第31話『思考』

「いってぇ…あいつ、力加減わかってんのか?」

ヒリヒリとする腕を見ながら横になっている彼女を見る。

ぼーっとしていて寝そうな雰囲気だ。

「……あいつ、何を見たんだよ…」

心のどこかがズキズキと痛む。

「お願いだから…僕達の邪魔をしないで…」

心臓の音が部屋中に響いているみたいだ。

「僕はただ…」


「2人とずっと一緒に、いたいだけなのに…」


《世宗side》

「…水戸の微かな記憶…?」

「そう。本人には思い出せないような記憶。」

「……」

「水戸ちゃんは記憶力がいいから、どんな事でもインプットされていてね…乙羽がほんの少し覚えていた記憶と水戸ちゃんが覚えていた記憶…見事に合致するんだ。」

「それで…何を見たんですか?」

「どうやら僕達は…」


「一度、誰かに殺されかけたみたいだね。」


「殺されかけた…?それってどういう…」

「微かな記憶だからハッキリとはしていないが…水戸ちゃんの記憶には君と一緒にいた記憶…君が傷だらけで水戸ちゃんを庇っていた記憶があったよ。」

「僕が傷だらけで…?でも僕にはそんな記憶は…」

「こんなにあやふやでぐちゃぐちゃな記憶、本当に忘れたいこと…もしくは意識がなくなる状態の寸前くらいしかないよ。」

「つまり僕と水戸は…誰かにやられた後、ここにきた?」

「その可能性はあるね。」

「…僕の記憶も、見てもらえませんか?」

「春樹くんのも?」

「はい。」

「それは構わないけれど…今は無理かな…さすがに僕もそろそろ限界だ。それに、今春樹くんに使ったら綴くんが怒るだろうしねぇ…」

「あぁ…それは確かに…」

「またの機会で、頼むよ。」

「わかりました。」

僕と春樹くんは水戸ちゃんの部屋へと向かった。

「あ、あとひとつ。」

「?まだ何か?」

「これは…事故で見てしまったものだけれど…」

「…?」

「水戸ちゃんが春樹くんと綴くんをどれだけ大切にしているか…もね。」

「……!?!?!?」

春樹くんの顔が一瞬で真っ赤になった。

「ぼ、僕達を!?!?」

「ははは(笑)そんなに反応が良いとは…」

「どどどど、どんな感じでしたか!?!?」

「ち、近いって…」

春樹くんは僕の顔に近づいたが一瞬で離れた。

「ご、ごめんなさい…つい…」

「春樹くんは水戸ちゃんのこと、大好きなんだね。」

「…そうですね」

春樹くんはドアノブに手を伸ばし振り返ってニコッとこう言った。


「愛してますよ!水戸のこと、誰よりも!」


僕は目の前で爽やかイケメンスマイルをくらった。

「うーわまっっぶし。」



《春樹side》

正直、水戸の思考を見た世宗先輩に僕は少しヤキモチを焼いた。

彼女には聞きたいこともたくさんある。

話したいこともたくさんある。

でも言えない。

もし言ってしまったら、今の関係が崩れてしまうのではないか。

僕はずっと昔から臆病だ。

僕は気持ちを伝えられずずっと彼女のそばにいるだけ。

でも、本当にそれでいいのかな。

"あいつ"は僕の気持ちに気づいている。

でも"あいつ"自身は…?

