第32話『暗闇』
夜が近づく。
私がいやいや言っても時計の針は動き続ける。
夜は、嫌いだ。
嫌な事ばかり考えて、嫌な夢ばかり見る。
嫌なことは沢山あるのに目をつぶると一瞬で明るくなる。
怖くて恐ろしい。
私は貰ったエナジードリンクを喉に流し込んで、今まで起きたことを整理する。
私の後ろで先程までガミガミ怒っていた彼がプツンと糸が切れたかのようにすやすやと眠っている。
私は、寝たくない。
これ以上、嫌なものは見たくない。
寝た方が良かったなんて、思ったことがない。
1度も…思ったことがなかった。
《雷華side》
「ごめんなさい。」
部屋の扉を開けると、そこにはかなめさんが立っていた。
「かなめさん…?どうして謝って…」
「ごめんなさい。僕、ひどいことした。傷つけた。ごめんなさい。」
「…私こそ、ごめんなさい。私、焦ってたみたい。」
「焦ってた?」
「目が覚めたらいきなりこんな所にいて、おかしなことばかり起きて…意味もなく人を傷つけてしまった。」
「…僕が雷華の立場だったら、そうしてたと思う。」
「……ごめんなさい。」
「雷華は僕に謝らなくていいの。綴くんに言わないと。」
「そうよね…今日はもう遅いから、明日ちゃんと綴さんに伝えに行くわ。」
「うん。」
沈黙が訪れる。
気まずい雰囲気。
「僕…ね?最初目が覚めた時、不安でいっぱいだったんだ。」
かなめさんが話をする。
「お先真っ暗…誰もいない、知らない場所…怖くて怖くてたまらなかったの。でもその時、雷華とちとせがいてくれて、すごく安心したんだ。」
「…私もです。」
「だから…ね?」
「…?」
「ありがとう。そばにいてくれて。」
「…こちらこそ。」
「だからその…これからも、ずっと一緒だよ?」
「…えぇ。ずっと一緒です。」
私はかなめさんの手を強く握った。
「…いつか、本当のかなめさんの姿でお出かけでもしましょうね。」
「…うん!約束だよ!」
「……こういうのをフラグ回収と世は言うのでしょうか?」
「ちょ、やめてよ!」
「ふふふ、ごめんなさい。」
幸せな時間。
ずっとずっと、続けば良いのに…
はやく、ここから出ないと。
いつ頃出られるのかしら…
私はかなめさんとお別れしたあと、自分の部屋にまた戻りファイルを読み目を閉じた。
夜って不思議。
真っ暗闇で1人。好きなことを考えて、自分の考えをまとめられて…
落ち着く時間。
私は夜が、大好きだった。
《水戸side》
ふと、目を開けるともう外は明るかった。
眩しい日差しがカーテンの隙間から部屋へと差し込む。
「もう朝…か……」
私はぐったりとした体を上げ、顔を洗う。
冷たい水が眠気をどこかへと吹き飛ばす。
昨日は色々な事が起きすぎた。
綴が雷華とかなめに襲われ、琴梨は気を失い倒れた。
どんどん自体が悪化していく。
「私が…何とかしなきゃ…」
そう思っているとふと昨日の微かな記憶が蘇った。
「「大丈夫だよ」」
あの時の世宗先輩と乙羽先輩の発言に、私は救われた。
自分一人で考え込んでいた私を、先輩たちは支えてくれていた。
頼っても良いと教えてくれた。
「私は…ひとりじゃないんだ…」
冷えきった顔をタオルでポンポンと吹き、着替えをして部屋を出た。
今日は何も起きないことを願いながら。
「ごめんなさい。」
「大丈夫だから…」
「ごめんなさい…!」
部屋を出ると広場には頭を深く下げた雷華と少し面倒くさそうに返事をしている綴達がいた。
「あ、水戸おはよう。調子はどう?」
横から春樹が明るく挨拶をしてきた。
「あぁ、おはよう春樹。バッチリだ。…で、あれはなんだ?」
「あー…実はさっきからずっとあんな感じでね…もういいよって言ってるんだけど…」
そう言いながら春樹は雷華の方へ目を向けた。
「水戸…なんか言ってあげられない?」
「わ、私が!?」
「うん…女の子同士だし…僕が行くよりは良いかなって…」
「えぇ…」
「私が行くよ。」
私が雷華の方へ行こうとすると横からものすごい勢いでちとせが飛んできた。
「らいらい、綴っちももう許してくれてるんだし…それに、そろそろ綴っちのお腹がペコペコになっちゃうよ?」
「ちとせさん…いやでも…」
「ほ〜ら、いいからいいから!綴っち、ありがとう。」
「僕は別に…本当に平気だから…」
「ほら、らいらい!食堂いこ?ね?」
「えっ、あっ、ちょっと!」
ちとせは雷華の背中を無理やり押しながら食堂へと向かった。
「ふぅ…」
「おつかれ、綴。おはよう。」
「水戸おはよう。って、見てたなら止めてよ…」
「行こうとはしてたんだよ。ちとせが先に行ってくれて…」
「そっか…」
綴の表情が少し怖くなった。
