第37話 おこちゃま

 【文化祭前日の11月11日】

 

 実は文化祭当日は彼の十歳の誕生日……


『前の世界』で彼に教えてもらったことがある。

 実際は彼のお父さんの受け売りだそうだけど、九歳から十歳になるという事は『つ』が取れて『一人前』になるそうなの。


 どういう意味かと言うと一から九までは別の言い方で『ひとつ』『ふたつ』……『ここのつ』と言う時があるけど十からは『つ』はつかない。


 それで彼のお父さん曰く、『つ』が取れる十歳から大昔の人は『一人前』扱いされていたということらしい。


 ってことは四月生まれの私はとっくに十歳になっているから『一人前の女の子』なの?


 でもなぁ……中身が十五歳の私でもまだまだ子供みたいなところがあるからなぁ……恥ずかしいから自分は『一人前』だなんて絶対に言わないでおこう……


 

 彼が『一人前』になる前日の今日は『演劇部』である問題が起こる日なんだけど、『この世界』でも起こるのかしら?


 

「おい隆、何を悩んだ顔しているんだ?」


 高山君が舞台袖で何やら悩んでいる表情をしている彼に話しかけている。

 すると彼は高山君に逆に質問をしだした。


「あっ、そういえば高山はさぁ、何月生まれだったっけ?」


「えっ、俺? 俺は九月生まれだけど……それがどうかしたのか?」


「いや別に……別に何でも無いんけどさぁ……高山は俺より二ヶ月も前に『つ』が取れてたんだなぁって思ってさ……」


 彼が言っている『つ』の意味は知っているけど二人の近くにいた私もその話に入ることにした。


「えっ、『つ』?? 『つ』って一体何の事なの?」

「そうだ隆、どういう意味なんだ、教えてくれよ?」


 彼は私達にお父さんに教えてもらった『つ』についても説明をしてくれた。


「なるほどね!! そういう事なんだね? 面白い話だわ」


 白々しく驚いたけど、私は上手に演技ができているのかしら?


「そうだね、石田さん。ってことはさ、俺や石田さんは『一人前』で隆は明日『一人前』になるってことなんだよな?」


「ハハハ、まぁ、一応そういうことになるよなぁ……」


「フフフ、とても面白い話ねぇ……」


 三人で『つ』について盛り上がっていると少し離れた場所で何か揉めている声がしてきた。


「ん? 何か向こうの方が騒がしいな?」

 

 私達と反対の舞台袖で四年生の田中君が何やら騒いでいる。

 やはり『前の世界』と同じ問題が起こったみたい……



「僕は『イナゴの王』なのに、どうしてこんなにセリフが少ないんですか!? 悪役だけど一応、王なんでほんとはもっとセリフ欲しかったのに!!」


 田中君が自分のセリフが少ない事に対して立花部長や山口先生にブツブツ文句を言っているみたいだ。


「ねぇ田中君? 文化祭前日にそんな事を言われても先生困ってしまうわ。もう少し前にでも言ってくれれば何とかなったのに……」


 山口先生は困り果てた表情で田中君に話している。


「田中君、この『イナゴの王』は君が選んだ役よ。なんで今更文句を言うのかな?」


 立花部長は少し怒り気味に田中君に言っている。


「だって、ほんとは僕も、『獣の王』とか『鳥の王』とかやりたかったのに先に部長がその二つの役を部長と五十鈴でやるって決めちゃったし……でも同じ王だから『イナゴの王』でも我慢しようと思ったんですよ!! でも思っていたよりもセリフが少ないし……日にちが経っていくうちに、なんだかもう我慢出来なくなってきて……」


