第22話 涙がとまらない
演劇も後半に差し掛かって来た。
今度こそ立花部長の幽霊が観客にウケることを願いながら私は照明係をやっている。
【演劇後半】
幽霊は小柄で変な衣装を着た人間が一人歩いてきたので驚かそうとしている。
しかし、その人間は大浜さん演じる除霊師であった。
「まだこの墓地に幽霊がいたのかっ!! 以前、人間を驚かせる幽霊が多発したので私の力で除霊し、地獄送りにしてやったのに。貴様も同じように害のある幽霊と見なし地獄送りにしてやるーっ!! ナム~ッ!!」
さすがは女優志望の大浜さんだわ。迫真の演技で会場を沸かせている。
消えた仲間は成仏したのではなく、除霊師によって地獄送りにされていたのだ。
「うわぁぁああああああ!! 地獄行きだけは嫌だよーっ!! 閻魔さんにだけは会いたくないよーっ!!」
立花部長も迫真の演技であったが、ややうけの状態……
やはり厳しいなぁ……私も、おそらく彼も不安を隠せないだろう。
場面が変わり次に若い夫婦を驚かせようとしたら急に妊婦の妻はお腹が痛いと言い出し、夫が慌てて幽霊にタクシーを探してくれと頼む場面も、何が何だかわからず慌ててタクシーを探す幽霊よりも若夫婦(四年の木場君と夏野さんは元から教室でイチャイチャしている)の会話だけの時の方が会場は笑いがおこり、
次の場面で人間を驚かすのを諦めた幽霊がトボトボ歩いている野良犬を驚かせようとした場面も幽霊を見た途端おとなしく歩いていた野良犬が急に狂暴になり逆に幽霊を追いかける。
「ワン!! ワン!! ワン!! ウーーーッ、ワン!! ワン!!」
「ウギャーッ!!」
後で分かるのだけど、逃げまくる幽霊役の立花部長ではなく犬役の佐藤さんに絶賛の声があがっていたそうだ。
さすがは『次期部長』だけのことはある。
ここ最近、佐藤さんは犬の研究をとてもやっていたみたいだし、練習が始まる前には小声で『自分は犬だ。恥ずかしがるな』と言っている姿を私は何度も見ていたので本当に良かったと思う。
「あの犬役の子、凄くうまいねぇ」
「犬の研究をかなりしたんじゃない」
「可愛い顔しているのに偉いわぁ……」
佐藤さんが聞けば泣いて喜ぶような言葉が会場中で聞こえていたそうだ。
そして最後の場面……
この数日で疲れ果てた幽霊はお墓の前でうずくまっていた。
「俺には驚かすことなんて無理だったんだ。最初から分かっていたはずなのに……こんなに疲れるなら最初からおとなしくしていれば良かった……」
その幽霊のセリフが『私には幽霊役、それもドジな幽霊役なんて無理だったんだ。何で最初から違う役をやらなかったのだろう』という風に思わず聞こえてしまう私がいた。
うずくまっている幽霊の傍に老夫婦(時田さんと高田さん)が近づいてきた。
「あら、お爺さん。ひ、人が倒れていますよ!!」
「えっ、何だって~?」
耳の悪いお爺さんが聞き直す。
「だから人が倒れているんですよ!!」
お婆さんは大きな声で言いなおす。
「お~お~そうか。それは大変じゃぁ、助けてあげんとなぁ……」
そして二人は幽霊を抱きかかえ幽霊の顔を覗き込むと
「お~この子は十年前に亡くなった息子のひろしにそっくりじゃ~」
「お~ほんとじゃ、ほんとじゃ!! 息子が生き返ったみたいじゃっ!!」
幽霊だから死んでいるのだが……
「かわいそうに こんなに怪我をしてせっかくの白い服もドロドロじゃわ」
「おいっ、しっかりしろ!! オイッ大丈夫かっ!? 今、水を飲ませてやるからのぉ」
幽霊は心優しい老夫婦の顔を見ながら涙を流し、罪のない人を驚かせようとしたことを反省した。
「あ、ありがとう……そして、ごめんなさい……」
幽霊がそう言った瞬間、幽霊の体が光り(照明係が両サイドから白い光をあてている)老夫婦の前から消えていった。
そう、幽霊は成仏したのであった。そして立花部長は舞台袖からマイク越しに
「お爺さん、お婆さん、助けてくれてありがとうございます……それにようやく自分が誰なのか思い出せました。お父さん、お母さん、ありがとうございます。先に死んでしまってごめんなさい……最後にお父さんお母さんに会えて本当に良かった。これで何の未練もなく天国に行けます。お父さんお母さん、僕の分までどうか長生きしてください。天国からずっと見守っていますから……」
立花部長のセリフを聞いて会場のところどころかですすり泣く声がする。そして私もそのセリフを数年後の自分自信に置き換えて聞いてしまい涙が止まらないでいた。
最後に山口先生のナレーションで締めくくられる。
「ドジな幽霊は最後に人の温かさ、優しさに気付くことができましたね。また自分の行いを反省した事で成仏することもできました。めでたしめでたしです。皆さんも家や学校で悪い事をしたときは、ちゃんと『ゴメンなさい』そしてみんなから助けてもらった時は『ありがとう』って言ってくださいね。これにて演劇部による『ドジな幽霊』はお終いです。どうも最後までありがとうございました」
「 「 「うわぁぁああああああ!!!!」 」 」
会場からは割れんばかりの歓声がおこった。
「 「はぁああ……」 」
私と彼はナレーション終了と同時に疲れ果てその場にへたりこんでしまった。
舞台の上に演者が並び最後の挨拶をおこなっている。
みんなとても良い笑顔だ。
佐藤さんなんかは笑いながら泣きじゃくっている。
その佐藤さんの両サイドで影の副部長の高田さんと女優志望の大浜さんが笑顔で佐藤さんの頭を撫でている。
皆やりきった感が出たとても素晴らしい笑顔であった。
ただ一人、立花部長を除いては……
でも……
立花部長は観客を笑わせることはあまりできなかったけど、最後の最後で観客に感動の涙を流させたんだから、やっぱり凄い人だと私は思う。
私も立花部長のような女性になりたいなぁ……
そして……
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
無事に七夕祭りでの演劇発表が終わりました。
それぞれに思う所はあるでしょうがみんな少しだけ成長したことでしょう。
今回で『演劇部編』は一旦、終了です。
どうぞ次回からの新章も宜しくお願い致しますm(__)m
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