第68話 彼の本気

「つ……つねちゃんが……何で……?」


 まさか『つねちゃん』が応援に来てくれるとは思ってもいなかったのか、彼は茫然と立ち尽くしている。


 でも恐らく彼は今日の試合の事をつねちゃんに話はしていたんだろうなぁ……


 私は少し複雑な気持ちになった。


 そんな驚いた彼を笑顔で見ているつねちゃんは彼に向かって小さく手を振ると『女子バレー部兼卓球部顧問』の武田先生のところに挨拶に行った。


 武田先生の反応で二人は知り合いだという事が分かった。



 そして試合開始!!


 各チーム、五名ずつ選出し一人ずつ試合が行われる。

 そして一年生が二年生に一勝でもすれば彼達の勝利になるらしい。


 まずは一番手の村瀬君対羽和キャプテンの試合が始まった。


 村瀬君は『卓球の申し子』と聞いていたけど素人の私が見ても凄いレベルなのは分かる。

 

 対戦している羽和さんも最初は少し余裕の表情をしていたけど試合が進むうちに、表情が厳しくなっていた。


 点数が『10対10』の同点になった時点で突然、羽和さんの目の色が変わった。


 村瀬君の打ち返しにくいところにピン球を次から次へと打っていき、いつの間にか村瀬君は返すだけで精一杯な状況に追い込まれていった。


 そして羽和さんはすかさず卓球台ギリギリのところに『スマッシュ』を打ち、村瀬君も必死に食らい付こうとしたけど、ラケットが届かずに羽和さんのポイントになった。


 このパターンが何度も続き、結果『21対14』で羽和さんが勝利した。

 後半村瀬君は4点しか取れなかった……


 さすがはキャプテンだなぁと私は『敵』ながら関心をしてしまった。


 続く森重君対松井副キャプテンとの第二試合


 『サウスポー』の森重君に最初はやりにくそうに試合をしていた松井さんだったが、次第に森重君の動きに慣れてきたと同時にまだ一年の森重君との体力の差も現れ出し、ジワジワと点差が広がって行く。


「オイオイ、シゲまで負けちゃったら、もう俺達に勝てるチャンスなんて無いよぉ……」


 と、高山君が嘆いていたが、結局『21対15』で松井副キャプテンが勝ってしまった。


「 「なんだぁ~せっかく一年が二年に勝つところを楽しみにして来たのに、そう簡単に一年が二年に勝てないんだねぇ……」 」


「当たり前だろ!! 俺達は一年よりもたくさん練習してきたんだからな!!」


 試合結果に対してガッカリしているバレー部やテニス部女子達に対して試合に出ない二年生男子が言い返していた。


 結局、第三試合、第四試合も二年生の勝利で終わってしまった。


 そして遂に彼の出番が来た。


「五十鈴君、頑張って~っ!!」

 

 久子が彼に大きな声で彼に声援をしたので私も負けじと声援をした。


「五十鈴君、最後まで諦めちゃダメよ~っ!!」


 すると、つねちゃんまでもが……


「隆君、『本気』を見せてねっ!!」


 本気?


「本気?」「本気ってどういう事?」


 私も『本気』という言葉に反応したけど、高山君や大石君も首を傾げながら彼に『本気』の意味を聞いていた。


 でも彼は高山君達に何も返事をすることなく、エースの右川さんが待っている卓球台へと歩いて行った。


そして右川さんが笑顔で彼に話しかける。


「五十鈴、悪いけど俺の方が『本気』でいくからね。俺達二年生のプライドに賭けて一年に完全勝利で終わりたいしね……」


 そっかぁ……つねちゃんの言っている『本気』って……


 私の推測が正しければ彼は今まで色々な事柄に対して『本気』でやっていなかったのかもしれないよね?


 だって本気を出せば『本当の自分』が……せっかく『子供の演技』をしている事がバレてしまうかもしれないし……


 ということは今回、彼の提案した練習方法を賭けての勝負だし、負ける訳にはいかないから『本気』を……『今の年齢以上』の実力を出すのかもしれないわ。


 これは凄く見ごたえがあるかも……



 そして試合開始!!


 彼からのサーブで始まる。


 パシッ!!


「あっ!?」


 右川さんは彼のサーブした球をあっさりスマッシュした。

 彼は一歩も動けないでいた。


 あれ? どうしたのかしら……?


「 「 「はぁぁぁ……」 」 」


 高山君達のため息が聞こえてくる。


 そして彼は自分のラケットを見ながら何か考えている様に見える。

 

 彼がいくら強いスピンをかけても右川さんはアッサリと返してくる。


 それも彼が打ち返しにくい所ばかりに……


 何よ、あの右川って人は!?


 少しくらい手加減できないのかしら!?


 でも彼の『本気』ってこの状態のことなのだろうか……


 そうこうしているうちに彼は一点も取れずに『10対0』まで来てしまった。


「あっ!!」


 突然、彼がそう叫ぶと、


「タッ、タイムお願いします!!」


 彼は審判にそう言うと一目散にある二年生の人の所まで走りだした。


 えっ、どうしたんだろう?


 後で聞いた話だけど彼が向かって行った人は井口さんという人で卓球部で唯一『カットマン』をしている人らしい。


 カットマン……そういえば『前の世界』の彼の打ち方って独特な打ち方だった様な……


 自分に迫って来る彼を見て井口さんは凄く驚いた顔をしていたけど、彼はそんな事は気にせずに目の前まで立ち止まり、井口さんにこう言った。


「井口さん、すみません!! 申し訳ないですが井口さんのラケットを貸して頂けないでしょうか!?」


「えっ!?」


 井口さんや他の部員達も凄く驚いた表情をしていたけど、私は彼が何故、井口さんのラケットを借りようとしているのか理解できた様な気がした。




―――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


隆は何かに気付き井口先輩にラケットを貸して欲しいとお願いをする。

そして浩美はそれが何を意味しているのか理解した気がした。

果たして勝負の行方は?


どうぞ次回もお楽しみに。

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