしれない。
こうして、俺の最後の準備期間。里で彼女と過ごす日々が始まったのだった。
「……今日から一応裏山の木の実も集め直すか。これ以上強くなっても意味は薄いけれど」
「これでストックは今日で丁度九〇〇個かな」
里に戻ってからほぼ毎日回収していた木の実。外出で回収出来ない日もあったが、それでも三年と少し、十分な数が集まった今日この頃。
裏山の木々も色づき、季節はそろそろ収穫祭、実りの秋へと移りつつあった。
そう、村に戻ってからさらに三年半の時が過ぎた。つまり……。
「収穫祭の日、外から冒険者パーティーがやってくる……いよいよ本編の開始、か」
リヴァも、つい先日一八歳を迎え、この里の基準では大人の仲間入りを果たしている。
男は一五から大人扱いなのにこの差はなんなのか。やはりこちらでも女性は大事に守られているのだろうか?
「最初の分岐。今日、シリューはリヴァに告白する。それを受け入れたら……里に残り、時代の変化に里がついていけなくなり、やがて世界は戦乱の時代に突入し滅んでいくって設定だったな」
きっとどんな道を選んでも、彼女の存在が主都、ひいては国の行く先になんらかの影響を与えるのだろう。
それがないと、どうあっても国は破滅への道へ進む……はずだ。
ゲームと同じとは限らないが、そもそもの話リヴァは嫁にやらんぞ。
シリューは典型的なサル山の大将気質で、里で一番美しいリヴァをただ隣に置き、自分を大きく見せたいという欲だけに見える。
無論、好きだという気持ちも嘘偽りはないのだろうが。
「そろそろ里に戻るか。冒険者パーティー……つまり彼女の最初の仲間になる人間だからな……是非会っておきたい」
ゲーム時代、実はこの段階でランダム要素が発生していた。
最初の仲間は主都までの短い期間の仲間でしかなく、その容姿や名前、パーティー編成もランダムだったのだ。
これでもしも男だらけのパーティーだったらどうしてくれようか。リヴァの身に何かあったら大変だ。
急ぎ里に戻り、収穫祭の飾り付けのされた広場でリヴァの姿を探す。
この収穫祭は近隣の村や行商人も足を運ぶくらい大規模な物で、ここでの出会いが恋仲に発展するという話や、ここで求婚すると結ばれる、という話もある。
そして……今日、リヴァはシリュー君と里を見て回るのが決定づけられていた。少なくともゲームだった時は。
そして、広場で彼女を見つける。
「あ、ケイア! ねぇ見て見て、この日の為に作った服! どうどう?」
駆け寄って来た彼女は、一八を迎え、以前よりもグッと美人になっていた。
周囲の目を引き、そして既婚者の皆さんもどこか呆けているように見える。
里の子供はみんなの子供。幼いころから見てきたと言うのに、それでも周囲を虜にしてしまう程のべっぴんさんに成長していたのだ。
「似合うよリヴァ。ロングスカートは似合うね、背が高いからかな? まるで舞台役者みたいだ」
「本当!? ふふ、嬉しい。一八になってから初めての収穫祭だもん、気合い入れちゃったよ」
そう言いながら無邪気にはにかむリヴァ。藍の長髪を靡かせながら、まるでスカートを揺らすようにその場でくるりと回って見せる。
この無垢さが、きっと彼女の魅力なのだろうな。ちょっとおじさんもドキっとしたぞ。
ただ、回った時に『腰に差していた剣』がこちらにゴツンとぶつかるのだが。
「グフ! リヴァ、せっかくそんなにきれいな格好してるのに剣を装備してちゃあ台無しだろうに……」
「えー! ヤダ、これは外さないの。私の宝物なんだから」
「まったく……そこまで良い物じゃないんだから、もう少ししたら買い替えた方いいぞ。三年使いこんで来たんだ、そろそろ寿命だ」
「そしたら、柄だけでも差しておくもーん」
折れた直剣しばりでもすると申すか。どこのソウルライクゲームだどこの。
ただ……それはそれでいいのかもしれない。彼女は天才だ、どんな武器だって扱える。
折れて剣以外の選択肢が増えるのならば、むしろ望むところだ。
「ねぇケイア、一緒に収穫祭、見て回りましょう!」
「な!? え、俺とか!?」
その時、まさか予想だにしていないお誘いが! あれ、シリュー君と約束しているわけじゃないのか!? 一瞬驚いて反応が遅れていると、ほぼ同じタイミングでさらにもう一人の人物が。
「おっさんなんて誘ってないで、俺と見て回らないかリヴァ。今日は隣村の村長を出迎えるんだが、それまで見て回ろうぜ」
「げ、シリュー。なんであんたと見て回るのよー」
「いいじゃないか。どうせ里の入り口まで行くんだから付き合えよ。な? おっさん、ここは次期里長に譲ってくれないか?」
ふむ、非常に面白くないが……この反応を見るに、今日突然リヴァが彼に惚れる、なんて事はないだろうな。
三年間見てきたが、別段この二人が親密な仲という風には見えなかったし、そうもならなかった。どちらかというと悪友? というか腐れ縁? 小さな里で同い年なのはこの二人だけなのだから、当然と言えば当然なのだが。
「リヴァ、たまには彼と見て回るといいんじゃないか? 同年代だ、きっと俺とは違う物の捉え方だってするし、彼もこの里の将来を考えて動いている。そういう権力者の考え方を学ぶのだって立派な勉強さ」
「えー! 今日も勉強なのー?」
「ははは、人生なにごとも経験、そして勉強さ。シリュー君の言うようにおっさんは退散するさ」
「……どう見ても二つ三つくらいしか離れていないように見えるけど……今年で三三だよね?」
「はいそうです。いやぁ……俺もまだまだ捨てたもんじゃないな。実は今日一緒に見て回りたいって何人かに誘われちゃったよ」
そう、この里に戻って俺にも春がやって来たのである! 季節は秋だけど!
