第35話『変化』

僕は、「彼女」と出会った時のことを覚えていない。

いつの間にか「彼女」は一緒にいて、よくお話をしてくれた。

僕はいつ「彼女」と出会ったのか、気になった。

でも聞けるわけなかった。

「彼女」を傷つけてしまうのではないか。

それが怖くて、聞けなかった。

だから僕は自分自身のことを調べた。

いつの間にか「彼女」が僕のそばにいた時のこと。

調べて調べて…僕は答えにたどり着いた。


そっか…



僕、死にかけてたんだ。



自分自身がわからなくなって、辛くて、怖くて、何も信じられなくて。

ぼーっとしていて…気づいた時には…

車にぶつかったんだ。

そして目が覚めたら…

「彼女」が泣きながら僕の手をつかんでたっけ。

「君は誰」なんて聞いたっけ。

あぁ…思い出した…



君はもう一度、

僕と友達になってくれたんだね。


《かなめside?》

思い出した。

何もかも。

僕が事故に遭う前のこと。

僕がここに来る前のこと。

全部全部、思い出した。

どうして今更思い出してしまったのだろう。

どうして今なのだろう。


僕は彼女と一緒にいて幸せだった。

彼女とすごせて幸せだった。

でも何もかもが奪われた。

彼女との記憶も。何もかも。

でもまた彼女は僕に手を差しのべてくれた。

僕はまた彼女と一緒にいれた。

彼女とすごせて幸せだった。

でもまた何もかもが奪われた。

今度は取り返しのつかない。

彼女の命も。何もかも。

全部全部全部全部…


あいつらが悪いんだ。


僕は1人で広場近くの男子トイレへと戻った。

あぁ、この姿を見るのは久しぶりだな。

ゴツゴツして大きな手。

喉にある喉仏。

鏡から頭が飛び出でる程の背。

これが、本当の"僕"。


いや…"俺"か。



《琴梨side》

私たちは唖然としていた。

雷華先輩が自ら命を絶つなんて…

どうして…?彼女に一体何があったの?

どうしていきなりこんなことをしたの?

私たちは皆、同じことを考えていた。

「とりあえず、僕の上着をかけておくよ。」

そう言うと世宗先輩は自分の肩に巻いてあった上着を雷華先輩にかけた。

「…とりあえず、行動しよう。彼女に何があったのか調べなくちゃ。」

「…そうね。ここに残る人、パソコン室を調べる人、あとは彼女の部屋を調べる人で別れるの。」

乙羽先輩は顔色を悪くしながらみんなに指示を出した。

「…わかりました。私はパソコン室を調べます。」

「じゃあ僕もパソコン室を調べます。」

私の後に春樹先輩が名乗り出た。

「わかったの。世宗は、ここにいて。誤作動したら大変なの。」

「うん。じゃあここは僕と乙羽と神希くん。パソコン室は琴梨ちゃんと春樹くんが残るということで。」

「私は雷華の部屋を見に行きます。」

「私も一緒に行く。」

水戸先輩とちとせ先輩が名乗り出た。

「わかった。綴くんも一緒に行ってもらっていい?」

「わかりました。」

綴先輩は相変わらず何を考えているのか分からない表情で一言だけ答えた。

「じゃあ、それぞれ探索してまたここに集合。あとかなめくんを見つけたら声をかけて欲しいな。」

「わかりました。じゃあ行こうか。綴、ちとせ。」

「わかった。」

水戸先輩の後にちとせ先輩が着いていく。

「水戸のこと、よろしくな。」

「わかってる。」

綴先輩は春樹先輩と一言話したあとすぐに教室を出ていった。

「琴梨ちゃん、僕達もパソコン室を調べよう。」

「はい…」

私と春樹先輩は隣のパソコン室へと戻った。



「琴梨ちゃん、大丈夫?」

「……へ?」

私がぼーっとしていると春樹先輩が横から話しかけてきた。

「顔色悪いから…」

「あぁ…今日寝てないから…」

「…そっか。気分が悪くなったらそこに座ってていいからね。」

「ありがとうございます…」

私は春樹先輩が用意してくれた椅子に腰をかけた。

先程までなかった気分が身体中を駆け回る。

気持ち悪くて頭が痛い。心も痛い。

「うっ…」

凄まじい吐き気と同時に目の前がじんわりと滲んできた。

「……大丈夫。落ち着いて。」

春樹先輩が優しく背中をさすってくれた。

そして私の目線より下に来て手を私のおでこに当てた。

「少し熱いな…具合悪いところはある?気持ち悪い…?」

「えっと…」

「ゆっくりでいいよ。」

「気持ち悪くて…頭が痛い…」

「うん…よく頑張ったね。」

「夢を見るのが…怖くて…」

「…うん。」

「…それで…それで…」

膝の上に涙が数滴落ちる。

人の前ではあまり泣いたことがなかった。

けれどこの人の手は暖かくて、優しい人の手だった。

「…琴梨ちゃんはさ、自分の力をどう思う…?」

「っ…私の…力…?」

「うん。僕の力は前も見たと思うけれど風の力。少しでも扱いを間違えると刃にもなる。」

春樹先輩は自分の腕を出すと辺りに暖かい風が吹いた。優しい風だった。

「優しい風……」

「僕はこの力で、クラスメイトに怪我を追わせてしまったんだ。」

「…怪我を…?」

「うん。小さい頃ね、縄跳びの授業中、力が誤作動して周りにいたクラスメイトを傷つけてしまったんだ。みんな傷だらけで、倒れていった。」

「……」

「それから僕は自分の力が好きじゃなかったんだ。」

「好きじゃなかった…?今は違うんですか?」

「うん。琴梨ちゃん、気分はどう…?」

「……あれ?」

先程まであった気持ち悪さが無くなっていた。

「これも僕の力。優しい風、これを使えば多少の気分が和らぐんだ。」

「…すごい。」

「琴梨ちゃんの力はこの後起こる事を夢の中でみれるんだよね?」

「…はい。」

「もし嫌な夢を見たらさ、何か行動をしてみない?」

「何か…行動を…」

「決して自分がやらない事でもやってみたり。動いてみるんだ。そしたら未来は変えられる!と思う!」

春樹先輩がニコッと笑った。

確か神希も前にこんなこと言ってたっけ…

「…本当に変えられるんでしょうか…私に…」

「うん。きっと。もし何か嫌な夢を見たら僕を頼っていいよ。力になるから。」

「…ありがとうございます。」

私はゆっくりと椅子から立ち上がった。

「もう大丈夫?」

「はい。おかげさまで。私もなにか行動しなきゃ。」

「…うん!」

こんな状況で落ち着ける人なんてそうそういない。きっと春樹先輩も怖くて、不安で仕方が無いはずだ。

なのに私のことを励ましてくれた。支えてくれた。

私も何かしなくちゃ…

そう言って私は教室を調べ始めた。

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