第50話 いつかまた

 『六年生を送る会』も涙の中、無事に終わり四、五年生で後片付けをしている。


 そんな中、廊下側から教室の窓ふきをしている私と彼に立花部長が近づいてきた。


「浩美ちゃん、隆君……」


「 「えっ? あ、はい……」 」


「浩美ちゃんもだけど、隆君も私が東京に引っ越す事を知っていたんでしょ? 何だか初めから様子がおかしかったから……」


「は、はい、知っていました。高山もですけど……だから直接立花部長に聞こうと思っていたんですが、なかなか聞けなくて……そしたら石田が先に聞いちゃったもので……」


「そうだったのね。二人共、黙っていてゴメンね?」


「 「い、いえ、そんなことは……」 」


「私も突然のことで動揺していて頭の中が整理できていなかったの。それでようやく今日、瑞穂と楓だけに引っ越しの事を伝える事ができて……」


「そうだったんですね。ほんと突然で私も驚きました」


「さっき私が泣いている時に隆君が私のところに来て私の頭を撫でながら何か言ってくれるのを少し期待していたんだけどなぁ……」


「えっ!?」

「そうだったんですか!?」


「嘘、嘘よ。冗談よ……照れ屋の隆君がそんなことできるわけないじゃない。ね、浩美ちゃん?」


「え、ええ、そうですね……」


「でもアレだね? 運動会の時には浩美ちゃんにはやっていたわね? ウフ……」


「あ、あれは、なんか思わず、つい体と口が勝手に動いてしまったというか……」


 私も思い出しただけでとても恥ずかしかったけど、彼がとても焦った口調で答えている姿が少しおかしく思えてしまった。


「そうよね。そうだと思ったわ。でもあの幼稚園の頃の泣き虫少年がほんとに強くなったわね? お姉ちゃんとても嬉しいわ」


 あっ、この話って……


「そ、それです!! それを聞きたかったんです!! 立花部長は俺の事を、ず、ずっと覚えていてくれていたんですか!?」


「うーん、そうねぇ……あの時の記憶は残っていたけど隆君の顔はうる覚えだったわ。でも隆君が演劇部に入部した日、私が脚本をみんなに書いてもらうって話をした時に隆君と目が合ったのを覚えているかな?」


「えっ!?」


「あの時……あの時、目が合った時、この子、どこかで見た事がある顔だなあって。そしたらすぐに私が幼稚園運動会に卒園生として参加をした記憶が蘇ってきたの。そしてすぐにあの時の泣き虫少年が隆君だと分かったわ」


「そうだったんですか。でも何故、今までその事を教えてくれなかったんですか?」


「それはね……隆君が覚えてないかもってのもあったけど、演劇部に入った時の隆君がとても堂々としていて幼稚園の頃の弱さが見えなかったし、今の隆君に幼稚園の頃のことを言うのは失礼かなと思ってさ……」


「えっ、そうですか? 俺、そんなに堂々としていましたか?」


 うん、していたわよ。私も立花部長と同じ意見だわ。


「うん、していたわ。そして更に隆君は「いきなり面白い脚本を書いて副部長になって……だから、もう言う必要は無いかなって思ったの……」


「でも『あの時』に立花部長は私と五十鈴君を見て……」


「そうなの。さすが浩美ちゃんね。浩美ちゃんの言う通り、運動会の時に浩美ちゃんに隆君がした行動を見てしまって……そうしたら私、居ても立っても居られなくなって思わず隆君にあんな言い方をしてしまったの。あの時はゴメンね? それにその後もそのことに全然触れずにいたし、逆に私の方が隆君よりも弱くなったのかなぁ? それに私も少し照れくさかったのかもしれないわね……」


「そうだったんですね。話を聞けて良かったです。ずっとそのことが気になっていなんで。でも立花部長は俺なんかよりずっと強いですよ!! だって俺だったら東京に引っ越すなんてなったらショックで家から出たくなくなるだろうし……」


「私も五十鈴君と同じです!!」


「フフフ、ありがとね。でも私だってショックなのよ。さっき泣いていたから分かるでしょ? やっぱり慣れた街にずっと住みたい気持ちはあるしね。でも親の都合だから仕方がないし……だから私は演劇部の部長として精一杯の演技をして親には笑顔で東京に行くことを賛成したの。そして私は東京の中学、高校で勉強を頑張って将来、地元の大学に入学する目標をたてることにしたの!!」