まぁ誰かと見て回る予定なんてないんですがね。
「もー! どうせ人と見て回るのに私が邪魔なんでしょー! いいよ、じゃあ今日はシリューと見て回る!」
「はは、そう怒るなって。じゃあシリュー君、リヴァを任せたぞ」
「へへ、おう」
心底嬉しそうに相槌をうち、シリュー君がリヴァを連れて里の飾りつけ、出し物をみてまわりにいく。
このモヤモヤした気持ちは……そうか、これが父の気持ちか!
そうして二人を見送った俺は、里の入り口、外部からやってくる人間を確認しに向かうのだった。
「ケイアさん! こんにちは、もしかして警備のお手伝いですか?」
「ああ、こんにちは。警備って程じゃないけど、怪しい人間がこないか俺もここで調べさせてもらうよ」
里の入り口では、門番をしている自警団が通行人と二三言葉を交わし中へと通す、という作業を繰り返していた。
出身地や大きな荷物の中を検めるだけなのだが、これも大事な仕事だ。
今日は外から行商人も多くやってくる。中には、以前商人ギルドで顔見知りだった人間も紛れている。
向こうもこちらを覚えており、少し話し込みながらも順調に客も増えてくる里。
そうした時間を過ごしていると、一つの馬車が近づいて来た。
「行商人でもなければ……荷馬車も商会やギルドの物でもない。あれか?」
御者をつとめているのは、ローブ姿の女性。いや美人だなおい。しかもローブごしにスタイルが見て取れるって、どんだけデカいんですか、何とは言わないが。
早速馬車を止め、言葉を交わす。
「こんにちは。どちらから参られたのですか?」
「こんにちは門番さん。主都から遺跡調査に来たのだけど、ここで少し準備を整えたり、休んだりしたいのだけど」
「現在、この里の収穫祭で近隣から人が増えています。トラブルを防ぐ為に荷台をあらためても?」
「構わないわ。私の仲間がいるから、降りてきてもらうわね」
どことなく妖艶な色を見せる御者の女性が後ろに声をかけると、女性二名と男性二名が降りてきた。
ふむ……装備から察するに、剣士一人に弓使い一人。男性二人は学者というか……魔術師か。そしてこの御者の女性は……腰に剣を下げているな。
「危険な物は持ってきていませんね、皆さんの武器以外は。里内での抜刀は厳禁ですが、歓迎しますよ。宿はこの道をまっすぐ進んで、里の広場を通り過ぎてすぐの場所にあります」
「ふふ、そう。ありがとうね、門番さん」
「お邪魔しますねー!」
「収穫祭か。私も自分の里を思い出すな」
「良い時期に来ましたね。後で見て回りましょうか」
「俺もうまい酒が飲めそうだし、異論なしだ」
五人を里に迎え入れる。そうか、遺跡の調査なら研究者も兼任している術師が多いのも納得だ。
となると……魔術師二人、剣士二人、そして弓使い一人。そこにリヴァも加わるとなると、中々にバランスの良い編成になるな。
馬車が里に入ろうとした時、御者の女性が再び馬車から話しかけてきた。
「ねぇ門番さん、よかったら後で一緒に見て回らない?」
「ん、俺かい? 構わなけど、まずは自己紹介でもしようか」
「ふふ、そうね。私は“ジェシカ”傭兵ギルド所属の剣士よ。貴方は?」
「俺はケイア。この里で自警団やら商店の手伝いやらしてる便利屋みたいなもんだね。じゃあ宿まで送るよ」
「あらそう? じゃあ隣、座って頂戴」
「あー、またジェシカが男ひっかけてる! 門番さんいい男だからってー!」
するとお仲間の一人、幾分若い印象の女の子がそう文句を言う。
……常習犯なのか。これが逆ナンですか。お兄さんもまだまだやれますな?
「ふふ、珍しいくらいキレイな金髪だし目を引くのよ、貴方。なんだか地方ではあまり見かけないくらい良い男よ?」
「こりゃ光栄。実は三年前まで主都にいたんだよ、俺も」
「あらそうなの? 何してた人?」
「商人。このナイスフェイスで奥様方を虜にして色々売り付けていた悪徳商人だったりしてね?」
「ふふ、おかしな人。でも納得、なんだか外の人間に慣れてる感じだし」
「ふむ……本当に悪徳商人なら関心しないが、冗談であろうな?」
「本当冗談なんで睨まないで下さい、恐いです」
するともう一人の女性、弓の手入れをしていた人物がギロリと視線を飛ばす。
ただのジョークです、本当なんです、決して有閑なマダムに怪しい商品を売りつけたりなんてしてません! それでもって『奥様……よろしければ私が――』みたいな出来の悪いドラマみたいな展開は起こしていませんから!
「……美男子は信用してはならんという家訓がある。悪かったな」
「お褒めにあずかり光栄です? いやぁ……君達二五かそこらでしょう? そちらの魔術師の方達と俺、同年代だと思うんですが。さすがに美男子は無理があるよ」
こらそこの魔術師達、なぜそんな目で見る。俺は三三でもうすぐ誕生日でさらに一歳増えるぞ。
「うっそでしょう……私は今年で三二になりますよ?」
「俺も三五になるが。おまえさん、いくつだ?」
「後二月で三四ですが」
「うそでしょ……九つも違うの貴方……どうなってるのよ」
「いやぁ、こればっかりは親譲りですねぇ」
こうして、リヴァの旅立ちの仲間となるであろうパーティーとの邂逅を果たしたのであった。
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