きっと僕達、お互いお節介同士だね。

「綴。」

「…遅いじゃん。」

僕は水戸の部屋の扉を開け、ベッドの横で水戸のことを心配そうに見ていた綴に話しかけた。

あとから世宗先輩も部屋に入った。

「じゃあ、解除するよ。解除したらしばらく僕は廊下にいるから。2人は水戸ちゃんのそばにいてあげて。」

世宗先輩なりの気遣いなのだろうか。

そう言うと世宗先輩は水戸の頭にもう一度触れた。

世宗先輩の腕の血管が青く光り出した。

肩からゆっくりと光が流れ、やがて指先へと到達する。

「…よし。解除したよ。落ち着いたら呼んでね。」

そう言うと世宗先輩はすぐに部屋の外へ出た。

「水戸、大丈夫?」

僕が声をかけると水戸の眉がぴくりと動いた。

「…うぅ」

「僕だよ。春樹と綴。」

「春樹…綴……?」

水戸はまぶたを少しだけ開いてこちらを向いた。

「よかった…意識はあるみたいだね。」

僕がほっとしていると水戸から予想外の言葉が出た。

「……無事で…よかった。」

「…無事?僕達…が?」

僕と綴が困惑していると水戸の手が僕の頬にそっと触れた。

「……よかった」

「み、水戸……?」

「これ…混乱してるんじゃない?」

「混乱…?」

「ほら、今さっきの記憶が取り除かれてたんでしょ?記憶が曖昧になってるとか…」

「そうなのかな…でも『無事』ってどういう…」

「………っっ!!!」

その時僕の頬に触れていた水戸の手がぴくりと動いた。

同時にものすごい勢いで水戸が飛び起きた。

「!?水戸!?」

「あ、あれ…春樹に綴…?なんで……あれ…私さっきまで…」

「とりあえず落ち着いて。ほら、水。」

「あ、ありがとう…?」

水戸は困惑したまま水を喉へと流し込んだ。

「さっきのどういうこと?無事って…」

「さっき…?すまない…記憶が曖昧で……」

水戸はついさっきのことを覚えてないようだった。

「とにかく、ちゃんと意識はあるみたいだね。さっきまで食堂で話していたんだけど、パニックを起こしちゃって…世宗先輩が一時的に思考を止めてくれてたんだ。」

「思考を…?あ…そうだ私……」

「あの時、凄くしんどそうだったけれど…どうしたの?何があったの?」

「そ、それは…」

水戸は顔色を変え、俯いた。

これ以上は詮索しない方が良いのだろうか…

水戸がまた、苦しい気持ちをしてしまうなら僕は…

「話してよ。」

僕が静かにしていると綴が水戸にそう言った。

「…綴、水戸もしんどいだろうし…」

「あのねぇ、溜め込んでるともっとしんどいよ。それに、ここまで大事になってるのに僕たちにそれを話さないとか。納得ができない。」

「綴…」

綴はいつもより真剣な顔で僕達の目を見ていた。

綴らしくない…といえば嘘だけれど、こんなに真剣な綴を見たのは久しぶりだ。

「…わかった。ごめん。」

水戸は顔を上げ深呼吸をした。

「…あの時、私はもしかしたら…私たちの中に『U's』がいるのかもしれない…そう考えて…」

「『U's』が…?」

「あぁ…私たちの記憶が途切れた時、恐らく『U's』に攻撃されたのだろう、そう考えたんだ。」

「……続けて。」

「それ…で……もしこの中にいたら…みんな……こ、殺されるんじゃないかって……」

「……」

「なるほどね。」

水戸がそこまで考えていたなんて…

こんなこと1人で抱え込んでいたら綴の言っていた通り、ものすごく辛いと思う。

僕は…怖くて聞き出せなかった…

…どうしてだろうか。

「僕もそれは同意かな。」

「…っ!やっぱり、私たちの中に…」

「いるかもしれないね。『U's』が。」

「つ、綴…!」

「春樹は思わないの?」

「ぼ、僕は………わからないよ。」

「じゃあやっぱり私たちは…」

「殺されはしないんじゃないかな。」

「…どうしてだ?」

「だっておかしいじゃん。記憶が途切れた時に襲われたならその時に僕達は死んでたでしょ。なのに生きている。そしてここにいる。」

「………」

「ここにつれてこられたってことは、なにか理由があるんじゃない?」

「……そう、かもな。」

綴の発言で水戸の顔色が少し落ち着いた。

やっぱり、綴はすごいな。

逃げずに立ち向かって、僕とは大違いだ。

誰かの前で努力するのではなく、見えない場所で努力して、見えない場所で誰かを助けて、見えない場所で誰かを支えてる。

