第28話 あの時の人は誰?

 辺りが薄暗くなりかけてきたので、そろそろ練習を終わろうとしていた時、彼がソッと私に近づき話しかけてきた。


「石田? これだけ頑張ったんだから俺達のクラスが男女共にリレーで一位を取りたい気持ちは田尾の事もあるし凄くあるけどさ……」


「うん、そうね……」


「でもさ、お互いに無理だけはしないでおこうな? 特に石田は無理して足を挫くんじゃないぞ」


「えっ!?」


 何で、五十鈴君は私が『前の世界』のリレーで足を挫いてしまった事を知っているの?私が困惑した表情をしていると彼は慌てた感じで再び話し出す。


「あ、アレだぞ。石田の走り方は足を挫きそうな走り方だから特にカーブを走る時は気を付けた方がいいぞってことだぞ」


「ああ、そういうことなのね? フフフ、少し驚いちゃった。もしかしたら五十鈴君は『未来が見える人』なのかと思ったよぉ……でも心配してくれて有難う」


「ハッ、ハハハ……四年生にもなってバカなことを言うなよな。そ、そんな未来が見えたらこれからの俺は『怖いもの無し』だぞぉぉ」


「フフフ、そうよねぇ……」


 でもね、五十鈴君……『未来』が分かっていても『怖いもの無し』にはなれないんだよ。

 

 未来通りに行動しなくちゃいけないっていう思いもある一方、少しだけ未来を変えたいと言う衝動も出て来てしまうからその心のバランスを取るだけでも結構疲れちゃうんだよ……


「そういえば五十鈴君も今回、初めてリレーの選手に選ばれたんじゃなかったっけ?」


「おっ、石田よく知っているな? そ、そうだよ。俺も今回初めてリレーに出るんだ」


 そりゃぁ、アナタのことは何だって知っているわ……

 十五歳のアナタまでだけど……


「俺はどうも小さい頃から『リレー運』が無いというかさ、一年の時は運動会の昼休憩の時に足を挫いてしまって高山と交代してもらったし、二、三年はクラスの中で五番手ばっかりでリレー選手にはなれなかったし……」


「ほんと、『リレー運』無いよね? フフ、でも今回でその『リレー運が無い少年』は卒業だね?」


「ハハハ、そうだよな。これで卒業だよ。後は一年の時の様に足を挫いたりしないように気をつけないと……だ、だから石田の足も気になったのかもしれないなぁ……ハハハ……」


「二人共、何の話をしているの~?」


 久子が羨ましそうな顔をしながら会話に入って来た。


「あっ、久子。今ね、五十鈴君が『リレー運』が無かったっていう話をしていたのよ」


「フフ、そうなんだぁ。そう言えば五十鈴君って幼稚園の運動会のかけっこで転んでしまって泣いていたこともあったんじゃない?」


「ほんとだ、そんな事もあったなぁ……幼稚園の頃の俺は泣き虫だったから……」


「久子、そんな事よく覚えていたわね?」


 私はすっかり忘れていた。でもそう言えばあの時……


「だってあの時さ、私と同じクラスだった平田君が転んで泣いている五十鈴君をとてもバカにしていてさ、それでその平田君に『弱い者いじめをするな!』って怒鳴り散らしていたのが……」


「わ、私だ……」


「そうそう、浩美が凄く怒って、逆に今でこそやんちゃな平田君が泣きべそをかきながら逃げて行ったんだから、忘れろって言う方が無理だわ」


「ハハハ、そんな事もあったねぇ……ちょっと恥ずかしいけど……」


 すると彼が驚いた顔をしながら、


「そ、そうだったのか? あの時、助けてくれたのは石田だったんだ。あの時、俺はずっと下を向きながら泣いていたから助けてくれたのが誰なのか分からなかったんだよ。そうだったんだぁ……今更だけど、石田ありがとな?」


「お、お礼なんていいよ、いいよ」


 凄く照れてしまい手で赤くなった顔を隠していると私に彼はあることを質問する。


「ところで石田? あの時さぁ、俺は悔しさと転んで怪我をしたところが痛くて泣いていたんだけど、途中で少し年上の女の子が俺に近づいて来てさ、俺の頭を撫でながら『君はよく頑張ったよ。足痛いのに最後まで走って偉いね。後はお姉ちゃんがかたきを取ってあげるから』って言ってくれて立ち去って行ったんだけど、石田はその女の子を知ってるかい?」


「えっ? 全然知らないわ。久子知ってる?」


「ううん、私もそこは見ていなかったわ。でもその女の子は年上で五十鈴君に敵を取るって言ったとしたら私達の同級生のお姉ちゃんかもしれないわね? ほら、あの後に『卒園生リレー』ってのがあったじゃない?」


「うんうん、あった、あった。それで私と同じ『赤チーム』の卒園生がリレーで一位になったお陰で『赤チーム』が優勝したんだわ」


「そ、そっかぁ……それが敵を取るってことだったのか……」


 彼は神妙な顔をしている。


 そんな中、高山君と森重君の声がする。


「 「おーい、みんな~!? もう練習は終わりなのかい?」 」


 二人の声を聞いた彼は神妙な表情が消え、笑顔で二人を出迎える。


「二人共、どうしたんだ?」


「いやさぁ、俺達はリレーには出ないからさぁ……飲物を持って来たんだけど……もう練習終わるみたいだね?」


 高山君が残念そうな顔をしている。

 すると大石君が二人にこう言う。


「お前達だってリレーには出ないけどさ、200メートル走は出るじゃないか!? せっかく来たんだから一組が優勝する為に、お前達も練習していけよ!!」


「バ、バカ言うなよ!! 俺達は体操服着ていないし、それにもう練習終わるんだろ?」


 森重君が慌てながらそう言うと、村瀬君が笑顔で久子に何か耳打ちしている。


 そして久子が最高のアイドル顔でこう言った。


「おねが~い、まだ少しだけ時間あるしさ、一緒に練習しようよ~? それとも私と一緒に練習するのは嫌なのかな~?」


「よしっ、高山!! お前が嫌だって言っても俺は練習するからなっ!!」


「はぁ? 何言ってんだよ、森重~!?」


 森重君の急変ぶりに高山君も呆れていたけど、そんな彼もアイドル久子には逆らえないので二人とも私服が汗だくになるまで私達と練習をするのだった。


 私が校舎の窓を見ると立花部長はいつの間にかいなくなっていた。


 三十分後、辺りはもう薄暗くなっている。


「おーい、お前達!! そろそろ家に帰りなさ~い!!」


 薄暗くてよく分からなかったけど、担任の奥平先生らしき声がしたので私達は大きな声で『はーい!!』と返事をし、皆で後片付けを始める。

 


 『前の世界』も皆で運動会の練習は楽しかった。それをまさか、もう一度経験できるだなんて……それも『この世界』の方が知らなかったことが知れたり、彼とたくさんお話ができたりして更に楽しい気持ちになれるだなんて……


 私は幸せな気分で帰宅するのだった。




「ただいま~!!」


「あら、浩美? 体操服凄く汚れているじゃないの? それにとても汗臭いし、先にお風呂に入りなさいよ」


「はーい」





――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


浩美、久子、隆の三人で幼稚園の頃の運動会の話で盛り上がる中、隆にとある記憶がよみがえる。

あの時の女の子は誰だったんだろう……


そんな中、高山や森重も加わり遅くまで練習をした浩美達

浩美はこうした経験をもう一度できることに幸せを感じ帰宅するのだった。


次は文化祭に向けてのお話になります。

どうぞ次回もお楽しみに(^_-)-☆

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