第30話 私がやりたかった
「え――――――っ、俺がコウモリ役なの~!?」
五年生の福田さんが日頃出さないような大きな声で叫んでいる。
「そんなバカな!! な、なんで俺が……それも投票なんかで……」
そうである。
今回の主役、コウモリ役は部員全員の投票で決定したのだ。
そんな落ち込んでいる福田さんには申し訳無いけど、私としては一票も入っていなかったことでホッとしている。だって『この世界』は『前の世界』とは微妙に未来が違っているから……
「往生際が悪いわよ、福田君!! さっき投票で決めるってことになったじゃないの!! それに福田君も投票で決める事は大賛成していたでしょ!? 男が一度決めたことに文句を言わないのっ!!」
影の副部長の高田さんが福田さんを叱りつけた。
「そ、それはそうなんですけど……まさか部員三十名中二十五名も俺に投票するなんて……俺はその数の多さにショックなんですよぉぉ。そんなに俺ってどっちつかずのコウモリ役にむいているんですかぁぁ……?」
福田さんはうなだれながらそう言っている。
間髪入れず佐藤さんが福田さんにこう言った。
「私は最初からあんたがコウモリ役にむいているって言っていたじゃないの。私はあんたに五票くらい入れたい気持ちだったわっ!!」
うなだれている福田さんを上から見下ろしながら佐藤さんはしてやったりの表情をしている。
「でも福田さん? コウモリは後半、ヒーローになるからめっちゃかっこいいんじゃないですか?」
彼が福田さんを必死に励ましている。でもその彼も実は残りの五票が入っていたのだ。勿論、私は彼に入れていないけど、さっきから高山君、いえケンチ君と田中君が変な微笑みをしているからきっと二票は彼等だと思う。
そして立花部長が話し出す。
「とりあえずコウモリ役と獣の王と鳥の王は決まったので、あとは自分がやりたい役を言ってください。もし、やりたい役が被ったらジャンケンで決めますね」
ここからは役の取り合いが始まる。
やりたい役が被った人はジャンケンで決めるのが嫌で、まずはお互いで話し合っている人もいる。
何度も役が被り、そのたびにジャンケンに負けている人もいる。
そして一時間が経ち、ようやく全ての配役が決まった。
私はどんな役でも良かったのだけど結局『前の世界』と同じで『フラミンゴ役』となる。
コウモリ・・福田博(五年、双子の兄)
獣の王・・・立花香織(六年、演劇部部長)
鳥の王・・・五十鈴隆(四年、演劇部副部長)
象・・・・・天野悟(六年、大柄で顔は怖いが優しい性格、大道具担当)
キリン・・・時田次郎(長身で元バスケ部、腰を痛めて六年から入部)
サイ・・・・後藤恵子(五年、ぽっちゃり系、のんびり屋)
猿・・・・・望月徹(六年、小柄で手が器用、小道具担当)
ヒツジ・・・木場雄介(四年、夏野と仲良し)
ヤギ・・・・夏野陽子(四年、木場と仲良し)
うさぎ・・・福田誠(五年、双子の弟)
カラス・・・大浜楓(六年、女優志望)
トンビ・・・高田瑞穂(六年、影の副部長)
ハゲタカ・・佐藤恵(五年、次期部長)
ハヤブサ・・堤志保(五年、小柄だが気が強い)
フラミンゴ・私
フクロウ・・岸本順子(四年、私の親友、田中と仲が悪い)
スズメ・・・高山健一(四年、隆の親友、木の役をさせたら天下一品)
イナゴの王・田中誠(四年、自信家、照明にうるさい奴)
イナゴA・・轟睦美(六年、前回酔っ払いOL役)
イナゴB・・安達加奈子(六年、前回酔っ払いOL役)
イナゴC・・浜口亮太郎(四年、途中入部、幽霊役に一番近い男)
顧問の山口先生が一人でも多く演じてもらおうと頑張って配役を増やしたけど、やはり限界があり部員三十名中二十一名の部員が演じることとなった。
そして残りの九名は裏方に回る事となる。
「私って……何でこんなにジャンケンが弱いのかしら……」
ハゲタカ役の佐藤さんが凹み気味で呟いている。
「何を落ち込んでいるの佐藤さん!? 私なんてカラス役だから全身黒にして顔も黒く塗ってカラスになりきろうと思っているのにさ、佐藤さんもハゲタカ役なんだからハゲのかつらをかぶって、ちゃんとなりきってもらいたいものだわ」
カラス役の大浜さんは堂々とした態度で佐藤さんに言っている。
「え――――――っ!? そっ、そんなの私、嫌です!!」
泣きそうな顔で佐藤さんが言い返す。
その後ろで先ほど佐藤さんに見下されたコウモリ役の福田さんが佐藤さんにむかって何とも言えない笑顔で話しかける。
「この文化祭で次期部長の本気を見せてほしいよなぁ……プッ……」
「福田~さっきのお返しでしょ!?」
佐藤さんは福田さんを睨みながら言うけど声に元気が無い。
そんな中、彼は山口先生が書いた脚本を読んでいる。
そして何やらブツブツ言っている。
私は耳を澄まし彼の声をよく聞いていると、
『獣の王と鳥の王は和解をし、がっちり握手をした後、お互いに抱き合う……嘘だろ……』
えっ?
