第7章 文化祭編

第36話 複雑な気持ち

 運動会も無事に終わり今は十月中旬……

 

 私達演劇部は十一月の文化祭に向けての稽古が本格的に始まっていた。


 それぞれの役のイメージをみんな真剣に考えながら練習に取り組んでいる横でカンカンと大道具や小道具を製作している音も鳴り響いている。


「大浜さん、さっきからとても怖い顔をなんですけど大丈夫なんですか?」


 佐藤さんが心配そうな顔で大浜さんに聞いている。


「えっ? 佐藤さん、何か言った? 私は今、カラスに成りきっているからあまり話しかけないでもらえるかしら……」


 大浜さんはそう言うとまた怖い顔をしている。


「カラスってあんな怖い顔をしないとダメなのかしらね?」


 影の副部長高田さんが少し呆れた顔をしながら小声で佐藤さんの耳元で言っている。


「私もハゲタカのイメージを考えているんですけど全然わからなくって……」


 佐藤さんが困った表情で高田さんに言うとその横から同級生の福田さんがニヤリとしながら、


「前に大浜さんが言っていた通りハゲのかつらをかぶって、くちばしをつければいいじゃないか。それで完璧なハゲタカになるぞ!!」


「なっ、何を言っているのよ!? 私は絶対にハゲのかつらはかぶらないからねっ!!」


 佐藤さんは目の色を変えて福田さんに言い返していたけど、私はそんな二人を見て心の中で笑ってしまっていた。




「ホウ、ホウ、ホウ……」


 順子がフクロウの鳴き声を練習しているその横で私は片足を曲げながら太ももを上に上げ、そして両手を広げてフラミンゴを表現していた。


 そういえばフラミンゴってなんて鳴くのかな……?


 すると順子が私に話しかけてくる。


「ねぇ浩美、足はもう大丈夫なの?」


 リレーで転んでしまい足を怪我した私のことを順子は心配してくれているみたいだ。


「えっ? ああ、心配してくれてありがとう。まだ擦りむいた足は痛いけど、痛くないほうの足で支えるから大丈夫よ。私もだけど、順子もリレーの時に足を挫いたでしょ? 順子こそ大丈夫なの?」


 そう私が聞き返すと順子は「うーん、そうねぇ……痛くないと言えば嘘になるけど私はフクロウ役だからさ、あまり足には影響ない役だし大丈夫よ。わ、私の方こそありがとう……」


 順子は少し照れくさそうな表情で私にお礼を言ってくれたので私も少し照れくさそうにこう言った。


「あれだけリレー前に二人で『うちのクラスが勝つ』って言い合いをしたのに結局、私達二人とも足を怪我しちゃったわね。そう思うとなんだかとても恥ずかしいよね?」


「まぁ思い出したら恥ずかしいけど、あの後の男子のリレーや佐藤さんや立花部長の走る姿を見ていたら、そんなこと忘れるくらいの凄いリレーだったから……あっ!! そう言えば浩美が泣いていた時、五十鈴君、浩美の頭に手をのせて何か言っていたみたいだけど何て言ってたの?」


