Day21「危なっかしい計画」/帰り道
「帰ろっか、そろそろ」
完全に太陽が昇りきったところで、朗らかに寧々が笑った。
「帰るって言っても、この状態じゃ」
「まあとりあえず何とかなるんじゃない? あ、私はお風呂とかも一緒でいいよ?」
「いやトイレも行けないでしょこれ」
ハルさんからもらったものがあれば多少は大丈夫なのかもしれないけれど、次に見失われたら、今度は見つけてもらえる自信がない。
「とりあえずハル姉と梨杏には見つけてもらおうか。三人いればもうちょっとマシになるんじゃない?」
「そういうもんなのかはわからないけど、やってみる価値はあるかな」
「じゃあとりあえず二人には連絡しとくよ」
「うん、よろしく」
何にしろ、目指すところは何も変わっていない。ただあまり時間が残されていないだけだ。
「二人に会って……それからどうする?」
「或果を助けに行く。……目的は変わってない」
「もういいの?」
傷の具合のことか、この傷をつけた或果のことか。後者に関しては最初からあれが或果自身の意思だとは思っていない。前者に関しては――おそらく治ることはない。
「大丈夫」
「大丈夫そうには見えないけど?」
「人に断りなく服めくるのやめてくんないかな……」
「だって見ないとわからなくない?」
医者でもないんだから見たってわからないだろう。このままだと寧々のペースに呑まれてしまいそうだ。私は深く溜息を吐いた。
「……無理はしないで」
「わかってる」
けれど行けるところまで行きたい。ここで止まっていることはできないのだ。
「寧々の方は、何か考えてるの?」
「よくぞ聞いてくれました。――でっかい花火を上げるよ」
「花火?」
何かの例えだろうか。首を傾げていると寧々が落ちていた枝で砂浜に絵を描き始めた。
「もう一度、第零地区に行くための穴を開けなきゃいけないんだけど、穴は人の感情が集まれば集まるほど簡単に開けられるらしいのね。だから花火を上げるの。もちろん本物の。あとは或果と由真を繋ぐ媒介があれば、ちゃんと或果のところにたどり着けると思う」
「花火なんかで上手くいくの?」
「上手くいかなくてもなんとなく綺麗だからいいじゃない」
花火なんて何年も見ていない気がする。それで簡単にいけるとは思えないけれど、今はそれに賭けるのも悪くないだろう。少なくともこの世界を爆破するよりは平和的だし。
「そういうわけで、帰りながら色々買い出ししないと。花火の材料とか」
「それ買えるもんなの?」
「爆弾作るのと似たようなものだって、ハル姉が」
火薬というところしか一致していない気がするけれど、ハルさんにとってはきっと似ているんだろう。綱渡りの計画なことも気にならない。今までだって綱渡りだったし、さして変わらないだろう。
「それじゃいっちょ行きますか!」
「ねえ、なんかそれおっさんぽいよ、寧々」
二人でふざけ合いながら、大きな花火のための帰り道を進む。ときどき寧々が確かめるように手を握り返してくるから、その度に痛いと文句を言った。
*
待ち合わせ場所に行くと、先に梨杏が所在なげに立っていた。
「由真……?」
梨杏の目に涙が浮かんでいる。梨杏には沢山心配をかけてしまった。それに、私が持っていたものはいつの間にか全部奪われていて、その中には梨杏の宝物のオルゴールもあった。
「ごめん、梨杏。あのオルゴール取られちゃった」
「……っ!」
梨杏が私を強く抱き寄せる。涙で曇った声で、梨杏は由真のバカ、と言った。
「……あんな二千円しないオルゴールより由真の方が大事だよ」
「梨杏……」
「ありがとう。帰ってきてくれて」
私は梨杏の腕の中で頷いた。帰って来れて良かった。不意に、昔迷子になったときのことを思い出した。そのときは梨杏が私を見つけてくれたのだ。
