第69話 それぞれの涙
「べ、別に貸すのは良いんだけどさぁ、俺のラケットは『カットマン』用のラケットだから普通の『シェイクハンド』のラケットよりも少し大きいし重たいし……それに片方のラバーは『スーパーアンチ』というラバーで全然スピンがかからないけど大丈夫なのかい?」
井口さんは心配した表情で彼に問いかけたけど、
「だっ、大丈夫だと思います!! 是非、井口さんのラケットを貸してください!!」
彼は何のためらいも無い様に見える。
そして彼は井口さんからラケットを受け取り卓球台に戻って行った。
グリップの感触を確かめている彼の表情に微かな笑みがこぼれていたのを私は見逃さなかった。
試合再開!!
右川さんの強いスピンのかかったサーブから始まる。
しかし彼は先程までとは違い、そのサーブを簡単に返したのだ。
「 「えっ!?」 」
「ん!?」
二年生の先輩達、それに右川さんも彼が簡単にサーブを返したので少し驚いた声を出している。
その中で森重君が、
「そっか。隆が今打ち返した黒い方のラバーは『スーパーアンチ』というラバーでスピンを殺す性質があるんだ」
だから右川さんのサーブをあんなに簡単に返すことができるんだぁ……
森重君の横で村瀬君も彼が使用しているラバーの性質を語っている。
「あのラバーにはもう一つ特徴があるよね? 隆が打ち返した球を今度打ち返す右川さんの球が……」
彼の球を右川さんも打ち返したけど、その球が上に舞い上がった。
「えっ!?」
驚いた表情をしている右川さんを尻目に彼は舞い上がった球を今までで一番強い力でスマッシュを打った。
パッコッーーーンッ!!
右川さんは一歩も動けずに茫然としている。
「 「 「え―――っ!?」 」 」
他の一年の部員も彼のスマッシュに驚いていたけど、つねちゃんだけは首を何度も縦に振り『うんうん』と満足そうな表情をしていた。
こ、これが彼の『本気』なのね……?
彼は右川さんの打ってくる球を全てカットで打ち返す。
どんな強いスマッシュでも簡単にカットで打ち返す彼の姿を見て『ギャラリー達』は最初のうちは驚いていたが、途中からは大歓声に変わっていった。
「 「うぉぉぉおおおお!!!!」 」
村瀬君、森重君、そして大石君達も最初は何故急に卓球が上手くなったんだという様な顔をしていたけど、彼が連続でポイントを取っていく内にいつの間にか他の人達と同様に彼に声援をするようになっていった。
右川さんの『弾丸スマッシュ』と、それを打ち返す彼の『華麗なカット』のラリーを見て、女子テニス部の人達や女子バレーボール部の人達が口をそろえてこう言っていた。
「たっ……卓球って凄いハードなスポーツだったのね?」
「あの二人のラリー、凄くカッコイイわ……」
「卓球があんなにも面白いと思ったのは初めてだわ……」
そんな彼の『本気の姿』を見て私は感動してしまい、涙が出て来そうになっていた。
向こう側にいる久子の目も遠目で分かりにくいけど潤んでいる様に見える。
19対19
遂に彼は追いついてしまった。
「 「 「うぉぉぉおおおお!!!!」 」 」
体育館の中は大盛り上がり……
「す……凄いぞ、隆!!」
常に皮肉を言う性格の森重君が少し感動している様な声で言っている。
「隆はいつ練習をしていたんだろう……?」
「さぁ、俺は全然分からないなぁ……」
大石君と高山君の声も聞こえてくる。
右川さんの表情はとても険しくなっていた。
恐らく彼のプライドはズタズタになっているだろう。
でも仕方が無いんですよ、右川さん……
おそらく彼のレベルは中三以上のはずだから……
彼は『逆転』を願った渾身のサーブを打つ。
しかし右川さんは直ぐに彼の打ち返しにくいところを狙って打ってくる。
それでも彼は素早く反応し、その球を今度は右川さんのいる逆の方向へと打ち返した。
しかしさすがはエースの右川さんだ。
態勢を崩しても何とか球に追いつき、無理な体制でも思いっきり『ドライブ』をかけて打ち返してくる。
でもその球はネットギリギリのところまでしか飛んでいかない。
彼はネットに引っかかると思い、前に出ようとしなかった。
で、でも……
球はネットの上に一瞬引っかかる様な形で止まり、そしてポトンと俺のコートに転げ落ちた。
「 「あーあぁぁ!!!!」 」
「 「アンラッキー過ぎる……」 」
体育館中に残念そうな声が響き渡る……
20対19……
1点リードされてしまった。次、点を取られたら彼の負け……
「隆君……」
つねちゃんから笑顔は消え、祈る様な表情で彼を見つめている。
彼は気合いの入ったサーブを打つ。
右川さんは1点リードした事で動きに余裕が見え、彼がどこに打っても直ぐに追いつき、そして強烈な『ドライブ』を打ち返してくる。
何度も何度もラリーが続き、周りも声を出さずに息を呑みながら二人を見つめていた。
そして右川さんが勝負に出て来た。
一か八かだろうが彼のコートの左側、ほとんど角すれすれの所にスマッシュを打って来たのだ。
右側にいた彼は急いで左側に移動し、そして得意のバックハンドでカットした。
「うわっ、今のカット……俺のカットよりも綺麗なフォームだなぁ……」
彼にラケットを貸している井口さんはそう呟いが、彼の打った球はネットギリギリの所に飛んでいった。
そして球はネット上に当たり一瞬止まった状態になる。
すると球はネットの上を綱渡りの様に右に少し転がり……
彼のコート側にポトンと落ちたのだった。
試合終了!!
彼は負けてしまった……
一年生達は凄く悔しがっていた。森重君や村瀬君などは悔し泣きをしている。
でも勝った二年生もあまり嬉しそうな顔をしていない。
私も、そして久子も泣きながら彼に近づき声をかけた。
「五十鈴君!! よく頑張ったよ!!」
「凄い試合だったわ!! 私、とっても感動したわ!!」
そしてつねちゃんも彼に近づき、ソッと肩の上に手を置きながらこう言った。
「隆君、『本気』を見せてくれてありがとね……グスン……」
つねちゃんの目にも大粒の涙が溜まっていた。
パチパチパチパチ パチパチパチパチ
試合を見学していた女子テニス部の人達や女子バレー部の人達が大きな拍手をしている。そんな彼は悔しいというよりも出し切った感が見受けられていた。
「五十鈴……」
キャプテンの羽和さんが彼に近づいて来た。
「は、羽和さん……僕達の負けです。偉そうな事を言ってすみませんでした……」
「そうだな。でも、もうそんな事はどうでも良いよ。明日からは五十鈴の『提案』通りの練習をやる。お前達のプレイを見ていたら俺達……もっともっと強くならないと……いや、なりたい……そして次の大会で良い成績を残したいって気持ちになったんだ」
「えっ? それじゃぁ……」
「ああ、明日から俺達は先輩後輩関係なく同じ条件で練習をやってやってやりまくってお互いに強くなろう!! そして次の大会でAチーム、Bチームとも上位を目指そうぜ!?」
「は、羽和さん……」
彼の目から大量の涙がこぼれ落ちている。
『前の世界』では見る事の無かった感動の場面を『この世界』で見ることが出来た私は自分の未来を少しでも変える為に改めて頑張る決意をした。
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お読みいただきありがとうございました。
これで中学一年編は終了です。
次回から新章が始まります。
どうぞお楽しみに。
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