第79話 あなたが初恋の人で良かった

「あら、もうお友達は帰ったの?」


 気を遣って病室から出てくれていたお母さんが戻って来た。


「う、うん……私が少し疲れたから……」


「え? そうなの? 先生、読んだ方がいいわね?」


「だ、大丈夫よ、お母さん……今はだいぶマシになったから」


「本当に大丈夫? 無理してない?」


 お母さんはとても心配した表情で聞いてくる。


「大丈夫よ……友達ならともかく、お母さんに無理なんてしないから……」


「そう? だったらいいんだけど……あっ、そうだ。今日はお父さん、仕事が早く終わるそうだから、明と智美も一緒に病院に来れるみたいよ」


「え? そうなんだ……」


 最近、お父さんは仕事が忙しくてなかなか病院には来れていない。


 でも恐らくお父さんは私の治療費を稼ぐ為に必死に仕事を頑張っばってくれているんだと思う。以前よりも出張の回数も増えているみたいだし……


 私は自分の身体よりもお父さんが働き過ぎて倒れないか心配してしまう。


 ほんと『前の世界』と変わらず『この世界』でもお父さんは私の事を凄く愛してくれているんだと思うと感謝しかない。


 あれだけ『この世界』ではお父さんともっと一緒に遊ぼうと思っていたのに、やはり思い通りに出来なかった事が今となっては悔やまれる。


 それに弟の明や妹の智美ともあまり遊んであげれなかったなぁ……


 明は幼稚園の年長さん、そして智美は年中さん。

 二人の小学生姿を私は見る事が出来ないんだなぁ……


 そう思うと涙が出そうになる。


 それに……


 彼や久子達の高校生になった姿も見れない。


 彼がつねちゃんと結婚する場面も見れない……

 まぁ、それはあまり見たくは無いけれど……


 っていうか、彼がちゃんとつねちゃんにプロポーズできるのかなぁという心配もあるよね?


 きっと彼は高校生になってもモテると思うし……他に好きな人が……

 絶対に浮気しないっていう保証なんて無いもんね。


 私の分までつねちゃんには幸せになってもらいたい。

 私の代わりはつねちゃんしかいない……


 とても心配だなぁ……この心配を解消させる方法は無いかなぁ……


 そして私は彼達との会話を思い出す。


「二学期かぁ……」


「え? 二学期がどうしたの?」


「う、うん……今度、久子達がお見舞いに来るのは二学期にしてもらったというか……」


「へぇ、そうなんだぁ……それじゃぁ、この夏休みの間にしっかり治療して元気な姿でお友達に会わないといけないわね? 頑張ろうね、浩美……?」


「う、うん……頑張って治療する……」


 あっ、そうだ!! 良い方法を思い付いたわ。


「それとね、お母さん?」


「何かしら?」


「私、二学期までに皆に手紙を書こうと思っているの」


「へぇ、それは良い事ね。それで次にお見舞いに来てくれた時に手渡すのね?」


「渡せるといいなぁ……」


「浩美、そんな弱気でどうするの!? 絶対に二学期に手紙を皆に渡すっていう強い気持ちを持たないとダメよ。じゃないと病気に勝てないわよ」


「そ、そうだね……ゴメン、お母さん……」


「いずれにしても浩美はお友達が多いからお手紙を書くのは大変かもね?」


「ハハハ、大変だけど頑張って書くわ」



 本当はこの時、私はお母さんに手紙を託そうと考えていた。


 でも、お母さんの言う通り、元気な姿で私が手紙を渡せるのが一番良いに決まっている。


 それに、もしそれが叶わなくてもお母さんはきっと彼達に手紙を渡してくれるだろう。


 だから今、お母さんに手紙を託すのは止めておこう……


 ただ一つだけ……


 これだけはお母さんに今のうちに言っておいた方が……


「あのね、お母さん……手紙なんだけど……五十鈴君にだけは二通書くつもりだから……それだけは覚えておいてね?」


「え、どういう事かしら?」


「一通は二学期に渡すけど、もう一通は五十鈴君が高校生になって、何かに悩んだ時に読んでもらいたいの。だから願い、お母さん!! それだけは覚えておいてくれるかな!?」


