第29話 名付け親
山口先生が言っていた一週間後の月曜日の放課後
「コウモリ……山口先生とも相談したのだけれど、やっぱりタイトルは『卑怯なコウモリ』よりも卑怯を取って『コウモリ』にしたほうが良いと思うの……」
立花部長が私達にそう説明し続けて話し出す。
「『卑怯』という言葉が小学校の文化祭には合わないような気がするし、もしこのお話の続きまでやるなら余計に『卑怯』という言葉は無いほうがいいと私は思う……」
立花部長がいつになく強い表情でそう話す。
「立花部長、私は別に普通に『コウモリ』でいいんですけど、その続きのお話をそろそろ教えてもらえませんか?」
佐藤さんが訴えるような眼をしながら立花部長に問いかける。
「それじゃ、続きの話は私から説明するわね」
山口先生が皆の前に行き椅子に座り手に持っている資料を顔の前にやる。
「この話の続きは本当に作者が書いたのかどうか、それとも別の人がかわいそうなコウモリを活躍させる為に書いたのか、それはよく分からないのだけれど、とても良い終わり方なので紹介しますね。平和になった鳥の国と獣の国は……」
約十五分後、山口先生の話が終わると、
「お――――――っ!! すげぇ!! コウモリかっこいい!!」
福田さんが真っ先に大声で感想を言った。
「私もコウモリがかっこよく思えたわ。なんだか見直しちゃったわ!!」
高田さんがそう言うと
「コウモリ役は嫌だと思っていたけど……私、コウモリ役をやりたくなってきました」
お姫様役希望の佐藤さんも珍しくそんなことを言っている。
「五十鈴君はどう思った?」
私は彼に聞いてみた。
「えっ? あぁ……うん、とても良い話だなぁって思ったよ……」
彼がそう答えたので、私は『前の世界』では言わなかった言葉というか、少し意地悪なことを言ってみた。
「それじゃぁ五十鈴君がコウモリ役をやってみる?」
「えっ!? イヤイヤイヤッ、それとこれとは話が別だよ!! コウモリは主役だからセリフも多そうだし、俺は絶対にたくさんのセリフなんて覚えられないから絶対に無理だから!! い、石田がコウモリ役をすればいいじゃないか!?」
まさか私がそんな事を言うとは思ってもいなかったのか、彼は必死な顔で私に言い返してくるけど、私はそんな彼がとても可愛く見えてしまう。
これが俗に言う『好きな人に意地悪したくなる』っていう感情なのかしら?
もし私の余計な一言で『コウモリ役』になってしまったらゴメンなさいね……
「コウモリ役は男子の方が良いと思うけどなぁ……」
「そ、そんなの関係ないぞ」
そんな私達二人のやり取りを横で順子や高山君、浜口君が笑っている。
そんな中、立花部長が彼に近づいて来て、こう言った。
「隆君? 私からの提案なんだけど、『獣の王』は私、そして『鳥の王』は隆君が演じるっていうのはどうかしら? お互い部長、副部長なんだし、何となく釣り合っていると思わないかな?」
「 「それ良いですね!! 賛成です!!」 」
私と順子が同時に賛同した。
ちなみに、この流れは『前の世界』と同じ流れである。
「えーっ!? おっ、俺が『鳥の王』をやるんですか? 俺なんかにそんな役できますか!?」
彼の驚きの言葉は何となくだけど私には白々しく感じてしまった。
彼は元から今回は立花部長に何か配役を言われる覚悟があったのではないかとも思えてしまう。
『前の世界』と違って『この世界』の彼は本当に『大人だなぁ』と感心してしまう事が多い。まぁ、そういったところも中身が十五歳の私が小学生相手に再び恋をしてしまう理由ではあるのだけど……
「大丈夫よ!! 隆君なら絶対できるわ。山口先生にお願いしてセリフも少なめにしてもらうから……ねっ、一緒にやりましょうよ!?」