「……昔さ、梨杏と花火見に行ったよね」
「うん。七歳くらいのときかな」
あのときはお互いの親も一緒で、私と梨杏は花火よりも新しい浴衣に浮かれていて。楽しく過ごした帰り道、何かに気を取られた拍子に駅に向かって流れていく人の流れに呑み込まれてしまって、私は迷子になってしまったのだ。
「みんな、どこ……」
迷子になったら警察の人とか駅の人とか、そういう大人に話しかけなさいと言われていたけれど、人が多すぎてそこにも近付けずにいた。今から思えば、端末をつけているのだから、両親ならすぐに見つけられただろうけれど、あのときはそんなこと考えられなかった。どこにも知ってる顔が見えないのに、知らない顔はたくさんあって、不安になって、私はその場でしゃがんで泣き出してしまったのだ。
そのことに気がついた大人たちが心配そうに声をかけてくる。けれどその人たちのことすら怖くて、どうしようもなくなっていた。
「由真!」
そのとき、梨杏が私を呼ぶ声が聞こえた。人の輪をくぐり抜けて私のところまで来て、私のことを強く抱き寄せる。
「……もう見つけてくれないかと思った……っ」
「そんなわけないでしょ、由真のバカ」
「梨杏がバカって言ったぁ……!」
「ごめんってば……泣かないで?」
梨杏の方が誕生日が遅かったから、本当は私の方がお姉ちゃんだったはずなのに、気付けば梨杏の方がお姉ちゃんみたいになっていた。梨杏に見つけてもらった瞬間に、もう家に帰ってきたような気持ちにさえなって、その場で寝ようとして梨杏に呆れられたことも覚えている。
梨杏に見つかった瞬間に、もう家に帰ったような安心感を覚えた。それは今になっても変わらないらしい。
帰ることができてよかった。たとえもう一度、別れを言わなければならないとしても。
「ねぇ、梨杏」
「何?」
「昔のこと思い出したらなんか眠くなってきた」
「そこまで思い出さなくていいから」
「……でもあんま寝てなかったんだもん」
今日なんて徹夜だ。ファミレスで過ごしている間にうとうとしていたりはしていたのだけれど、ちゃんとした睡眠はとれていなかった。梨杏が微笑みながら私のことを抱き寄せる。
「じゃあ少し寝る? 家に帰るまで」
あのときと同じ言葉を梨杏が言う。あのとに、環状線に乗ったあとは梨杏の肩を借りて寝たのだったか。
「……じゃあここが家みたいなもんだから、ずっと寝てようかな」
「なにそれ」
呆れたように梨杏が笑う。そのことに安心感を覚えて、私は梨杏にもたれかかったまま目を閉じた。
*
「いやぁ、勝てないわさすがに」
「勝つって何が?」
寧々と梨杏が話している声が聞こえる。けれどまだ意識は完全に覚醒しなくて、私は目を閉じたままそれを聞いていた。
「由真、私にはその顔見せてくんないもん。ねぇ、梨杏お姉ちゃん?」
「一度も呼ばれたことないけどそれ。私の方が誕生日遅いし」
「性格の問題じゃない? 梨杏はお姉ちゃん似合うよ」
「まあ甘えるよりは甘えられる方が好きかもね。……由真なんか昔本当に泣き虫だったし」
人が寝てると思って何を暴露してるんだろう。でも事実なので何も言い返せないのが悔しい。梨杏の手が私の髪を撫でているのが少しくすぐったくて、このままだと起きているのがバレてしまうかもしれないと思った。
「由真は『家みたいなもの』とか言ってたけど、完全に寄り道だよねこれ」
「いいんじゃない、毎日寄り道する行きつけのお店みたいなものだよ」
「だといいけど」
二人が笑っている。本当はそろそろ起きなければならないし、この幸福がもうすぐ終わることを私は知っているけれど、でも一瞬だけ――終わりたくないと、そう思った。
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