握手をしてから抱き合う!?
ちょっと待ってよ!?
『前の世界』では握手をするだけだったじゃない!!
なんで『この世界』では『抱き合う』っていうのが追加されているのよ!?
私は心の中でこう叫びながら彼の顔を見ると彼は顔を真っ赤にしながらうなだれている。
「う――――――ん……」
そんな彼に立花部長が声をかけてきた。
「隆君、どうしたの? 大丈夫? 何かうなだれている様な感じがするのだけど……」
「えっ!? い、いや……だ、大丈夫ですよ……」
「本当に大丈夫なの?」
「いや、本当に大丈夫です……」
彼は作り笑いをしながら立花部長に答えると、直ぐに部長が少しまじめな表情で彼に続けてこう言った。
「私は今回の文化祭での演劇が小学生最後の演劇になるから悔いのないように頑張ろうと思っているの。前のドジな幽霊での悔しさも吹き飛ばすくらいにね。だからね、隆君……お互いに悔いの無いお芝居しましょうね?」
「あっ、はい!! 頑張ります!!」
彼がそう返事をすると立花部長が笑顔で手を差し出す。
「えっ?」
「握手をしましょう。お互いに頑張ろうという意味の握手よ」
「はい、分かりました」
そして二人はがっちとり握手をしお互い見つめ合っている。
あれ? 何かおかしい……
『前の世界』でも私はこの場面を見ていたけど、その時の彼は恥ずかしさのあまり立花部長が差し出す手をなかなか握る事ができずにいたはずだったのに……
もしかして『この世界』の少し大人っぽい彼は女子慣れをしているのかしら?
だからあんなに可愛い久子のアプロ―チも毎回、空かしているのかな……
ってことは立花部長と抱き合う事なんて彼からすれば簡単にできちゃうわけ?
『この世界』の彼は純粋な少年だと思ってはいけないのかなぁ……
私が彼の見方を変えようかと思った瞬間、彼は立花部長にこう話し出す。
「で、でも立花部長? だ、抱き合うっていうのはメチャクチャ恥ずかしいんですけど……」
はぁ、良かったぁぁ……
彼にはまだ『恥じらい』はあるんだ……
私の考え過ぎだったのね? ふぅ……何かホッとしたなぁ……
「フフフ、ちょっと抱き合うくらいなんだから恥ずかしがる必要は無いわよ。それに相手が私なんだから余計に恥ずかしがる必要なんて無いと思うのだけど……」
「だっ……」
彼は何かを言おうとしたけど止めてしまう。
でも私は彼が何を言おうとしたか直ぐに分かった。
だって私も同じ気持ちだから……
立花部長相手だから余計に抱き合うシーンなんか恥ずかしくてできないんですよ。
立花部長って『天然』? それとも『鈍感』なのかしら?
そんな事なら私が『獣の王役』をすればよかった……
私なら彼と握手をするだけで満足なのにさ……
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
文化祭に向けての配役も無事に?決まり、後は練習あるのみ。
しかし隆と立花部長が抱き合うシーンがあることを知った浩美は気が気じゃない。
さすがの隆も恥ずかしがっているが立花部長は全然気にしていない。
彼女は『天然』なのか、それとも『鈍感』なのか!?
いずれにしても浩美の気が落ち着かない日は当分続く事になる。
ということで『祭りのあと編』はこれで終了です。
次回から『運動会編』をおおくり致しますのでどうぞ宜しくお願い致しますm(__)m
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