第8話 二人だけの秘密

 あくる日の月曜日、私の心は今日の天気の様に曇りだった。


 結局、昨日はずっと電信柱の陰で立ち往生していたのだ。近くにいた野良猫の表情が私に対して哀れな表情をしていたのが今朝になっても忘れられない。


 はぁ……私はなんて運が無いのだろう。

 久子に先を越されるなんて……


 そんな久子はニコニコしながら登校して来た。


「浩美ちゃん、おはよう!!」


「お、おはよう……」


「あれ? 浩美ちゃん、何だか元気がないわね? 何かあったの?」


「えっ? 別に何も無いわよ。それに元気が無いわけじゃないから。そんな事よりも久子ちゃんこそ今日はいつも以上に元気よね? 何か良いことでもあったの?」


 久子、ほんと、昨日は彼とどんな会話をしたのよ?

 今ここで言いなさい!!


「私? 別に何も無いわよ」


「えーっ、ホントに~っ!?」

 

 やはり昨日の出来事は言わないつもりなのね?


「ホッ、ホントよ。何も無いから……」


 でも、あまりしつこく聞くのもおかしいしなぁ……


「ふーん、そうなんだぁ……」



「おはよう、石田に寿さん」


「あっ、五十鈴君おはよう!!」


「お、おはよう……五十鈴君……」


 このタイミングで昨日、散髪をして髪型がスッキリしている彼が現れるとは……

散髪は関係無いけど、何だか胸が苦しいよ……


「二人で何を話してたの?」


「えっ?」


「それがねぇ、浩美ちゃんがねぇ、私がいつもよりも元気そうに見えたみたいで、何か良い事でもあったの? って聞いてくるから別に何も無いよって言ってたの……フフッ……」


 あっ!! 今、久子……彼に『ウインク』したんじゃない?

 いえ、きっとしたわ。だってその瞬間、彼の表情が変わったもの……


「そ、そうなんだぁ……ハハハ、でも寿さん、石田の言う通り今日はいつもよりも元気そうに見えるね?」


 あれ、彼もそう見えるの?

 それとも……もしかして久子に何か探りを入れようと……


 まさかね。

 小一の子がそんな探りなんて入れるはずは無いよね。私じゃあるまいしさ……


「えーっ、五十鈴君も『ソレ』を聞くんだぁ? ふーん……」


「い、いや、俺は別に……」


 何、この二人の会話は?


「私が元気に見えるのはね……もしかしたら昨日……人助けをしたからかもしれないわね……それでね……」


「こっ、寿!!」


 人助け!? それって彼を助けたってこと??

 それに今、彼は久子を止めようとしたよね?


 その為に慌てて『寿』って……


「あーっ!! 五十鈴君、今、私の事、『寿』って呼び捨てにしたぁ……」


「ゴ、ゴメン!! つ、ついさぁ……」


「別に謝らなくてもいいよ。今日から私のことも浩美ちゃんみたいに呼び捨てにしてくれていいよ。というか、呼び捨て決定ね?」


「えっ、呼び捨てにしていいのかい?」


「いいに決まってるじゃない。何で浩美ちゃんだけ呼び捨てにするのかも不思議だったし……だから絶対に私のことは今日から『寿』って呼んでね? じゃないと私、返事しないから……」


「わ、分かったよ……こ、寿……」


「わーい、やったーっ!!」



 何? 何なの、この二人の会話は?

 私に入り込む余地が全然、無いじゃない。


 きっと二人は昨日の出来事を隠そうとしている。

 それも彼の方が隠したがっている様に見える。


 久子が彼のことを助けたの?

 一体何を助けたの!?


 私には全然、分からない……


 二人だけの秘密ってことなの!?


 そ、そんな……



「おーい、五十鈴~っ!? 早く教室に行こうよ!!」


「えっ? ああ、高山おはよう。そうだな。早く行こう!! それじゃ二人共、また後でね」


 彼は親友の高山君と一緒に教室へと走って行った。


 残った私と久子の表情は対照的なものだったと思う。


 彼と何か『二人だけの秘密』があって、尚且つ今日から『呼び捨て』で名前を呼ばれる事が決まった久子……


 彼と『二人だけの秘密』をつくり損ねたうえに、私だけ呼び捨てにされていたという『特別感』がいとも簡単に消えてしまった私……


 きっと私の心は今日一日、今日の天気の様にどんよりとなるだろう……




 時は流れ今は七月半ば、もうすぐ夏休みが訪れる。


 早いもので私が『夢の世界』に来てから約五ヶ月……


 さすがに私の中では今のこの状況が『夢の世界』だと思えなくなってきている。

 これは何か『タイムスリップ的』なものなのでは? と思っている自分がいる。


 でも、もしそれが本当に『タイムスリップ的』なものだとしたら私は十五歳のままで『この世界』に来ているはずでなのでは? そして私は隠れて『この時代の私』をソッと眺めているだけじゃないのでは? とも思ってしまう。


 しかし今の私は中身は十五歳の七歳の女の子……


 この現象は何て言うのかしら?

 ちゃんとした言い方があるのかな?


 もう少し漢字が読める様になれば本屋さんでこういった関係の本を買って読んでみようかしら……だから、それまでは……


 私は難しいことを考えるのは止めにした。

 今の小学一年生を一生懸命生きる事にしたの。


 彼の事だって今は久子が一歩リードした形にはなっているけど、私は少しだけ先の『未来』を知っている。久子が中学生になれば、他の男の子と……


 だから私は焦らないことにしたの。

 きっと一生懸命に『この世界』で頑張っていれば私にも必ずチャンスはやって来るはず。


 あとは神様お願い……


 もし私が思っている現象じゃなくて、『この世界』が長い長い『夢』だったとしても……


 私にずっと『夢』を見させてください。


 彼に想いを伝えるまでは……




――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。

この章はこれで最終となります。


次回から夏休み編が始まります。

どうぞ次回もお楽しみに(^_-)-☆

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