「どうした?」
「え、あーいや…不思議な子だな〜ってね。」
「ちとせが?」
「うん。」
「確かにちとせは…珍しいタイプの人間だな。」
「僕も気になるな!」
春樹が後ろから顔をぴょこっと出してきた。
「そうだな…ちとせは見た目でわかる通りいわゆる"ギャル"ってやつだな。」
「ギャルねぇ…にしてはいい子っぽいけど。」
「あいつは誰にでもフレンドリーで"友達は私が守るぜ"って感じのタイプだな。素直っていうか。」
「なるほどなぁ…」
「春樹の脳筋じゃなくするとちとせだな。」
「わかりやすすぎない?その例え。」
「ええ!?ちょっとひどくない!?」
「本当のことだ。それに別に悪い意味じゃないからな。褒めてるんだぞ?」
「そ、そうなの…?」
「いい人ってことね。りょーかい。」
「そうだな。」
「僕…いい人…なのかな…」
春樹は少し照れて自身の頬をかいた。
「じゃあ、私達も食堂に向かおうか。」
「そうだね〜僕もうお腹ペコペコだよ…」
「あ!2人とも待ってよ〜!」
私達は食堂へと足を運んだ。
私達は食事を終え、また話し合いをしようとしていた。
昨日、私の意識がなくなってからの話は綴と春樹から食事中に聞いた。私たちの記憶のこと、朝の放送のこと、そして何を頼んだのか…
「水戸ちゃん、具合はどう?」
「世宗先輩、おはようございます。大丈夫です。」
いつもの大きな机の所に行くと世宗先輩と乙羽先輩が声をかけてくれた。
「無理はしないでね。何かあったらすぐ私たちに教えてほしいの。」
「乙羽先輩、ありがとうございます。迷惑かけちゃってごめんなさい。」
「いいんよ。こんな状態やけど、1人であまり抱え込まないでな?たまには年上に頼るの。」
「はい…今後そうします。」
そう言うと乙羽先輩は私の頭をポンポンと撫でてくれた。乙羽先輩の手は誰よりも小さく、白くて細い手だ。だけど、暖かくて優しい手。
「じゃあ、そろそろ話を始めようか。」
しばらくすると世宗先輩が指揮を取り始めた。
「まずは、今日はどの辺を調査するのか。気になる場所とかある?」
「あっ…その、僕一つだけあります。」
世宗先輩の質問に答えたのはかなめだった。
「かなめくん、どこが気になった?」
「あの…実は広場にあるトイレ…あそこの掃除用具用ロッカーの奥に小さなダクトがあったんです。その奥が気になって、昨日一人で入ってみたんです。そしたら…」
「そしたら?」
「機械がいっぱいある…なんだか不気味な部屋にたどり着いたんです。」
「機械が…?」
私がそう言うとかなめはうんと頷いた。
「だからあそこを調べたいなって思って…どうでしょうか?」
「そうだね…確かにそれは興味深い。それに、数人で行くのは危なさそうだ。今日は全員でその部屋に行こうか。」
「私は大丈夫です。」
「僕も平気ですよ。」
私も、僕も、とみんなが賛成した。
「じゃあ決まりだね。各自身支度が出来たら広場に集合しよう。じゃあ一旦解散!また後で!」
《世宗side》
食堂でみんなと解散すると乙羽が僕の袖をきゅっと引っ張ってきた。
「ん、どうしたの?」
「その…さっき言ってた部屋…」
「機械がいっぱいあって不気味な部屋のこと…?」
「うん。その、世宗の力が誤作動するか心配で…」
「……そっか。心配してくれてありがとう。」
僕は乙羽の頭をよしよしと撫でた。
「そんなことが無いように、僕は目だけで探索するよ。だからお願いがあるんだけれど…」
「なに?」
「探索する時、手握っててもいい?」
「……それは他のものを触らないようにする為なの?」
「うん。」
「…世宗、正直に言うの。私のためなんでしょ。」
「…うーん。」
僕は目を乙羽から逸らした。
「暗いところが苦手なの、知ってるからそう言ったんでしょ。」
「…そういえばそうだったね。」
「図星なの。嬉しいけれど、そうやって誤魔化さないでほしいの。」
「うぅ…バレない方が紳士的かなって思ったんだけどなぁ…」
「この状況で紳士も何もないの!」
「うぐっ…」
「あ…あの…」
「ふぇ!?」
横から水戸ちゃんが話しかけてきた。
水戸ちゃんがいることに気づかず、思わず声を出してしまった。
「どうしたの?」
「その…お2人ってどういう関係で…」
水戸ちゃんが明らかに聞こうとしていた質問ではないことを聞いてきた。
今の話を聞いてとっさに聞きたくなったのだろう。
「え、えっと…」
「世宗は私の彼氏なの。」
「ちょっと乙羽!?」
「本当のことなの。」
「そうだったんですね。すみません、気を使えなくて…」
水戸ちゃんがすごく申し訳なさそうに頭を下げた。
水戸ちゃん…ちょっと真面目すぎない…?
