第52話 頑張れ、新部長!
六月に入り青葉第六小学校では七月後半に開催される「七夕祭り」に向けて準備をするクラスや部活が出始めてきた。
今年の『七夕祭り』はいつもと違い青葉第六小学校創立十周年記念ということで規模が大きいらしい。
なので毎年、演劇をするのは『演劇部』だけだったけど、今年は六年のクラス全てが演劇をすることになっている。勿論、『大トリ』は『演劇部』がするのだけど……
だから順子達『演劇部』はクラスの演劇と部活の演劇を掛け持ちしなくちゃいけないからとても大変だと思う。
それに『演劇部』は毎年、周りからも期待されているので四月の始業式の一週間後からは新入部員も含めて練習に励んでいた。
そして今回演劇に使われる脚本はなんと彼の妹である
これは後日、順子から聞いたエピソード……
「それにしても奏ちゃん、面白い脚本を書いたわね~? さすが五十鈴君の妹だわ。それも、私達が四年生の文化祭で演じた、あの「コウモリ」のその後のお話だなんて!」
副部長の順子が感心した顔で『部長の田中君』に話している。
そうである。
現在の『演劇部』の部長は『あの田中君』なのだ。
しかし『前部長』の佐藤さんが推薦したって聞いたけど、彼のどこを見て部長に推したのか私は未だに理解できないでいる。
「そ、そうかなぁぁ? 僕の書いた脚本の方が面白いと思うんだけどな……」
田中君が少し不満そうに順子に言う。
「だから~今回は奏ちゃんの脚本を採用するって決めたじゃない! それに田中の脚本はいつもSFばかりで女子としては全然面白くないしさ!」
「お、面白くないってなんだよ!? 男子には凄く人気があるんだぞ!」
「それは分かっているけど、七夕祭りには大人の人や小さい子供までたくさん来るんだから田中の脚本で演劇しても客席が「シ~ン」ってなるのがオチだわ」
「そ、そんなのやってみないと分からないじゃないか!?」
「やるもやらないもじゃなくてアンタのはやらないの!! ほんとしつこいわね? そんなんじゃアンタいつまで経っても女の子にモテないわよ!」
田中君は順子の言葉に対し顔を赤くし、背を向けながら言い返す。
「べ、べ、別に僕は女子にモテなくたっていいんだよ!! べ、別に……」
「そうなの? 男子って女子にモテたいんじゃないの? フ~ンそうなんだぁ? モテなくてもいいんだぁ……」
「な、何だよ? 今、そんな話をしているんじゃないだろ!」
すると順子は背を向けている田中君の前に回り込み顔を下から見上げるような感じで近づけてジーッと見つめたらしい。
「ファーッ!」
順子のそんな行動に田中君はビックリして、なんかよくわからない声を出した。
「プッ……何よ今の「ファーッ」って……ププッ」
「そ、そりゃビックリするだろ!? いきなり目の前に岸本の顔が現れたんだから!」
「私の顔を見て驚くなんて失礼しちゃうわね。でも、せっかく田中の顔そんなブサイクじゃないし身長も急激に伸びたし、『普通の性格』だったら女子にモテると思うんだけどなぁ……あっ、やっぱり無理だわ。ゴメン今の言葉は忘れてちょうだい!!」
「む、無理ってなんだよ!? 意味わからないし、ゴメンってなんだよ!? 岸本が何を言っているのか、僕には全然分からないよ!」
「だから忘れてって言ったじゃん」
「田中部長と岸本副部長ちょっといいですか!?」
向こうの方でどうも四年生達が何か揉めているらしい。
「どうしたの?」
「岸本部長、ちょっと聞いてくだい!!」
「高山妹、部長は僕だからね!!」
実は四月から四年生になった五十鈴君と高山君の妹が『演劇部』に入部しているのだ。
「そんなことはどうでもいいんです!! それより中川君がワガママばかり言うんです!」
「ど、どうでもいいことはないんだけどさ……まぁいいか。で、その中川君がどうしたのかな?」
するとその問題の中川君が田中君と順子に詰め寄ってきたそうだ。
「岸本部長に田中副部長聞いてくださいよ~!!」
「な、中川君!! キミも逆だからね!?」
「えっ、何が逆なんですか? そんなことはどうでもいいですよ!」
「どうでもいいことないんだけどさ、でも時間かかりそうだから別に今日はいいか……」
そんな四年生とのやり取りを見ていた順子はお腹を押さえながら笑いをこらえていたらしい。
「で、何なの?」
「ぼ、僕は主役のコウモリの役がやりたいんです!! あんなバカなイナゴの王の役なんかやりたくないんです!!」