「・・・・・・」


 お母さんは数秒間、黙った後、笑顔でこう言ってくれた。


「うん、分かったわ。覚えておくね?」



 そして私は彼達に手紙を書き始める。


 書いている時、涙が止まらなかった。


 さすがに自分の身体の事はよく分かる。


 もう、お別れの時が近づいている。


 恐らく私が彼達に直接、手紙を渡す事はできないだろう……





 【九月一日 午前九時三十分】


 はぁ……だんだん意識が遠のいていく……


 かろうじて少しだけ目を開けているけどぼやけて見える。


 お父さんやお母さん、そして明や智美の泣き叫ぶ声がかすかに聞こえている。


「お父さん、お母さん……」


「 「浩美!!」 」


「お父さん、あまり一緒にいれなくてゴメンね……」


「何を言っているんだ、浩美!! お父さんはお前が娘でいてくれただけで幸せだぞ!!」


「う、うん……」


「浩美!!」


「お、お母さん……私の分まで長生きしてね……」


「嫌よ!! 浩美よりもお母さんが先に死ぬんだから!!」


「ハハハ……ゴメンね……」


「明……智美……もっと一緒に遊びたかったなぁ……」


「 「お姉ちゃん!! ウェーン!!」 」

 


 ……今日って何日だっけ?


 あ、もしかしらた今日は九月一日かもしれないなぁ……


 今日から二学期が始まるんだぁ……会いたかったなぁ……


 みんな……ゴメンね……


 タッタッタッ タッタッタッ


 あ、廊下を走る音が聞こえる……


 彼が走っているのかな?


 そうだったらいいのになぁ……


 でも、廊下は走っちゃいけないんだよ……



 久子、山田君といつまでも仲良くね。


 川ちゃん、いなっち、仲良くしてくれてありがとね。


 高山君、いつも助けてくれてありがとう。


 奏ちゃん、私の分もバレーボール頑張って。


 順子……順子の演劇、観たかったなぁ……順子だったら絶対に優勝だよ。

 出来れば私の代わりに女優になってほしいなぁ……


 あ、立花部長に結局、手紙書けなかったなぁ……元気にしているのかな……


「 「浩美、目を開けてーっ!!」 」



 つねちゃん、隆君といつまでもお幸せにね……


 そして……


 バタンッ!!


「い、石田―っ!!」


 最後にあなたの声が聞こえた気がしたよ……嬉しいなぁ……


 


『この世界』での私の時間が止った。






 拝啓、五十鈴隆君へ


 この手紙を読んでいるってことは私はもうこの世にいないということでしょう。


 五十鈴君、今まで本当に有難う。

 そして一緒に卒業できなくてごめんね。


 でも私は全然後悔はしていないの。だってそうでしょ?

 

 私は一度死んでいるのだから。それなのに『この世界』でやり直しができて、事故で死なずにすんで、そしてお母さんの命を救う事ができたんだもの。それだけで私は満足だわ。


 それに何も想いを伝えられないまま死んでしまった私が『この世界』ではちゃんと想いを伝えて死ぬ事ができたの。それも大好きな五十鈴君にちゃんと想いを伝えて死ぬ事ができる。だから私はとても幸せなの。


 だから私が死んでも悲しまないでね。

 それよりも五十鈴君には私の分まで頑張って生きて欲しい。


 そして五十鈴君の夢を叶えて欲しい。


 つねちゃんと幸せになって欲しい。


 これが私の最後の願いです。

 必ず私の願いを叶えてね。


 隆君、モテるからとても心配だわ。


 

 高校生になっても絶対に浮気しちゃだめよ。

 つねちゃんの事だけを考えてね。


 約束だからね。


 もし恋愛で悩んだ時はもう一通の手紙を読んでください。

 それまでは絶対に読まないように。


 これも約束だからね。


 これから私は


 私は夜空の星の一つになって五十鈴君達の幸せを願いずっと見守り続けます。


 本当に今まで有難う。

 私にたくさんの幸せをくれて有難う。


 さようなら、五十鈴君……

 大好きだよ……


 あなたが私の初恋の人で本当に良かった……



                   敬具





―――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


次回、最終章です。

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