第81話 三度目の卒園式
私の部屋に彼がいる。
そして彼は私がパジャマを脱ぐのを待っているようだ。
「お、お父さん……私、自分でお着替えできるから、手伝わなくてもいいよ」
「えーっ? そんな悲しい事を言わないでくれよ、広美!! お父さんはお着替えを手伝うのが毎日の楽しみなんだからねぇ」
いや、隆君……それを楽しみにするのはちょっと変態……いえ、おかしいと思うよ。
それに毎日、隆君が着替えを手伝っているの?
でも、さっきつねちゃん言っていたよね。
私の下に弟が二人もいるみたいだもんなぁ……
母親一人で三人の子供のお世話は大変だろうから自然と私の世話は隆君の担当になっているんだろうなぁ……
「でも、今日で幼稚園卒園するし、今日からは自分でお着替え頑張りたいなぁ……」
私が咄嗟にそう言うと彼は少し悲しい表情をしたけど、直ぐに笑顔になり嬉しそうにこう言った。
「おぉ、さすがはお父さんの娘だ!! 広美、偉いぞぉ!! お着替えを手伝えないのは少し残念だけど、お父さんとしてこれは喜ぶべき事だから……よし、それじゃぁお父さんも自分の部屋でお着替えしてくるから頑張って自分でお着替えするんだぞ?」
「は、はーい……」
彼が私の部屋を出てから数分経った間に私の中である変化が現れた。
変化というか、思い出したと言った方が正しいかもしれない。
何を思い出したかと言うと、『五十鈴広美』という子の記憶……
まぁ、目が覚めた時には何も分からなかったのに短時間でこれまでの記憶が甦ってきた。まぁ、記憶といっても二、三歳くらいからの記憶からだけど……
でも今の私にとっては凄く有りがたい。
だって前の時には……彼が教えてくれた言葉だけど、前にタイムリープした時には今まで覚えていた勉強関係は全て忘れていたし、卒園式前までの記憶も無かったから。
今回はそんな事は無いみたい。
五十鈴家に生まれて物心がついた頃の記憶は今、完全に甦っている。
それに中三の一学期まで習っていた勉強もある程度は覚えているみたい。
これって凄い事かもしれないなぁ……
でも、これは隠しておこう。
変に『天才少女』なんて騒がれると静かな生活ができないかもしれないし……
そうこうしているうちに卒園式に行く時間になった。
彼が先に玄関のドアを開けて外に出ようとした時、
ガチャッ……
「さぁ、行こうか? ん? 君は……」
彼がドアを開けて外に出ると目の前に女の子が立っていた。
「あーっ!? 千夏お姉ちゃん!!」
記憶が甦っていて良かったぁ……
「おはようございます!!」
「あら、どうしたの、千夏ちゃん?」
「広美ちゃんに卒園おめでとうって言おうと思って……」
「おぉぉ、千夏ちゃん、わざわざありがとうな」
「千夏お姉ちゃん、ありがとう!!」
この子は近所に住む『中野千夏ちゃん』……現在十歳で四月から小学五年生になる女の子だ。
「うん、四月から小学校、一緒に行こうね?」
「千夏ちゃん、四月から広美をお願いね?」
「はい、分かりました!! 任せてください!!」
【青葉第一幼稚園卒園式】
私にとって『三度目』の卒園式が無事に終わった。
しかし、またこの幼稚園に通う事になるなんて夢にも思ってもいなかった私はとても感慨深いものがある。
そんな私に担任の三田先生が声をかけてくれた。
「広美ちゃん、卒園おめでとう!! そして五十鈴君達もおめでとうございます!!」
え? 五十鈴君……?
先生の名前は『
たしか先生の旧姓は佐々木……
昨年の夏に結婚したばかりの新婚さんだ。
「マ、マーコ……有難う……しかし未だに信じられないよ。マーコがうちの娘の担任だなんてさ……」
ん? マーコ??
