第21話『「爽やか」が似合う男』

夢の中はふわふわしていて

現実味のない世界が広がっている。

ふわふわふわふわ

倒れる人の影

ふわふわふわふわ

泣き叫んでいる人の影

ふわふわふわふわ

怪しげな人の影


これは夢。

ただの夢。


ふわふわとした夢の中。


《水戸side》

ピピピ…ピピピ…

微かに聞こえるアラームの音。

重たいまぶたを開いてその音がする方へと手を伸ばす。

『水戸さんおはようございます〜!

早起きですね〜?本日3人目の起床ですよ〜!

次は1人目目指して頑張りましょう〜!!』

個室にあるモニターからピンクの髪をした少女がこちらに話かけてきた。

「………」

私は無視をし、身支度を整え1枚のタオルを持ち部屋を出た。


早起きは得意ではない方だが今日早く起きたのにも理由があった。

「…お、やっぱり起きてたか。おはよう。」

「あれ、水戸早起きだね!おはよう!!」

広場で筋トレをしていた春樹がこちらを見てにっこりと返事をした。

眩しい笑顔、朝から汗だくの彼はきっと数時間前から起きていたのだろう。

「今日僕1番早く起きたみたい〜!水戸は2人目?」

「いや、私は3人目らしい。他に誰が起きたのかはわからない。」

「3人目か〜!おしいね〜」

「別に私は競っているわけじゃないのだが…」

「えへへ。早起きして損はないからね。水戸も1番目目指したら〜?まぁ早起き1位の座は渡さないけどね!」

「はいはい。ほら、タオル。これ使いな。」

「お!水戸助かる〜!」

私は部屋から持ってきたタオルを春樹に渡した。

春樹はポンポンと汗を拭いた。

「そろそろみんな起きてくるだろうしシャワー浴びてくるよ。」

「そうか。じゃあ私はここにいる。」

「あ、ちょっと水戸は僕の部屋来れる?」

「ん、別に構わないがなんでだ?」

春樹はここでは言いにくいと言いたげた顔をしてこちらを見た。

「……わかった。行くよ。」

「ありがとう。」


私は春樹の後を追い掛け彼の部屋へと入った。




彼の部屋は私の部屋と構造はほとんど同じで特に目立つようなものは置いていなかった。

「おい春樹、どうして私を呼んだんだ?なにか理由があるんだろ?」

「あぁ、その事なんだけどね。」

春樹は私の耳元に近づいて小声で話を続けた。

「2人目の起きてきた人、琴梨ちゃんなんだよ。」

「……」

「もし広場で2人っきりになったら心配だなって思って……個室に押しかけてくる可能性もあるから1人にしておけないなって思ってつれてきたんだ。」

春樹なりの気遣いだった。

「そうか、ありがとう。でもなんで2人目が琴梨だって知っているんだ?」

「…風だよ。琴梨さんの部屋から大きな動きをしたような風が吹いていてね。筋トレ中はいつもより集中出来るから気付けたんだ。」

「なるほどな。わかった。気使ってくれてありがとう。」

「いえいえ。じゃあ僕シャワー浴びてくるからゆったりしてて。あと誰か来ても返事はせずにドアも開けないこと。」

春樹は保護者のように私に注意をしてシャワー室へと向かっていった。



春樹は「爽やか好青年」という言葉が1番似合うと断言出来るくらいの性格の持ち主だ。

誰かが困っていたら助けられる、誰とでも仲良く話せるそんな人。

なかなか人気も高くバレンタインは毎年多くのチョコを貰っていた。

そんな人気の高い彼がどうして私の近くにいてくれるのかは未だにわからない。

幼なじみだから?昔からの親友だから?

仲の良い男子たちよりも私たちのことを優先してしまうので普通なら「私たちと遊んでよ!」と思うところが「他の奴とも遊びなよ」と思ってしまう。そのくらいあいつは私たちのそばにいる人だ。

そのせいなのかは知らないがほかの女子達から嫌な目で見られることが多々あった。春樹はそれを嫌がり女子達には説明しているみたいだが私は少し申し訳ないという気持ちがあった。

私なんかより他の可愛らしい女子の隣にいた方が絵になると思うんだが…

私は他の子達からそのような目で見られているのか…?