すごく、かっこいい人。僕の憧れの人。

そして、僕の大切な親友だ。

「…い、おーい、春樹ー」

「…ん?」

「どうしたの、ぼーっとして。」

綴が僕の目の前で手をヒラヒラさせる。

「あ、ごめん。少し考え事してた。」

「ふーん。ならいいんだけど。」

「うん…で、水戸体調はどう?」

「あぁ、もう大丈夫だ。2人ともありがとう。」

水戸はぎこちない笑顔を僕達に向けた。

無理をしているのはわかってる。

でも僕は、どうすることも出来ない。

どうすればいいのか、わからない。

「ちょっと、シャワーでも浴びてくる。」

「わかった。じゃあ僕達は一旦部屋に戻ろう。」

「あ、綴まって!」

スタスタと部屋を出ていく綴の後を追い、僕も部屋から出た。


「水戸ちゃん、大丈夫だった?」

廊下で待っていた世宗先輩が心配そうに聞いてきた。

「大丈夫でしたよ。今は頭を冷やすみたいで。世宗先輩も部屋に戻ってもらって大丈夫です。」

「そうか、よかった。じゃあ今日はお引き取りするよ。何かあったら呼んでね。」

「はい、では。」

綴は適当に返事をして綴の部屋へと向かった。

僕は静かにまた彼の後を追った。


「…なに春樹。」

「へ?」

「いや顔…お前本当にわかりやすいんだって…」

「え、あぁ。…ちょっとね。」

「…あーもう、僕の部屋来て。」

綴は自身の部屋の扉を開けそう言った。


「…で、なんだよ。」

「うん…その…」

少し恥ずかしいけど、ちゃんと言わないと。

綴みたいに…

「…かっこいいなって。」

「…は?」

「綴、スパッとちゃんと言って水戸のことフォローしてたでしょ?すごいな〜って思って…」

「………」

「僕はその…内気で根性がないから……あの時、聞かない方が良いって…逃げちゃって…」

「………」

「だから僕も、綴みたいにスマートでかっこよくなりたいなって……」

「………」

「…綴?」

「はああああああああ…」

綴は呆れたかのように大きなため息をついた。

「お前バカなの?」

「へ!?」

「あのねぇ、僕は別にスマートでもなんでもないしかっこよくもないんだからな!?モッテモテなイケメンのお前に言われたくねーよ!!」

「????」

「大体な、お前は自分のことを低く考えすぎなんだよ!いつもいつも『綴みたいになりたい〜』とか『かっこよくなりたい〜』とか!ふざけてんの!?」

「つ、綴??」

「どーせお前、『僕は何もできない』とか思ってたんだろ!?」

「うっ」

図星だ。

「やっっっぱり!お前ほんっっとバカ!能天気!単細胞!頭の中お花畑野郎が!」

「うぐっ……」

「俺らにできることは『そばにいてあげる』ことだろ!?少し考えればわかる事じゃねぇかよ!」

「…そばに?」

「ああそうだよ!」

「そばにいるだけで…いいの?」

「だけ?だけってなんだよ!僕は目覚めた時2人がいてめっっっっちゃ安心したんだぞ!?」

「そ、そんなに…?」

「ふざけてんの!?こっちの気も知らないで……大切な人を目の前で無くしたことないくせに!!馬鹿!!!」

綴は僕の胸ぐらを持って怒鳴りつけた。

綴がこんなに怒っているのははじめて見た。

「お前だって…小さい時病院で目が覚めた時、なんとも思わなかったのか?」

「小さい時…」

「さっき保健室で話しただろ?もうずっと前な気もするけど…」

僕が恐怖に溺れてた時、確かに2人はそばにいた。

僕の汚れきった手を握っててくれた。

あぁ…大切なことなのに。いつの間にか当たり前だと思ってしまっていたのだろう。

2人がそばにいるだけで…僕は幸せだった。

2人がそばにいてくれるだけで、僕は幸せだったんだ。

「……ごめん、思い出したよ。」

「そ?ならいいんだけど。」

「ごめんね綴。僕、変だね。」

「変なんかじゃないよ。僕達、親友でしょ?」

「…!!うん!」

あぁ、やっぱり綴はかっこいい。スマートでさらっと助けてくれる。

綴が苦しい時、僕はちゃんと助けられるのかな?

…いや、違う。

助けるんだ。

絶対に。


あれ、綴が苦しんでいる時なんてあったっけ?

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