彼も三田先生の事を……
「そうね。私も入園式の時に五十鈴君と常谷先生……いえ、奥さんの顔を見て、私夢を見ているんじゃないかしらって思ったくらいに驚いたし……」
「フフフ……でも佐々木さん……いえ、今は三田先生だったわね? 私、本当に嬉しかったわ。少しの期間だったけど勉強を教えた生徒がそのまま福岡に行っても頑張ってくれて……ちゃんと夢を叶えてくれたんだから……そして、その教え子が、まさかうちの娘の担任の先生になるだなんて……本当に嬉しくて嬉しくて……」
やはり二人は三田先生と昔からの知り合いなんだ。
三人の会話を黙って聞いている私だったけど、聞きたい事が山のように湧いてきた。
「五十鈴君は全然変わらないね? 昔と一緒だわ……」
「えっ? それってどういうことだよ? 俺、全然成長してないってことかい?」
「フフフ……そんな事は無いよ。凄く大人になったと思う。でもあの時の何とも言えない優しい雰囲気はそのままだなぁって……」
「あ、有難う……何だか照れるなぁ……ハハハ……」
彼は少し恥ずかしくなったのか頭を掻きながら、私達から離れ他の園児の父親達の所へ行ってしまった。つねちゃんは近くにいるけど、他の先生と話をしている。
その場を離れた彼を見ている三田先生の表情がどうも怪しく思えた。
もしかして三田先生は彼の事を……
「ねぇねぇ、マーコ先生……?」
「えっ? 広美ちゃん、今、マーコ先生って呼んでくれたの!? 今までマーコ先生って呼んでくれた事がなかったから先生、とてもビックリしちゃったわ……それに凄く嬉しい……」
三田先生は凄く喜んでくれているけど、中身が『石田浩美』の私としては『マーコ先生』って今まで呼べなかった事に対して少し情けないやら恥ずかしいやら……
「マ、マーコ先生はお父さんを昔から知ってるの?」
「えっ? フフ、そうよ。広美ちゃんにはまだ分からないかもしれないけど『高校生』の時の同級生だったのよ」
高校の同級生!!
これはますます色々な話を聞きたい……よし、思い切って聞いてみよう。
「ふーん、そうなんだぁ……それでね……マーコ先生はね……お父さんのことが好きだったの?」
「えっ!? 広美ちゃん、凄い質問をするわね? うーん、どうしよっかなぁ……よしっ!! それじゃ広美ちゃん、耳を貸してくれるかな?」
「うん……」
「先生は広美ちゃんと同じくらいお父さんの事が大好きだったのよ。でもこれは皆に内緒にしておいてね? 特にお母さんには言っちゃダメよ?」
やはりそうだ。
「うん、分かった。内緒にするね。それでね、マーコ先生? 小学生になってもマーコ先生に会いに来てもいいかな? それでね、昔のお父さんのお話を聞かせてくれないかな……?」
「うん、全然構わないわよ。いつでも遊びに来てちょうだい。昔のお父さんのお話、いっぱいしてあげるね」
「わーい、やったー!! 有難う、マーコ先生……」
すると私を呼ぶつねちゃんの声がする。
「広美、そろそろお家に帰るわよ」
「はーい、お母さん!! それじゃ、マーコ先生さようなら~っ!!」
「さようなら、広美ちゃん……また、たくさんお話しましょうね……五十鈴君、いつまでもお幸せにね……」
―――――――――――――――――――
私達は家に帰ると弟二人を祖父母に預け、彼と私と三人だけで車に乗って出かけた。
私が前に卒園式が終わったその日に『エキサイトランド』と隣接している『エキサイト公園』に連れて行って欲しいとお願いしていたからだ。
私は彼とつねちゃんに挟まれ三人、手を繋ぎながら公園内にある並木道を歩いている。
とても綺麗で優しいつねちゃん……
優しくてカッコイイ彼……
私は二人に挟まれとても幸せだった。
すると彼が私の頭の上からつねちゃんに話しかける。
「香織……」
「なーに、隆君……?」
「一生、幸せにするから……」
「フフフ、急に何を言い出すのかと思えば……でも有難う、隆君……本当に隆君が旦那さんで私、良かったわ……」
「か、香織こそ、広美の前で何てこと言うんだよ? 照れるじゃないか……ハ、ハハハ……」
私の方が照れ臭いよ、五十鈴君……
でも……五十鈴君本、当に夢が叶って良かったね。
お父さん……お母さん……
五十鈴君……つねちゃん……
二人の子供として生まれて来て良かった……
いつまでも二人仲良く、元気でいてね……
これからは私が二人を見守っていくからね……
―――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
次回、最終話(予定)となります。
どうぞ最後までどうぞ宜しくお願い致します。
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