Day29「夏の花は向日葵だけじゃない」/白昼夢
由真がいなくなってから、五年の月日が流れた。その間に私は高校を卒業し、バイトをしながら大学に通い、ハル姉と一緒に
でも私は思う。自分自身の、我儘な闘いの何がいけないのか。それが生きるということではないのか。少なくとも由真は真実を知ったあともそれに正面から立ち向かった。いつだって心は泣いていたのに、それでも抗うことを選んだ。その全てを否定することは、私には出来なかった。
梨杏と或果はどうしているだろうか。最初の数年は頻繁に連絡を取り合っていたけれど、少しずつお互いに忙しくなって、会うことも減った。昔は三人の中で自分がどこにいるのか、なんてことを考えたりもした。そんなこと、今になってみればどうだっていい。ただ、由真がいないという事実だけが、今でも私を突き刺している。
ハル姉はおそらくこの結末をわかっていたのだろう。でもハル姉は由真を止めなかった。止められないこともまた、わかっていたのだろう。けれどそれを後悔している。もっといい方法はなかったのかを今でも問い続けている。でもそれが見つかったところで、由真がいなくなってしまったことは変わらない。
今でも一人で由真を探し回っていることは、誰にも言っていない。私の力なら、あのときみたいにまた見つけられるのではないかと、一縷の望みに賭けることをやめられない。それは由真のためではなくて私の我儘だ。あのときだってそう。私はただ、由真に会いたかったから由真を探していたのだ。
あれから告白されたこともあったし、友達関係から少しだけ発展したこともある。けれど由真のような鮮烈さを持つ人はいなかった。今ならわかる。由真にとっては生きることそのものが、この世界に干渉することだった。誰だって世界を少しずつ変えながら生きている。でも由真の場合はその力が少し人より強かった。それが見る人に違和感を与えるのだ。けれどそれで彼女を特別だというつもりはない。私にとって彼女が特別だったのは、単純に私が彼女のことを好きだったからだ。
第四区画をぼんやりと歩いていると、不意に鮮やかな黄色が視界を掠めた。何となくそちらに足が向く。もとよりどこかに行く予定なんかなかったのだ。だから逆に、どこにだって寄り道できる。
それは崩れかけたコンクリートの壁に描かれた、鮮やかな向日葵だった。まるでそこにあるかのように輝いて、辺りを照らしている。
きっとこれは誰かが誰かを思って描いたのだろう。直感でそう思った。絵のことはよくわからない私でも、その筆遣いや色の乗せ方が優しくて、愛に溢れているように見えた。
「綺麗……」
ゆっくりとその絵の向日葵に手を伸ばそうとした瞬間に、見覚えのある背中が見えた気がした。奥行きのない絵のはずなのに、ずっと向こうまで向日葵畑が続いていて、その中に佇んで空を仰ぐ後ろ姿。
わかっている。これは幻だ。目の前にあるのは平面に描かれた絵で、そこに人の姿は描かれていない。それなのに私の目にははっきりと――由真の姿が見える。
「由真……」
私の目が捉えるのは、思念や思考なのだとハル姉が言っていた。
この絵を描いたのは或果だ。サインも何もないけれど、確信があった。由真のことを想って、ここまで絵を描けるのは或果しかいないから。
「ねぇ、由真……」
五年が過ぎても、私には今でも由真しかいないんだよ。それなのに、どうして。
或果には由真がこんな風に見えていたのだ。それは私が見ていた由真の姿とは少し違っていて、でもよく似ていた。綺麗で、鮮やかで、けれど不意に消えてしまいそうで、でも確かにそこに在る。美しい夢のような、けれど触れれば血が滲むほどの現実。全てが偽りの世界で、確かに信じることができたもの。
「会いたいよ、由真……」
いっそ夢でもいいから、もう一度触れたかった。私には由真しかいないと言っていたら、由真はここにとどまることを選んだだろうか。いや、きっと「そんなことないよ」なんて言って笑うのだろう。
「由真……」
あなたより美しいものを、私は知らない。
だからもう少しだけ、この夢の中にいることを――あなたの背中を見つめ続けることを、許して欲しい。
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