「バカって何だよ!? って、まぁそれは置いといて……でも各配役は四月の段階で決まっていたんだし、それに今はもう六月だよ? 今から配役を変更するのは無理だよ」
「そうよ、中川君!! そんなワガママばかり言わないでよ!?」
高山君の妹の美穂ちゃんはかなり怒っていたけど、その横で彼の妹の奏ちゃんは少し怯えた表情をしていたそうだ。他の四年生達も困り果てた表情をしながら状況を見守っていたみたい。
「嫌だ、嫌だ、嫌だーっ!! 絶対コウモリがやりたい! 僕の方が演技上手に決まってるんだ!」
はぁぁ……
田中君は大きくため息をつき、チラッと順子の方を見たそうだけど、お腹を押さえて笑いをこらえていたので「岸本は絶対助けてくれない。僕に部長としてなんとかしろってことだな」と勝手に思い込み数秒間、今まで動かしたことがないくらい脳みそを働かせたらしい。
そして田中君の脳裏にあの四年生の頃の記憶がが蘇ってきたそうだ。
「ところで中川君は何月生まれかな?」
「えっ、僕の誕生日ですか? なんで今そんなこと聞くんですか??」
「いやまあね。いいから教えてよ?」
「僕の誕生日は三月二十九日ですけど、それが何か?」
「そっか、そっか!! 中川君は三月二十九日なんだぁ……」
田中君はとても嬉しそうな顔をすると続けてこう言った。
「『つ』が全然取れてないんだね? そりゃ~ワガママも言ってしまうよね? だって中川君は『おこちゃま』なんだから。自分のことしか考えない、みんなの事を考えない、それを『おこちゃま』って言うんだよ。だから仕方ないよなぁぁ……」
「はぁああ!? 『つ』って何ですかそれ? っていうか『おこちゃま』ってどういうことですか!? 僕が『おこちゃま』でワガママでみんなの事を考えないって、失礼過ぎるじゃないですかっ! そ、そんなことないですよ。僕だってみんなの事ちゃんと考えれますよ!!」
「えーっ、ほんとかな~?」
「ほ、ほんとですよ!!」
「じゃぁ今回の演劇、中川君は『イナゴの王』役でいいよね? みんなそれを望んでいるし、『おこちゃま』じゃないんなら喜んで引き受けてくれるはずなんだけどなぁ……」
「うっ!」
「どうなの? 『イナゴの王』役するの、しないの、どっちなの?」
「わ、わかりましたよ! 僕は『おこちゃま』じゃないんで我慢して『イナゴの王』役やります。それでいいんでしょ!?」
「うんうん、それでいいんだよ。有難う、中川君」
こうして中川君は嫌々ながらも『イナゴの王』役を演じる事になったそうだ。
「あっ、そうそう中川君? 『イナゴの王』は顔を緑色に塗るからよろしくね~?」
「えっ、え―――っ!?」
このやり取りを見ていた演劇部全員、大爆笑となったらしい。
まぁ、そうなっちゃうよね。
「お疲れさん、田中部長」
「な、なんだよ? 岸本、全然助けてくれなかったよね?」
「だって別に助けなくても全然大丈夫だったじゃん」
「ま、まぁそうだけどさぁ……でも結構疲れたぞ」
「フフフ、中川君に言っていたセリフってさ、『つ』のやつだよね? どの口が言ってるのって思って笑っちゃったわ。それに凄く懐かしく思えたし……」
「フン、この口が言ったんだよ、なんか文句あるのかよ!?」
「ううん。文句なんかないよ。逆にあの時、高山君が田中に言ったことが今日とても役に立って良かったと思ったわ。それもあの時、田中が素直に聞いてくれたからだけどね」
「素直になんか聞いてないよ。あの時は嫌々聞いたんだよ。でも僕もプライドがあるから仕方なしに折れただけだよ」
「でもそのお陰で今日の問題は解決したんだから良かったじゃん。なんか部長っぽかったし」
「僕は元から部長だよ!! 何故か四年生には副部長と思われているみたいだけどさ」
「大丈夫、田中は部長だよ。見直したわ。今日みたいな感じで頑張ってね? 私もしっかりサポートするからさ、これからも宜しくね?」
順子が笑顔でそう言うと田中君は少し顔を赤くし、また順子に背を向けて小声で「あ、あぁ……」とだけ答えたそうだ。
この話を聞いた私はとても心が温かくなったのだった。
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
あの田中君も少しは成長しているみたいですね(笑)
そして順子の言う通り、性格があんなのじゃなければ……
順子にだって……まぁ、それは当分ないかもですね(笑)
ということで次回もお楽しみに(^_-)-☆
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