「そんなことならあの時に言えよ。喜んで『鳥の王』を田中に譲ったのにさ」という彼の独り言が聞こえてくる。


 すると急に高山君が田中君の方に歩き出した。


「お、おい? 高山どうしたんだ!?」


 彼は少し焦り気味に高山君を呼び止めるけど、高山君はそれを無視して田中君に近づいて行く。


 そして高山君は田中君の前まで行き、こう質問した。


「田中ってさぁ、誕生日何月だ?」


「はーっ!? 急に何だよ!?」


 田中君は高山君が何を言っているのか理解できない表情をしている。

 そして山立花部長始め、山口先生や近くにいる部員は不思議そうな顔をしていた。


 それでも高山君は再度、田中君に同じ質問をする。


「だから田中はさぁぁ、何月生まれなんだよ!?」


 高山君が少し強い口調で聞き直したので田中君も少し強い口調で言い返す。


「なっ、なんだよ、高山!? なんで急にそんな事を聞くんだよ!? ぼっ、僕は三月生まれだけど何か文句あるのかい!?」


 高山君は田中君が三月生まれだと分かると私達の方を振り向き大きな声でこう叫んだ。


「おーい、隆、石田さん!! 田中って三月生まれらしいぞっ!! こいつの『つ』が取れるのはまだまだ先みたいだぞーっ!!」


「 「えっ!?」 」


 高山君のその言葉に今度は私達以外の部員全員が不思議そうな顔をしている。

 しかし高山君はそのまま言い続ける。


「田中の『つ』が取れるのは来年だし、そりゃぁまだまだ、『おこちゃま』だよなぁ!! 我慢なんてできる訳無いから、ついついワガママも言ってしまうんだろうなぁぁ……」


 それを聞いた高田さんや大浜さん、私達の近くにいた佐藤さんや福田さんも興味深々に高山君と田中君に近づき、立花部長が高山君に問いかける。


「高山君、そろそろ何のことか教えてくれないかな?」


 立花部長の問いかけが終わると同時に田中君が怒りの表情で反論した。


「誰が『おこちゃま』だよ!? 誰が我慢もできなくてワガママなんだよ!? 失礼過ぎるだろ!?」


「田中君、少し黙ってちょうだい!! 私は高山君に質問しているのよ!!」


 立花部長が少し強い口調で言ったので田中君はシュンとしてしまう。


 そして高山君は彼から聞いた『つ』の話をみんなの前で披露した。


「 「 「お――――――っ!! なるほど、そういうことかーっ!!」 」 」


 皆、高山君の説明に納得している表情が何だかおかしく思えた。


 そして山口先生が、


「なるほどね。五十鈴君のお父さんも面白いこと言われるわね。でもまんざらでもない話だと思うわよ。まぁ個人の性格や生まれた環境などで絶対にそうとは言い切れないけど、戦国時代とかだったら男の子は一人前扱いされていたと思うし、女の子だったら政略結婚も含めて結婚もしていただろうし……」


「僕も十二月生まれでまだ『ここのつ』だから『つ』が取れてないので『おこちゃま』だよぉぉ!!」と、笑いながら木場君がそういうと、横にいる夏野さんが「木場君は『おこちゃま』でも全然かまわないわ」と言っている。


「ぼ、僕も一月生まれだから、『おこちゃま』だよねぇ? まぁ、僕の場合は『つ』が取れたとしても『おこちゃま』かもしれないけど……」


 浜口君が頭を掻き苦笑いしながらそう言っている。


「私は浩美と同じでは四月生まれだから、もう一人前よ! ねっ、浩美!?」


 順子が堂々とした大きな声で言うだけならまだしも私に同意を求めて来たので返事に困ってしまう。


「 「なるほど――――――っ!!」 」


 それなのに皆は納得した感じで大きく頷いていたのが、今まで頑張って『小学生を演じている』私にはあまり納得がいかないところであった。


 そんな私に立花部長が声をかけてくる。


「そうなんだぁ……浩美ちゃんも『つ』が取れているんだね? どおりでしっかりしていると思ったわ」


「えっ? そ、そんなこと無いですよ。私、全然しっかりしていませんから……」


「ううん、しっかりしているわよ」


「浩美は一年生の頃から女子達には『頼れるお姉さま』って呼ばれていましたよ」


 順子が余計な情報を立花部長に教える。


「じゅ、順子!! 別に今そんなことを言わなくてもいいじゃない!!」


「でも本当のことだからいいじゃないの」


 順子は全然、悪びれる気が無いみたい。


「フン、でも石田さんは男子から陰で『鬼姫』って言われていましたよ!! 実際、本当に鬼みたいで怖かったしさ……」


 田中君まで更に余計な情報を流してしまい、私は恥ずかしさを越えて怒りが込み上げててくるのだった。





――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。


田中の『おこちゃま事件』はもう少し続きます(笑)

どうぞ次回もお楽しみに(^_-)-☆

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