「全然そんなことないの。いつでも頼ってほしいの。」
「は…はい……。」
「で、本当に聞きたいことは何なの?」
「あ、実は…」
乙羽と水戸ちゃんが話し始めた。
僕は少し後ろに下がってその姿を眺めていた。
もしかして乙羽…ちょっとヤキモチ妬いてた…?
昨日、乙羽のそばにいれずにほとんど水戸ちゃんのそばにいたからなのか。さっきの乙羽は明らかに拗ねた表情をしていた。
申し訳ないことしちゃったなぁ…
でも正直、僕は少し嬉しかった。
いつも僕が乙羽にベタベタで乙羽は僕のことを彼氏だと認識してくれていないのだと思っていた。乙羽から「自分の彼氏です」なんて言う日が来るとは思わなかった。
「嬉しいなぁ…」
僕はぽつりと呟き、楽しそうに話している彼女を見つめていた。
「何話してたの?」
「ん〜?それは内緒なの。」
「気になる言い方するじゃん…」
「乙女のお話なの。男が首を突っ込まないで欲しいの。」
「とほほ…」
《水戸side》
私は乙羽先輩と少し話をして自室に戻り、広場へと出た。
「みんな揃ったかな?じゃあ早速行こうか。かなめくん、案内お願いできる?」
「わかりました。あと…トイレ、男子トイレなので女性の方は大丈夫ですか…?」
「別に問題ない。捜査のためだし、みんなここにいるだろ。」
「水戸ってば本当に大雑把というかなんというか…たくましいというか…」
綴が呆れた表情で私を見てきた。
「じゃあ行こうか。」
私たちはかなめの後をついて行き、小さなダクトへと足を運んだ。
狭い道を進みしばらくすると、ひとつの出口が見えた。
「ここです!」
かなめがそう言うと出口の扉をガンっと足で蹴り部屋へと入っていった。
「結構大雑把なんだな。」
「まぁ、かなめっちは男の子だしね。」
私の前を進んでいたちとせがそう言った。
そして私たち全員、部屋へとおりた。
「ここは…?確かに機械が沢山あるな。」
「暗いしガタガタ音がする…これってパソコン室?」
春樹が壁を伝いながら電気のスイッチを探した。
「お、あった!」
春樹が電気のスイッチをパチンと付けた。
「まっぶし!」
「ここは…パソコン室っぽいな。」
春樹が言った通り、パソコンと機械がいっぱい置いてあった。おそらくパソコン室で間違いないだろう。
「じゃあ、しばらくここで探索時間にしようか。僕は力の都合上、目でしか探索できないから、みんな頼んだよ。」
世宗がそう言うとみんなバラバラになり探索を始めた。
部屋を見渡した限り、私たちがいる部屋と隣にもう1つ部屋があるようだった。
みんな今私たちがいる部屋を探索していた。
「じゃあ私は隣の部屋を探索してくるとするか…」
「あ、私も一緒に行きます。」
後ろにいた雷華がそう言った。
「本当か?助かる。じゃあ、行こうか。」
「はい。」
私と雷華は隣の部屋へと向かった。
隣の部屋に入ると物置のような部屋に設置型の防音室のような小さな部屋が2つあった。
「ここは…物置でしょうか?」
「見たところそうらしいな。部品が沢山置いてある。それに…あの防音室は…?」
「よく見かける設置型の部屋ですね。中、見てみますか?」
「あぁ、そうだな。じゃあ私はこっちを見る。」
そう言って私は左側にある防音室へと足を運んだ。
「じゃあ私は右のを見ますね。」
「わかった。」
私たちは防音室へと入った。
「しばらく見るから、何かあったら声を…」
バタン
私が雷華に話しかけていたその時、防音室の扉が閉まった。
「……?扉が勝手に…」
私がドアノブへ手をかけると最悪なことに気づいた。
「…ドアが…開かない………」
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