「そ、そうなんですか!? 凄いですね!? きっと部長なら目標達成できますよ!!」


「ありがとう、浩美ちゃん。ところでさ、隆君は私に手紙は書いてくれないのかな?」


「えっ、俺がですか!? 俺、手紙なんて書いた事ないし、部長の引っ越し先の住所も知らないし……」


「はい、これ!」


「えっ?」


「引っ越し先の住所が書いてあるから。もし手紙書けそうだったら書いてよね?」


「あ、はい……分かりました……」


「浩美ちゃんも絶対に手紙書いてね?」


「はい、絶対に書きます!!」


 すると立花部長は右手を彼の前にスッと差し出しす。


「えっ?」


「えっ? じゃないわよ。握手よ、握手!」


「あ、握手ですか?」


「うん。これから二人とも進む道は違うけどお互いに頑張ろうっていう握手よ」


「わ、分かりました」


 彼は少し緊張しながら右手を立花部長の前にソッと差し出した。


 そして二人はがっちりと握手をする。そして、


「隆君、目標に向かって頑張ってね?」


「えっ? ああ、はい……頑張ります……」


 何か目標があるんだ……?

 それで立花部長はを知っているんだ……


 そして握手が終わると立花部長は私にも握手を求めて来るんだと思った瞬間、突然私を抱きしめた。


「えっ!?」


 そして立花部長は私を抱きしめながら、耳元でささやく。


「浩美ちゃんも今までありがとね。そして?……」


「えっ!?」


 立花部長はそう言うとニコッと微笑むと私達に背を向けて歩き出す。


 私は立花部長の言葉の意味が分からないまま茫然と見送ってしまう。すると彼が大きな声で立花部長に声をかけた。


「今までありがとうございました!! 本当にお世話になりました!! 東京へ行っても頑張ってください!!」


「うん、頑張るわ、ありがとう!!」


 立花部長はそう言うと再び振り向き歩き出す。

 

 そして十歩くらい歩いたところでようやく私は落ち着きを取り戻し立花部長に向かって大きな声で問いかける。


「たっ、立花部長!! 東京の中学でも演劇をやるんですか!?」


 立花部長は立ち止まり、そして振り向き満面の笑顔で、


「勿論よ! 会いましょう!!」


 そう言うとまた歩き出し私達の視界から少しずつ少しずつ小さくなっていく。


 その立花部長の後ろ姿を私達は視界から消えるまでずっと見つめているのであった。


立花部長……立花香織さん……私も大人になることができたら……





「おーい、隆!? 片付けも終わったしそろそろ帰ろうぜ!?」


 高山君が廊下にいる彼に声をかける。


「うん、そうだな。帰ろう……」


「私も帰るわ。浩美も一緒に帰りましょ?」


 順子も高山君と一緒に廊下に出てきた。


 キーンコーンカーンコーン



 四人は校門を出るとすぐに振り返り学校を見渡す。


「もう六年生の人達とは会えないんだね……」


「そうね、順子。何だか寂しいよね……」


「演劇楽しかったよなぁ」


「ほんとだね、五十鈴君。良い思い出が出来たわ」


「俺はもう一年、演劇を楽しむけどね」


「五年になってもまた『木の役』だったら面白いのにね?」


「それは無いよ、岸本さん! もしそんな役が回ってきたら俺は演劇部を途中で辞めるかもしれないぞ」


「はーい、残念でした。途中辞めは絶対出来ないからね!!」


「はぁ……」


「 「 「ハッハッハッハ」 」 」




「しかし俺達、もうすぐ五年生になるんだよなぁ? ちょっと緊張するかも」


「高学年ってどんな感じなんだろう? 大変なのかな?」


「そんなことないよ、順子。きっと楽しいわよ」


「そうそう、逆に俺達が楽しくすればいいんだよ」


「 「 「なんか凄くキザなセリフ!!」 」 」


「な、何でみんな同時に同じセリフが言えるんだよ!?」


「それは一年間、一緒に頑張って来た演劇部の仲間だからじゃない?」


「なるほど、言われてみればそうかもな……」





 夕日が落ちて行き辺りはオレンジ色の光が差し込みだしてきた。


 私達四人の体もオレンジの光にじわじわと包まれていく。

 

 そして再び学校に背を向けて私達は帰路につくのだった。





――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。

またここまでの感想や現段階での☆評価などを頂けると作者としては励みにもなり参考にもなりますので宜しくお願い致しますm(__)m


色々と謎を残しながら東京に引っ越してしまう立花部長

そんな彼女に浩美は大人になれたら会いたいと思いながら見送るのだった。

そして浩美達はもうすぐ進級する。

果たして高学年になる浩美達にはどんなことが待ち受けているのか?


これで長かった四年生編は終わりです。

次回から新章が始まります。


どうぞ次回からも宜しくお願い致しますm(__)m

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