「えっ!? そ、それは秘密よ!! 絶対に秘密……」


 私は少し赤くなってしまった顔を誤魔化す為に再び片足を上げてフラミンゴに成りきりセリフの練習を始めた。


 順子は首をかしげ不思議そうな表情をしていたけど、「まぁ、いっか……」と呟きホウホウと言いながら練習を再開するのであった。



 私は練習しながらもチラチラと彼と立花部長が『鳥の王』と『獣の王』が和解する大事な場面の練習をしているところを見ていた。


 しかし彼は未だにリレー後の立花部長の言葉が頭から消えていないのか、どうも彼の動きには違和感があり立花部長の顔をまともに見ていない様に思う。


「隆君、ここのシーンは王同士がお互いの目を見てがっちり握手するところだから、ちゃんと私の目を見てくれないかな?」


 立花部長は少し微笑みながら彼に言ったが彼は「は、はい、すみません……」と言いながらも結局、一瞬立花部長の目を見るもすぐに視線を逸らしてしまう。


「もう、隆君……文化祭まであまり時間が無いから、このシーンに時間を取り過ぎる訳にはいかないのよ」


 立花部長の笑顔はそのままだけど口調は少し強かった。


「は、はい、すみません……」


 彼はさっきと同じ返事をしている。


 このままだと二人が『抱き合うシーン』なんて程遠いわね。

 っていうか『抱き合うシーン』は無しにならないかな……


「分かったわ、隆君。少し休憩しましょう!! 私もするから……ね?」


 立花部長がそう言うと彼は慌ててこう言った。


「い、いえ、休憩はまだ早いですよ!! お、俺、頑張るんでもう少し練習しましょうよ!? そ、それに一緒に休憩なんて……」


 なるほどね。おそらく今の彼にしてみれば立花部長と一緒に練習するのも恥ずかしいくらいなのに、一緒に休憩だなんて何を話せばいいのか困るんだろうなぁ……


 でも私なら『幼稚園の時は声をかけてくれてありがとうございました』とか、『何で今まであの時の女の子が自分だと言ってくれなかったのですか?』とか、簡単に聞けるんだけどなぁ……『前の世界』の彼はとても恥ずかしがり屋だったから分かるけど、『この世界』の彼はあまりそういう風には見えないから何だか不思議だわ……



「ダメ、休憩しましょう!!」


 立花部長はそう言うとその場に座り込んでしまった。

 なので、彼も仕方なしに『はぁ……』とため息をつきながらその場に座り込む。


 すると立花部長は急に立ち上がり、彼に近づいたかと思うと彼の横にピッタリと座り直したのだ。


「えっ!?」

 

 えっ!?


 彼は口に出して驚き、私は心の中で驚きと同時に身体がフラフラと揺れてしまいフラミンゴの体制が崩れそうになってしまった。


 そして彼が顔を赤くしながら慌てた表情をすると、立花部長は彼に対してニコッと微笑んだあと何もしゃべらずに窓の外をジッと眺めるいるのであった。


 彼はとても緊張した顔で汗を掻きながら同じく窓の外を眺め、数分間沈黙が続いた。


 彼にとって真横にピッタリと立花部長がいる事は『幸せな時間』なのか『拷問の時間』なのか私には分からないけど、できれば後者であってほしい……


 勿論、あんな二人の姿を見せられている私にとってはまさしく後者の方だわ。



 休憩後、再び練習を始める二人だけど、やはりなかなか大事なシーンで彼は立花部長から視線を逸らしてしまっている。


 お願い、このまま『握手のシーン』だけで終わってちょうだい!!

 こんな彼では『抱き合う』なんてシーンは絶対できないと思うから!!


「メェメェ、ヤギさんや?」


「メェメェ、何だい、ヒツジさん?」


 そんなことを思っている私と、なかなか噛み合わない練習をしている二人の横で『ヒツジ役』の木場君と『ヤギ役』の夏野さんがアドリブを入れながら仲良く練習をしている。


「メェメェ、鳥達は今度いつ攻めてくるのでしょうメェ?」


「さぁ、いつだろうメェ?」


「考えても仕方ないわメェ……」


「そうだメェ……」


「そうだメェメェ……」


「 「メェメェ、メェメェ……」 」


 二人のメェメェという声がドンドン大きくなり彼と立花部長の練習が止まり、二人共木場君達の方を向き首を傾げている。


 そして二人同時に……


「 「二人ともメェメェメェメェうるさい!! 気が散って練習ができない!! メェメェ言いたかったら向こうの方でやってくれるかな!?」 」


 二人の声に驚いた木場君と夏野さんは、

 

「 「メェ~ッ!!」 」


 と叫びながらその場を逃げるように去って行った。


 その様子を立花部長がクスっと笑うと彼もつられて笑い出し、そしてお互いに大きな声で笑い合う。


 いつの間にか立花部長の目を見ながら笑っている彼の姿をとても複雑な気持ちになる私だった。





――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。

この回から『文化祭編』スタートです。


文化祭の劇に向けて本格的に練習を始める『演劇部』

そんな中、浩美は隆と立花部長との合同練習が気になって仕方が無い。


そして隆の態度のせいでなかなか練習が噛み合っていなかった二人だったが木場と夏野のお陰で距離が縮まってしまい更に浩美の心は穏やかではない状態になってしまう。


今後の彼女達の動きに注目です。

ということで次回もお楽しみに(^_-)-☆

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