第35話 家族の団らんを大切に

「隆君、ほんと強くなったね……あなたがそんなに強くなっちゃったら、お姉ちゃんがかたきをとれないじゃない……」


「えっ!?」


 立花部長は彼にそう言い残すと六年生の待機場所へと歩いて行った。


 そして残された彼はといえば……勿論、茫然とした表情でその場に立っている。


 


 私は立花部長の言葉があまりにも衝撃過ぎて頭から離れない。

 彼もきっとそうだろう。彼もとても驚いていたし……


 まさか幼稚園の頃、彼にかたきを取ってあげると声をかけた女の子が、立花部長だっただなんて……


 『前の世界』の立花部長からはそんな話は聞いた事がない。

 っていうか前に久子から聞かなかったら私は何も知らないままだった。


 もしかして『前の世界』では私だけが知らなかったのかな?

 うーん……そんなことは無いと思うんだけどなぁ……

 

 でも、それについては『この世界』の誰にも確認なんてできないし……


 それにしても立花部長は何故そのことを今まで彼に言わなかったのだろう?

 別に『思い出ばなし』として彼に話しても何もおかしくはないのに……


 あと演劇部に入る前の彼のことというか、小学校に入学した彼のことにもきっと気付いていたんだよね? 去年までの立花部長は



 私が立花部長とそんな話ができる機会があれば聞いてみるんだけどなぁ……



 そんな事を考えながら私はリレー選手の待機場所で五年生、六年生のリレーをボーッとしながら眺めていた。


 私の様子を見て久子が心配して声をかけてくれる。


「浩美、大丈夫? なんだかボーっとしているというか、とても疲れた顔をしているけど……もしかして怪我をしたところが痛いの?」


「えっ? だ、大丈夫よ、久子……心配してくれてありがとね……」


 私は久子にそう返事をし、そして彼の方を見てみた。

 やはり彼もなんだかボーッとリレーを眺めているようだった。



 結局リレーの結果は佐藤さんが言っていた通り、五年生は男女とも三組が一位になったけど六年生は男女とも一組が一位となり総合優勝は一組に決定したのである。

 

 残すプログラムは点数の関係ない六年生による組体操のみとなる。


 四年一組の応援席に戻った私達八人に対しクラス全員が拍手喝采で出迎えてくれた。


 最終的に四年一組が男子リレー一位だったことが優勝の勝敗を分けた事を全員理解していたから余計に四年一組はお祭り騒ぎになっていた。


 高山君や森重君が彼に近づき、高山君が興奮気味に話しかける。


「隆、お疲れさん!! お前達、凄かったよ!! ほんと見ていて感動したよ!! まっ、まさか、あの木口や平田がいる三組に勝てるなんてなっ!!」


 彼は無言でうなずき興奮している高山君は引き続き話している。


「あと五年の佐藤さんも速かったけど、六年の立花部長の走りは凄かったよな!? 前に高田さんが立花部長の事を水泳だけはダメだって言っていたけど、逆にそれ以外は凄いってことだろうけど想像以上に凄かったよ!!」


 私には分かる。私も同じだから……

 彼も考え事をしていて立花部長の走る姿をちゃんと見ていなかっただろう。

 

 

 最終プログラム、六年生による組体操も無事に終わり、一組が総合優勝となり閉会式が始まる。


 立花部長が一組代表として会場中大きな拍手の中、優勝旗授与が行われた。


 こうして私達の熱い熱い、そして『前の世界』以上に何かとドラマティックな運動会は幕を閉じたのだった。




 【その日の夕飯にて】


 興奮したお父さんが目を輝かせながら私を褒めてくれている。


「浩美、最後まで諦めずによく頑張ったなぁ!! お父さん、感動して泣いちゃったよ!! それに個人200メートル走はダントツの一着だったしね。もう惚れ惚れしてしまったよ!!」


「あ、ありがとうお父さん……でも一番大事なリレーで転んだのはとても恥ずかしかったけど……」


「な、何を言っているんだ、浩美? 運動会で転ぶなんてよくあることさ。お父さんだって子供の頃、リレーでトップバッターだったのにいきなり転んでしまって大泣きしながら走ったことがあるんだから……うっ、今その当時を思い出しただけで涙が出そうになってしまったぞ」


 お父さんはそう言いながら本当に泣きそうな顔をしている。

 本当に面白くて可愛いお父さんだなぁとつくづく思ってしまう。


 すると今度はお母さんが少し興味深い話をしてきた。


「そういえば、あの五十鈴君だっけ? お母さん学生の頃、陸上をやっていたからよく分かるんだけど、あの子の走り方は去年までとは全然比べ物にならないくらい凄かったわ。もしかしたらアンカーの子よりも速いかもしれないわねぇ……」


「えっ? そ、そうなんだぁ……っていうか、お母さんは毎年、五十鈴君の走り方を見ていたんだね? 私、ちょっと驚いちゃった……」


「フフフ、そりゃぁ娘がとても気になっている男の子だったらお母さんだって気になって見てしまうわよ~」


「はぁああ!? 私、一度もそんな事言ったことないよね? な、何で私が五十鈴君のことが気になっているって思うのよ!? べ、別にそんな事は無いんだから……」


 何て鋭い人なの!?

 これからお母さんの前では態度や行動に気をつけないといけなくなったわ……


 それにしても彼は本当に目立ちたくないという理由で今まで『本気』を出さなかったのだろうか?


 でも……何故、目立ちたくないのだろう?

 私には理解できない。


 普通、男の子っていうのはみんなの前でカッコイイところを見せたいんじゃないのかなぁ……


 私がそんな事を思っていると『我が家の天使達』が私のところへ駆け寄ってくれた。


「ねぇねぇ、とってもカッコいかった……」


「ねぇねぇ、カッコイイ……」


 弟と妹が私に『リレーショック』を忘れさせてくれるくらいの可愛らしい声で言ってくれるのだった。


「ありがとね~お姉ちゃんとっても嬉しいわ!」


 ほんと、この子達は私の癒しだわぁ……そう思いながら私は二人をギュっと抱きしめるのだった。


「ねぇねぇ、次はげきをやるの? ねぇはなにちゅるの?」


「フフフ……お姉ちゃんは『フラミンゴ』をするのよ」


「どうぶちゅえんのピンクのとりさん?」


「うわぁ、よく知っているわねぇ!? お姉ちゃんビックリだわ!!」


「ミンゴ、ミンゴ……ねぇねぇ、ミンゴ……」




 『この世界』でも『前の世界』と同じように病気が発症してしまえば、いくら飛行機事故を逃れたとしても、この『天使達』とはあと五年でお別れすることになってしまう。


 そう思うと私は胸が痛くなる。


 こんな素敵な家族とお別れなんてしたくない……

 この子達を置いて死にたくなんかない……



 でも……


 本当に『その時』が来てしまったらと思うと私はこの幸せな『家族との団らん』の一つ一つを大切にしたいと思うのであった。





――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


運動会編はこれで最終となります。

次回からは文化祭編が始まります。


どうぞ引き続き宜しくお願い致しますm(__)m

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