第7話 呼び捨て

「それじゃ、浩美ちゃんは五十鈴君の事をどう思っているのかな……?」


 まさか、久子がそんな事を聞いて来るとは思っていなかった。

 私は久子の前では特に彼を意識しない様に努力していたから……


 クラスで人気者の久子が他の男の子には目もくれずに彼に対して積極的に近づいている姿を何度も見ていたら、さすがの私でも理解できる。


 久子も五十鈴君の事が好きなんだと……


 だから私は一年生で友人を失う様な事はしたくなかったから、つい誤魔化してしまう。


「えっ、私が五十鈴君の事をどう思っているかって? うーん、そうねぇ……よく教科書を忘れる子だなぁって思っているけど……」


「え、それだけ?」


「うん、それだけよ」


「でも、いつも五十鈴君は浩美ちゃんばかりに教科書を借りに来るけど、それでも何とも思わないの?」


「ああ、それは幼稚園で同じクラスだったから頼みやすいんじゃないのかな? それに入学式の時に少しだけお話もしたしさ……」


 それに私から彼に話しかけた事は一度も無い。今日が初めてなのに、久子は何故そんな事を聞いてくるのだろう……?


 『女の勘』っていうやつなのかな? でも久子はまだ小一なんだけどなぁ……

 『現実の世界』の時の久子が小一の時ってこんな感じだったかな?


 やっぱりこれは『夢の中』だから少し違う久子なのかなぁ……


 多分、そうかもしれないわね。

 だって本来、私だって一年生から彼とお話ができるとは思ってもいなかったし……


 いずれにしても小学生でも女って怖いわね……私も女だけどさ……


「でもいいなぁ……私も浩美ちゃんみたいに五十鈴君から『呼び捨て』で『寿』って呼んでもらいたいなぁ……」


「えっ? 久子ちゃんは呼び捨てで呼ばれたいの? 私は男の子と同じ扱いをされているみたいで少し嫌なのに……」


 私は久子の口から意外な事を言われて驚いた。


「ええ、とても良いじゃない。凄く仲良しに見えるしさ……それに五十鈴君が女の子を呼び捨てにしているの浩美ちゃんだけだしさぁ……」


 あっ、そういえばそうかも……

 さっき私達が音楽室に行くときに彼は順子の事は『岸本さん』って呼んでいたわね。


 ふーん、そっかぁ……私だけなんだ、彼に呼び捨てで呼ばれているのは……


 私は自分だけが呼び捨てにされている事を久子のお陰で幸せに感じる事ができた。


「いずれにしても私は五十鈴君の事は今言ったような感じに思っているから……それで良いかな、久子ちゃん?」


「う、うん、そうね。分かったわ。変なん事を聞いちゃってゴメンね?」



 とりあえず久子は私の答えを納得してくれたみたいで笑顔で次の授業の為に音楽室へと行くのだった。


「はぁ……」


 私は久子の姿が完全に見えなくなってからため息をつく。


 そしてそんな私の前を五十鈴君が横切りざまに『終わったら直ぐに返すから。教科書、ありがとな』とだけ言って彼もまた音楽室へと行くのであった。


「う、うん……」


 その時の彼はどことなく『大人の顏』に見えてしまったけど、それは私が彼の事を十五歳の五十鈴君と重ね合わせているからだろうと思う。


 それに私だけが『特別』に呼び捨てで呼ばれているんだ……


 そう思うだけで私の身体は熱くなる。


 私は無理矢理に興奮を抑えながら自分の教室へと帰るのだった。




 あれから数日が経ったけど、彼は私に教科書を貸して欲しいと言ってこない。前に順子に言われたことを気にして前の日に準備をするようになったのだろうか?


 教科書の貸し借りだけが私と彼との距離を縮める事のできる方法だったのになぁ……


 同じクラスになるのは三年生からだし、同じ部活に入るのは四年生からだし、どうすれば彼と何か共通の話題が作れるのかな? どうすれば彼とお話ができるのかな?


 私は授業中、そんなことばかりを考えていた。


 そして考えて考え抜いてようやく一つだけ良い事を思い付いた私は授業中にもかかわらず思わず『あっ!』と声を出してしまう。


 クラスの子達に注目され、そして先生には怒られたのは言うまでも無いが……



 私が思い付いたのはいたって単純なことだった。


 それは休みの日に彼の家の近くをうろついて偶然、彼と出くわすという『作戦』だ。


 この『作戦』は中学の頃にもやったことはあったけど、彼は毎週休みの日は同じ部活仲間達と『市民体育館』に行き一日中『卓球三昧』だったので道端で出くわすという事が全然できなかった。


 でも今、私達はまだ小学一年生……部活も無ければ塾だって行っていないし、出くわす確率はかなり高いと思う。彼が一人で歩いているかどうかは少し微妙だけど……


 よしっ!! 今度の日曜日といわず毎週日曜日は彼の家の近くを歩き回ってみよう。いつかは彼にバッタリと会えるかもしれないわ。


 まぁ、私が毎週日曜日に出かけると私といつも一緒にお出かけしたがっているお父さんが悲しむかもしれないけど、可愛い娘の為に少しだけ我慢してちょうだいね。



 こうして私は毎週日曜日に彼の家の近くを散歩するフリをしながら彼に出くわすことを楽しみにワクワクしながら歩いていた。


 一週目、二週目と彼にでくわす事は無かったけど、三周目で遂に私は彼を発見した。


 彼は近所の散髪屋さんから出て来たのだ。


 それなのに私は思わず電信柱の陰に隠れてしまった。

 はぁ、私は何でこうも肝心な時に限って臆病者なのだろう……

 私の目の前に座っている野良猫が私をバカにしたような目で見ている様な気がするわ。


 私は柱の陰から彼の事をジッと見ていると彼は何やら右手に持っているモノを見ながらニヤニヤしている。


 ん? 何を持っているのだろう?

 何か少し光っている様な気がするのだけど……もしかしてお金かな?


 でも、あの彼がお金を見てニヤニヤするのだろうか?


 その様子をしばらく見ていた私だったけど、もうここは覚悟を決めて彼の前に出ようと思った瞬間、聞き覚えのある声が彼を呼びかけたのだ。


「五十鈴君、何をニヤニヤしているの?」


 その声は久子の声だった。


 何であの子がここにいるのよ?

 でも久子は彼と同じ町内だから私よりも出くわす確率は高いよね?


 で、で、でも何でそれが今日なのよ!?

 し、信じられないわ!!



「えっ? ああ、寿さん……べ、別に何でもないよ……」


 彼がそう答えた後の二人の会話はあまり聞こえてこない。


 一体、二人は何を話しているのだろう?

 気になって仕方が無い!!


 小学一年生同士の会話なんて大した話はしていないと思いながらも……


 やはり気になって仕方が無い!!


 だけど今更、電信柱から出て行くわけにもいかない……


 私は電信柱の横で身体を丸くしてあくびをしている野良猫とにらめっこをするしかできないでいた。




――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


久子の質問に戸惑う浩美。

しかし何とか隆に対する想いはバレることは無かった。


そして後日、浩美は隆に会いたいが為にある意味今の時代で言えば『ストーカー作戦』をすることに(笑)


三週目でようやく隆を見かけた浩美だったが思わず隠れてしまう。

すると隆に先に声をかけたのは久子だった。

果たしてこの後、浩美はどうするのか?



どうぞ次回もお楽しみに(^_-)-☆

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