いやいやいや、ないないない。


一人の時間をぼーっとしながら待っているとノックの音が部屋中に響いた。

「コンコンコン」

春樹からはドアを開けるなと言われていた。

「ココンコンコン」

だがそれも相手によるだろう。

「コーンコンコン」

この独特なリズム…

私はドアに近づきドアノブをひねった。


「やっほ〜春樹〜!!おっはよ〜………え。」

ドアの前には綴が立っていた。

私が出てきたことに驚いているのか目をぱちくりしながらフリーズをした。

「おはよう綴。」

「水戸!?え!?そんなあたかも普通ですよみたいな表情で話しかけられても!?ここ春樹の部屋だよね!?!?え!?!?」

「あぁ…そうだが、何か問題でも?」

「ありありありのありだよ!?って…ええええええ!?!?」

綴の目線が私ではなく私の後ろを見ていた。

「ん、春樹出たのか」

「あれ、綴じゃんおはよ〜!綴ほんと朝弱いね〜!」

そこには下はズボンを履いているものの上は何も着ておらず『水も滴るいい男バージョン』の春樹が立っていた。

「ちょ、ちょっと!?!?春樹くん!?ちょっと話ししようか!?」

「へ???」

先程の静けさからいきなりうるさくなり温度差が激しい会話が朝から繰り広げられる。

「は〜る〜き〜く〜ん〜?」

「誤解だって!!」

2人は部屋の奥でわちゃわちゃ戯れていた。

2人の様子を見ているとつい笑みがこぼれてしまう。

いつもの2人だ。笑いながら戯れてふざけ合える仲。この時間だけが私の心の支えだった。

「そういえば、綴は朝から僕の部屋に何か用でもあった?」

「ん〜?春樹なら起きてるだろうって思って。この時間なら筋トレ終わってシャワー浴びてそうだなってね。だから先に水戸の部屋行ったけど返事無かったから…広場にいるのも嫌だったし。」

「ん、何故だ?」

「あの子がいたからだよ。僕あの子に嫌われてるだろうしね〜」

手をぶらぶらとさせながら綴はそう言った。


昨日の琴梨の発言、ずっとずっと気になっていたが琴梨のメンタルの方がもっと気になっていた。

琴梨は大丈夫だろうか。精神的にやられていないだろうか…

後で神希に様子を聞いてみよう。

「そういえば綴は何番目に起きたの?」

「あぁ、最後だよ!」

当たり前だよという表情を浮かべながら綴は自慢げにそう言った。

「綴はもう少し早起きしないと!夜もちゃんと寝たの?」

「僕夜行性だから。」

「もっと自分の体を大事にしないと!」

「特大ブーメランだよ〜春樹くん〜」

「ぐぬぬ……」

そんな会話をしているとまたもやノックが鳴った。

「あ、僕が出るよ。」

急いでTシャツを着た春樹はドアを開けた。

「…!おはようございます!あ、水戸先輩と綴さんもご一緒でしたか…!」

ノックの正体は神希だった。

「あ、神希くんおはよう。わざわざどうしたの?」

「朝食の用意が出来たので。こちらに参りました。食堂に用意してありますので身支度が整い次第お集まりください!」

「あ、朝ごはんも作ってくれたの!?わざわざありがとう!」

「いえいえ!僕にはこれくらいしか本当に出来ないので…!」

「ありがとう、神希。あと少しいいか?」

「水戸先輩…!はい、なんでしょうか?」

私は神希に近づき話しかけた。

「その…琴梨はどうだ?」

「あぁ…琴梨ですか。」

神希は少し下を向いた後、こちらを向いて話を続けた。

「大丈夫ですよ。ただ朝食は別でとる形だと思います。今日は特に朝から指示とかはなかったので…綴さんは気づいてたと思いますが食器も今回は皆さん同じものです。」

銀の食器…あれは琴梨が神希に頼んでおいた物だったようだ。

「そうか…わかった。ありがとう。」

「いえ。それでは僕はお先に失礼しますね。」

神希はぺこりと頭を下げ食堂の方へと向かっていった。


「じゃあ僕達も行こうか。」

身支度を済ませた春樹が私たちに声をかけた。

「そうだな、お腹ぺこぺこだ。」

「パンあるといいなぁ…」

「綴いっつも朝パンだよね。米も食べなよ米!」


私たちは春樹の部屋を出て食堂へと足を運んだ。

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