「ほ、ほんとですか? 本当にセリフを少なくしてもらえるんですか? もし本当にセリフが少ないのなら俺、やってみてもいいですけど……」
彼は少し微笑みながら立花部長にそう言うと、
「それじゃ決まりね!! 私は『獣の王』をやるから隆君は『鳥の王』をよろしくね? 何だかとっても楽しみだわぁ……」
立花部長はとても嬉しそうに彼にそう言うと直ぐに影の副部長の高田さんが立花部長に強い口調で話しかけてきた。
「香織~っ!? 『獣の王』やら『鳥の王』やらを決める前に、まずは主役の『コウモリ役』を決めなくちゃいけないんじゃないのっ!?」
「あっ!! 言われてみればそうようね。私としたことが……ゴメンね『影の副部長様』……フフフ」
「 「 「 「ワッハッハッハッハ」 」 」 」
高田さんは少し怒り気味で言ったけど、立花部長の返しが面白くて教室中は大爆笑になってしまった。
そして高田さんだけが何故ここで皆笑っているの? といった表情をしているのが逆に面白くて私はお腹が痛くなるくらいに笑ってしまった。
すると立花部長が私にも話しかけてきた。
「浩美ちゃん? アナタも笑っている場合じゃないのよ。アナタも他の四年生の人達にもできるだけ出演してもらうつもりだから……」
「えっ!?」
「驚いているみたいだけど、そういう事だからよろしくね?」
「は、はい……」
私が今回の演劇で出演するのは『前の世界』でもそうだったので実のところ全然驚いてはいない。驚いた理由は他のところにあったのだ。
「立花部長……? 今、私の事を『浩美』って……」
「ああ、下の名前で呼ばれるのは嫌だったかしら?」
「い、いえ全然嫌じゃないです。逆に立花部長に『浩美ちゃん』って呼んでもらえてとても嬉しいです!!」
「フフフ、それは良かったわ。浩美ちゃん、これからよろしくね?」
「は、はい!!」
「た、立花部長!! わ、私の事も『順子』って呼んでもらっていいですか?」
順子が立花部長にそうお願いをすると他の四年生の女子達も次々と下の名前で呼んで欲しいと願い出て来た。それを立花部長は笑顔で『うんうん』と頷いている。
「あのぉぉ?」
「何かしら高山君?」
「お、俺も下の名前で『健一』って呼んでもらっていいですか?」
「フフ、いいわよ。それじゃ高山君のことはこれから『ケンチ君』って呼ばせてもらうわね?」
「えっ? い、いや……俺の名前は『ケンチ』じゃなくて『健一』なんですけど……」
「えっ? ゴメンなさい。『健一君』ね? でも四文字の名前って呼びにくいわね……?」
「えーっ、そうですか~っ!?」
「フフフ、冗談よ、冗談」
すると彼がすかさずこう言った。
「高山? 別に『ケンチ』でもいいじゃん。俺はこれからお前のことを『ケンチ』って呼ぶ事にするから。苗字も四文字だし名前も四文字だから今まで呼びにくいなぁって思ってたんだよ。立花部長のお陰でなんだかスッキリしたよ」
「えーっ、なんでだよ~っ!?」
すると五年生の福田さんや佐藤さんが高山君の肩をポンと叩き笑顔でこう言った。
「 「ケンチ君、これからもよろしく!! プッ……」 」
こうして高山君は『前の世界』よりも一年早く皆から『ケンチ』と呼ばれることになってしまう。それも名付け親が立花部長というオマケ付きで……
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お読みいただきありがとうございました。
立花部長から『浩美ちゃん』と呼ばれて嬉しい気持ちになった浩美
そして他の女子達も下の名前呼びを願い出る。
そんな中、何故か男子の高山も下の名前呼びを懇願したところ思わぬ展開に……
『ケンチ』と呼ばれることが決まった彼の今後の活躍をご期待くださいませ(笑)
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