第5章 祭りのあと編

第23話 二人の香織

 七夕祭りが無事に終わり四年生以上の児童で体育館の後片付けをしている。


 私と彼は近い距離で後片付けをしていたけど、気まずさが残り会話はしていなかった。

 

 すると立花部長が私達の方に近づいて来て、そして小声で彼に、


「隆君ごめんね……」


 それだけを言い残し、幽霊メイクを落としに洗面所に向かっていった。



 やはり立花部長は気付いていたんだ。

 自分の演技の時だけあまり観客から笑い声がしなかったことを……


 もしかしたら、そんなことは幽霊役をやるって決めた時から分かっていたのかもしれない。


 だから上演前に彼に『絶対成功させるから』と自分に言い聞かせる為にも言ったのではないのか……


 彼は凄い複雑な顔をしながら頭をかいている。

 そんな中、今度は勢いよく佐藤さんが駆け寄って来た。


「ねぇねぇ隆君!! 私の演技どうだった!? 私的には良くできたと思うんだけどなぁ」


 佐藤さんは目を輝かせながら彼に問いかけている。


「えっ? あぁ、めちゃくちゃ良かったですよ。本物の犬に見えましたもんっ!!」


 彼がそう言うと更に目を大きく輝かせて佐藤さんは


「そうでしょう!? そうよねぇ? 本物の犬に見えたよね? 私、大浜さんに言われた通り、凄く犬の研究をしたからさっ!! この一週間は犬のことしか考えられなかったし、ご飯もお箸を使わないようにしようかと思ったけどそれはさすがにお母さんに怒られちゃったけどね......」


 佐藤さんは興奮しながら話が止まらない。


「佐藤さん、何をしているの!? まだ道具を運ばないといけないんだからこっちに来てっ!!」


 陰の副部長高田さんが彼から佐藤さんを引き離してくれた。


 すると今度は順子が凄い勢いで私に駆け寄って来る。


「ねぇねぇ聞いてよ、浩美!!」


「どうしたの、順子?」


 私は順子にそう言ったものの彼の事が気になって仕方が無い。


「田中の奴がさ、ずっと照明の色を決めた通りにしようとしないからそれを止めるために私ずっと田中と戦っていたのよ!! もう、ほんとに疲れたわっ!! って、ねぇ浩美、私の話、聞いてるの?」


 順子が頬を少し膨らませながら聞いてきた。


「えっ? あ、うん……き、聞いてるわよ。お互いお疲れ様だねぇ……」


 私はそう言うと荷物を持ち上げ順子から離れ、そして彼の前を通り過ぎ体育館を出て行こうとしたその時、高山君がとても痛そうな声をあげながら私達のところにやって来た。


「いてててててっ……」


 高山君は上演中ずっと腕を上げたまま、ゆらゆらさせていたので筋肉痛になり腕をさすっている。


「おい隆、田中、木場~っ!! それに石田さんや岸本さんも俺の腕全然上がらないから悪いけど荷物運び勘弁してくれないか?」


「あぁ、全然かまわないよ。俺達で運ぶよ」

「うん、いいよ。高山君はゆっくりしていて」


 私達や彼と木場君は快く引き受けたけど田中君は少し嫌そうな顔をしているのが分かった。


 そしてみんなで荷物を持って体育館を出ようとしたとき高山君が突然、彼を呼び止めた。


「隆、ちょっといいかな? 俺、今日なんか凄く感動したんだよ。木の役だったからみんなの演技を真後ろから見れてとても良かったしさぁぁ。それと特に立花部長と大浜さんと、ついでに佐藤さんの演技はめちゃくちゃ良かったよなぁ……」

 

 珍しく高山君が少し興奮気味で話を続ける。


「でも立花部長は勿体無いよな? 幽霊役じゃなかったらもっと良かったのになぁって思うんだよなぁ。絶対、他の役だったらダントツで立花部長の演技が一番だと思うんだ!!」


「そ、そうだよな。普通の幽霊役だったら問題なかったけどドジな幽霊で笑いをとらなければならなかったからなぁ……なんか俺、部長にとても申し訳なくてさ……」


「なっ、何を言ってるんだよ!? 別に隆が気にすること無いじゃん。誰も幽霊役をやりたがらなかったってのもあるけど、立花部長が自分で決めてやった事なんだからさ。それに演劇は全体的には大成功だったと思うし、隆の書いた脚本もめちゃくちゃ良かったしさぁ……」


 高山君が珍しく彼をとても褒めている。


 すると私達のところに一人、大人の女性が近づいて来た。


「隆君、浩美ちゃんお疲れ様~」


 えっ? その声はもしかして……


「 「つねちゃん!?」 」


 私と彼が同時に女性の名前を呼んだ。


「つ、つねちゃん……来てたんだ……」


 この女性の名前は『常谷香織つねたにかおり』といって私や彼が幼稚園の時の担任の先生だ。


 年齢はおそらく二十七歳くらいで髪型はセミロング、顔は色白の美人で性格もとても優しくて園児達から凄く人気のあった先生だ。


 そして私の憧れの女性でもある。


 そんなつねちゃんも今日の七夕祭りに園児達を連れて来ていたのだ。


「今日の演劇、二人が演者じゃ無かったのは少し残念だったけど、照明係を頑張っている姿を見ることができたし、本当に良かったわ」


「えっ? つねちゃん、俺達の照明係をしているところも見ていたのかい? なんか恥ずかしいなぁ……」


「フフ、そりゃそうよ。元教え子の頑張っている姿を見るのは当然のことよ。とても上手に照明を照らしていたと思うわ。それに今日の演劇の脚本は隆君が書いたんでしょ? 本当に良く書けた脚本で先生、とっても感心しちゃったわ~」


 つねちゃんがそう言うと彼は顔を真っ赤にしながら『あ、ありがとう……』と照れながら言っている。


 つねちゃんも今日の演劇の脚本を彼が書いたことを知っていたんだ。

 誰に聞いたのかな? 彼本人から? ま、まさかね……山口先生あたりに聞いたのかもしれないわね。


「今日、幽霊役をしていた女の子の演技は凄く良かったね? もしかしてあの子が部長さんなのかな?」


 つねちゃんが今度は私に向かって質問をしてきたので、


「うん、そうよ。六年生の立花香織さんっていうの」


「香織? あら、先生と同じ名前なのね? それは光栄だわぁ……これは先生の勝手な想像だけど、おそらく『ドジな幽霊役』をする人が誰もいないから自分でも向いていないのは分かりつつ部長として責任を感じた彼女が『ドジな幽霊役』を買って出たのかな? って思ったの。だから彼女の『ドジな幽霊』になり切ろうとしている必死の演技が先生には凄く伝わってきたのよねぇ……勿論、最後のセリフでは先生、号泣してしまったわ。フフフ……」


 つねちゃんの話を聞いて私はとても感動した。

 演技だけでそこまで分かってしまうつねちゃんに対して改めて尊敬してしまった。


「だからね、みんなあの立花部長さんに付いて行けば絶対に大丈夫だから、これからも演劇頑張ってね? それじゃ私は園児達と幼稚園に帰るから、また会いましょうね?」


 つねちゃんはそう言うと何度も何度も私達に手を振りながら可愛い園児達と帰って行くのだった。


 立花香織部長と常谷香織先生……


 私も頑張って少しでも二人の香織さんのような素敵な女性になって、いつか彼に告白したい……





――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


遂に『つねちゃん』の登場です。

二人の『香織』に憧れる浩美

これからますます浩美は頑張ることでしょう.....


ということで次回もお楽しみに(^_-)-☆

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