第6話 ずっと、忘れてくれていいのに

 ある日、私は一年一組の教室の前を音楽室に行く為に順子と一緒に歩いていた。


 そして何気に教室の中を見ると、そこには五十鈴君を中心に数名の子達が集まって談笑をしている。


 その中には笑顔で五十鈴君と話をしている久子の姿もあった。


 私は何とも言えない感情が出てしまい、早歩きで一組の教室の前を通り過ぎたので順子が慌てて私に追いつこうとしていた。


「ちょっと、浩美ちゃん!! 何で急に早歩きになるのぉぉ?」


 私は順子の声で我に返り立ち止まる。


「えっ? ゴメンなさい……何となく早歩きになっちゃった……」


「ふーん……変な浩美ちゃん……」


 そして私達が再び歩き出そうとした時、後ろから私を呼ぶ声がした。


「おーい、石田~っ!!」


「えっ!?」


 私はその声が誰だか直ぐに分かったけど、なかなか後ろを振り向けないでいた。


「石田~っ、ちょっと待ってくれよぉぉ!!」


 さすがに無視できない私は後ろを振り向き……


「何? 五十鈴君、私に何か用?」


 私は呼び止められて内心めちゃくちゃ嬉しいくせに、それを彼や順子に悟られたくない気持ちでワザと冷静な顔で聞いてみた。


「い、いや、あのさぁ……俺……今日は音楽の教科書を忘れてしまったんだよ。だから悪いけどまた石田の音楽の教科書を貸してくれないかなぁと思ってさ……」


「えっ、また忘れたの? もうこれで五回目よ」


 そうである。なんと彼は入学してからまだ一ヶ月も経っていないのに結構、教科書を忘れて来ている。


「ゴ、ゴメン……いつも朝ギリギリに起きてて学校の準備をするのも慌ててしまってさ……それと、俺もう五回も教科書を忘れているの? 数えて無いから全然知らなかったよ……いや、本当にゴメン……」


 申し訳なさそうな表情をしている彼に対して順子が余計な事を言いだした。


「あのね、五十鈴君!! そんなに浩美ちゃんばかりに教科書を貸してくれって言ったら浩美も迷惑じゃない!? それに学校の準備は前の日の夜にするものよ!!」


 正論を言っている順子には申し訳ないけど、ほんと、この子は余計な事を言うわね!?


 もしこれで彼が落ち込んでしまって、これから教科書を忘れても私に借りに来なくなったらアンタ、どう責任取ってくれるのよ!?


「キシモ、いや、岸本さんの言う通りだよ……ホント、俺ってドジだよなぁ……石田もゴメンね? 教科書は他の子に頼んでみるよ……」


 私は彼の言葉に焦りを感じ、こう言った。


「まっ、待ってよ五十鈴君!! 私、教科書を貸さないなんて言っていないから!! それに……別に貸すのが嫌ってことじゃないしさ……」


「ほっ、ホントに!? あぁ、良かった~っ!! 助かるよ~っ!! 次からは絶対に忘れない様にするから!!」


 別に毎日忘れてくれてもいいんだけどさ……

 じゃないと同じクラスじゃない私と五十鈴君が会話できる機会は少ないんだから……


「うんうん、私は気にしてないし、別に忘れっぽいところも気にすることは無いよ。いつでも貸してあげるから。それじゃぁ、次の音楽の授業が終わったら一組に寄るわね?」


「えーっ!? それは悪いよ!! 俺が授業終わってから石田の教室に行くよ!!」


「いいの、いいの。気にしないで!! それじゃ後で行くからね……」



 私は彼にそう言って順子と一緒に音楽室へと向かった。


 道中、順子が私にこんな事を言ってきた。


「どうして浩美ちゃんはクラスの男の子達には厳しいのに五十鈴君にはそんなに優しくするの?」


「えっ、そ、そうかな!? そ、そんな事は無いと思うんだけど……」


 順子は昔から鋭い子だったけど、一年生の頃からこんなにも鋭い子だったかしら?


「そんな事あるよぉぉ……」


「で、でもさ、困っている人を助けるのは良いことでしょ? それに私は頼られるのは嫌じゃないし……」


「フフフ、さすが『頼れるお姉さま』の浩美ちゃんね? 何だかとってもカッコイイ」


「バ、バカなこと言わないでよ!? それにその『頼れるお姉さま』っていうのは止めてくれないかしら? 凄く恥ずかしいんだけど……」


 ほんと、誰がそんな呼び名を考えたのよ!? センス悪いわね!!


「別にいいじゃない。私はカッコイイと思うけどなぁ……」


「女の子がカッコイイって言われてもあまり嬉しくは無いんだけど……」


 タッタッタッタ……


 私達二人を追い抜く様に森重と田中が走り去って行く。


「もう、あの二人危ないわねぇ。ぶつかったらどうするのよ……」


 順子がそう呟いている途中で私は叫んだ。


「こらーっ!! 二人共、廊下を走るなっ!!」


 すると二人はビクッとしながら慌てて立ち止まり、私の方を振り向かずに何事も無いような感じで音楽室に向かって歩いて行った。


「何よ、あの二人は……」


「でも凄いね、浩美ちゃん」


「えっ、何が?」


「だってあの二人、浩美ちゃんに怒られたら直ぐに走るのを止めてしまったんだもの。きっと浩美ちゃんが怖かったのよ。さすがねぇ、浩美ちゃんは……やっぱり『頼れるお姉さま』ね?」


 全然、嬉しくないから!!




 音楽の授業が終わると私は彼に少しでも早く音楽の教科書を届けたいというか、早く彼に会いたいという思いで、慌てて音楽教室を出て走るのだった。


 その時、森重と田中の二人が『何だよ、鬼姫の奴……俺達には廊下を走るなって言ってたクセに、自分だって廊下を走ってるじゃん』と言っていた事なんて今の私にはどうでも良いことだった。



 ガラッ、ガラガラッ


 私は授業が終わり賑やかな声がする一組の教室に入って行く。

 そして彼のところに近づき『はい、これ』と言い、音楽の教科書を手渡した。


 彼は頭を掻きながら笑顔で『ありがとう。終わったら直ぐ返すから』と言うとクラスの友人達のところへと行った。


 もう少し話したかったなぁ……と思っていた私に久子が話しかけてきた。


「浩美ちゃん、また五十鈴君に教科書を貸して欲しいって頼まれたの?」


「う、うん、そうなの……」


「浩美ちゃん、何だか五十鈴君にとても頼られてるよね?」


 久子が前にもあったが羨ましそうな表情で言ってくる。


「そ、そうかな……? たまたまというか頼みやすいんじゃない? 私、サバサバしていて性格が男の子みたいだしね……」


 私がそう言うと久子は『ふーん』と言いながら、


「それじゃ、浩美ちゃんは五十鈴君の事をどう思っているのかな……?」


「へっ!? 私!?」


 今この場で……一番聞かれたくない事を久子は質問してきたのであった。


 わ、私は……




――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


何度も教科書を忘れて来る五十鈴君

そして何故か毎回浩美に教科書を借りに来る五十鈴君


でも浩美はそのやり取りだけで幸せであった。


そんな中、久子からまさかの質問があり……


どうぞ次回もお楽しみに(^_-)-☆

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